- 著者: Bernas MJ, Cardoso FL, Daley SK, Weinand ME, Campos AR, et al.
- Corresponding author: Maria A Brito (University of Lisbon), Servio H Ramirez (Temple University School of Medicine)
- 雑誌: Nature Protocols
- 発行年: 2010
- Epub日: 2010-06-10
- Article種別: Protocol (方法論・プロトコール論文)
- DOI: 10.1038/nprot.2010.76
背景
血液脳関門 (blood-brain barrier; BBB) は血液と中枢神経系 (CNS) の界面を形成する動的かつ複雑な構造であり、BMVECs (brain microvascular endothelial cells; 脳微小血管内皮細胞) の密封された単層から構成される。BBBはフェネストレーションの欠如、低い飲食小胞活性、タイトジャンクション (zonula occludens) のZO-1 (zonula occludens-1) /ZO-2 (zonula occludens-2)、occludin、claudin-5、およびアドヘレンスジャンクション (β-catenin) による精緻な接合複合体により傍細胞経路を遮断し、CNSの恒常性を維持する。また、グルコーストランスポーター-1 (GLUT-1) はグルコースを脳に輸送し、ATP結合カセットファミリーのP糖タンパク (P-gp) は異生物質の流出を担う (Fang et al. Neuron 2026)。
1885年にEhrlichがBBBを発見して以来、1973年にJoóとKarnushinaがin vitro BBBモデルを初めて確立し (ラット脳)、CNS薬物動態・神経炎症・神経変性の研究基盤となった。神経炎症研究においてBMVEC (brain microvascular endothelial cell) は中枢神経系への免疫細胞侵入の制御に重要であることが示されており (Kerndl et al. NatImmunol 2026)、しかしその後の多くのBMVEC単離法は多段階酵素消化・密度勾配遠心を要し、時間・労力・組織量の負担が大きかった。特にヒト脳組織を用いたBBB研究は不足しており、既存手法の多くがラット・マウス・ブタ・ウシ等の非ヒト組織に適用され、種差による解釈上の限界が課題であった (Lewy et al. Immunity 2026)。ヒトBMVEC単離は適量の組織確保の困難さと酵素処理による細胞傷害リスクが未解決の問題であり、酵素不使用かつ再現性の高い簡便プロトコールがまだ確立されていない状況であった。加えて、既存法ではペリサイト等の混入細胞除去が不十分で純度が低い問題もあった。
目的
本研究は、てんかん手術 (難治性てんかんの側頭葉/海馬切除術) で得られた廃棄組織を用いて、酵素処理・密度勾配遠心を不要とした機械的分画法によりHBMVEC (human brain microvascular endothelial cells; ヒト脳微小血管内皮細胞) の高純度初代培養を確立し、in vitro BBBモデルとして機能するプロトコールを記述・提供することを目的とした。
結果
プロトコールの所要時間と培養純度: 手順全体は「コーティング前処理 約1.5時間 + 単離・培養開始 約2.5時間 + 継代・拡大 約10分」で構成され、専用機器や酵素処理なしに実施可能である。単離後8〜10日で内皮細胞クラスターが顕微鏡下に可視となり、30日前後でコンフルエントに達する (Fig 2)。コンフルエント後に50ランダム視野を計数した純度評価では、HBMVEC 97%、ペリサイト 3% という高純度が確認され (Fig 3d)、α平滑筋アクチン (α-SMA) 陽性のペリサイトはごく少数にとどまった。初期組織量 5-10 mm³ から1ヶ月後に T-25フラスコ1本分 (~1×10⁶細胞) が得られ、以降5-10 mm³増加ごとに追加フラスコが得られる。
HBMVEC特異的マーカーの発現と再現性: コンフルエントHBMVECのマーカー発現を免疫蛍光染色・ウエスタンブロット・定量的RT-PCRで確認した。脳内皮特異的マーカーとして von Willebrand factor (vWF) および GLUT-1 の特徴的発現が確認された (Fig 3a-b)。タイトジャンクション構成タンパクとして ZO-1、ZO-2、occludin、claudin-5、JAM-2 (junction adhesion molecule-2) の発現が免疫蛍光・ウエスタン・qPCRにより検証された (Figs 4, 5)。アドヘレンスジャンクションのβ-catenin、小胞輸送マーカーのcaveolin-1、流出トランスポーターのP-gp (P-glycoprotein) も発現した。3ドナーから得られた継代1〜3世代の培養間でタイトジャンクションタンパクの発現プロファイルが再現性よく一致した (Fig 5a)。qPCRデータ (Figs 5b) もZO-1/ZO-2/occludin/claudin-1/-3/-5/JAM-2の発現均一性を支持した。
