- 著者: Yiming Peng-Winkler, Xiao-Zheng Liu, Sanne M.L. Verheul, Charlotte Girondel, Sebastian Igelmann, Sara Marie Rotter, Michail Doukas, Ming Liu, Anke Vandekeere, Mélanie Planque, et al.
- Corresponding author: Sarah-Maria Fendt (KU Leuven, VIB Center for Cancer Biology, Leuven, Belgium)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-06-05
- Article種別: Original Article
- DOI: 10.1038/s41586-026-10686-2
背景
大腸癌 (CRC) 患者の大多数は肝転移を発症し、その組織形態学的多様性が予後を大きく規定する。肝転移は組織学的に「代替増殖型 (replacement)」と「被包型 (encapsulated、旧来の desmoplastic)」に分類され、代替増殖型では肝細胞が腫瘍細胞に置換されて類洞血管を co-opt するのに対し、被包型は間質性間質リムで周囲と隔絶した増殖をとる (Vermeulen et al. 2001 J Pathol)。5 年全生存率は被包型の 73.4% に対し代替増殖型では 44.2% 未満と顕著に低く (Höppener et al. 2021 JNCI Cancer Spectr)、全 CRC 肝転移の約 80% が予後不良の代替増殖型に分類される。しかし未治療 (treatment-naive) の時点で代替増殖型転移の形成を決定する患者因子は長年不明であった。
脂肪肝 (steatosis) は現代における最も一般的な肝代謝異常の一つであり、non-alcoholic fatty liver disease (NAFLD) として CRC と高い有病率の重複が知られる。高脂肪食 (HFD) が肝臓の代謝プログラムを再編してがん促進性の環境を生み出すことは、肝細胞癌の発生プライミングという文脈で近年注目されている (Tzouanas et al. Cell 2026)。一方でがん細胞固有の代謝リプログラミングがどのように転移の組織形態を決定するかは未解明であり、代替増殖型転移を標的とする承認療法も存在しない。本研究はこのギャップを埋めるために、CRC 患者と動物・オルガノイドモデルを組み合わせて代替増殖型転移の形成機構を体系的に解析した。
目的
未治療 CRC 患者における肝転移の組織学的多様性 (代替増殖型 vs 被包型) を規定する患者因子を同定し、そのメカニズムを基礎モデルで解明するとともに、代替増殖型転移を選択的に標的とする治療戦略を検証すること。
結果
肝脂肪変性 (steatosis) が代替増殖型転移の唯一の独立患者因子: Rotterdam cohort (Erasmus University Medical Center, n=155) および Göttingen cohort (University Medical Center Göttingen, n=51) の systemic therapy 未治療 CRC 患者において、年齢・性別・体格指数 (BMI)・組織学的肝 steatosis を含む多変量解析を実施した。病理学的リンパ節分類 (pN2: オッズ比 (OR) 2.74, P=0.039) や転移径 (OR 1.22, P=0.020) が代替増殖型と相関することは既知であったが、患者固有の特性の中で代替増殖型転移と有意に関連した唯一の変数は組織学的 steatosis であり、OR 3.57 (P=0.001) と強力な関連を示した (Fig 1a)。HFD 誘発の steatosis マウスモデル (CMT93 細胞の脾臓内注射) では、代替増殖型転移の割合がコントロール食 3.5±2.6% から HFD で 53.7±11.3% へと約 15 倍増加し (Fig 1b)、因果関係を証明した。循環脂質を選択的に増やす短期 HFD では代替増殖型転移は変化しなかったが、肝内への ethyl palmitate 直接注射では増加したことから、肝臓内の脂肪酸そのものが代替増殖型転移の誘因であることが確認された。
脂肪酸がプロリン合成を促進してスフェロイドと PDO の増殖を亢進させる: CMT93 腫瘍スフェロイドへのパルミチン酸添加後の代謝トランスクリプトームでは「プロリン・アルギニン代謝」遺伝子セットが最も顕著に濃縮された。palmitate (66µM) と oleate (50µM) の組み合わせを 3 種の患者由来オルガノイド (PDO: E1, E2, E3) に投与したところ、PDO の増殖 (Fig 1c)、P5CS (pyrroline-5-carboxylate synthetase; ピロリン-5-カルボキシレート合成酵素) の mRNA (P=0.0028) およびタンパク質 (P<0.0001)、細胞内プロリン濃度 (P=0.0082) がいずれも有意に上昇した (Fig 1d-f)。13C トレーサー解析では、グルタミンからのプロリン de novo 合成分画も増加することが確認された。matrix-assisted laser desorption ionization mass spectrometry imaging (MALDI-MSI) による空間質量分析 (50µm 解像度) では、HFD マウスの代替増殖型転移において proline シグナルが著明に増強されていた (Fig 1g)。
