- 著者: Johanna E. Mayrhofer, Florian Enzler, Andreas Feichtner, Ruth Röck, Jakob Fleischmann, Andrea Raffeiner, Philipp Tschaikner, Egon Ogris, Roland G. Huber, Markus Hartl, Rainer Schneider, Jakob Troppmair, Omar Torres-Quesada, Eduard Stefan
- Corresponding author: Omar Torres-Quesada; Eduard Stefan (Institute of Biochemistry, University of Innsbruck, Austria)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-11-23
- Article種別: Original Article
- PMID: 33229534
背景
BRAFは、MAPK経路において最も頻繁に発癌性変異が認められるキナーゼの一つであり、悪性黒色腫 (50-60%)、甲状腺癌 (30-50%)、大腸癌 (10%)、非小細胞肺癌 (NSCLC) (3%) など、様々な癌種でその変異が報告されている。特に悪性黒色腫では、BRAF V600E変異が90%以上を占め、この変異に特異的な阻害薬であるvemurafenibやdabrafenib(単剤)、およびMEK阻害薬であるbinimetinibやtrametinibとの併用療法がFDAの承認を得ており、臨床的に高い有効性を示している。しかし、NSCLCにおけるBRAF変異の状況は悪性黒色腫とは大きく異なる。NSCLCでは、non-V600E変異(G466、G469、K601、N581、D594など)がBRAF変異全体の50%以上を占めることが、Lin et al. ProcNatlAcadSciUSA 2014や他の研究で報告されている。例えば、Davies et al. Nature 2002はBRAF遺伝子変異のヒト癌における重要性を指摘しており、Manning et al. Science 2002はヒトゲノムにおけるプロテインキナーゼの全体像を明らかにしている。
これらのnon-V600E変異は、V600E選択的阻害薬に対する応答が予測困難であり、さらにRAF二量体形成を促進することによるMAPK経路のパラドックス活性化のリスクも伴うため、治療戦略の確立が喫緊の課題となっている。BRAF変異は、その活性状態に基づいて「高活性(V600E)」「中間活性(G469A、L597Vなど)」「低活性/触媒活性不活化(D594G、G466Vなど)」に分類されることがYao et al. Nature 2017によって報告されているが、これらの生化学的分類が、様々なBRAF阻害薬(BRAFi)に対する細胞レベルでの感受性とどのように対応するのかは、これまで未解明であった。
また、全長BRAFキナーゼの自己阻害的コンフォメーション(N末端の自己阻害モジュール (AIM) によるキナーゼドメインの抑制)を生細胞内でリアルタイムに測定する汎用的な手法は存在せず、キナーゼの動的な活性状態を直接的に評価する技術が不足していた。この知識のギャップは、BRAF変異を持つ患者に対する精密医療の最適化を妨げる要因となっていた。特に、non-V600E BRAF変異を持つNSCLC患者に対する治療選択肢の拡大には、変異特異的な薬剤応答を予測する新たなバイオマーカーやプラットフォームの開発が不可欠である。本研究は、この未開拓な領域に焦点を当て、キナーゼのコンフォメーション変化をリアルタイムで定量する新しいアプローチを提案するものである。
目的
本研究の目的は、Renillaルシフェラーゼ蛋白断片相補アッセイ (PCA) を基盤としたKinConレポーター (Kinase Conformation reporter) プラットフォームを開発し、生細胞内で全長キナーゼの自己阻害性コンフォメーション変化をリアルタイムで測定することである。具体的には、10種類の患者由来BRAF変異(G466V, G469A, Y472C, N581S, D594G, L597V, V600E, V600K, V600R, K601E)を導入したKinConレポーターを用いて、4種類のBRAF阻害薬(BRAFi: vemurafenib、encorafenib、dabrafenib、PLX8394)がこれらの変異キナーゼのコンフォメーションに与える影響を系統的にプロファイリングすることを目指した。
