- 著者: Tzouanas CN, Shay JES, Sherman MS, et al.
- Corresponding author: Wolfram Goessling (Massachusetts General Hospital); Ömer H. Yilmaz (MIT); Alex K. Shalek (MIT)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2026
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 41435820
背景
慢性的な代謝ストレスは、肝細胞に組織機能の維持と自身の生存という相反する課題を課す。高脂肪食や西洋型食の継続的な摂取は、代謝機能不全関連脂肪肝炎 (MASH; metabolic dysfunction-associated steatohepatitis) を引き起こし、これは世界人口の33%以上に影響を及ぼす代謝機能不全関連脂肪性肝疾患 (MASLD; metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease) の進行形態として、肝炎、肝線維化、肝硬変、そして最終的には肝細胞癌 (HCC) へと進展する。HCCは、がんによる生命損失年 (YLL) において第2位を占める深刻な疾患である。疫学研究では、MASHの線維化ステージが進行するにつれてHCCのリスクが増大することが示されているが、肝硬変に至る前の段階では体細胞変異負荷の有意な増加は認められない。このことから、非変異性の転写・エピゲノム的適応が腫瘍化の素因を形成している可能性が示唆されてきた。しかし、慢性ストレス下で生き残った肝細胞がどのような表現型変化を経験し、それが長期的な腫瘍発生にどのように寄与するのかは、これまで十分に解明されていなかった。特に、ストレスによって誘導される細胞死のドライバーに関する先行研究は存在するものの、慢性ストレスに耐え抜いた細胞の機能的変化とその動態については不明な点が多かった。肝臓は栄養代謝、タンパク質分泌、化学物質解毒など広範な機能を担い、急性損傷後には肝臓の2/3を切除しても正常な肝質量と機能を回復させるほどの高い再生能力を持つ。しかし、この再生能力も慢性ストレス下では不十分となり、進行性の組織損傷を引き起こす。例えば、膵臓や皮膚上皮における炎症、腸管幹細胞における高脂肪食など、他の臓器における環境ストレスが非変異性の長期的な機能不全や腫瘍形成をプライミングすることが報告されているが、肝臓における同様のメカニズムは未開拓であった。本研究は、慢性代謝ストレスが肝細胞の機能的バランスをどのように乱し、将来の腫瘍発生をプライミングするのかという知識ギャップを埋めることを目指した。これまでの研究では、主に組織レベルの病理や細胞死に焦点が当てられており、慢性ストレスに曝露された非形質転換肝細胞が経験する動的な表現型変化とその長期的な腫瘍発生への寄与については、知識が不足していた。Finley et al. Cell 2023の報告では、がん細胞の代謝適応が腫瘍形成に重要な役割を果たすことが示唆されているが、非形質転換細胞における代謝ストレス応答の動態は未解明であった。また、Hanahan et al. CancerDiscov 2022は、がんの新たな特徴として代謝調節不全を挙げているが、その初期段階における細胞レベルでの適応メカニズムは十分に理解されていなかった。本研究は、これらの知識の不足を補完し、慢性代謝ストレスが肝細胞の機能的バランスをどのように乱し、将来の腫瘍発生をプライミングするのかという知識ギャップを埋めることを目指した。
目的
本研究の目的は、高脂肪食 (HFD; high-fat diet) による慢性代謝ストレスが、非形質転換肝細胞の遺伝子発現、エピゲノム、および機能に及ぼす縦断的な変化を包括的に解明することである。具体的には、将来の腫瘍発生プライミングに関与する分子メカニズムおよびマスターレギュレーターを同定し、実験的に検証することを目指した。さらに、マウスモデルで得られた知見がヒトのMASLDおよびHCCコホートに外挿可能であるかを評価し、疾患の進行や予後との関連性を検証することも目的とした。これにより、肝臓がストレスを緩衝しながら恒常的機能を調整する仕組み、および進行する損傷の有害な影響を理解し、MASLDおよびHCCにおける新規治療戦略や患者層別化のための標的を発見することを目指した。本研究は、細胞の生存を促進し、発生関連プログラムを活性化しつつ、成熟した機能的アイデンティティを低下させるストレス応答の分子基盤を明らかにすることを目的とした。また、代謝経路のリバランスがストレス応答を悪化させ、将来の腫瘍形成をプライミングするメカニズムを解明することも重要な目的である。最終的には、これらの知見を基に、肝疾患の早期診断および治療介入のための新たなバイオマーカーや治療標的を特定することを目指した。
