• 著者: Helen Davies, Graham R. Bignell, Charles Cox, Philip Stephens, et al. (Sanger Centre Cancer Genome Project)
  • Corresponding author: P. Andrew Futreal / Michael R. Stratton (Cancer Genome Project, The Wellcome Trust Sanger Institute, Hinxton, UK)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2002
  • Epub日: 2002-06-09
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 12068308

背景

癌は、細胞の増殖、分化、アポトーシスを制御する重要な遺伝子に蓄積する体細胞変異によって引き起こされる複雑な疾患である。RAS–RAF–MEK–ERK MAPキナーゼ経路は、細胞外からの成長因子シグナルを核に伝達する中心的な経路であり、細胞の増殖と生存に不可欠な役割を果たす。この経路の構成要素であるRAS遺伝子は、約15%のヒト癌において恒常的に活性化された変異を持つことが知られている (Vogelstein et al. 1988)。RAFファミリーは、ARAF、BRAF、CRAFの3つのセリン/スレオニンキナーゼから構成され、活性型RASとの結合によって活性化されることが報告されている (Kolch 2000; Avruch et al. 2001)。これらのキナーゼは、下流のMEK、ERKを順次リン酸化し、細胞増殖、分化、生存に関わる遺伝子発現を制御する。

これまで、RAS経路の異常は多くの癌種で確認されてきたが、RASの下流に位置するRAFファミリー、特にBRAF遺伝子の体細胞変異の全体像とその機能的意義については、体系的な解析が不足していた。Sanger Institute Cancer Genome Projectは、癌の発生と進行に関与する遺伝子を網羅的に特定するため、癌経路上の遺伝子をシステマティックに変異スクリーニングするゲノムワイドアプローチを開始した。本研究は、このプロジェクトの最初の主要な取り組みとして、MAPK経路の中核をなすRAFファミリー遺伝子(ARAF、BRAF、CRAF)に焦点を当てた。特に、BRAFはRAFファミリーの中で最も高いキナーゼ活性を持つことが示唆されており (Mason et al. 1999)、その変異が癌発生に与える影響は大きいと推測された。しかし、ヒト癌におけるBRAFの変異頻度、変異スペクトラム、およびこれらの変異がキナーゼ活性や細胞形質転換能に与える具体的な影響については、まだ未解明な点が多かった。この知識ギャップを埋めることは、RAS経路の活性化メカニズムをより深く理解し、新たな癌治療標的を同定する上で極めて重要であると考えられた。この知識の不足が、効果的な標的治療法の開発を妨げていた。

目的

本研究の目的は、ヒト癌細胞株および原発腫瘍におけるARAF、BRAF、CRAF遺伝子の体細胞変異の頻度と分布を体系的に解析することである。特に、BRAF遺伝子に焦点を当て、同定された変異がキナーゼ活性に与える機能的影響、および細胞の形質転換能を実験的に検証する。これにより、変異型RAFタンパク質が癌のドライバー変異として機能するかを明らかにし、RAS-RAF-MEK-ERK経路におけるBRAFの役割を解明するとともに、BRAFを新規癌治療標的として位置付けるための基盤情報を提供することを目指す。本研究は、癌ゲノムスクリーニングの初期段階として、MAPK経路における重要なドライバー変異を特定し、その機能的意義を解明することを目的とした。

結果

BRAF変異の初期発見: 初期スクリーニング(n=15種類の癌細胞株と対応する正常リンパ芽球様細胞株)において、BRAF遺伝子に3つの体細胞性ミスセンス置換変異が検出された。具体的には、悪性黒色腫細胞株Colo-829でエクソン15のT1796A変異(V599Eアミノ酸置換)、非小細胞肺癌(NSCLC)細胞株NCI-H2087でエクソン15のC1786G変異(L596Vアミノ酸置換)、およびNSCLC細胞株NCI-H1395でエクソン11のG1403C変異(G468Aアミノ酸置換)が同定された。これらの変異は、対応する正常リンパ芽球様細胞株には存在せず、体細胞性に獲得されたものであることが確認された (Figure 1)。

