• 著者: Mitsuishi Y, Taguchi K, Kawatani Y, Shibata T, Nukiwa T, Aburatani H, Yamamoto M, Motohashi H
  • Corresponding author: Masayuki Yamamoto (masiyamamoto@med.tohoku.ac.jp); Hozumi Motohashi (hozumim@med.tohoku.ac.jp), Tohoku University Graduate School of Medicine
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2012-07-09
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 22789539

背景

増殖細胞は休止細胞とは異なり、大量の栄養素(グルコース、グルタミン)を取り込み、その代謝産物を合成代謝経路へシフトさせる「代謝リプログラミング」を行う。この代謝リプログラミングは、細胞の増殖と生存に不可欠な核酸、脂質、タンパク質などの生体分子の合成をサポートする。がん細胞の代謝リプログラミングには、c-Myc、p53、PI3K-Akt(phosphatidylinositol 3-kinase - protein kinase B)などの発がん性経路が関与することがこれまでの研究で明らかになっていた。しかし、ペントースリン酸経路(PPP; pentose phosphate pathway)を直接活性化する主要な調節因子は未同定であり、増殖細胞におけるPPPの活性化メカニズムには未解明な点が多く、知識ギャップが存在していた。PPPは、核酸合成に必要なリボース-5-リン酸(R5P)と、酸化ストレス防御に必要な還元当量NADPHを産生する重要な経路である。p53の標的遺伝子であるTIGAR (TP53-induced glycolysis and apoptosis regulator) は、解糖系を抑制し、炭素フラックスをPPPへ転換することでPPP活性を間接的に促進することが報告されていた。しかし、増殖細胞では解糖系も同時に促進されることが多いため、PPPを積極的に促進する別の直接的なメカニズムの存在が示唆されていた。この点において、増殖細胞におけるPPPの直接的な制御機構に関する知識が不足していた。

Nrf2 (nuclear factor erythroid 2-related factor 2、別名 NFE2L2; NF-E2-related factor 2) は、異物や酸化ストレスに応答して細胞保護遺伝子(解毒酵素、抗酸化タンパク質)の転写を活性化するマスター転写活性化因子である。通常、Nrf2はKeap1 (Kelch-like ECH-associated protein 1) によるユビキチン化とプロテアソーム分解を受けているが、ストレス刺激によりKeap1が不活性化されるとNrf2が安定化され、核内へ移行して抗酸化応答配列(ARE; antioxidant response element)に結合し、多数の細胞保護遺伝子の転写を活性化する。近年、NRF2は多くのヒトがん(肺がんを含む)で構成的に安定化されることが報告されており (Shibata et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008)、高NRF2レベルは化学療法・放射線耐性のみならず、積極的な増殖とも関連する不良予後因子として注目されていた。また、先行研究である Shibata et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008 においても、KEAP1やNRF2の遺伝子変異ががんの悪性化を促進することが示されていた。しかし、NRF2が増殖を促進する分子機序は不明であり、特に代謝リプログラミングにおけるNRF2の直接的な役割については知識が不足しており、詳細なメカニズムは未解明であった。本研究は、増殖細胞におけるNrf2の機能拡張と、PI3K-Aktシグナルとの相互作用に焦点を当て、この知識ギャップを埋めることを目指した。

目的

本研究の目的は、がん細胞の増殖におけるNrf2の新たな役割を解明することである。具体的には、Nrf2の転写標的遺伝子を同定し、特に代謝経路に関わる遺伝子群への影響を詳細に解析する。さらに、PI3K-Aktシグナル経路などの増殖シグナルとNrf2の機能的相互作用を検討し、Nrf2が細胞保護機能に加えて、どのように細胞増殖をサポートする代謝活動を促進するのか、その分子メカニズムを明らかにすることを目指した。最終的には、Nrf2ががんの悪性化において果たす役割を拡大し、新たな治療標的としての可能性を評価する。