結果
HFDマウスモデルの病理再現性と縦断的snRNA-seq解析: 高脂肪食 (HFD) を与えたC57BL/6マウスは、進行性の単純脂肪化、炎症、線維化、および自然発症HCCを再現し、ヒトMASH患者の病理と一致した (Figure 1A-1D)。13匹のマウスから得られた51,065個の肝細胞を縦断的snRNA-seqで解析した結果、肝細胞の遺伝子発現は4つのプログラムに分類された。Longitudinal Increaseプログラムは細胞生存、抗アポトーシス、再生関連遺伝子 (例: Bcl2l1, Cd1d1, Cdkn1a) の漸増、およびWNT・β酸化経路の活性化を示した。Sustained Upregulationプログラムも同様に持続的な上方制御を示した。一方、Longitudinal DecreaseプログラムはHNF4A、Hmgcs2、Cps1など肝細胞のアイデンティティと代謝機能に関連する遺伝子の漸減を示し、Sustained Downregulationプログラムも持続的な下方制御を示した。これら4つのプログラムは、自然発症HCC腫瘍においてさらに極端な方向に発現変動しており、慢性ストレス下の肝細胞が将来の腫瘍プログラムを先行的に活性化していることが示唆された (Figure 1E-1T)。
脂質代謝リバランスとHMGCS2低下の腫瘍化促進機能: ショットガンリピドミクス解析では、HFD 6ヶ月および12ヶ月でトリグリセリドが増加し、15ヶ月時点ではコレステロールおよびスフィンゴ脂質関連脂質が最も増加した (Figure 2K, 2L)。ケトン体合成の律速酵素であるHmgcs2のmRNAおよびタンパク質レベルは縦断的に低下した (Figure 1N)。ヒトHCC患者 (TCGA; n=371 patients) をHMGCS2発現で層別化すると、低発現群で有意に予後不良であった (p<0.0001) (Figure 3E)。肝臓特異的HMGCS2ノックアウト (LiverKO) マウスをHFDで飼育すると、snRNA-seqリファレンスマッピングにより、野生型HFDマウスに比べ肝細胞ストレス応答プログラムが加速することが示された (LiverKO肝細胞の63%が12ヶ月HFD時点に対応 vs. WTの44%) (Figure 3J)。腫瘍プライミング実験では、HMGCS2 LiverKOマウス (n=14 mice) においてHFD下の腫瘍形成面積が有意に増大し (p<0.001)、腫瘍個数およびサイズも増加した (Figure 3N, 3O, 3P)。3つのヒトコホートでは、非形質転換肝組織におけるHMGCS2低発現が最長15年先のHCCリスク上昇と関連しており、前腫瘍性変化のバイオマーカーとしての可能性が示唆された (Figure S2P)。HMGCS2 LiverKOマウスでは、HFDとHMGCS2 LiverKOの組み合わせにより、肝臓損傷と循環コレステロールが増加した (Figure S2M, S2N)。HMGCS2のノックアウトは、免疫組織化学と絶食後の循環ケトン体濃度の低下によって検証された (Figure 3H, 3I)。
MATCHAによるSOX4・RELB転写因子の同定と機能検証: 多オミクス・種横断データ解析ツールMATCHAを用いて転写因子スクリーニングを実施し、SOX4とRELBを主要な因果的レギュレーターとして同定した (Figure 5G)。HepG2細胞でのSOX4過剰発現は、Longitudinal Increase、Sustained Upregulation、およびHCC S1シグネチャーを増強し、肝細胞アイデンティティ遺伝子などの機能マーカーを低下させた。SOX4過剰発現はさらに活性酸素種 (ROS) 蓄積および細胞増殖 (核Ki67増加) を促進した (Figure S6C-S6G)。HFDマウスへのAAV媒介SOX4過剰発現では、snRNA-seqリファレンスマッピングにより、有意に多くの肝細胞が15ヶ月HFD時点に対応し (p<0.01、n=1,424 hepatocytes)、Ki67陽性肝細胞比率とサイクリンD1・β-カテニンタンパク質が増加した (Figure 6J-6O)。SOX4およびRELBの発現はヒトMASLDの進行とともに増加し、HCC患者の生存低下を有意に予測した (ログランクp<0.05) (Figure 6E-6H)。