BRAF変異のホットスポットと癌種別頻度: 追加の530種類の癌細胞株と378種類の原発癌・短期培養(STC)サンプルを用いた拡大スクリーニングにより、ヒト癌におけるBRAF変異の89%がキナーゼドメイン内の活性化セグメント(DFG–APEモチーフ間)またはエクソン11のグリシンリッチループに集中していることが明らかになった。特に、V599E(現在のV600E)変異が全BRAF変異の80%を占める主要なホットスポットであることが判明した。癌種別の変異頻度では、悪性黒色腫において最も高頻度であり、全体で66% (n=34細胞株中20例、n=24原発/STC中18例) にBRAF変異が検出された。原発メラノーマ単独では6/9 (67%)、メラノーマSTCでは12/15 (80%) で変異が見られた。V599E変異は、メラノーマにおける全BRAF変異の92% (n=38例中35例) を占めた。その他の癌種では、大腸癌で18% (n=40細胞株中7例) および12% (n=33原発中4例)、卵巣癌で14% (n=35例中5例、特に境界悪性腫瘍で4/5例と高頻度)、神経膠腫で11% (n=38細胞株中4例)、肉腫で9% (n=59細胞株中5例) の頻度でBRAF変異が検出された。乳癌では2% (n=45細胞株中1例)、肺癌では3% (n=131細胞株中4例、全て腺癌) と低頻度であった。神経芽細胞腫、膀胱癌、白血病、リンパ腫、腎細胞癌、胃癌、前立腺癌ではBRAF変異は検出されなかった (Table 1)。

RAS変異との相互排他性: BRAF変異が高頻度に見られる癌種(悪性黒色腫、大腸癌、境界悪性卵巣癌)は、RAS変異も高頻度である癌種と重複する傾向が認められた。これは、RAS-RAF-MEK-ERK経路の活性化が、経路内の異なるレベルで発生し得ることを示唆する。しかし、V599E変異を有する51例の癌サンプルにおいてRAS遺伝子変異をスクリーニングした結果、RAS変異は検出されなかった。これは、BRAF V599E変異とRAS変異が同一腫瘍内で相互排他的に存在することを示唆する。一方、V599E以外の比較的稀なBRAF変異(G463V、G463E、L596V、F594L)を持つ4例の癌サンプルでは、RAS変異(KRAS2 G13D、NRAS Q61K、KRAS2 G12V)との同時発生が確認された。このことは、V599E変異が他のBRAF変異とは異なる生物学的特性を持つ可能性を示唆する。

変異型BRAFのキナーゼ活性亢進: Mycエピトープタグ付きの変異型BRAFタンパク質(V599E、G468A、G463V、L596V)をCOS細胞に発現させ、in vitroキナーゼアッセイによりMEK1リン酸化活性を評価した。その結果、全ての変異型BRAFは野生型BRAFと比較して基底キナーゼ活性が亢進していることが示された (Figure 3a)。特に、G468A BRAFとV599E BRAFは、野生型BRAFのそれぞれ約12.5倍および約10.7倍の顕著に高い活性を示した。G463V BRAFとL596V BRAFもそれぞれ約2倍および約5.7倍の活性亢進を示した。野生型BRAFは活性化RAS(G12V HRAS)との結合によって活性化されるが、V599E BRAFはRAS非依存的に高活性を示すことが確認された。また、これらの変異型BRAFはCOS細胞において内因性ERKのリン酸化を刺激し、特にG468A BRAFとV599E BRAFがより強力なERK活性化を引き起こした (Figure 3b)。

変異型BRAFの細胞形質転換能: V599E、G463V、G468A、L596Vの各変異型BRAFをNIH3T3細胞に導入し、フォーカス形成アッセイにより形質転換能を評価した。野生型BRAFは非常に低い効率(0.0013 foci/ng DNA)で細胞を形質転換したが、変異型BRAFは野生型と比較して70~138倍高い効率(0.09~0.18 foci/ng DNA)でNIH3T3細胞を形質転換した (Table 2)。V599E BRAFは138倍の形質転換能を示した。キナーゼドメイン内のD593をアラニンに置換してキナーゼ活性を不活化した変異型BRAF(DAVE、DALV)では、形質転換能が完全に消失したことから、この形質転換能がキナーゼ活性に依存していることが示された。

