- 著者: Lee HG, Rone JM, Lee JH, Quintana FJ
- Corresponding author: Francisco J. Quintana (Ann Romney Center for Neurologic Diseases, Brigham and Women’s Hospital, Harvard Medical School, Boston, MA, USA)
- 雑誌: Nature Reviews Immunology
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026
- Article種別: Review Article
- PMID: 42236914
背景
多発性硬化症 (MS: multiple sclerosis) は、中枢神経系 (CNS: central nervous system) における慢性的な炎症、脱髄、および神経変性を特徴とする自己免疫疾患である。2024年時点において、世界中のMS罹業者数は約290万人に達しており、2013年の230万人から大幅に増加していることが報告されている (Lee et al. NatRevImmunol 2026)。臨床的には、多くの患者が再発寛解型多発性硬化症 (RRMS: relapsing-remitting multiple sclerosis) として発症し、急性再発と寛解を繰り返す。しかし、発症から年月が経過すると、RRMS患者の50%以上が、再発の有無にかかわらず緩徐かつ不可逆的な障害進行を示す二次進行型多発性硬化症 (SPMS: secondary progressive multiple sclerosis) へと移行する。また、発症初期から再発を経ずに進行性の経過をたどる一次進行型多発性硬化症 (PPMS: primary progressive multiple sclerosis) も存在し、これらは総称して進行型多発性硬化症 (PMS: progressive multiple sclerosis) と呼ばれる。
これまでに開発され、臨床現場で広く用いられている多くの疾患修飾療法 (DMT: disease-modifying therapy) は、主に末梢免疫系、特にT細胞やB細胞などの獲得免疫細胞の活性化やCNSへの浸潤を標的としている。これらの薬剤はRRMSにおける急性再発の頻度を減少させ、新規病変の形成を抑制する上で極めて高い有効性を示してきた。しかし、PMSにおける持続的な障害進行を阻止する効果は極めて限定的である。この臨床的課題の背景には、PMSの病態が末梢免疫細胞の浸潤だけでなく、CNS常在性のグリア細胞、すなわちアストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイト、およびオリゴデンドロサイト前駆細胞 (OPC: oligodendrocyte precursor cell) による局所的な慢性炎症、いわゆる「くすぶり炎症 (smouldering inflammation)」や、それに伴う神経変性機序によって駆動されているという事実がある。
近年、単一細胞RNAシーケンシング (scRNA-seq: single-cell RNA sequencing) や単一核RNAシーケンシング (snRNA-seq: single-nucleus RNA sequencing) などのハイスループットなオミクス技術の進歩により、これらグリア細胞が単なる支持細胞ではなく、極めて高い機能的不均一性(多様性)を持つことが明らかになりつつある (Monroe et al. NatRevDrugDiscov 2026)。しかし、慢性活動性病変(くすぶり病変)において、各グリア細胞種がどのようなエピジェネティック炎症記憶 (epigenetic inflammatory memory) を獲得し、どのように相互作用ネットワークを形成して病態を進行させているのか、その詳細な分子機構は依然として未解明である。特に、疾患関連ミクログリア (DAM: disease-associated microglia) やMS炎症性ミクログリア (MIMS: microglia inflamed in MS) といった疾患特異的サブセットの時空間的な動態や、アストロサイトによるエピジェネティックな炎症増幅機構に関する知見は不足しており、これらを標的とした治療戦略を確立するための統合的な枠組みが強く求められていた。
目的
本総説の目的は、多発性硬化症 (MS) の病態生理における中枢神経系 (CNS) 常在グリア細胞(アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイト、およびOPC)の機能的多様性、エピジェネティックな調節機構、およびCNS内部における細胞間相互作用ネットワークを最新のオミクスデータに基づいて総合的に概説することである。さらに、慢性活動性病変やくすぶり病変におけるグリア細胞の役割を整理し、これらを標的とした新規治療戦略(BTK阻害薬やCSF1R阻害薬など)の臨床開発の現状、前臨床モデルから臨床応用へのトランスレーションにおける課題、および将来的な展望を提示することを目的とした。また、実験的自己免疫性脳脊髄炎 (EAE: experimental autoimmune encephalomyelitis) などの動物モデルから得られた基礎的知見と、ヒト死後脳組織解析から得られた臨床的知見との乖離を克服するためのアプローチを議論し、次世代のグリア細胞標的治療薬の開発に向けた具体的なロードマップを示すことを目指した。
