• 著者: Li J, Jiang B, Zhang W, Hao J, Liu Z, Ji Q, Zheng Y, Lu X, et al.
  • Corresponding author: Gang Pei, Jing Qu, Wei Zhang, Jun Pu, Feng Zhang, Guoguang Zhao, Weiqi Zhang, Guang-Hui Liu (複数施設)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-07-09
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42105758

背景

加齢は健康寿命を規定する最重要な生物学的決定因子であり、分子、細胞、組織、全身レベルにわたる複雑な生物学的衰退として特徴づけられる (Kroemer et al. 2025)。この衰退は、感覚・認知能力の低下、運動機能の鈍化、免疫代謝調節不全、臓器不全として現れる (Partridge et al. 2018; Li et al. 2024)。既存のエピジェネティッククロック(Hannum et al. 2013; Horvath 2013; Levine et al. 2018)などのバイオマーカーは暦年齢の予測には有効であるが、多次元的な生理的老化を捉える能力は限られていた (Moqri et al. 2023)。また、老化バイオマーカーの「乗客」(相関的指標)と「ドライバー」(機能的原因)の区別は、治療応用の観点から重大な課題であり、この点が未解明であった (Moqri et al. 2024)。

多オミクス技術は生物学的複雑性を捉える膨大なデータセットを生成してきたが、データの標準化と信頼性の高いシグナル抽出は依然として主要なハードルである (Zheng et al. 2024)。特に、標準化された手順 (SOP: Standard Operating Procedure) の欠如が多施設データの統合と信頼性の高いシグナル抽出を妨げてきた。中国人集団を対象とした体系的かつ標準化された老化コホートは存在せず、集団特異的な老化クロックの開発も未達成であった。これらの課題を克服し、老化を体系的に定量化するためには、堅牢な標準操作手順、高度な分析フレームワーク、および学際的な協力体制の確立が不可欠であり、この領域には知識の不足が残されている。本研究は、これらの知識ギャップを埋めることを目的としている。

目的

本研究の目的は、中国4都市から18-91歳の2,019名を登録した多中心標準化老化コホート (mCAS: multicentric Chinese aging standardized cohort) を構築し、臨床、生理、多オミクスデータを統合した三層老化クロック系(Core Capacity Clock, Multimodal Clock, 臓器別クロック)を開発することである。さらに、このフレームワークを用いて老化軌跡の変曲期、臓器非同期性、および老化ドライバーを解明し、特に肝臓由来凝固因子の蓄積が血管および全身性老化の機能的ドライバーであるという仮説を実験的に検証する。最終的には、老化の新たなバイオマーカーと治療標的の特定を目指す。

結果

多層老化クロック系の構築と予測精度: 240マルチモーダルパラメータを統合したCore Capacity Clock (CC-clock) は、暦年齢に対してR=0.88、平均絶対誤差 (MAE: Mean Absolute Error) =6.23の予測精度を達成した (Figure 2U)。主要寄与因子はFEV1、収縮期血圧、単足立ち時間、Purdue scoreであった (Figure 2V)。単一オミクスクロックでは、メチル化クロックが最高の予測精度(R=0.97, MAE=2.72)を示し、次いでタンパク質クロック(R=0.90, MAE=5.53)、転写産物クロック(R=0.90, MAE=5.75)、メタボロームクロック(R=0.89, MAE=5.73)、腸内細菌クロック(R=0.57, MAE=11.49)の順であった (Figure 4B)。既存のエピジェネティッククロック(Hannum/Horvath/Levine MAE 3.58-8.17)と比較して、本研究のメチル化クロックはより低いMAEを達成した (Figure S4B)。アテンション-インセプション機構を用いた統合Multimodal Clock (MM-clock) はR=0.95, MAE=3.87を達成し、CC-clockおよびすべての単一オミクスクロックを上回る予測精度を示した (Figure 4B)。Facial clockはR=0.93, MAE=5.79、Brain-age MRI modelはR=0.94, MAE=5.79であった (Figure 2A, 2J)。6臓器(脳、皮膚、肺、肝臓、血管、筋肉)の臓器MMクロックも構築され、臓器ごとに単層モデルを上回る予測精度を示した (Figure 5C)。タンパク質プロキシクロック(100タンパク質)はCC-clock(56パラメータ)と同等の予測精度を示し、メチル化ベースモデル(151-194 CpGサイト)より少ない特徴量で高い施設間一貫性を達成した (Figure 5H, 5I)。

