- 著者: Tatsuhiro Shibata, Tsutomu Ohta, Kit I. Tong, Akiko Kokubu, Reiko Odogawa, Koji Tsuta, Hisao Asamura, Masayuki Yamamoto, Setsuo Hirohashi
- Corresponding author: Setsuo Hirohashi (National Cancer Center Research Institute, Tokyo) / Masayuki Yamamoto (Tohoku University)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences
- 発行年: 2008
- Epub日: 2008-09-02
- Article種別: Original Article
- PMID: 18757741
背景
NRF2 (Nuclear factor erythroid 2-related factor 2、遺伝子名 NFE2L2) は、酸化ストレスや求電子性物質に対する細胞防御反応において中心的な役割を果たす転写因子である。NRF2は、NAD(P)Hキノンオキシドレダクターゼ1 (NQO1)、ペルオキシレドキシン (PRDX)、グルタミン酸システインリガーゼ触媒サブユニット (GCLC) など、数十種類の解毒酵素や抗酸化酵素遺伝子の発現を制御する。正常な非ストレス状態では、NRF2の細胞内濃度は低く保たれており、これはKeap1 (Kelch-like ECH-associated protein 1) によって認識され、Cullin 3 (Cul3) と Roc1 から構成されるE3ユビキチンリガーゼ複合体 (Keap1-Cul3-Roc1) を介したプロテアソーム分解によって速やかに分解されるためである (Kobayashi et al. 2004)。
NRF2のN末端に位置するNeh2 (Nrf2-ECH homology 2) ドメインには、DLGモチーフ (23LxxQDxDLG31) とETGEモチーフ (77DxETGE82) という2つの縮退したシグナル配列が存在する。これらのモチーフがKeap1ホモ二量体の両サブユニットにそれぞれ結合する「two-site substrate recognition/hinge and latch model」によって、NRF2の恒常的な分解が維持されていることが示されている (Tong et al. 2006; Tong et al. 2007)。酸化ストレスや求電子性物質は、Keap1の特定のシステイン残基を修飾し、NRF2のユビキチン化を阻害することで、NRF2を核内に蓄積させ、防御遺伝子群の誘導を促す。この機構は、がん化学予防の観点からは有益な側面を持つ一方、がん細胞においては、NRF2の恒常的な活性化が化学療法耐性や酸化ストレス耐性を付与し、悪性表現型を促進するという「二面性」が近年注目され始めていた (Kensler et al. 2007)。
これまでの研究では、KEAP1の体細胞変異が一部の肺癌で報告され、NRF2を活性化することが示されていた (Padmanabhan et al. 2006; Singh et al. 2006; Ohta et al. 2008)。しかし、NRF2自体のコーディング領域における体細胞変異の実態とその機能的意義については、包括的な解析が不足しており、完全には解明されていなかった。特に、NRF2の変異がKeap1との結合親和性、ユビキチン化、タンパク質安定性、そして最終的な転写活性にどのように影響するかを定量的に評価した研究は限られていた。また、これらの変異が臨床病理学的特徴、特に喫煙歴や予後とどのように関連するかも未解明な点が多かった。このような知識のギャップが残されており、NRF2変異の包括的な理解が不足していた。
目的