結果

Nrf2によるPPP、ヌクレオチド合成、およびNADPH産生遺伝子の直接的活性化: Nrf2が構成的に安定化されているがん細胞株(A549、H2126、LK2、EBC1)において、Nrf2のノックダウンは細胞増殖を有意に抑制した (Figure 1A)。例えば、A549細胞(n=3 replicates)ではNrf2 siRNA導入後72時間で細胞数が対照群の約50%に減少した (p<0.001)。マイクロアレイ解析の結果、Nrf2ノックダウンにより、細胞保護遺伝子群に加えて、PPP酵素遺伝子(G6PD; glucose-6-phosphate dehydrogenase、PGD; phosphogluconate dehydrogenase、TKT; transketolase、TALDO1; transaldolase 1)、プリンヌクレオチド合成遺伝子(PPAT; phosphoribosyl pyrophosphate amidotransferase、MTHFD2; methylenetetrahydrofolate dehydrogenase 2)、およびNADPH産生遺伝子(ME1; malic enzyme 1、IDH1; isocitrate dehydrogenase 1)の発現が有意に減少した (Figure 1B)。これらの遺伝子のmRNA発現は、Nrf2ノックダウンにより平均で約50%減少した (p<0.01)。ChIP-seq解析とマイクロアレイデータを統合した結果、G6PD、PGD、TKT、TALDO1、ME1、IDH1は、保存されたAREを介してNrf2の直接的な標的遺伝子であることが確認された (Figure 1D, 1E)。これらの代謝遺伝子のNrf2依存的な発現は、他の3つのNrf2構成的安定化細胞株(n=3 cell lines)でも再現された。

Nrf2によるグルコースおよびグルタミン代謝の合成代謝経路への再指向: Nrf2ノックダウンA549細胞(n=3 replicates)では、解糖系中間体(G6P、F6P、DHAP、ピルビン酸、乳酸)が増加し、PPP中間体(6-PG、Ru5P、R5P、S7P)も増加した一方で、プリンヌクレオチド合成の第一産物であるPRPP(phosphoribosyl pyrophosphate)とIMP(inosine 5’-monophosphate)が減少した (Figure 2B, 2C)。IMPはNrf2ノックダウンにより約50%減少した (p<0.001)。[U-13C6]グルコースを用いたトレーサー解析では、IMPのリボース環(C5)が100%グルコース由来であることが示され、Nrf2ノックダウンにより13C5-IMPおよび13C5-ADPが有意に減少し(p<0.001)、グルコース由来の炭素が核酸合成から乖離することが示された (Figure 2D)。このことは、Nrf2ノックダウン細胞において、R5PからIMPへの後段ステップ(ポストR5Pステップ)が遅延し、PPP中間体が蓄積することを示唆している。また、Nrf2ノックダウン細胞ではグルタミンおよびグルタメートが著明に増加しており (Figure 2F)、[U-13C5]グルタミンを用いたトレーサー解析により、Nrf2がグルタミン代謝、特にグルタチオン(GSH; glutathione)合成とTCAサイクルへのグルタミン分解に重要な役割を担うことが示された (Figure 2E, 2G)。Nrf2ノックダウンにより、13C標識されたGSHおよびGSSG(酸化型グルタチオン)のレベルが約50%減少し(p<0.01)、ME1活性の低下が示唆された。

Nrf2依存的増殖におけるPPP活性の必須性: PPPの酸化的アームに関わるG6PDと非酸化的アームに関わるTKTの同時ノックダウンは、A549細胞の増殖を有意に抑制した (Figure 3B)。G6PDとTKTの同時ノックダウンにより、72時間後の細胞数は対照群の約60%に減少した (p<0.001)。ヌードマウス(n=6 mice)に移植したA549異種移植腫瘍において、腫瘍内へのNrf2 siRNAまたはG6PD+TKT siRNAの局所注射は、いずれも腫瘍増殖を著明に抑制した (Figure 3C, 3D)。siRNA処理後28日目の腫瘍重量は、対照群と比較して有意に減少しており(p<0.001)、G6PD+TKT siRNA群では腫瘍重量が約60%減少した。PPP活性がNrf2依存的な腫瘍増殖にin vivoで必須であることが確認された。また、293T細胞において外因性のG6PDまたはTKTを単独で過剰発現させると、細胞増殖が有意に加速された (Figure 5E)。G6PDまたはTKTの過剰発現により、96時間後の細胞数はLacZ発現細胞と比較して約1.5-fold(1.5倍)に加速された (p<0.01)。

Nrf2過剰発現による培養細胞の代謝活動変化と増殖促進: 293/FLAG-Nrf2細胞においてテトラサイクリン誘導によりNrf2を過剰発現させると、NQO1などの細胞保護遺伝子およびG6PD、PGD、TKT、TALDO1、ME1、IDH1などの代謝遺伝子の発現が上昇した (Figure 4A)。同様に、Keap1欠損マウス胎児線維芽細胞(Keap1-/- MEF, n=3 replicates)では、野生型MEFと比較してNrf2の核内蓄積が豊富であり、代謝遺伝子の発現も高かった (Figure 4D, 4E)。[U-13C6]グルコースを用いたトレーサー研究では、Keap1-/- MEFにおいて13C5-IMP、13C5-AMP、13C5-ATPが有意に増加し(p<0.01)、グルコース由来の炭素がプリンヌクレオチド合成にシフトしていることが示された (Figure 4F)。Keap1-/- MEFの細胞数増加は野生型MEFよりも著しく速く、72時間で約2.0-fold(2倍)の細胞数を示した (Figure 4G, p<0.001)。

