- 著者: Luping Lin, Sharmistha Asthana, Emily Chan, Sarah J. Hartman, Deepak L. Bhatt, Trever G. Bivona
- Corresponding author: Trever G. Bivona (University of California San Francisco, San Francisco, CA, USA)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences
- 発行年: 2014
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article (Basic science / Translational)
- PMID: 24550319
背景
BRAF V600E変異は非小細胞肺癌 (NSCLC) の約1-3%に認められ、MEK-ERKシグナル経路の恒常的活性化を介した発がんドライバーとなることが知られている。BRAF V600E陽性黒色腫においてBRAF阻害剤であるvemurafenibが著効を示すことが確立されていたが (Chapman et al. NEnglJMed 2011)、NSCLCにおけるBRAF V600E依存性の分子的規定因子とBRAF阻害薬耐性機序は未解明であった。BRAF阻害薬 (vemurafenib、dabrafenib等) に対する耐性は、BRAF増幅・スプライシング変異、KRAS/NRAS/MEK変異、受容体型チロシンキナーゼ (RTK) 活性化など多様な機序を通じて獲得されることが他の腫瘍種で報告されていたが (Davies et al. Nature 2002)、肺癌特有の耐性機序の系統的解析は不足していた。EGFRシグナルはNSCLCの生存に重要であり、BRAF阻害後のEGFRフィードバック活性化が結腸癌でも報告されていることから、NSCLC特有の微小環境やシグナルクロストークが耐性規定因子となる可能性が示唆されていた。特に、BRAF V600E変異を有するNSCLC患者の臨床的特徴とその治療反応性に関する知見は限られており (Paik et al. JClinOncol 2011)、このギャップを埋めることが喫緊の課題であった。
目的
BRAF V600E陽性NSCLCにおけるBRAF阻害薬獲得耐性の分子的クラス分類を実施し、各クラスの耐性機序を解明するとともに、耐性を克服する治療戦略を同定することを目的とした。具体的には、HCC364細胞株を用いて耐性メカニズムを詳細に解析し、臨床検体におけるバイオマーカーの検証を行うことで、精密医療への応用可能性を探ることを目指した。
結果
BRAF V600E特異的感受性とvemurafenib耐性モデルの樹立: BRAF V600E陽性NSCLCのHCC364細胞株はvemurafenibに感受性を示し (IC50約0.7 µM)、MEK阻害剤AZD6244にも感受性を示した。一方、BRAF V600E以外の変異 (G469A・D594G等のClass 2/3 BRAF変異) を保有するNSCLC細胞株はvemurafenibに固有耐性を示した。Vemurafenib漸増処置によりHCC364から5種類の独立した耐性サブライン (VR1-VR5) が樹立され、各サブラインのvemurafenib感受性は親株と比較して10倍以上低下していた (Fig. 1A, Table S1)。これらの耐性サブラインでは、BRAF阻害薬処置後もMEK-ERKシグナル伝達の持続的活性化が認められた (Fig. 1B)。
Class I耐性:p61VE異常スプライシング変異体の出現: VR1・VR2に代表されるClass I耐性サブラインでは、全長BRAF V600Eタンパク質 (BRAF FL、約90kDa) の発現が著明に低下する一方、exon 4-8を欠く異常スプライシング変異体p61VE (約61kDa) が出現・蓄積した (Fig. 2C)。p61VEはRAS非依存的にMEKを活性化するBRAF二量体を形成し、ATP競合型BRAF阻害薬が二量体形成を阻害する際に必要な立体効果が失われるため、vemurafenibに対して耐性を示すことが示唆された。Western blotによるpERK解析でClass I耐性サブラインではBRAF阻害薬処置後もpERKが高値を維持しており、RAS-MEK-ERK経路の持続的活性化が耐性の生化学的基盤であることが確認された (Fig. 1B)。p61VEのsiRNAによるノックダウンはVR1細胞の生存率を有意に低下させ (Fig. 2E, p<0.05)、p61VEがBRAF阻害剤耐性に必要かつ十分であることが示された。
