- 著者: Linda Bojmar, Constantinos P. Zambirinis, Jonathan M. Hernandez, Jayasree Chakraborty, et al., David Lyden
- Corresponding author: David Lyden (dcl2001@med.cornell.edu, Weill Cornell Medicine, New York, NY)
- 雑誌: Nature medicine
- 発行年: 2024
- Epub日: 2024-06-28
- Article種別: Original Article
- PMID: 38942992
背景
膵臓癌 (PaC) は極めて悪性度の高い疾患であり、診断時に切除不能な場合が80%を占め、切除可能例においても術後再発や遠隔転移が多く、予後不良である。特に肝転移 (LiM) は最も頻繁な再発様式であり、発生後数ヶ月で致死的となることが多い。しかし、膵切除術の時点では肉眼的に正常に見える肝臓に、既に転移前ニッチ (PMN) が形成されているか否かはこれまで不明であった。
先行研究では、腫瘍由来の細胞外小胞 (EV) や可溶性因子が特定の臓器にPMNを構築するという概念が確立されており、例えば Costa-Silva et al. NatCellBiol 2015 は膵臓癌由来のエキソソームが肝臓のPMN形成を開始させることを報告している。また、Peinado et al. NatRevCancer 2017 はPMNが臓器特異的な転移の場となることを示唆している。しかし、ヒトの早期PaCにおいてPMNが実際に存在し、転移予後を予測できるかという直接的な証拠は不足していた。特に、術時に転移アウトカムを予測する臨床ツールの開発が急務であった。
目的
本研究の目的は、早期膵臓癌患者の膵切除術中に採取された肝生検組織を多パラメータ解析(メタボロミクス、組織・単一細胞トランスクリプトミクス、多重イメージング)することにより、転移前肝臓の分子、細胞、代謝プロファイルを詳細に特徴付け、転移アウトカム(特に早期肝転移)と関連するバイオマーカーを同定することである。さらに、これらの情報を統合した機械学習モデルを開発し、術時における転移リスクと臓器指向性を予測する臨床ツールの可能性を評価することを目指した。
結果
PMNにおける炎症性および増殖性変化: PaC患者の肝臓では、非PaCコントロールと比較して炎症の増強が認められた。バルクmRNA-seqにより、PaC肝臓で79個の差次的に発現する遺伝子 (DEG) が同定された (Fig. 2a)。これらのDEGには、細胞移動誘導性およびヒアルロン酸結合タンパク質 (KIAA1199/CEMIP)、マトリックスメタロプロテアーゼ-7 (MMP7)、リジルオキシダーゼ様4 (LOXL4)、V-setドメイン含有T細胞活性化阻害剤1 (VTCN1/B7-H4)、ミエロイド細胞2に発現するトリガー受容体 (TREM2)、Toll様受容体7 (TLR7)、およびKi-67 (MKI67) の上方制御が含まれた。GSEAでは、「インターフェロン応答」および「同種移植片拒絶反応」がPaC肝臓で有意に濃縮された遺伝子セットとして特定され (Fig. 2b)、免疫活性化状態が示唆された。特に、これらの免疫関連遺伝子の最も堅牢な上方制御を示した患者は、その後に転移を発症した。
SORT1の発現と早期肝転移の予測: mRNA-seqデータにおいて、LiM<6群(切除後6ヶ月以内に肝転移を発症した群)では、他の再発群と比較してSORT1(ソートリン-1)の発現が有意に上方制御されていることが判明した (Fig. 2g、P = 0.002)。PaC患者において、SORT1高発現は肝転移までの期間 (TTLiM) の短縮と関連しており、早期肝転移のリスクが約3倍増加することを示した (ハザード比 (HR): 2.96、95%信頼区間 (CI): 1.14-7.84、P = 0.029) (Fig. 2h)。これは、他の臨床因子(CA19-9、腫瘍径、リンパ節転移)とは独立した予測因子であった。