PI3K-Aktシグナル存在下におけるNrf2の代謝遺伝子活性化: Nrf2の代謝遺伝子活性化が組織によって異なること(例: 前胃・腸では活性化されるが肝臓では弱い)が観察された (Figure 6A)。これは、前胃や腸の上皮細胞が活発に増殖しているのに対し、肝臓の大部分は休止期の細胞で構成されていることと関連していると考えられた。PI3K-Aktシグナル経路の活性化は、増殖細胞においてNrf2が代謝遺伝子を効果的に活性化するために必要であることが示唆された。血清飢餓によりPI3K-Akt活性が低下したKeap1-/- MEF(n=3 replicates)では、代謝遺伝子の発現が約50%低下したが(p<0.001)、細胞保護機能(CDNB; 1-chloro-2,4-dinitrobenzene 耐性)は維持された (Figure 7D, 7G)。Pten欠損とKeap1欠損を組み合わせたP/K-Albマウスの肝臓(n=3 mice)では、PI3K-AktとNrf2の両方が活性化された条件下で代謝遺伝子発現が最大化し、G6pdx、Tkt、Taldo1などの発現が対照と比較して約10-fold(10倍)に増加した (Figure 8A, p<0.001)。この活性化がNrf2依存的であることが示された。

PI3K-AktによるNrf2核内集積の促進とNrf2によるAktリン酸化の正のフィードバック: PI3K-Akt活性が高い組織(前胃、腸)や培養細胞では、Nrf2タンパク質の核内集積量が増加した (Figure 6G, 7E)。これはKeap1非依存的であり、Pten欠損に依存するメカニズムとして同定された。P/K-Alb肝臓(n=3 mice)では、対照と比較して核内Nrf2量が劇的に増加し、Nrf2 mRNAも有意に増加した (Figure 8C, 8D, p<0.001)。さらに、P/K-AlbマウスではNrf2依存的にAktのSer473およびThr308リン酸化が亢進しており、Nrf2がAkt活性化を正にフィードバックすることが示された (Figure 8C)。この正のフィードバックループは、PI3K-Akt経路の活性化がNrf2の核内利用可能性を高め、活性化されたNrf2がさらにPI3K-Akt経路の活性化を促進するという、がんの悪性進化における重要なメカニズムであると考えられた。

考察/結論

本研究は、Nrf2が細胞保護機能に加えて、増殖細胞における代謝リプログラミングを直接制御するという新規の機能的次元を解明した。Nrf2は、ペントースリン酸経路(PPP)の6つの遺伝子(G6PD、PGD、TKT、TALDO1、ME1、IDH1)をAREを介して直接活性化し、グルコースをプリンヌクレオチド合成(細胞分裂に必要なDNA前駆体の供給)とNADPH産生に向かわせる。また、グルタミンをグルタチオン合成(増殖促進に関連)とTCAサイクルへリダイレクトすることが明らかにされた。これらの代謝経路の活性化は、がん細胞の増殖を加速するために不可欠である。

先行研究との違い: これまでの研究では、Nrf2は主に酸化ストレス応答や解毒作用を介した細胞保護機能が強調されてきた。しかし、本研究は、Nrf2がPI3K-Aktシグナル経路の活性化下で、細胞保護機能に加えて、直接的に合成代謝経路を促進するという、これまで報告されていない機能拡張を持つことを示した点で、先行研究と大きく異なり、対照的な役割を明らかにしている。特に、PPPを直接活性化する転写因子としてNrf2を同定したことは新規の知見である。

新規性: 本研究で初めて、PI3K-Aktシグナル経路とNrf2経路の間に正のフィードバックループが存在することを明らかにした。PI3K-Akt経路の活性化がNrf2の核内集積量を増加させ、さらにNrf2がAktのリン酸化を増強するというこの相互作用は、がんの悪性化におけるNrf2の役割を拡大するものである。この正のフィードバックループは、Pten欠損などのPI3K活性化変異とKeap1/NRF2変異が共存するがん(肺腺がんを含む多くのがん)において、両経路が相乗的に増殖を促進するという悪化のモデルを新規に提供する。