2大変曲期と生理的老化の定量的特性: 多オミクスデータ解析により、6種の老化軌跡パターンが同定され、約40-50歳と約60-70歳に2大変曲期が確認された (Figure 4E)。最初の変曲期ではホルモン変動(女性のAnti-Müllerian hormoneが20代から70代にかけて約500倍低下、follicle-stimulating hormoneが約11倍上昇(R=−0.82、+0.71))と脂質蓄積が特徴的であった (Figure 2T)。2番目の変曲期では、血圧上昇、骨密度低下、および凝固カスケードの活性化(F5, F7, F9, F13Bなど)が顕著であった (Figure 4F)。具体的な生理指標として、pulse wave velocity(動脈硬化指標)は20代から70代にかけて約1.9倍増加し、最大酸素摂取量は80歳時に20歳比で75%まで低下した (Figure 2N, 2Q)。骨ミネラル密度はR=−0.34で加齢と負相関した (Figure 2C)。Trail making test所要時間と純音聴力閾値は20代から70代でそれぞれ約2倍および約3.5倍増加した (Figure 2E, 2F)。n=397名のフローサイトメトリー解析では、naive CD8+およびCD4+ T細胞サブセットの加齢による減少と、CD27−CD28−CD57+ T細胞(老化/疲弊表現型)の増加が確認された (Figure 3H)。n=200名の免疫蛍光染色では、H3K9me3の有意な低下とγH2AX陽性細胞率の有意な増加が複数センター間で確認された (Figure 3I)。

臓器老化の非同期性と簡略化クロック: 臓器別老化クロック解析では、肝臓の変曲点が約40歳と脳(約50歳)より約10年早く、代謝・解毒ハブとして早期老化プロセスに最も鋭敏であることが示された (Figure S4G)。タンパク質プロキシクロックで「速い老化者」(上位20%)と「遅い老化者」(下位20%)を定義すると、遅い老化者では脳・運動クロックが最大15年遅延していた (Figure 6G)。重度喫煙(>20本/日)で肺年齢が約4年加速し、最適就寝時間(21:00-23:00)でCC-clock年齢が>3年遅延した (Figure 6E, 6F)。高血圧は血管・CC-clockを>6年加速させた (Figure 6H)。加速老化タンパク質上位として、特異な細胞外マトリックス (ECM: Extracellular Matrix) タンパク質CILP(Cartilage Intermediate Layer Protein)が同定され、減速老化タンパク質のトップはIGFBP5であった (Figure S6E)。メンデルランダム化解析で、123を超える加速老化関連タンパク質が主として心血管、消化器、筋骨格系の約240疾患と潜在的因果関係を示した (Figure 6K)。特にF9とF8は最も広範なmulti-disease effectsを示した (Figure 6L)。

凝固因子蓄積の老化ドライバーとしての機能検証: プロテオーム解析により、20種類以上の凝固関連タンパク質(F5, F7, F8, F9, F10, F13B, TFPI, FGGなど)が年齢とともに顕著に上昇することが示された (Figure 7A)。独立コホートのELISA検証では、F13B, F9, F10, TFPIの最も顕著な増加が確認された (Figure 7B)。ヒト肝臓組織の免疫蛍光染色では、老齢組織でF9、F10、F13B陽性細胞数が著明に増加し、肝臓がこれらの凝固因子の主要産生源であることを示した (Figure 7C-7E)。ヒト大動脈内皮細胞 (HAEC) への加齢相当濃度のF9/F10/F13B/TFPI処理により、老化表現型が誘発された(SA-β-Gal陽性率上昇、P21増加、γH2AX増加、Ki-67陽性率低下、LAP2発現低下、H3K9me3低下) (Figure 7G-7I)。血管細胞接着分子1 (VCAM1: Vascular Cell Adhesion Molecule 1)、細胞間接着分子1 (ICAM1: Intercellular Adhesion Molecule 1)、単球走化性タンパク質1 (MCP-1: Monocyte Chemotactic Protein 1) の上昇と単球の接着・動員増強が確認され、老化関連分泌表現型 (SASP: Senescence-Associated Secretory Phenotype) 因子(IL-6, IL-8, IL-1β, MMP2, MMP9)の発現誘導も示された (Figure 7K-7M)。in vivoでは、n=6 miceへの組換えF13B投与により、肝臓、心臓、大動脈、腎臓においてP21陽性細胞増加(多臓器老化)が確認され (Figure 7P)、肝臓では特にγH2AX増加、H3K9me3低下、CD45+、F4/80+免疫細胞浸潤増強、IL-6/IL-1β/S100A8発現増加が認められた (Figure 7Q, 7R)。これらの結果は、F13Bが全身性老化および炎症の直接的な誘発因子であることを実証する。

考察/結論

本研究は、中国人集団を対象とした最大規模の多中心老化コホートから三層老化クロック系を構築し、老化バイオマーカーと軌跡が複数施設間で高度に保存されていること、タンパク質クロックが全身生理状態の優れた「活力バイオマーカー」であること、そして凝固因子蓄積が老化の単なる相関指標ではなく肝臓-血管-炎症軸を介した機能的ドライバーであることを実証した。