本研究の目的は、肺癌、食道癌、頭頸部扁平上皮癌の患者検体および培養細胞株において、NRF2 Neh2ドメインの体細胞変異を網羅的に同定することである。さらに、これらの変異がKeap1-Cul3 E3リガーゼによるNRF2の認識、ユビキチン化、分解を障害し、結果として恒常的なNRF2活性化と悪性化を促進するかどうかを、生化学的、構造的、細胞生物学的手法を用いて検証する。具体的には、等温滴定型熱量測定 (ITC) によりKeap1との結合親和性を定量し、in vivoでのユビキチン化アッセイやタンパク質安定性解析により分解機構への影響を評価する。また、転写活性アッセイや細胞機能解析を通じて、変異型NRF2の機能獲得と癌細胞の薬剤耐性への寄与を明らかにする。加えて、NRF2変異と喫煙歴、組織型、そして患者の予後との臨床的関連性を解析し、NRF2変異が新たな治療標的となりうる可能性を評価する。
結果
NRF2体細胞変異の同定と分布: 85種類の癌細胞株のうち、肺癌細胞株2例 (LK2 [E79K、ホモ接合性]、EBC-1 [D77V]) と口腔癌細胞株1例 (HO1-U1 [E82D]) でNRF2変異が検出された (Table 1)。一次腫瘍では、肺癌103例中11例 (10.7%)、頭頸部癌12例中3例 (25%) で変異が同定された。一次腫瘍における全変異 (n=14/115、12.2%) は全てミスセンスアミノ酸置換であり、同義置換は認められなかった。これらの変異はNRF2のNeh2ドメインのエクソン2に集中しており、DLGモチーフ (W24C、I28T、D29G、L30F、V32T、R34Q) またはETGEモチーフ (Q75H、D77V、E79K/Q、T80R/I、E82G/D) のいずれかに位置していた (Figure 1A)。変異は喫煙歴を持つ患者に高頻度 (14例中12例) であり、肺扁平上皮癌に多く見られた (60例中12例、20%)。同一腫瘍内でNRF2変異とKEAP1変異またはEGFR変異が共存する例は観察されなかった。
ITC定量解析によるKeap1結合親和性の大幅低下: 野生型Neh2とKeap1-DCのITC滴定では二相性の結合曲線が得られ、DLGとETGEモチーフがKeap1ホモ二量体の2サイトに異なる親和性で結合することが確認された。ETGEモチーフ変異体 (D77V、E79Q、T80R) は全てKeap1-DCとの結合が著明に障害された。特にT80R変異では検出可能な結合親和性が完全に消失した。E79Q変異では結合定数がKa = (2.93 ± 0.20) × 10^5 M^-1 と、野生型ETGEペプチドのKa = (1.56 ± 0.01) × 10^6 M^-1 (n = 0.88 ± 0.01) と比較して約1000倍の親和性低下が認められた (Figure 2B)。DLGモチーフ変異体 (W24C、L30F) は二相性から単相性の結合パターンへの移行を示し、残存親和性はETGEモチーフ単独の寄与によるものと推定された。分子モデリングでは、E79Q変異がKeap1のR483とS508との静電的相互作用を喪失させ、E82D変異はAspの側鎖が短いためS363・R380・S508との接触を失うことが示された (Figure 2H, I)。
in vivoでのKeap1結合障害とユビキチン化抑制・タンパク質蓄積: HEK293T細胞 (n=3 replicates) での免疫沈降解析では、E79KおよびT80R変異体はKeap1との結合能が野生型と比較して著明に低下した (Figure 3B)。L30F変異体は完全なETGEモチーフを保持しているためKeap1との結合は野生型と同程度であったが、DLGモチーフ単独では安定なNRF2/Keap1相互作用を支持できなかった。ユビキチン化アッセイでは野生型NRF2が効率よくポリユビキチン化されたのに対し、変異型NRF2 (E79K、T80R、L30F) は顕著にポリユビキチン化が抑制された (Figure 3C)。特にL30F変異体はユビキチン化への強い抵抗性を示した。シクロヘキシミドチェイス実験では野生型NRF2の半減期がt1/2 = 16分であったのに対し、変異型NRF2の半減期はt1/2 = 28〜35分と野生型の約2倍であり、変異によるプロテアソーム分解からの逃避が確認された (Figure 3D)。免疫蛍光解析では変異型NRF2がKeap1共発現下でも野生型と比較して核への蓄積が優位であることが示された (Figure 3G)。