Class II耐性:c-Jun→EGFRリガンド→autocrine EGFRシグナル: VR3-VR5に代表されるClass II耐性サブラインでは全長BRAF V600Eの発現は保たれており、p61VEは検出されなかった。その代わり、転写因子c-Junの発現・核内蓄積が増大し、その下流転写標的であるEGFRリガンド (TGFα・amphiregulin・EREG・HB-EGF等) のmRNA発現が親株比で複数倍に増加していた (Fig. 5A)。ELISA・Westernブロットによりautocrine TGFα/AREG分泌とpEGFR (Y1068) の維持が確認された。c-Jun siRNAによるc-Junのノックダウンにより、EGFRリガンド発現が低下し、BRAF阻害薬感受性が部分的に回復した (Fig. 5F, G)。Class II耐性サブラインではpEGFR→pAKT (PI3K/AKT経路) の維持が顕著で、pERKの再活性化は限定的であった (Fig. 4A)。c-JunによるEGFRリガンド自己分泌ループがClass II耐性の中心的ドライバーであることが実証された。
pAKTによるClass II耐性の識別とバイオマーカー検証: Class I (pERK高値・pAKT低値) とClass II (pERK低値・pAKT高値) の明確なシグナルプロファイルの差異が示され、pAKT測定がClass II耐性の同定に有効であることが示された (Fig. 4A)。BRAF V600E陽性NSCLCのdabrafenib治療後に耐性となった臨床患者検体2例について、再生検腫瘍組織のリン酸化プロテオミクス解析を実施した結果、患者#2の1例でpAKT高値・c-Jun増加・EGFRリガンド発現増加が確認され、臨床耐性検体でもClass II耐性が生じることが示された (Fig. 6B)。患者#1ではKRAS G12D変異が検出され、pAKTの増加は認められなかった。これらの結果は、pAKTレベルがBRAF阻害剤耐性NSCLC患者の層別化に有用なバイオマーカーとなる可能性を示唆する。
BRAF+EGFR/MEK二重阻害による耐性克服: Class II耐性サブライン (VR3-VR5) に対し、BRAF阻害薬 (vemurafenib) 単剤は無効であったが、EGFR-TKI (erlotinibまたはgefitinib) との組み合わせはIC50を親株レベルに回復させ、増殖抑制効果が著明に増強された (Fig. 4C)。組み合わせ処置によりpEGFR・pAKT・pERKが同時に抑制され、autocrine EGFRシグナルループの断絶が確認された (Fig. 4D)。Class I耐性サブライン (VR1-VR2) に対してはMEK阻害薬 (AZD6244) との組み合わせが有効で、p61VE-MEK-ERK経路を下流で遮断することで増殖抑制が達成された (Fig. 3A)。in vivoマウスゼノグラフトモデル (HCC364 VR3) においても、vemurafenib+erlotinibの組み合わせが単剤に比べて有意な腫瘍縮小効果を示した。腫瘍体積の変化率は、vemurafenib単剤群で平均+50%以上であったのに対し、併用群では平均-40%以上であり、顕著な効果が認められた (p<0.01)。これによりBRAF V600E NSCLCにおけるBRAF+EGFR二重阻害の前臨床的根拠が確立された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究はBRAF V600E NSCLCにおける後天性耐性を2種のクラスに分類し、それぞれ異なる分子機序 (BRAF splicing variant vs. EGFRリガンド自己分泌) によることを明らかにした。先行研究ではBRAF V600E陽性結腸癌や甲状腺癌においてEGFRのフィードバック活性化がBRAF阻害剤に対する初期耐性に関与することが報告されていたが、本研究でNSCLCにおいては、BRAF阻害後のEGFRフィードバック活性化が初期耐性ではなく、獲得耐性の主要なメカニズムとして機能することが示された点で対照的である。この腫瘍種特異的な耐性メカニズムの差異は、BRAF V600E変異を有する腫瘍の治療戦略を策定する上で極めて重要である。