ヒトMASLD/HCCコホートによる外挿検証と空間的多細胞ハブ: ヒトMASLD/HCCバルクRNA-seq (221 patients、2コホート)、snRNA-seq (12 patients、58,717 cells)、プロテオミクス (45 patients)、および組織マイクロアレイ空間トランスクリプトミクスを用いて検証を実施した (Figure 4A)。マウスで同定された4つの遺伝子発現プログラムは、ヒトMASLDの進行およびHCC患者においても保存されており、HMGCS2タンパク質の低下はプロテオミクスレベルでもMASLD患者に確認された (Figure 4B-4D)。MATCHAが同定したもう一つのレギュレーターであるTHRBは、初のFDA承認MASH治療薬であるresmetiromの標的であり、本解析の生物学的妥当性を裏付けた (Figure 5G)。ヒト肝組織マイクロアレイの空間トランスクリプトミクスでは、ストレス応答プログラムが空間的に構造化された多細胞コミュニティ (ハブ) として集積していることが示された (Figure 7G)。ハブ内の細胞間シグナル相互作用 (WNT、EGFRなど) はHCC S1シグネチャーと有意に関連しており、腫瘍化プライミングが細胞自律的ではなく、多細胞的かつ空間的な現象として成立することが示唆された (Figure 7I)。最も強く肝細胞ストレス応答と共局在したのは、CD9+TREM2+瘢痕関連マクロファージであった (Figure 7F)。これらの細胞は、肝硬変における星細胞コラーゲン転写の増加に関与している。
エピゲノム的調節不全とWNT経路のプライミング: マウスHFD snATAC-seqを用いたエピジェネティクスデータ解析では、転写発現とエピゲノムアクセシビリティの間に一致が見られた (Figure S4A)。転写因子結合モチーフのゲノムワイドなアクセシビリティを調べた結果、AP-1複合体モチーフのアクセシビリティが漸進的に増加した (Figure 5A)。これは、他の臓器における炎症の長期的なエピゲノム再配線と組織記憶を媒介することが知られている。同様に、HFDは肝臓の再生と発生に関与する転写因子 (SOX4, SOX9, TEAD, TCF7, LEF1) のモチーフアクセシビリティを増加させた。擬似時間解析により、Longitudinal DecreaseプログラムのメンバーはHFD擬似時間進行の初期に最大のクロマチンアクセシビリティを示し、Longitudinal Increaseプログラムのメンバーは擬似時間終末に向かってピークに達した (Figure 5B, S4B)。Hmgcs2遺伝子座におけるエピゲノムアクセシビリティの低下は、慢性代謝ストレスおよびHCCにおけるその転写、プロテオミクス、機能的調節不全に関する我々の知見を裏付けた (Figure 5C)。WNT関連およびHCC関連遺伝子は、エピゲノムアクセシビリティの増加を示したが、初期時点 (6ヶ月) では転写の変化はわずかであった (Figure 5D, 5E)。しかし、これらの遺伝子は腫瘍形成後 (15ヶ月) に強く上方制御された (Figure 5F)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、慢性代謝ストレス下の肝細胞が、体細胞変異によらず転写・エピゲノム的適応を通じて腫瘍化素地を形成するという概念を、縦断的シングルセルマルチオミクスを用いて初めて包括的に実証した。この知見は、これまでの研究が主に組織レベルの病理や細胞死に焦点を当てていた点と異なり、生き残った肝細胞の動的な表現型変化とその長期的な腫瘍化への寄与を明らかにした点で新規性が高い。HMGCS2の低下がケトン体産生を抑制し、コレステロール合成を亢進させるという代謝リバランスが腫瘍化を促進するメカニズムは、脂肪肝炎に特有の代謝的脆弱性を示す。このメカニズムは、肝臓が急性損傷後に再生能力を発揮する一方で、慢性ストレス下では適応が不十分となり、最終的に機能不全に陥るという、これまで報告されていない細胞応答を提示している。
新規性: SOX4およびRELBというマスター転写因子がin vitroおよびin vivoで検証され、ヒトコホートにおいても将来のHCCリスクと関連することが示されたことから、これらは早期介入の治療標的候補となりうる。MATCHAがTHRBも同定したことは、THRB作動薬resmetiromが初のFDA承認MASH治療薬である点と整合し、本研究の生物学的妥当性を裏付ける。このことは、本研究の知見が臨床応用につながる可能性を示唆している。先行研究が膵臓や皮膚上皮で報告した非変異性プライミングと比較して、肝臓は同様の非変異性プライミングに加えて、HMGCS2の低下を介した代謝的リバランスという独自の機序を有することが示唆される。本研究は、HMGCS2の減少が肝細胞ストレス応答を加速し、腫瘍形成を促進するメカニズムを初めて明らかにした。また、慢性代謝ストレスがWNT経路の早期エピゲノムプライミングを誘導し、後の転写変化を予測するという知見も新規性が高い。