臨床応用: 本知見は、抗がん治療のための合理的標的として、Nrf2自体のみならず、PPPの主要酵素(特にG6PDおよびTKT)の阻害可能性を示す。in vivoでのPPP酵素のsiRNA阻害による腫瘍増殖抑制効果は、このアプローチの臨床的有用性を示唆する。高発現Nrf2のがん組織と正常組織でのNrf2活性の量的差異は、がん選択的なNrf2阻害剤の開発に向けた理論的根拠を提供する。PI3K阻害薬単独の臨床的有効性が限定的である一因として、Nrf2によるAkt活性化の正のフィードバックループが考えられ、Nrf2経路との併用療法が臨床現場で有効である可能性も示唆される。

残された課題: Nrf2がPPP中間体のR5Pからプリン合成への後段ステップ(ポストR5Pステップ)をどのように転写後制御を含む複層的調節で促進するのか、その詳細な分子メカニズムは今後の検討課題であり、本研究におけるlimitation(限界)でもある。PPATやMTHFD2の機能増強が直接的な転写制御に加え、他のメカニズムによっても行われている可能性があり、さらなる機序解析が求められる。また、Nrf2のグルタミン代謝への寄与は、グルタチオン合成とME1によるグルタミン分解促進の二方面であり、これらの複合的な制御メカニズムの解明も重要である。Nrf2自体を標的とした治療戦略は、正常組織での酸化ストレス感受性増大という安全性の懸念があるため、腫瘍選択的なNrf2阻害剤の開発が今後の研究方向性として期待される。

方法

細胞モデル: Nrf2が構成的に安定化されているヒト肺がん細胞株(A549、H2126、LK2、EBC1)を主要な実験モデルとして使用した。A549細胞はKEAP1遺伝子の体細胞変異とプロモーターの過メチル化によりNrf2が構成的に安定化されている。また、テトラサイクリン誘導性FLAG-Nrf2発現293細胞株(293/FLAG-Nrf2)およびKeap1欠損マウス胎児線維芽細胞(Keap1-/- MEF)を用いて、Nrf2の過剰発現または安定化の影響を評価した。対照として、293/CAT(chloramphenicol acetyltransferase)細胞および野生型MEFを使用した。

Nrf2サイレンシング: Nrf2の機能を抑制するため、3種類の独立したNrf2 siRNA(small interfering RNA)を導入し、オフターゲット効果を最小限に抑えながら遺伝子発現および細胞増殖への影響を解析した。サイレンシング効率は、Nrf2の典型的な標的遺伝子であるNQO1 (NAD(P)H:quinone oxidoreductase 1) の発現減少を指標に評価した。

マイクロアレイ解析: A549細胞においてNrf2 siRNA処理後の全体的な遺伝子発現変化をHuman Oligo Microarray (Agilent) を用いて解析した。3種類の独立したNrf2 siRNA全てで発現が66.7%未満に減少した遺伝子をNrf2の標的候補として選択した。GEOデータベースのアクセッション番号はGSE28230である。

ChIP-seq解析: A549細胞におけるNrf2のゲノムワイドな結合部位をChIP-seq(chromatin immunoprecipitation sequencing)によりマッピングした。このデータは、マイクロアレイ解析の結果と統合され、Nrf2の直接的な標的遺伝子を同定するために利用された。特に、抗酸化応答配列(ARE)との関連性を詳細に解析した。

代謝物プロファイリング: キャピラリー電気泳動-質量分析(CE-MS; capillary electrophoresis mass spectrometry)を用いて、Nrf2 siRNA処理後のA549細胞および各種マウス組織における代謝物濃度を定量した。さらに、[U-13C6]グルコースおよび[U-13C5]グルタミンを用いたトレーサー研究により、代謝フラックスの変化を詳細に解析した。特に、プリンヌクレオチド合成経路とグルタミン代謝経路への炭素の取り込みを評価した。

in vivo実験: ヌードマウス(BALB/C nu/nu)にA549細胞を皮下移植し、形成された腫瘍にNrf2 siRNAまたはG6PD+TKT siRNAを局所注射することで、腫瘍増殖への影響を評価した。腫瘍サイズは3日ごとにキャリパーで測定された。腫瘍重量はsiRNA処理後28日目に測定された。

in vivoメチル化制御モデル: 肝臓特異的Pten欠損(PtenF/F::Alb-Cre; P-Alb)およびKeap1欠損(Keap1F/F::Alb-Cre; K-Alb)マウス、ならびにその二重欠損(PtenF/F::Keap1F/F::Alb-Cre; P/K-Alb)マウスを用いて、組織特異的なNrf2機能とPI3K-Aktシグナルとの相互作用を解析した。Nrf2欠損マウス(Nrf2-/-)も対照として使用した。すべての動物実験は東北大学実験動物研究委員会によって承認された。

統計解析: 全てのデータはStudent t-test(Studentのt検定)を用いて解析され、p値が0.05未満の場合を統計的に有意と判断した。