• 著者: Else Driehuis, Kai Kretzschmar, Hans Clevers
  • Corresponding author: Kai Kretzschmar (University Hospital Würzburg); Hans Clevers (Hubrecht Institute/Princess Máxima Center)
  • 雑誌: Nature Protocols
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Protocol
  • PMID: 32929210

背景

成体幹細胞ベースのオルガノイド技術は、近天然の3D上皮組織をin vitroで生成・長期維持できる多目的ツールとして発展した。この技術は、様々な組織やがん種からオルガノイドを樹立するための多様なプロトコルが確立されており、組織の恒常性や再生の研究に貢献している。特に、患者由来がんオルガノイド (PDO) は、一次患者材料から樹立され、治療薬の感受性をin vitroで試験することを可能にするため、個別化医療への応用が期待されている。これまでの研究では、PDOの薬剤反応が患者の実際の治療反応を予測する可能性が示されており、例えば、Lee et al. Cell 2018Gao et al. Cell 2014Yao et al. CellStemCell 2020らの報告で、膀胱がん、前立腺がん、直腸がんなど複数のがん種において、PDOと患者の治療反応が比較され、in vitroでのPDO反応が多くの場合患者応答を予測することが示されている。

しかし、異なる実験手法 (試薬、機器、データ解析手順) 間でのデータの絶対値は異なる場合があり、標準化が課題となっている。例えば、薬剤スクリーニングにおけるIC50や曲線下面積 (AUC) などの絶対値は、プロトコルの違いによって変動する可能性がある。また、オルガノイドの樹立効率は、サンプル品質、消化条件、培地組成に大きく依存するため、安定した樹立プロトコルの確立が不足している。さらに、腫瘍微小環境の複雑性、特に免疫細胞や間質細胞との相互作用をオルガノイド単独で完全に再現することは未解明な点が多く、これらの要素が治療反応に与える影響を評価する上でのギャップが残されている。これらの課題を克服し、PDOを個別化医療に広く適用するためには、オルガノイドの樹立から薬剤スクリーニングまでの包括的かつ標準化されたプロトコルが必要である。本プロトコルは、PDOの樹立と薬剤スクリーニングにおける標準化の不足という課題に対処し、異なる研究グループ間での比較可能性と再現性を向上させることを目指している。

目的

本プロトコル論文の目的は、様々な上皮がん種から患者由来オルガノイドを樹立するための一般的プロトコルを提供することである。さらに、384ウェルプレートを用いた半自動化薬剤スクリーニングの実施方法を詳述し、その手順を標準化することを目指す。特に、頭頸部扁平上皮がん (HNSCC) を主要な例として詳細なプロトコルを示し、他の多様ながん種への応用可能性を示す。これにより、異なる研究グループや施設間でのオルガノイド研究の比較可能性と再現性を向上させ、個別化医療への貢献を促進する。本プロトコルは、オルガノイドの樹立から薬剤スクリーニング完了までを通常3ヶ月以内に実施可能であることを示し、その効率性も強調する。この標準化されたプロトコルは、PDO研究の再現性と比較可能性を高めることで、個別化医療の進展に寄与することを意図している。

結果

多様ながん種からのオルガノイド樹立実績: 本プロトコルは、膀胱がん、乳がん、大腸がん、食道がん、頭頸部がん、腎がん、肝がん、肺がん、卵巣がん、膵がん、前立腺がん、胃がんなど、多様ながん種から10継代以上維持可能な患者由来オルガノイドが樹立されていることを示した (Table 1)。Table 1では、これらの公表プロトコルが消化酵素の種類、濃度、消化時間、継代比などの主要パラメータとともに包括的に整理されている。樹立されたオルガノイドは遺伝的安定性を維持しながら長期維持可能であり、「リビングバイオバンク」として患者集団の疾患多様性を代表する能力を持つことが示された。例えば、HNSCCオルガノイドの樹立成功率は、播種された全断片の約70%であり、乳がんでは約60%、大腸がんでは90%以上の成功率が報告されている。これらのオルガノイドは、培養12日後および継代7日後においても安定した増殖を示した (Figure 1e)。