P5CS・COL1A1 による代替増殖型転移の因果的制御: 遺伝子操作実験では、P5CS のノックダウンが HFD 誘発の代替増殖型転移割合の増加を完全に抑制し (P=0.0002)、P5CS 過剰発現がコントロール食マウスで代替増殖型転移を約 3 倍増加させた (P=0.0005; Fig 2a,b)。さらに Col1a1 (コラーゲン type I alpha 1 chain) のノックダウンが、FA 誘導の腫瘍スフェロイド増殖と HFD 誘発の代替増殖型転移を P<0.0001 で完全に抑制し、プロリン由来コラーゲン合成が代替増殖型転移形成に必須であることが示された (Fig 2e,f)。固有に代替増殖型転移をとる MC38 (n=25 control, n=12 shP5CS, n=13 shCol1a1) および CT26 (n=5 control, n=6 各 KD) モデルでも P5CS・Col1a1 ノックダウンは転移面積を有意に縮小した (MC38: P=0.0055; CT26: P=0.0238; Fig 3c,d)。
MYC アセチル化が脂肪酸−プロリン−コラーゲン軸の上流を制御する: ChEA データベースを用いた転写因子予測で MYC が P5CS, PYCR1, PYCR2, COL1A1 を標的とすることが示され、実験的に確認された。FA 添加は CMT93 スフェロイドおよび PDO で MYC の安定性延長、アセチル CoA 増加、MYC のアセチル化 (K323 残基) 亢進をもたらした (Fig 2g)。HFD マウスの転移でも MYC 発現と K323 アセチル化が代替増殖型転移で選択的に上昇した (Fig 2h,k)。アセチル化欠損変異体 MYC[K323R] を用いた置換実験では、palmitate 添加による P5CS 発現亢進・プロリン増加・スフェロイド増殖がすべて消失し、アセチル化が必須の機能修飾であることが証明された。脂肪酸酸化 (FAO) の律速酵素 Cpt1a (carnitine palmitoyl transferase 1a) のノックダウンはアセチル CoA・MYC アセチル化・MYC 安定性・プロリン・コラーゲン合成・スフェロイド増殖を低下させ、HFD マウスの代替増殖型転移割合も有意に減少させた (Fig 2l)。MYC 過剰発現単独でコントロール食マウスの代替増殖型転移を約 3 倍増加させ (P=0.0045; Fig 2i)、この効果は Col1a1 ノックダウンで完全に抑制された (P<0.0001; Fig 2j)。
患者由来検体での MYC−プロリン−コラーゲン軸の実証: 封包型・代替増殖型転移由来の 4 つの PDX (patient-derived xenograft) モデルを用いた MALDI-MSI 空間代謝解析では、代替増殖型転移のプロリンシグナルが被包型の 272-412% と 4-5 倍高値を示した (Fig 4a)。化学療法未治療患者 15 例 (代替増殖型 6/被包型 9、GSE151165) のトランスクリプトームでは、代替増殖型でコラーゲン遺伝子とプロリン関連遺伝子セットの発現が増強していた。Rotterdam の外科的切除患者 (n=19 MALDI-MSI、n=51 Masson trichrome 染色、n=14 蛍光多重 IHC) では、steatosis の有無にかかわらず代替増殖型転移で proline レベル・コラーゲン沈着・P5CS・COL1A1・MYC タンパク質が被包型より高値であり、患者検体においてこの代謝軸が代替増殖型転移を特徴付けることが確認された (Fig 4b-e)。
MYC 阻害薬が代替増殖型転移に選択的有効性を示す: MYCi975 (myelocytomatosis inhibitor 975, 100 mg/kg/day) の経口投与は、MC38 および CT26 代替増殖型転移マウスの転移面積を有意に縮小したが (MC38: P=0.0055)、CMT93 の被包型転移には効果を示さなかった (Fig 5a)。PDO 18 株を用いた MYCi975 試験 (2-2.5µM) では、代替増殖型由来 PDO (R1/R2/R3) と FA 添加された被包型 PDO では増殖抑制が観察されたが、FA 非添加の被包型 PDO (E1-E3) には効果がなかった (Fig 5b)。代替増殖型患者由来 PDX の肝内移植モデルに MYCi975 40mg/kg/day を投与したところ、腫瘍増殖が有意に抑制された (F-test P<0.001; Fig 5c)。MYC 阻害薬 OMO-103 のフェーズ I 試験 (9 例: CRC 5、膵癌 2、肉腫 1、NSCLC 1) を後方視的に解析したところ、RECIST v1.1 (Response Evaluation Criteria In Solid Tumors) による 9 週後の治療応答は投与量とは相関しなかったが (P=0.9909; Fig 5d)、CT 肝脾比で定量した肝脂肪含量と有意な相関を示し (P=0.0113; Fig 5e)、steatosis のある患者ほど腫瘍退縮が得られる傾向が示唆された (Repetto et al. ClinCancerRes 2026)。
考察/結論