RAS機能非依存的な増殖とMEK阻害剤感受性: V599E変異を有する9種類の癌細胞株(メラノーマ、大腸癌)にRAS中和抗体Y13-259をマイクロインジェクションしたところ、これらの細胞株のS期への進行はほとんど阻害されなかった(0~15%の阻害)。これは、V599E変異が細胞の増殖におけるRAS機能への依存性を解除することを示唆する。対照的に、V599E以外のBRAF変異を持つ細胞株や野生型BRAFを持つ細胞株では、Y13-259によりS期への進行が顕著に阻害された(74~100%の阻害)。さらに、V599EまたはV599D変異を持つ6種類の癌細胞株をMEK1/2阻害剤U0126で処理したところ、全ての細胞株でDNA合成が強く阻害された(35~99%の阻害)。これは、活性化されたBRAFが、少なくとも部分的に古典的なMAPKカスケードを介して細胞増殖を促進していることを示唆する (Table 3)。

メラノーマにおけるBRAF変異の高頻度性に関する考察: メラノーマで高頻度に見られるT1796A (V599E) 変異は、紫外線誘発性のピリミジンダイマー形成による変異(CC→TTやC→T)のスペクトラムとは一致しない。このことから、メラノーマにおけるBRAF変異の高頻度性は、紫外線とは異なるメラノサイト固有の生物学的メカニズムに関連している可能性が示唆された。α-メラノサイト刺激ホルモン(α-MSH)や関連するプロオピオメラノコルチン由来ペプチドは、メラノサイトの増殖とメラニン生成を制御する重要な因子であり、メラノコルチン受容体1(MC1R)を介してcAMP経路を活性化し、BRAFおよびERKを活性化することが知られている。このメラノサイト特異的なシグナル経路がBRAFの活性化を介して機能していることが、メラノーマにおけるBRAF変異の高い頻度を説明する一因であると考察された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究以前は、RAS遺伝子変異が癌におけるMAPK経路活性化の主要なメカニズムと考えられていたが、本論文はRASの下流に位置するBRAF遺伝子の体細胞変異が、RAS変異とは独立して、あるいは相互排他的に経路を活性化する主要なドライバーであることを初めて明らかにした点で、これまでの知見と対照的である。これは、従来のRAS中心の癌遺伝子研究パラダイムに新たな視点をもたらし、癌におけるシグナル伝達経路の活性化が複数のレベルで起こりうることを示した。

新規性: 本研究で初めて、BRAF V599E変異がヒト癌における最も一般的なBRAF変異ホットスポットであり、キナーゼ活性を劇的に亢進させ、NIH3T3細胞に形質転換能を付与することを新規に同定した。特に、V599E変異がRAS非依存的に機能するという発見は、BRAFがRASの下流で独立した発癌ドライバーとして作用しうることを示唆する画期的な知見である。また、V599E変異がS598のリン酸化を模倣するメカニズムでキナーゼを活性化するという考察は、キナーゼ活性化の新たな分子メカニズムを提示した。

臨床応用: 本知見は、悪性黒色腫に対する新規治療戦略の開発に直結する極めて重要な臨床的意義を持つ。発表当時、悪性黒色腫には有効な分子標的療法が存在せず、化学療法(ダカルバジン, DTIC)が標準治療であった。本論文を契機にBRAFが新規創薬標的として急速に注目され、その後、BRAF V600E選択的阻害薬であるベムラフェニブ(PLX4032)の開発が加速された。ベムラフェニブは第III相BRIM-3試験で全生存期間(OS)の有意な改善を示し、OS中央値は13.2 vs 9.6ヶ月 (HR 0.65, 95% CI 0.50-0.84, p<0.001) であった。さらに、ダブラフェニブやエンコラフェニブといった他のBRAF阻害薬、MEK阻害薬(トラメチニブ、コビメチニブ、ビニメチニブ)との併用療法、さらにはBRAF/MEK阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法へと発展した。現在では、BRAF V600E変異は悪性黒色腫だけでなく、大腸癌(約10%、予後不良)、甲状腺乳頭癌(約45%)、毛様細胞性白血病(ほぼ100%)、エルドハイム・チェスター病などの分子診断および治療標的としても確立し、組織非特異的承認(ダブラフェニブ+トラメチニブ)にも繋がっている。本論文の臨床的・科学的インパクトは、「癌経路駆動型体系的変異スクリーニング」というアプローチの原型として、その後のTCGA(The Cancer Genome Atlas)やICGC(International Cancer Genome Consortium)、COSMIC(Catalogue of Somatic Mutations in Cancer)といった大規模癌ゲノムプロジェクトの方向性を決定づけた点でも極めて大きい。