NETs(好中球細胞外トラップ)の蓄積と肝転移: PaC患者の肝臓では、非PaCコントロールと比較して、好中球エラスターゼ (NE) 陽性およびシトルリン化ヒストンH3 (Ct-H3) 陽性のNETsが有意に豊富に認められた(それぞれP = 0.016、P = 0.006)(Fig. 3d)。特にLiM<6群は、4つの再発群の中で最もNET密度が高く、NED群と比較して有意差が認められた (P < 0.001) (Fig. 4b)。NETsの増加は、PMN形成および好中球プライミングを介して転移促進に寄与する可能性が示唆された。高NETs負荷はTTLiMの短縮と関連した (P = 0.010) (Fig. 4d)。本研究では、LiM<6群の患者10名におけるNETs面積の平均値が、他の再発群と比較して有意に高値であった。
免疫細胞組成および機能の変化: PaC患者の肝臓では、非PaC患者と比較してCD11B+細胞の有意な増加が認められた (P = 0.005) (Fig. 3a)。また、CD3+リンパ球もPaC群で有意に高値であった (P = 0.008) (Fig. 3e)。scRNA-seq解析では、PaC肝臓においてCD11B+ NK細胞が特異的に濃縮されていることが示された (P = 0.008) (Fig. 3h)。これらのCD11B+ NK細胞は、非PaC肝臓と比較してNK細胞の細胞傷害性に関連する遺伝子 (GZMB、PRF1、KLRD1) の発現がlog2FC 1.5以上増加していたが、IFNGおよびTNFの発現は低下しており、T細胞の動員と活性化能力の障害が示唆された。T細胞については、CXCR4発現の増加とIFNG/GNLYエフェクター分子発現の低下という機能不全プロファイルが確認され、免疫抑制的なPMNの形成が示唆された。CD3+リンパ球の小葉浸潤が少ない患者は、LiMのリスクが高いことが示された (P = 0.039) (Fig. 4e)。
代謝プロファイルの変化: PaC肝臓では、非PaC肝臓と比較してクレアチンおよびクレアチニンレベルが有意に低下していた (P < 0.005) (Fig. 5a)。また、アルギニンおよびプロリン代謝がPaC肝臓で有意に濃縮されていた(8倍超、P < 0.05)(Fig. 5b)。カルバモイルリン酸(シトルリンの前駆体)のレベルもPaCで有意に高く (P = 0.013)、シトルリンの利用増強への経路転換が示唆された (Fig. 5c)。肝臓クレアチンレベルの低下はTTLiMの短縮と関連しており (P = 0.047) (Fig. 5e)、LiM>6群で最も低かった。
機械学習による転移予測モデル: mRNA-seq、IHC、メタボロミクス、および臨床データを統合した機械学習モデルは、術時の肝生検情報から術後の転移アウトカム(特にLiM<6 vs その他)を78%の全体精度で予測した (Fig. 6d)。早期LiMモデルは、SORT1、NR1D1、およびNET面積の3つの特徴を含み、90%の感度、87%の特異度、AUC 0.87と最高の性能を示した。LiM<6を発症した10人の患者のうち9人が正しく分類された (Fig. 6c)。
考察/結論
新規性: 本研究は、肉眼的に正常な肝臓においても早期膵臓癌患者では転移前ニッチが既に確立されていることを、多パラメータ解析(トランスクリプトミクス、メタボロミクス、多重イメージング)を用いて初めて直接的に示した。特に、SORT1の高発現、NETs密度、CD11B+ NK細胞の濃縮、および機能低下T細胞という複合的な免疫代謝プロファイルが、切除後6ヶ月以内の早期肝転移リスクが高い患者群を特徴付けることを明らかにした点は新規である。
先行研究との違い: これまでの転移前ニッチに関する研究は、主に動物モデルや腫瘍由来EVに焦点を当てていた。例えば、Costa-Silva et al. NatCellBiol 2015 は膵臓癌エキソソームが肝臓のPMN形成を開始させることを示したが、本研究はヒト早期PaC患者の術中肝生検という臨床検体を用いて、PMNの存在と転移予後との直接的な関連を多角的に実証した点で、これまでの報告と異なる。また、Wang et al. Nature 2023 は腫瘍EVが肝臓の代謝機能不全を誘導することを示唆したが、本研究はクレアチン代謝異常などの具体的な代謝変化をPMNの特徴として同定した。