臨床応用: 本研究で同定されたHMGCS2の低発現やSOX4、RELBの高発現は、ヒトMASHおよびHCC患者の疾患進行や予後と関連することが示された。これらの分子は、将来のHCCリスクを予測するバイオマーマーとして、またMASHおよびHCCの新規治療戦略や患者層別化のための標的として、臨床応用への大きな可能性を秘めている。特に、HMGCS2の発現を薬理学的に増強する介入の可能性は、MASHの進行を抑制し、HCCの発症リスクを低減する新たな治療アプローチとなりうる。空間トランスクリプトミクスにより同定されたストレス応答の多細胞ハブは、細胞外シグナル伝達を標的とした治療戦略の開発に貢献する可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、早期ストレス介入 (例えば代謝療法) によるHCCプライミングの逆転可能性の検証、および同定された多細胞ハブを標的とした治療戦略の検証が挙げられる。また、ケトン体産生低下がエピゲノム変化を介して転写ストレス応答や腫瘍形成プライミングにどのように影響するかという、代謝物とエピゲノムのクロストークに関する詳細なメカニズムも今後の研究課題である。さらに、肥満単独では進行した代謝ストレス応答を誘発しないことが示されたが、異なるストレス要因が肝細胞のストレス記憶の内容と持続性にどのように影響するかを解明することも重要である。本研究のlimitationとして、マウスin vivo HMGCS2実験では広く用いられている肝臓特異的Alb-Creノックアウトが利用されたが、これは発生期に肝細胞と胆管細胞の両方で遺伝子欠損を引き起こす可能性がある。将来の研究では、HMGCS2の摂動を異なる発生段階やストレス進行段階で検討する必要がある。
方法
高脂肪食 (HFD) を与えたC57BL/6マウスを慢性代謝ストレスモデルとして使用し、6ヶ月、12ヶ月、15ヶ月の時点で縦断的な単核RNA-seq (snRNA-seq) および単核ATAC-seq (snATAC-seq) 解析を実施した (n=13 mice、51,065 hepatocytes)。このデータを用いて、肝細胞の遺伝子発現を4つのプログラム (Longitudinal Increase, Sustained Upregulation, Longitudinal Decrease, Sustained Downregulation) に分類した。多オミクスおよび種横断的データから転写因子の因果的調節ネットワークを推定するため、計算手法MATCHA (Multi-omic Ascertainment of Transcriptional Causality via Hierarchical Association) を開発した。MATCHAは、ユーザー指定の遺伝子プログラムとマルチオミクスデータセット (任意で種を横断するデータも含む) を活用し、細胞タイプおよび組織特異的な遺伝子調節ランドスケープの文脈依存的モデリングを通じて、多様なプログラムのコア調節転写因子を特定する。肝臓特異的Hmgcs2ノックアウトマウス (Hmgcs2 fl/fl; Alb-Cre) を作製し、HFD下での腫瘍プライミングをhMET/S45Y-CTNNB1/Sleeping Beautyハイドロダイナミック注射モデル (n=14 mice) で評価した。hMETはヒト肝細胞増殖因子受容体、CTNNB1はβ-カテニン遺伝子を指す。SOX4の機能検証のため、アデノ随伴ウイルス (AAV) を介してHFDマウス肝臓にSOX4を過剰発現させ、snRNA-seqとKi67免疫染色で解析した (n=4 mice、1,424 hepatocytes)。ヒトMASLD/HCCコホートへの外挿検証には、バルクRNA-seq (221 patients、2コホート)、snRNA-seq (12 patients、58,717 cells)、プロテオミクス (45 patients)、および組織マイクロアレイ空間トランスクリプトミクスデータを用いた。ヒトMASH肝硬変肝組織マイクロアレイを構築し、単一細胞解像度空間トランスクリプトミクスを実施した (n=18 patients、723,466 cells)。統計解析にはMann-Whitney U検定、Student’s t検定、Fisher’s exact検定、およびログランク検定が用いられ、Benjamini-Hochberg法による多重検定補正を実施した。MATCHAはZenodo (https://doi.org/10.5281/zenodo.17387657) およびGitHub (https://github.com/ctzouanas/MATCHA) で公開されている。細胞セグメンテーションにはCellposeアルゴリズムが使用された。