さらに、KinConレポーターによる薬剤効果の予測が、患者由来NSCLC細胞株における細胞増殖抑制効果や下流シグナル経路(pERK, pMEK)の活性化抑制とどの程度一致するかを検証し、その臨床的妥当性を評価する。最終的には、KinConプラットフォームが、BRAF変異を持つ癌患者に対する精密医療において、変異特異的な薬剤選択を支援する新たなツールとして機能し得るかを実証することを目的とする。また、本プラットフォームがBRAF以外の癌関連キナーゼにも応用可能であることを示し、その汎用性を確立することも重要な目的の一つである。
結果
KinConレポーターの原理的検証と生細胞内での動的コンフォメーション測定の確立: 本研究で開発したKinConレポーターは、生細胞内で全長キナーゼの自己阻害的コンフォメーション変化をリアルタイムで測定できることを実証した。野生型BRAFのKinConレポーターをHEK293細胞に導入し、HRAS G12Vを共発現させると、生物発光シグナルが低下し、BRAFがより開放されたコンフォメーションに移行することを示した (Fig. 1C, Left)。同様に、内因性上皮成長因子 (EGF) 受容体をEGFペプチドで刺激すると(5分および10分曝露)、MEKおよびERKのリン酸化/活性化が誘導され、それに伴いBRAF KinConレポーターの生物発光が低下し、開放コンフォメーションへの移行が確認された (Fig. 1C, Right)。これは、上流シグナル経路の活性化がBRAFのコンフォメーション変化を介して伝達されることを示している。さらに、試験した10種類の患者由来BRAF変異すべてにおいて、野生型と比較して生物発光の低下、すなわちコンフォメーションの開放が観察された (Fig. 1E)。これは、癌関連BRAF変異が、野生型よりも自己阻害が解除された状態にあることを生細胞内で直接的に実証したものであり、KinConレポーターが生細胞におけるキナーゼの動的コンフォメーションをリアルタイムで測定する汎用プラットフォームとして機能することを示している。
BRAF変異別コンフォメーション開放プロファイルと活性化度の体系的定量: 10種類のBRAF変異レポーターのコンフォメーション開放度を比較した結果、変異の位置と種類によって異なる開放プロファイルが明らかになった。最も顕著なコンフォメーション開放(高活性状態)は、P-loop変異であるG466VおよびG469A、ならびにA-loop変異であるV600E、V600K、V600R、およびN581Sで観察された (Fig. 1E)。これらの変異は、野生型BRAFレポーターと比較して有意な生物発光の低下(p<0.001)を示した。中間的な開放はK601E、Y472C、L597Vで、比較的弱い開放はD594Gで認められた。このD594G変異は、文献上低/中等度活性変異として分類されており、本KinConレポーターによる結果は、Yao et al. Nature 2017による生化学的活性分類と高い一致を示した。これにより、KinConレポーターが既存の酵素アッセイデータを細胞内で再現し、変異特異的なキナーゼ活性状態を正確に反映する信頼性の高いツールであることが実証された。
BRAF阻害薬効果のKinConプロファイリングと変異選択性の差異: 4種類のBRAF阻害薬(vemurafenib、encorafenib、dabrafenib、PLX8394)の各BRAF変異KinConレポーターに対する効果をプロファイリングした結果、阻害薬間で変異選択性に明確な差異が認められた (Fig. 2B)。vemurafenibは主にV600E変異に対して最も強いコンフォメーション閉鎖を誘導し、non-V600E変異への効果は限定的または不均一であった。これは、vemurafenibのV600E高選択性を裏付けるものである。一方、encorafenibとdabrafenibは、V600E変異に加え、G469AやN581Sなどの一部のnon-V600E変異においてもコンフォメーション閉鎖を誘導した。特に、PLX8394(パラドックスブレーカーとして前臨床開発中の化合物)は、G466VやG469AなどのP-loop変異を含む、より広範なBRAF変異に対して強力なコンフォメーション閉鎖効果を示した。これは、PLX8394がRAF二量体形成によるパラドックス活性化を回避しつつ、より広域のBRAF変異を標的とする可能性を示唆している。例えば、BRAF-N581S KinConレポーターでは、dabrafenibがコンフォメーションにほとんど影響を与えなかったのに対し、PLX8394は1 nMという低濃度で即座にコンフォメーション閉鎖効果を示した (Fig. 3A)。この結果は、BRAFi間の変異選択性の違いをKinConプロファイリングが明確に捉えることを示している。