臨床応用: 本研究で開発された機械学習モデルが、術時の肝生検情報から術後転移アウトカムを78%の全体精度で、特に早期肝転移を90%の精度で予測できることは、術中肝生検の予後評価への臨床応用可能性を強く示唆する。この予測モデルは、術前診断時に高リスク患者を特定し、手術先行アプローチを避け、より強力な全身療法(例:mFOLFIRINOX 12サイクル)を優先するなどの個別化された治療戦略の決定に貢献しうる。また、転移リスクに応じた術後サーベイランス頻度の調整にも有用であると考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、SORT1の機能的役割のさらなる検証が挙げられる。SORT1がリガンドであるPro-NGF、PCSK9、ニューロテンシンとの相互作用を介して腫瘍細胞の肝臓への接着を促進する可能性があり、そのメカニズム解明が重要である。また、NETsを標的とした介入(例:PAD4阻害薬やDNase投与)による転移予防効果の検証も今後の研究方向性である。さらに、本研究の機械学習モデルは比較的小規模なコホートで開発されたため、多施設前向き試験による大規模な患者コホートでのバイオマーカーパネルの臨床検証とモデルの外部妥当性評価が残された課題である。
方法
コホート: 2015年から2018年にかけてメモリアルスローンケタリングがんセンターで膵切除術を受けた患者68名を対象とした前向き観察研究を実施した。対象は、切除可能と推定される膵臓腺癌患者49名(PaC群)と、非癌性膵病変または良性病変を有するコントロール患者19名(非PaC群)であった。術中に肉眼的肝転移がないことを確認した上で、肝左葉切除縁または肝生検組織を採取した。患者は中央値3年間追跡され、転移アウトカムに基づいて以下の4つのグループに分類された:切除後6ヶ月未満で肝転移を発症した群(LiM<6)、切除後6ヶ月超で肝転移を発症した群(LiM>6)、肝外転移 (EHM) のみを発症した群、および無再発群 (NED)。
解析手法:
- バルクmRNAシーケンス: PaC群と非PaC群の肝臓組織からmRNAを抽出し、シーケンス解析を行った。差次的に発現する遺伝子 (DEG) を同定し、遺伝子セット濃縮解析 (GSEA) により関連する経路を特定した。
- 免疫組織化学 (IHC) および免疫蛍光 (IF): 肝組織切片を用いて、好中球細胞外トラップ (NETs) のマーカー(好中球エラスターゼ (NE) およびシトルリン化ヒストンH3 (Ct-H3))、CD3+/CD8+ T細胞、Treg、NK細胞、好中球、マクロファージなどの免疫細胞マーカーの発現量と空間分布を評価した。
- 単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq): 肝臓の非実質細胞 (NPC) を分離し、scRNA-seqを実施した。これにより、免疫細胞サブタイプの組成変化や、各細胞タイプにおける遺伝子発現プロファイルを詳細に解析した。
- メタボロミクス解析: 肝生検組織のメタボロームプロファイリングを行い、PaC患者の肝臓における代謝経路の変化を同定した。
- 機械学習モデル開発: mRNA-seq、IHC、メタボロミクス、および臨床データ(BMI、胆道閉塞など)を統合し、Random ForestやLogistic Regressionなどのアルゴリズムを用いた機械学習モデルを開発した。このモデルは、術時の肝生検情報から術後の転移アウトカム(特にLiM<6 vs その他)を予測するように設計された。モデルの性能は、AUC(曲線下面積)、感度、特異度、および全体的な精度で評価された。交差検定法(leave-one-out cross-validation)を用いてモデルの過学習を最小限に抑える試みが行われた。統計解析にはMann-Whitney U testやKruskal-Wallis testを用いた。