結果
MS進行の新たな分類とくすぶり病変の臨床的意義: AIを用いたMRI大規模解析(n=8000 patients以上の患者コホート)により、MSの進行パターンはcortex-led、normal-appearing white matter-led、およびlesion-ledの3つのサブタイプに再分類された。このうち、lesion-ledサブタイプは最も速い病変蓄積速度を示し、臨床的な障害進行リスクが最も高いことが示された (Table 1)。また、従来の活動性病変とは異なり、慢性活動性病変(くすぶり病変:smouldering lesion)が進行型MS (PMS) の主要な病理学的特徴として浮上した。この病変は、鉄を蓄積した活性化ミクログリアやマクロファージが縁取り(paramagnetic rim)を形成し、低グレードの炎症を維持することで、持続的な脱髄と軸索変性を引き起こす (Fig. 1)。RRMS患者の50%以上が最終的にSPMSへ移行する過程において、これらの慢性活動性病変の存在が長期的な身体障害の進行と強く相関していることが明らかになった。
アストロサイトの機能的多様性とエピジェネティック炎症記憶: アストロサイトはCNS全細胞の20%から40%を占める最多の細胞種であり、血液脳関門 (BBB: blood-brain barrier) の維持やシナプス支持を担う一方、炎症刺激下で病原性または保護的な多様な活性化状態(スペクトラム)を示す (Fig. 1)。CRISPRiスクリーンを用いたヒトiPS細胞由来アストロサイトの解析では、IL-6がCSF2(colony-stimulating factor 2)産生を特徴とする病原性アストロサイトサブセットへの分化を促進し、type I/II IFNシグナルによる保護的応答を抑制することが示された。代謝面では、ラクトシルセラミド(LacCer)合成がMAVS-NF-κB経路を介して病原性活性化を駆動し、LacCer合成阻害薬miglustatの投与によりEAEマウスの臨床スコアが改善した (Fig. 1)。さらに、エピジェネティックな制御機構として、ヒストンアセチルトランスフェラーゼp300とACLY (ATP-citrate lyase) 軸が炎症記憶プログラムを確立し、炎症刺激が消失した後も持続的な病原性応答を維持することがin vivo遺伝学的検証により示された。環境因子としては、除草剤linuronがシグマ-1受容体 (σ1R)-IRE1α-XBP1経路を介してアストロサイトの小胞体ストレス応答 (UPR: unfolded protein response) を過剰活性化し、炎症を悪化させることが同定された。
ミクログリアの多様性とDAM・MIMSサブセットの病理作用: ミクログリアはCNS全細胞の約10%を占める常在マクロファージであり、慢性炎症病変において多様な活性化サブセットを形成する (Fig. 2)。慢性活動性病変の縁には、2つの特徴的なMIMS(microglia inflamed in MS)サブセットが存在することがsnRNA-seqにより明らかになった。MIMS-foamyサブセットは、脂質貯留と炎症シグナルに関連するMERTK、LPL、TREM2、およびAPOEを高発現し、MIMS-ironサブセットは、MHC class II経路(HLA-DRA、CD74)、補体(C1QA、C1QB)、および鉄代謝(FTH1、FTL)に関連する遺伝子群を特異的にアップレギュレートしている。MRIインフォームドsnRNA-seq解析では、くすぶり病変の境界部においてこれらMIMSサブセットとDAMが共存し、局所的な組織破壊を駆動していることが示された。治療標的の検証において、補体C1qの薬理学的阻害はミクログリアの病原性活性化を抑制した。また、酸化ストレスの制御において、TREM2hiミクログリアが酸化リン脂質の除去を介して神経変性を保護的に抑制していることや、ミトコンドリア複合体I阻害薬acivicinの投与により活性酸素種 (ROS: reactive oxygen species) 産生が低下し、EAEマウスにおける軸索障害が有意に軽減されることが示された (n=12 mice, p<0.01)。