① 先行研究との違い: これまでの報告では代替増殖型転移と anti-angiogenic 療法抵抗性との関連 (Frentzas et al. 2016 Nat Med) や vessel co-option が中心的に議論されてきたが、本研究と異なり、治療未介入の患者における代替増殖型転移の発生を規定する因子は同定されていなかった。また、脂肪肝環境が腫瘍細胞固有の代謝経路を通じて転移の組織形態を決定するという概念もこれまでに存在しなかった。
② 新規性: 本研究で初めて、steatosis が宿主の肝脂肪酸環境を変え、脂肪酸酸化 (FAO) → アセチル CoA → MYC アセチル化 (K323) → MYC 安定化 → P5CS/PYCR1/2 → プロリン合成 → COL1A1 → コラーゲン産生という代謝カスケードを介して代替増殖型転移の発生・増殖を新規に規定する機構を示した。さらに、空間代謝解析 (MALDI-MSI) を用いて臓器内転移不均一性の代謝的基盤を解明した点も新規である。
③ 臨床応用: 本知見の臨床応用として、肝 steatosis または代替増殖型転移を有する CRC 患者が MYC 阻害薬治療から最も恩恵を受ける可能性が示唆され、肝脂肪含量 (CT 肝脾比) が MYC 阻害薬 (OMO-103、MYCi975) の層別化バイオマーカーとなりうる。MYC 阻害薬は現在 NSCLC・TNBC・HCC・CRC を対象とした臨床試験 (NCT04808362、NCT05497453) で開発中であり、組織形態 (replacement vs encapsulated) を用いた患者選択が実装可能な選択戦略として考えられる。
④ 今後の課題: 本研究は腫瘍細胞固有の FAO-MYC-プロリン-コラーゲン軸に焦点を当てており、がん関連線維芽細胞や肝星細胞など非腫瘍細胞由来のコラーゲンが転移形態に果たす役割は残された課題である。また OMO-103 フェーズ I の解析は後方視的で症例数 9 例と限られており、steatosis を選択基準とした前向き試験による検証が今後の研究に必要である。さらに、CRC 以外の組織形態的不均一性を示す癌腫 (乳癌・HCC など) でこの機構が保存されているかの探索も重要な方向性である。
方法
研究デザイン: 多施設患者コホートを用いた前向き観察研究と、in vitro (腫瘍スフェロイド・PDO) および in vivo (CMT93/MC38/CT26 細胞の intrasplenic injection マウスモデル、intrahepatic PDX) を組み合わせた基礎研究。
患者コホート: Rotterdam cohort (Erasmus University Medical Center, n=155, MEC-2018-1743) と Göttingen cohort (n=51, Antragsnr. 25/3/17 and 21/3/11) の systemic therapy 未治療 CRC 肝転移切除患者。
細胞・動物モデル: CMT93 (ATCC, 被包型 inherent)、MC38 (Kerafast, 代替増殖型 inherent)、CT26 (ATCC, 代替増殖型 inherent) を HFD (12 週, 60% 脂肪) または control diet マウスに intrasplenic 注射。脂肪酸補充: palmitate (66µM) + oleate (50µM) のコンジュゲート BSA 複合体。遺伝子操作: shRNA (pLKO-shRNA2)、過剰発現 (レンチウイルスベクター; 衛生選択マーカー Hyg または Puro)。
PDO: Erasmus MC (encapsulated 由来 E1-E3)、McGill University、Göttingen 大学の 3 施設で確立 (Driehuis et al. NatProtoc 2020)。basement membrane extract (BME) type 2 + 標準 CRC オルガノイド培地。FA 前処理 9 日間後に PDO 増殖・RNA・タンパク・代謝解析。MYCi975 2-2.5µM で 8-9 日間処理。
PDX: 4 モデル (被包型・代替増殖型由来、Tabariès et al. 2021 Commun Biol より供与)。
空間解析: MALDI-MSI (50µm ピクセル, root mean square 正規化)、Picrosirius red 偏光顕微鏡 (コラーゲン I/III 分類)、Masson trichrome 染色 (コラーゲン沈着)、蛍光多重 IHC (P5CS/COL1A1/MYC/PanCK)。
トレーサー解析: [13C] グルタミンによる de novo プロリン合成の同位体追跡 (Buescher et al. 2015 Curr Opin Biotechnol)。
薬物: MYCi975 (in vivo: 100 または 40mg/kg/day、in vitro: 2-2.5µM)、OMO-103 (フェーズ I 後方視的解析, n=9, Garralda et al. 2024 Nat Med)。
統計: Unpaired two-tailed t-test (Welch correction)、Two-way ANOVA (Šídák’s multiple comparisons)、One-way ANOVA (Dunnett)、F-test (腫瘍増殖曲線)、Pearson correlation (OMO-103 層別化)。
Identifier: GSE151165 (GEO, 患者転移トランスクリプトームデータ)、NCT04808362、NCT05497453 (MYC 阻害薬臨床試験)。