変異型NRF2の転写活性亢進とKeap1非感受性: AREルシフェラーゼレポーターアッセイでは、変異型NRF2 (E79K、T80R、L30F) の転写活性が野生型と比較して有意に上昇した (p < 0.001、unpaired t検定、n=3 replicates、Figure 3E)。Keap1の共発現は野生型NRF2の転写活性を著明に抑制したが、変異型NRF2の活性はKeap1共発現によっても抑制されなかった。LK2細胞 (ホモ接合性E79K変異) でも内因性NRF2変異体がKeap1による抑制に抵抗することが確認された。内因性NRF2標的遺伝子 (NQO1、PRDX1、MRP3) の発現はKEAP1変異細胞 (A549) またはNRF2変異細胞 (LK2、EBC-1) で増加しており、KEAP1 cDNA導入はKEAP1変異A549細胞ではこれらの発現を低下させたが、NRF2変異細胞では効果がなかった (Figure 3F)。
NRF2 siRNA導入による酸化ストレス・シスプラチン感受性の回復: KEAP1変異 (A549) またはNRF2変異 (EBC-1) を持つ癌細胞株にNRF2 siRNAを導入すると、NRF2標的遺伝子発現が低下した (Figure 4A)。H2O2 (4 M、5時間) 処理に対する細胞生存率は、コントロールsiRNAと比較してNRF2 siRNA導入後に約1.6倍低下し、正常NRF2制御を持つH1650細胞と同等のレベルまで感受性が回復した (mean ± SD、n=3 replicates、Figure 4B)。シスプラチンに対する感受性試験でも、NRF2 siRNA処理によりA549・EBC-1細胞のシスプラチン感受性が有意に増強された (p < 0.05〜p < 0.001、Figure 4C)。
臨床的意義:予後不良との相関: NRF2変異を持つ肺扁平上皮癌患者 (n=60 patients) は、変異なし群と比較して無病生存率 (DFS) が有意に不良であった (p = 0.0247、ログランク解析、Figure 1D)。一部の腫瘍ではNRF2の野生型アレルが失われたホモ接合性変異 (LK2細胞、LK-40原発腫瘍) が確認され、LK2細胞ではNRF2遺伝子のコピー数増加 (3コピー) も認められた (Figure 1C)。これはNRF2変異が単なるハプロ不全ではなく、積極的な機能獲得として腫瘍進行に寄与することを示唆した。
考察/結論
本研究は、NRF2の体細胞変異が「がん遺伝子の機能獲得型変異 (gain-of-function mutation)」として機能しうることを初めて体系的に実証した。これまでNRF2はがん予防的な転写因子として位置付けられていたが、本研究によりNRF2変異によるその恒常的活性化が悪性化促進と化学療法耐性に直結することが明確化された。DLGとETGEモチーフの両方が変異ホットスポットとなることは、two-site substrate recognition/hinge and latch modelをin vivoで検証する直接的なエビデンスを提供し、NRF2-Keap1相互作用の構造生物学的知見と完全に一致する。
先行研究との違い: 先行研究ではKEAP1の体細胞変異が肺癌の一部で報告されNRF2活性化が示唆されていたが、NRF2自体のコーディング変異を系統的に解析し、その結合動態 (Ka変化) と分解速度 (半減期) および転写活性を定量的に実証した包括的解析は本研究が初めてである。重要なことに、NRF2変異とKEAP1変異は同一腫瘍内で相互排他的であった。この所見は、NRF2経路の活性化が「KEAP1機能喪失型変異」と「NRF2機能獲得型変異」という2つの独立した遺伝的機構によって達成されること、そして同一経路内での二重変異は選択圧上不利であることを示している。両者を合算すると肺癌の20%超でNRF2経路の恒常的活性化が起きていることになる。この点はこれまでの報告とは対照的である。