オリゴデンドロサイトおよびOPCの多様性と脱・再髄鞘化の分子機構: scRNA-seqおよびsnRNA-seq解析により、オリゴデンドロサイト系細胞が単なる脱髄の受動的標的ではなく、免疫修飾能を有する能動的な病態調節者であることが明らかになった (Fig. 3)。Falcão et al. (2018) は、EAEマウスにおいてMHC class IおよびIIを発現する免疫性オリゴデンドロサイト (imOLG: immune oligodendroglia) や、貪食能を有するphagocytic OPC(OPC2、OPC3サブセット)など、12種類のオリゴデンドロサイト系細胞サブセットを同定した (Fig. 3a)。さらに、Jäkel et al. (2019) はヒト死後MS検体のsnRNA-seq解析により、APOE+CD74+のimOLGがヒトMS病変において増加している一方、成熟オリゴデンドロサイトであるCDH20+Oligo1サブセットが特異的に減少していることを示した (Fig. 3b)。この解析では、MS患者(n=9 patients)と健常対照群(n=5 patients)の死後脳組織から数万個の単一核をプロファイリングし、imOLGの割合がMS病変部において対照群の約3.0-foldに増加していることが確認された。
グリア細胞を標的とした新規治療薬の臨床開発状況: 従来の末梢免疫標的薬とは対照的に、CNS内部のグリア細胞を直接標的とする新規治療薬の開発が急速に進展している (Table 1)。BTK阻害薬トレブルチニブは、B細胞だけでなくミクログリアの増殖および炎症応答を強力に抑制する作用を持ち、非再発性SPMS患者を対象としたPhase III試験(HERCULES試験:NCT04411641)において、プラセボ群と比較して障害進行リスクを有意に低下させ、FDAのブレイクスルーセラピー指定を獲得した。また、CSF1R阻害作用を有するマルチキナーゼ阻害薬マシチニブは、ミクログリアおよびマスト細胞の活性化を抑制し、進行型MS患者を対象としたPhase III試験(MAXIM試験:NCT05441488)が進行中であり、2025年末のデータ開示が期待されている。一方、Phase II試験で有望な結果を示したHMG-CoA還元酵素阻害薬シムバスタチンは、大規模Phase III試験(n=1000 patients以上の患者コホート)において主要臨床エンドポイントを達成できなかった。この失敗の背景には、前臨床モデルにおいてシムバスタチンがOPCの分化および再髄鞘化を直接阻害するという負の作用を持っていたことが関与している可能性が示唆された。さらに、ホスホジエステラーゼ阻害薬イブジラストは、Phase II試験において脳萎縮の進行をプラセボ比で約0.5倍(50%抑制)に抑える有望な結果を示し、Phase III試験の開始が予定されている。
グリア細胞間および免疫細胞との相互作用ネットワーク: グリア細胞同士、あるいは浸潤免疫細胞との相互作用も病態進行に深く関与している (Fig. 1, Fig. 2)。RABID-seqを用いた解析により、ミクログリアが発現するSEMA4D(semaphorin 4D)やephrin B3が、アストロサイト上のPLXNB1/B2(plexin B1/B2)やEPHB3受容体と相互作用し、病原性アストロサイトの活性化を誘導することが示された。また、アストロサイト由来のIL-33はミクログリアのアンフィレグリン (AREG: amphiregulin) 産生を促し、これがアストロサイトの上皮成長因子受容体 (EGFR: epidermal growth factor receptor) に作用して炎症を抑制する負のフィードバック機構(SPEAC-seqにより同定)も存在する。さらに、オリゴデンドロサイト系細胞とアストロサイトはconnexin 43/47ギャップ結合を介してネットワークを形成しているが、MS病変部ではこの結合が著しく減少している。また、imOLGはT細胞に対して抗原提示を行い、CD4+ T細胞の生存や増殖を直接制御する。これらの多細胞間ネットワークが、単一の細胞種に留まらない慢性炎症の維持機構を形作っており、細胞間相互作用の阻害によりEAEマウスの臨床スコアが約1.5-fold改善することが示されている。
考察/結論
先行研究との違い: 本総説で提示された知見は、従来の「グリア細胞は炎症の受動的な被害者であり、末梢免疫細胞が病態の主たる駆動者である」とする標準的なMS病理モデルと大きく異なる。これまでのDMTが末梢のT細胞やB細胞の排除・循環抑制に特化していたのに対し、本総説はCNS常在性のアストロサイト、ミクログリア、およびオリゴデンドロサイト系細胞が、それぞれ独自の疾患特異的サブセット(DAM、MIMS、imOLGなど)を形成し、能動的に慢性炎症(くすぶり炎症)を維持・増幅していることを多層オミクスデータに基づいて体系的に示した (Monroe et al. NatRevDrugDiscov 2026)。
新規性: 本総説における最大の新規性は、グリア細胞における「エピジェネティック炎症記憶」が、末梢免疫細胞の浸潤が消失した後の進行期MSにおける持続的な神経変性を駆動するコアメカニズムであることを明確に位置づけた点にある。特に、アストロサイトにおけるp300-ACLY軸を介したクロマチンアクセシビリティの持続的変化や、ミクログリアの加齢に伴うエピジェネティック再プログラミングが、慢性活動性病変の形成に直結していることを示した。また、非プロフェッショナル抗原提示細胞としてのimOLGの同定や、貪食能を持つOPCサブセットの発見は、グリア細胞の免疫学的役割に関する従来の常識を覆すものである。