先行研究との違い: 既存のエピジェネティッククロックが暦年齢予測に優れる一方で多次元的な生理的老化を捉える能力が限られていたのと異なり、本研究のMM-clockは臨床パラメータ、機能的評価、多オミクスデータを統合することで、より包括的な老化状態をモデル化し、異質なノイズから中核的なシグナルを抽出することに成功した。特に、凝固因子の老化ドライバーとしての役割という発見は既存の凝固活性増加の観察と一致するが、本研究は凝固因子自体が内皮細胞老化と全身性炎症を直接誘発するメカニズムを初めて機能的に実証した。

新規性: 本研究で初めて、約40-50歳と約60-70歳に2大変曲期を同定したことは新規の知見である。最初の変曲期はホルモン変動と脂質蓄積、2番目の変曲期は血圧上昇、骨密度低下、凝固カスケード活性化が特徴であり、これらの時期特異的な変化は、geroprotective介入の臨界窓を示す点で臨床的意義が大きい。また、肝臓由来凝固因子(F9, F13Bなど)の蓄積が内皮細胞老化および多臓器老化の機能的ドライバーであることを新規に同定し、実験的に検証した。

臨床応用: 本知見は、肝臓特異的産生の制御または凝固因子下流シグナルを標的とすることで、年齢関連血栓症の軽減と血管・全身老化の逆行という二重便益戦略の臨床応用に繋がる可能性がある。タンパク質プロキシクロック(100タンパク質)は測定可能な臨床グレードの生物学的年齢指標として実用可能性が高く、将来的な健康寿命延伸戦略に貢献すると考えられる。

残された課題: 本研究の限界として、横断的コホート研究であるため老化軌跡の因果的検証には縦断データが必要である点が残された課題である。また、中国人特有の集団特性から多民族への外挿にはさらなる検証が必要である。臓器クロックが血漿由来タンパク質から組織特異性を推定している点には注意が必要であり、凝固因子の因果関係のさらなる前向き検証も今後の検討課題である。今後の研究方向性としては、老化変曲期を対象とした縦断的介入試験の実施、タンパク質プロキシクロックの多民族集団での外部検証、および凝固因子標的療法(抗F13B戦略など)の臨床翻訳可能性評価が挙げられる。

方法

北京、寧波、衢州、南昌の4都市から18-91歳の健康成人2,019名(女性55%、男性45%)を統一SOPおよび組み入れ基準で登録し、mCASを構築した。評価項目は、(1) 生活習慣・栄養曝露情報を含む質問票、(2) 行動・神経機能検査(Purdue Pegboard、grip strength、単足立ち、trail making testなど)、(3) 臨床評価(体組成42項目、心機能63項目、肺機能24項目、骨密度33項目、血液検査32項目の計240マルチモーダルパラメータ)、(4) マルチモーダル画像(脳MRI、頸動脈超音波、網膜画像、顔画像、歩行動画)、(5) 6オミクス解析(DNAメチロミクス、末梢血単核細胞 [PBMC] のbulk/scRNA-seq、血漿プロテオーム・メタボローム、腸内細菌メタゲノーム)であり、10億点以上の高品質データポイントを生成した。

クロック構築にはElastic Net、アテンション-インセプション機構を用いた深層学習 (DL: Deep Learning)、および一般化加法モデル (GAM: Generalized Additive Model) を用いた。特に、Multimodal Clock (MM-clock) の構築では、各オミクスデータの特徴量を独立したアテンションモジュールに入力し、その重要度を学習させることでオミクス間の異質性に対するモデルの適応性を高めた。その後、インセプション構造を用いて異なるモダリティの高次表現を統合した。

凝固因子の機能実験では、ヒト大動脈内皮細胞 (HAEC: Human Aortic Endothelial Cells) にF9、F10、F13B、組織因子経路インヒビター (TFPI: Tissue Factor Pathway Inhibitor)(加齢相当濃度)を処理し、老化表現型(SA-β-Gal、P21、γH2AX、H3K9me3、Ki-67)および炎症性サイトカイン(IL-6, IL-8, IL-1β, MMP2, MMP9)の発現を測定した。in vivo実験では、8ヶ月齢C57BL/6Jマウスに組換えF13Bを投与し(5日ごとに9回投与、n=6 mice)、肝臓、心臓、大動脈、腎臓におけるP21、γH2AX、H3K9me3、CD45+、F4/80+免疫細胞浸潤、および炎症関連遺伝子(IL-6, IL-1β, S100A8)の発現を評価した。独立コホート(4都市外)でのELISA検証と、ヒト肝臓組織の免疫蛍光染色も実施し、凝固因子の年齢依存的蓄積と肝臓が主要産生源であることを確認した。統計解析にはPearson相関係数、Spearmanの順位相関係数、Wilcoxon符号順位検定、Studentのt検定、Welchのt検定、ロジスティック回帰、およびメンデルランダム化解析を用いた。