新規性: 本研究で初めて、ユビキチン-プロテアソーム系のアダプターサブストレート認識部位変異によるがん発生という新規の腫瘍形成機序を明確にした点でも大きな貢献をもたらした。特に、NRF2変異が喫煙者と扁平上皮癌に高頻度であったことはこれまで報告されていない新規の知見である。Keap1ノックアウトマウスでは全身のNRF2恒常的活性化にもかかわらず皮膚・上部消化管の過角化症が生じることから、喫煙に関連した酸化ストレスがNRF2依存的に扁平上皮系の分化を撹乱し、NRF2変異が扁平上皮癌の発生に特に有利な環境を作る可能性が考えられる。
臨床応用: NRF2経路の阻害が化学療法感受性を回復させるという本研究のデータは、NRF2を治療標的とする新しいパラダイムを提唱する。KEAP1/NRF2変異は白金系化学療法耐性の予測バイオマーカーとなりうる。これは、患者層別化や個別化医療への臨床応用において重要な意義を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、NRF2変異を標的とした選択的阻害剤の開発、大規模コホートでのNRF2/KEAP1変異と化学療法耐性・予後の前向き評価、ならびにETGE/DLGモチーフを標的とした分子設計 (NRF2-Keap1相互作用阻害薬 vs NRF2直接阻害薬) の比較が挙げられる。また、NRF2活性化が細胞増殖に与える影響のメカニズムをさらに詳細に解析する必要がある。本研究のlimitationとしては、変異の機能的影響をより広範な癌種で検証する必要がある点が挙げられる。
方法
検体収集とシーケンシング: 85種類の癌細胞株のNRF2コーディング全領域をシーケンシングした。さらに、原発性肺癌患者103例 (扁平上皮癌60例、腺癌を含む各種組織型) と頭頸部癌患者12例の腫瘍検体を収集した。これらの検体からレーザーキャプチャーマイクロダイセクション (LM200) を用いて癌細胞を単離し、High Fidelity TaqポリメラーゼでPCR増幅後、サンガーシーケンシングにより変異を同定した。検出された変異は、対応する正常組織DNAとの比較により体細胞変異であることを確認した。コピー数解析には、Agilent TechnologiesのHuman genomic CGH microarray 44Bを用いた。
等温滴定型熱量測定 (ITC): 精製した組換えNeh2変異体タンパク質 (DLGモチーフ変異型は全長Neh2、ETGEモチーフ変異型は△1-33 Neh2) とKeap1-DC (C末端ダブルグリシンリピートとCTD領域) またはフルレングスKeap1とのITC滴定実験を25°Cで実施した。これにより、結合化学量論 (n) と結合定数 (Ka) を定量的に評価した。全ての実験はトリプリケート (n=3 replicates) で実施した。データ解析にはMicroCal Inc.のOrigin version 5.0ソフトウェアを使用した。
in vivo免疫沈降・ユビキチン化アッセイ: HEK293T細胞にMycタグ付きNRF2 (野生型またはE79K/T80R/L30F変異体) とFlagタグ付きKeap1を共発現させた。抗Flag抗体を用いた免疫沈降後、抗Myc抗体でNRF2-Keap1相互作用を評価した。また、プロテアソーム阻害剤MG132存在下でHAタグ付きユビキチンを共発現させ、NRF2のユビキチン化の程度を免疫ブロットにより評価した。
タンパク質安定性解析: シクロヘキシミドチェイス実験により新規タンパク質合成を阻止し、15分から60分の時点でNRF2タンパク質量を免疫ブロットで測定し、半減期を算出した (n=3 replicates、平均±SD)。
転写活性アッセイ・細胞機能解析: ARE (抗酸化反応要素) を含むプロモーターのルシフェラーゼレポーターアッセイを用いて、NRF2の転写活性を定量した。NRF2 siRNA (非サイレンシングコントロールと比較) を癌細胞株 (A549、EBC-1、H1650) に導入し、H2O2 (4 M、5時間処理) による酸化ストレス耐性とシスプラチン感受性を細胞生存率アッセイで評価した。細胞生存率アッセイはn=3 replicatesで実施した。
臨床データ解析: NRF2変異を持つ肺扁平上皮癌患者の無病生存率 (DFS) をカプランマイヤー法で解析し、ログランク検定により有意差を評価した。