TEER (transendothelial electric resistance) 測定によるバリア機能の実証: ECIS (Electrical Cell-Substrate Impedance Sensing) システム (Applied Biophysics, 1600R; 8W10E+アレイ、1,000 Hz AC信号) を用いた継続的TEER測定で、HBMVECモノレイヤーは細胞播種後に抵抗が経時的に上昇し、定常状態では TEER >1,000 Ω (8W10E+ 条件) に達した (Fig 6b)。定常状態は播種後約8日で到達した。LPA (lysophosphatidic acid) 添加実験では、TEER の急激な低下が確認され (Fig 6c)、作製モノレイヤーが「tightness/leakiness」に動的に応答できるバリア機能を有することが実証された。n=3の測定からのTEER (平均±SEMで提示) はLPA曝露後の低下パターンが再現可能であることを示した。
バリデーションと多施設適用性: 本プロトコールはアリゾナ大学 (M. Witte / M. Bernas) で50例以上に適用・開発されたのち、リスボン大学の研究室でも迅速に導入・再現された。コンフルエントモノレイヤーは培養施設間で輸送可能であり、世界的普及を可能とする。HIV-1・コカイン・メタンフェタミン・アルコールのBBB影響研究、Candida albicans神経侵入、CNS薬物デリバリー研究など複数の研究機関での多用途応用が報告されている (Kerndl et al. NatImmunol 2026)。
考察/結論
本プロトコールは、てんかん手術廃棄組織からHBMVECを単離・培養するための新規な酵素不使用プロトコールであり、~2.5時間で完了しかつ高純度 (97%) のin vitro BBBモデルを提供する。
先行研究との違い: 既存のBMVEC単離法が多段階酵素消化 (複数回のコラゲナーゼ/ディスパーゼ処理) と密度勾配遠心を要していたのと異なり、本法は機械的分画のみで実施可能である。これまでの方法では酵素が内皮細胞生存率を低下させる懸念があり、また非ヒト組織ベースのプロトコールが主流であったため種差問題が課題とされていたが、本法はヒト組織への適用を核心とし、酵素傷害リスクを排除した点で異なるアプローチである。
新規性: 本研究は新規に、酵素消化なしにヒト脳微小血管片を2段階ポリエステルメッシュ (500µm + 30µm) でサイズ分画しコラーゲンコートフラスコに播種するだけで高純度HBMVECを得られることを示し、本研究で初めて完全無酵素ヒトBBBプロトコールの有効性を実証した。
臨床応用: 本プロトコールで樹立したHBMVECは神経感染症 (HIV-1)、薬物乱用 (コカイン・メタンフェタミン)、CNS薬物デリバリーのin vitro BBBモデルとして臨床応用に向けた橋渡し研究基盤を提供する。神経炎症・神経変性・CNS治療薬開発において、ヒト由来細胞ベースのバリア機能評価は実臨床への直接的な relevance を持つ。
残された課題: 組織源がてんかん手術廃棄組織に限定されるため入手機会が限られ、ドナー間変動も存在する。継代可能回数は3〜4回が上限であり長期培養研究には適さない。また本プロトコールは TEER 機能を示すが、アストロサイトやペリサイトとの共培養系に比べ、in vivoに近い神経血管単位の複雑性は再現できない点が今後の課題である。更なる改良により他疾患 (神経変性・神経腫瘍) 由来組織への適用拡大も検討される。
方法
- 組織源: てんかん手術廃棄組織 (側頭葉/海馬、難治性てんかん切除例、インフォームドコンセント・IRB承認必須) — 5-10 mm³〜4 cm³のサイズ対応
- プロトコール主要ステップ:
- 前処理 (~1.5h): コラーゲンI (50 µg/ml in 0.02N酢酸) でT-25フラスコをコーティング、培地 (IM: Isolation Medium; ISM: Isolation-Supplemented Medium) 調製
- 単離 (~2.5h): ①機械的分画 (25/10/5 ml ピペットで反復吸排)、②500 µm ポリエステルメッシュで大断片除去、③30 µm ポリエステルメッシュで微小血管片選択・回収、④400 rpm (~30g) 10分遠心、⑤ISMに再懸濁しコラーゲンコートT-25フラスコへ
- 拡大 (~10 min/回): 2〜4日後に初回培地交換、週1回継続、8〜10日で細胞クラスター可視、30日前後でコンフルエント
- 培地: DMEM/Ham’s F12 + 10% FBS + Glutamax + 抗生剤 + ECGS (50 µg/ml) + ヘパリン (1 mg/ml)
- 細胞特性評価:
- 免疫蛍光: vWF, GLUT-1, α-SMA, ZO-1, ZO-2, occludin, claudin-5, JAM-2, β-catenin, caveolin-1, P-gp (Hoechst 33258で核染色)
- ウエスタンブロット: 亜細胞分画 (細胞質/膜/細胞器官) + タイトジャンクションタンパク; β-actin, Na⁺/K⁺ATPase α1を内部対照
- qRT-PCR: TaqMan (ZO-1, ZO-2, occludin, claudin-1/-3/-5, JAM-2); ΔΔCt法、GAPDH/RPLP0を内部対照。3ドナー間の発現差異は対応なしStudent’s t-test (unpaired t-test) で比較
- TEER: ECISシステム (Applied Biophysics, 1600R; 8W10E+ アレイ; 1,000 Hz AC; 1時間間隔モニタリング)
- ネガティブコントロール: LPA添加によるTEER低下でバリア傷害をモデル化 (n=3、データは平均±SEM)
- 試験識別子: なし (方法論論文; 動物実験・臨床試験登録なし)