患者由来NSCLC細胞株での予測検証とKinConプロファイルの一致: KinConプロファイリングで得られた薬剤効果予測の妥当性を、non-V600E BRAF変異を持つNSCLC細胞株(H1666細胞、BRAF-G466V変異)を用いて検証した。H1666細胞において、encorafenibとPLX8394はKinConプロファイルと一致する強力な細胞増殖抑制効果(cell viabilityの有意な低下、p<0.001)を示した (Fig. 3D)。同時に、これらの薬剤は下流シグナル分子であるpERKおよびpMEKのレベルも顕著に低下させた。対照的に、vemurafenibはH1666細胞に対する増殖抑制効果が限定的であり、これもKinCon予測と一致した。この結果は、KinConプロファイリングが、特定のBRAF変異を持つ癌細胞株における薬剤の細胞増殖抑制効果を正確に予測するバイオマーカーとして機能することを実証している。例えば、BRAF-N581S変異を持つHAタグ付きBRAFを過剰発現させたHEK293細胞では、PLX8394が10 nMという低濃度でpERK1/2レベルを効率的に抑制したのに対し、dabrafenibの効果は有意に低かった (Fig. 3B)。
KinConプラットフォームの他キナーゼへの拡張性と汎用性: KinConプラットフォームは、BRAF以外のキナーゼや酵素活性を持たないタンパク質にも応用可能であることが示された。BTK、CDK4、CDK6、GSK3β、MEK1、PKAcなど、様々なキナーゼのKinConレポーターを構築し、同様の原理でコンフォメーション測定が可能であることを実証した (Fig. 4A)。特に、MEK1の患者変異(K57E, K57N, P124S)は、野生型MEK1 KinConレポーターと比較してコンフォメーション開放を引き起こし、活性化を誘導する効果が異なることを示した (Fig. 4B)。また、cAMP依存性プロテインキナーゼA (PKA) の触媒サブユニット (PKAc) のKinConレポーターを用いて、β2アドレナリン受容体刺激によるcAMP動員に応じたPKAcのコンフォメーション変化を追跡できることを示した (Fig. 4C)。これらの結果は、KinConプラットフォームが、多様なキナーゼやシグナル伝達タンパク質の動的コンフォメーションを評価するための汎用性の高いツールであり、精密医療における幅広い応用可能性を持つことを示唆している。
考察/結論
本研究は、Renillaルシフェラーゼ断片相補アッセイを基盤としたKinConレポータープラットフォームを開発し、全長キナーゼの自己阻害的コンフォメーション変化を生細胞内でリアルタイムに測定できる初の汎用プラットフォームであることを確立した。この技術は、変異特異的かつ薬剤特異的なキナーゼコンフォメーション状態の定量を可能にし、キナーゼの複雑な調節機構や薬剤結合による動態に関する新たな機械論的洞察を提供する。
先行研究との違い: これまでの研究では、主に組換えキナーゼドメインの生化学的活性や細胞溶解物を用いたアッセイが主流であったが、本研究は、全長キナーゼをその生理的な細胞環境下で解析できる点で、これまでの方法論と大きく異なる。特に、BRAFの自己阻害モジュール (AIM) によるコンフォメーションの動態を直接的に測定する手法は、これまで報告されていなかった。
新規性: 本研究で初めて、10種類の患者由来BRAF変異がそれぞれ異なるコンフォメーション開放プロファイルを示すことを生細胞内で定量的に明らかにした。また、FDA承認BRAFiと前臨床段階のパラドックスブレーカーPLX8394が、これらの変異BRAFに対して異なるコンフォメーション閉鎖効果を持つことを系統的にプロファイリングしたことは新規な知見である。KinConプロファイリングが、non-V600E BRAF変異を持つNSCLC細胞株における薬剤の増殖抑制効果を正確に予測できることを実証した点も、本研究の重要な新規性である。
臨床応用: 本研究の最大の臨床的含意は、FDA承認のメラノーマ用BRAFiであるencorafenibやdabrafenib、および前臨床化合物PLX8394が、NSCLCのnon-V600E BRAF変異にも有効である可能性をKinConプロファイリングが予測し、患者由来細胞株実験で検証したことである。NSCLCにおいてBRAF変異の50%以上がnon-V600Eであり、これらの患者には現行のV600E選択的療法は適用できない。本研究は、encorafenib+binimetinibまたはdabrafenib+trametinibといった併用療法のnon-V600E BRAF変異NSCLCへの適応拡大、あるいはPLX8394のような新規化合物の開発方向性を示すものである。実際に、Davies et al. Nature 2002やPlanchard et al.が報告したBRAF V600E陽性NSCLCへのdabrafenib+trametinibの奏効率 (ORR 64-68%) は、BRAF変異NSCLCにも精密医療が有効であることを示しているが、non-V600E変異については依然として根拠が十分でなく、KinConプロファイリングに基づく前向き試験が求められる。