新規性: 本研究で初めて、Class II耐性において転写因子c-Junを介したEGFRリガンドの自己分泌がBRAF阻害剤耐性を駆動する新規のメカニズムであることを同定した。このc-Junを介したEGFRリガンド発現の制御は、BRAFシグナルとEGFRシグナル間のこれまで報告されていないクロストークを明らかにするものであり、腫瘍細胞が薬剤選択圧下でシグナルネットワークを再構築するメカニズムに新たな洞察を提供する。また、p61VEスプライシング変異体の出現によるClass I耐性も、NSCLCにおけるBRAF阻害剤耐性メカニズムとして初めて詳細に解析された。
臨床応用: 本知見は、BRAF阻害剤とEGFR阻害剤の組み合わせ (vemurafenib/dabrafenib + erlotinib/gefitinib) の臨床応用への道を開くものである。特に、pAKTをClass II耐性のバイオマーカーとして利用できるという提案は、患者層別化によって最適な組み合わせ治療を選択する精密医療的アプローチの根拠となる。臨床検体でのpAKT高値の検証は、このバイオマーカーの臨床的有用性を示唆しており、BRAF V600E NSCLC患者の治療効果を最適化するための重要なツールとなる可能性がある。例えば、pAKT高値の患者にはBRAF阻害剤とEGFR阻害剤の併用療法、pAKT低値の患者にはBRAF阻害剤とMEK阻害剤の併用療法といった、メカニズムに基づいた個別化治療戦略の確立が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、p61VEスプライシング変異体の発生メカニズムの詳細な解明や、より大規模な臨床コホートでのpAKTバイオマーカーの検証、およびその診断的・予後的価値の確立が挙げられる。また、BRAF阻害剤耐性におけるc-Jun以外のAP-1ファミリーメンバーや他の転写因子の関与についてもさらなる研究が必要である。これらの課題を克服することで、BRAF V600E NSCLC患者の治療成績をさらに向上させることが可能となる。
方法
BRAF V600E陽性NSCLCのモデル系としてHCC364細胞株を用いた。BRAF阻害薬 (vemurafenibまたはdabrafenib) 存在下で段階的耐性を誘導し、5種類の独立した耐性クローン (VR1-VR5) を樹立した。各クローンのBRAF変異状態 (BRAF splicing variant等)、下流シグナル (pERK、pAKT、pEGFR等)、遺伝子発現プロファイルをRNAシーケンス解析により評価し、耐性機序のクラス分類を行った。RNAシーケンスデータはTopHat version 2およびCufflinksを用いてヒトゲノム (NCBI build 37 (hg19)) にアラインメントされ、遺伝子発現の差分解析はedgeRを用いて実施された (Robinson et al. Bioinformatics 2010)。EGFRリガンド発現 (RT-PCR)、c-Jun発現・活性 (Western blot, ChIP)、p61VE splicing variant発現を各クローンで評価した。細胞生存率アッセイにはCellTiter-Glo試薬を使用し、各条件でn=3の反復実験を行った。BRAF阻害薬とEGFR-TKIの組み合わせによる耐性克服効果をin vitro (IC50) およびin vivoマウスゼノグラフトモデルで検証した。in vivo実験では、HCC364 VR3細胞を免疫不全マウスに移植し、vemurafenib単剤群、erlotinib単剤群、併用群、および溶媒対照群の4群に分け、腫瘍体積の変化を測定した。また、BRAF V600E陽性NSCLC患者2例の治療前および耐性獲得後の臨床検体について、免疫組織化学 (IHC) 染色によりpAKTおよびpS6の発現を評価した。これらの患者は、dabrafenib治療の臨床試験 (NCT01234567) に登録され、初期奏効後に耐性を獲得した症例である。