残された課題: 今後の検討課題として、BRAF阻害薬に対する獲得耐性メカニズム(MEK再活性化、CRAFへのスイッチ、PI3K経路活性化など)の解明と、それらを克服する治療戦略の開発が挙げられる。また、BRAF non-V600変異(クラスII/III)に対する治療戦略の確立も重要な課題である。さらに、BRAF変異大腸癌におけるEGFR経路のフィードバック活性化への対処(セツキシマブ+エンコラフェニブ併用療法の確立など)も今後の研究方向性として残されている。Limitationとしては、本研究が主に細胞株を用いたin vitro実験と限られた原発腫瘍サンプルでの解析であったため、in vivoでの変異型BRAFの挙動や、より大規模な患者コホートでの詳細な臨床病理学的相関の検証が今後の課題となる。

方法

本研究では、ヒト癌におけるRAFファミリー遺伝子の体細胞変異を包括的に解析するため、以下の多段階アプローチを採用した。(1) まず、初期スクリーニングとして、乳癌 (n=6)、小細胞肺癌 (SCLC, n=1)、非小細胞肺癌 (NSCLC, n=6)、中皮腫 (n=1)、悪性黒色腫 (メラノーマ, n=1) の計15種類の癌細胞株と、それらに対応する正常リンパ芽球様細胞株のゲノムDNAから、ARAF、BRAF、CRAFの全コーディングエクソンおよびイントロン-エクソン境界領域をキャピラリーヘテロデュプレックス法と直接シーケンシングにより解析した。この初期スクリーニングにより、変異のホットスポットを特定した。(2) 次に、BRAF遺伝子の変異頻度と分布を詳細に評価するため、追加の530種類の癌細胞株および378種類の原発癌組織・短期培養 (STC, 継代数15以下) サンプルを用いて、BRAFの主要な変異ホットスポットであるエクソン11とエクソン15に焦点を当ててシーケンシング解析を実施した。(3) シーケンシングで検出された変異が体細胞性であるか、生殖細胞系列の多型であるかを区別するため、341例の正常組織DNAを用いて既知の多型を排除した。(4) 同定されたBRAF変異の機能的影響を評価するため、最も頻度の高いV599E変異(現在のV600E)およびG468A変異などを含む変異型BRAF cDNAをMycエピトープタグ付きで構築し、COS細胞に一時的に発現させた。これらの変異型BRAFタンパク質を免疫沈降させ、in vitroキナーゼアッセイによりMEK1リン酸化活性を測定した。また、NIH3T3細胞にこれらの変異型BRAFを導入し、フォーカス形成アッセイにより細胞の形質転換能を評価した。(5) 変異型BRAFによる細胞増殖がRAS機能に依存しないことを検証するため、活性型RASシグナルを遮断するdominant-negative変異体 (Y13-259モノクローナル抗体) のマイクロインジェクション実験を実施した。さらに、MEK1/2阻害剤U0126を用いて、変異型BRAFが下流のMAPK経路を介して細胞増殖を促進するかを評価した。統計解析には、各実験のデータは複数回繰り返され、平均±標準偏差で示された。本研究は、特定の臨床試験登録番号 (例: NCT01234567) は持たない基礎研究であるが、その結果は後の臨床試験デザインに大きな影響を与えた。統計解析には、Fisher’s exact testが変異頻度の比較に用いられた。