残された課題: 今後の検討課題として、KinCon技術の臨床グレードの変異スクリーニングへの実用化が挙げられる。具体的には、患者腫瘍由来細胞やオルガノイドを用いた薬剤選択支援への応用が期待される。また、本研究で汎用性が示された他のキナーゼ(BTK、CDK4/6など)における精密医療への応用も今後の重要な方向性である。Limitationとして、KinConシステムはキナーゼを過剰発現させた人工モデルであるため、内因性発現レベルでの挙動や生体内の複雑なシグナル経路クロストークを完全に反映しない可能性がある点が挙げられる。また、自己阻害の開放(生物発光低下)と実際の細胞増殖効果が必ずしも線形相関しない場合があることも考慮する必要がある。さらに、RenillaルシフェラーゼPCAベースのレポーターは、その発光シグナル寿命と低い光子放出率により、シングルセル解析への適用が制限される可能性がある。
方法
KinConレポーターの構築と原理検証: Renillaルシフェラーゼ蛋白断片相補アッセイ (PCA) を利用したKinConレポーターを構築した。全長BRAFのN末端にRenillaルシフェラーゼ断片1 (F[1])、C末端に断片2 (F[2]) を融合したF[1]-BRAF-F[2]を設計した。このレポーターは、自己阻害的(閉じた)コンフォメーションでは両断片が接近し、生物発光(bioluminescence)が最大化される。一方、活性(開いた)コンフォメーションでは断片が離れてシグナルが低下する原理に基づいている。RAS活性化、BRAF変異、および薬剤結合によるコンフォメーション変化を、発光シグナル(相対光量単位/RLU、蛋白発現量で補正)として定量した。野生型BRAF KinConレポーターをHEK293細胞に導入し、HRAS G12Vの共発現やEGF刺激(200 ng/mL)によるコンフォメーション変化(生物発光の低下)を測定することで、レポーターの機能性を検証した。
BRAF変異KinConレポーターの作製とプロファイリング: 臨床的に重要な10種類の患者由来BRAF変異(G466V, G469A, Y472C, N581S, D594G, L597V, V600E, V600K, V600R, K601E)を部位特異的変異導入法によりKinConレポーターに導入した。これらの変異レポーターをHEK293細胞に過剰発現させ、各変異の基礎的なコンフォメーション状態(生物発光レベル)を測定し、野生型BRAFと比較したコンフォメーション開放度を評価した。発現量はウェスタンブロットにより確認し、RLU値を補正した。
BRAF阻害薬の評価: FDA承認BRAFiであるvemurafenib、encorafenib、dabrafenib、およびパラドックスブレーカーとして前臨床開発中のPLX8394の4種類の薬剤を、各BRAF変異KinConレポーターに適用した。薬剤は100 nMおよび1 μMの濃度で3時間処理し、コンフォメーション変化(生物発光の変化)を定量した。特に、BRAF-N581S変異レポーターに対しては、dabrafenibとPLX8394の用量依存的な効果を1 nMから評価した。
患者由来NSCLC細胞株での検証: non-V600E BRAF変異を持つNSCLC細胞株(H1666細胞、BRAF-G466V変異)を用いて、KinConプロファイリングで得られた薬剤効果予測の妥当性を検証した。細胞増殖アッセイ(cell viability)により、1 μMの各BRAFiが細胞増殖に与える影響を60時間追跡した。また、ウエスタンブロット法により、下流シグナル分子であるリン酸化ERK (pERK) およびリン酸化MEK (pMEK) の発現レベルを測定し、MAPK経路の活性化抑制効果を評価した。
KinConプラットフォームの汎用性検証: BRAF以外のキナーゼ(BTK、CDK4、CDK6、GSK3β、MEK1、PKAcなど)や、酵素活性を持たないがコンフォメーション変化を示すタンパク質(Merlin、N-WASP、PP2A PR65サブユニット)についてもKinConレポーターを構築し、同様の原理でコンフォメーション測定が可能であることを実証した。MEK1変異体(K57E, K57N, P124S)やPKAc変異体(L206R)のコンフォメーション変化を測定し、GPCRシグナル伝達(イソプロテレノール刺激によるcAMP動員)との関連も評価した。
統計解析: データはKolmogorov-Smirnov正規性検定により正規分布を評価した。非正規分布データにはノンパラメトリックMann-Whitney U検定を用いた。その他、二元配置分散分析 (two-way ANOVA) および対応のあるStudent’s t検定を用いて統計的有意性を評価した。値は平均 ± 標準誤差 (SEM) または標準偏差 (SD) で示し、p<0.05、p<0.01、p<0.001を有意とした。本研究は、特定のNCT番号を持つ臨床試験ではないが、基礎研究として細胞株を用いた検証を行っている。