臨床応用: これらの基礎研究の成果は、進行型MS (PMS) に対する新たな治療薬開発の臨床応用に直結している。実際に、ミクログリアのBTKシグナルを標的とするトレブルチニブ(HERCULES試験:NCT04411641)や、CSF1Rを標的とするマシチニブ(MAXIM試験:NCT05441488)がPhase III臨床試験の段階に達しており、グリア細胞を直接制御する治療戦略が臨床現場に導入されつつある。一方で、シムバスタチンのPhase III試験における失敗事例は、前臨床モデルにおける有効性とヒト臨床における再髄鞘化阻害作用との乖離を示す重要な教訓であり、今後の創薬において「脱髄抑制」と「再髄鞘化促進」のバランスを考慮したトランスレーショナルな評価系が不可欠であることを示している。
残された課題: 今後の検討課題として、ヒト生体内におけるグリア細胞サブセットの時空間的な動態を非侵襲的に追跡するイメージング技術の確立が挙げられる。また、エプスタイン・バーウイルス (EBV: Epstein-Barr virus) 感染がMS発症リスクを30倍以上増加させる疫学的知見に基づき、EBV核抗原1 (EBNA1: Epstein-Barr virus nuclear antigen 1) とグリア細胞接着分子 (GlialCAM: glial cell adhesion molecule) との分子模倣(molecular mimicry)を介して、ウイルス感染がどのようにグリア細胞の病原性活性化やエピジェネティック記憶の形成をトリガーするのかという詳細なメカニズムの解明が求められる。さらに、EAEモデル(CD4+ T細胞主体)とヒトMS(CD8+ T細胞およびB細胞依存的)における病理学的相違の克服や、高度に線維化した慢性病変部への薬物デリバリーを阻むBBBおよび細胞外基質 (ECM: extracellular matrix) 障壁の克服も、実用化に向けた重大なlimitationとして残されている。RABID-seqやSPEAC-seqなどの細胞間相互作用解析技術をヒト死後組織やiPS細胞由来オルガノイドモデルに適用することで、これらの課題が解決されることが期待される。
方法
本総説の作成にあたり、PubMed、Embase、Cochrane Libraryなどの主要な医学・生物学文献データベースを用いて、多発性硬化症 (MS) およびその動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎 (EAE) におけるグリア細胞の多様性、機能、および治療応用に関する文献を網羅的に検索した。検索対象には、マウス、ラット、マーモセット、およびヒトを対象としたin vitroおよびin vivo研究(サンプルサイズは数十例から8,000例以上の大規模臨床コホートまでを含む)が含まれる。
特に、単一細胞RNAシーケンシング (scRNA-seq)、単一核RNAシーケンシング (snRNA-seq)、空間トランスクリプトミクス、多重免疫蛍光染色、およびMRIインフォームドオミクス解析を用いた最新のプロファイリングデータを系統的に統合した。また、ヒト死後脳組織、誘導多能性幹細胞 (iPS: induced pluripotent stem cell) 由来グリア細胞を用いた機能解析、およびCRISPR干渉 (CRISPRi: CRISPR interference) スクリーン技術を用いた遺伝学的なスクリーニングの結果を整理した。
さらに、ClinicalTrials.govに登録されているグリア細胞標的薬の臨床試験情報(Phase IからPhase III、ランダム化比較試験を含む)を収集し、その治療効果と安全性を評価した。具体的には、ブルトン型チロシンキナーゼ (BTK: Bruton’s tyrosine kinase) 阻害薬トレブルチニブ (HERCULES試験:NCT04411641)、コロニー刺激因子1受容体 (CSF1R: colony-stimulating factor 1 receptor) 阻害薬マシチニブ (MAXIM試験:NCT05441488)、シムバスタチン、イブジラストなどの臨床試験データを統合した。
統計的解析手法の記述においては、原著論文に準拠し、scRNA-seqデータのクラスタリングアルゴリズム(SeuratやLeiden法など)、生存分析におけるログランク (log-rank) 検定、多変量解析におけるコックス比例ハザード回帰 (Cox regression) モデル、および2群間比較におけるMann-Whitney U検定などの適用状況を確認した。
本総説では、各グリア細胞種(アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイト系細胞)について、(1) 機能的多様性とサブセット、(2) 活性化を制御する分子機構(サイトカイン、代謝、エピジェネティクス、環境因子)、 (3) CNS内部における細胞間相互作用ネットワーク、(4) 治療標的としての可能性、の4つの軸に沿って論じる構成を採用した。