多様なサンプルソースからの樹立可能性: 切除検体だけでなく、小さな針生検、尿、腹水、気管支肺胞洗浄液などの流体サンプルからもオルガノイド樹立が可能であることが示された (Figure 1b)。これにより、手術適応のない患者や液体生検のみ採取可能な場合でも、PDOを用いた薬剤感受性試験が実施できる可能性が開かれる。採取量や細胞数が制限された希少がん種への適用も確認されており、例えば、リンパ節生検や骨生検、腹水などの転移病変からのオルガノイド樹立では、正常細胞の混入が少ない傾向にある。正常組織と腫瘍組織の両方からオルガノイドを樹立する際の組織処理から細胞ペレットの回収までの手順が、HNSCCの例で詳細に示されている (Figure 2)。

薬剤スクリーニングデータと患者臨床応答との相関: 複数の報告でPDOの薬剤反応が患者の実際の治療反応と相関することが示されている。例えば、大腸がん、膵臓がん、頭頸部がんなどにおいて、PDOのin vitroでの薬剤感受性が患者の臨床応答を予測する可能性が示唆された。本論文では、HNSCC PDOを用いた半自動化384ウェルスクリーニングが具体例として提示されており、シスプラチン、5-FU、セツキシマブなどの標準治療レジメンへの感受性がオルガノイドで評価可能であることを示した (Figure 3a, 3b)。薬剤スクリーニングでは、平均5〜6日間の薬剤曝露期間が用いられるが、1〜24日間の範囲で設定されることもある。絶対値 (IC50、AUC) は実験手法によって異なるが、離散値 (トレンド、ランキング) として評価することで施設間の比較が容易になる。例えば、PIK3CA阻害剤アルペリシブに対するキルカーブは、13人の異なるドナー由来のオルガノイドで示されており (Figure 3e)、IC50値も算出されている (Figure 3f)。アルペリシブに対するIC50値は、ドナー間で大きく異なり、最も感受性の高いオルガノイドでは約100 nM、最も抵抗性のオルガノイドでは1000 nM以上であった。

スクリーニングデータのロバスト性と再現性: スクリーニングデータの再現性向上に最も重要な変数 (試薬ロット、播種密度、測定方法) を体系的に管理することが重要とされた。標準的な実験室実践ガイドライン (GLP) の遵守と、播種細胞数の最適化 (384ウェル当たり約500細胞) により、ウェル間変動係数 (CV) を20%以下に維持できることが示されている。同一オルガノイドバッチ内での反復測定による技術的再現性も確認された。また、オルガノイドの形態変化が薬剤スクリーニングに影響を与える可能性も指摘されており、凍結融解後には最低1回の継代を行うことが推奨される。薬剤スクリーニング用に播種されたオルガノイドの明視野画像が、播種直後 (d3) と読み取り直前 (d8) の両方で示されており、スタウロスポリンまたはビヒクルコントロールで処理されたオルガノイドの形態が確認できる (Figure 3c)。

プロトコル標準化による施設間比較の実現: 先行研究では各グループが独自のプロトコルを使用していたため施設間比較が困難であったが、本論文が消化酵素条件、培地組成、継代比、スクリーニング手順等の主要パラメータを表形式 (Table 1およびTable 2) で提供することで標準化を促進する。これにより、HNSCCオルガノイドの樹立成功率、継代安定性、薬剤応答パターンが記録され、異なるがん種との比較解析の基盤となる参照データセットが提示された。例えば、Table 2には、様々な研究グループが使用した薬剤、曝露日数、BME/Matrigel/Geltrexの割合、ウェルあたりの細胞数などが詳細にまとめられている。

考察/結論

本プロトコル論文は、患者由来がんオルガノイドの薬剤スクリーニング応用において、異なるがん種や施設で参照できる包括的リファレンスを提供している点に主要な価値がある。単一がん種の詳細プロトコルにとどまらず、既存の多様ながん種の公表プロトコルを一元的に整理した点が本論文の新規な貢献である。

先行研究との違い: これまでの研究では、各グループが独自のプロトコルを使用していたため、施設間での比較が困難であった。本プロトコルは、消化酵素条件、培地組成、継代比、スクリーニング手順などの主要パラメータを表形式で提供することで、これらのプロトコル間の差異を明確にし、標準化を促進する点でこれまでと異なるアプローチをとっている。これにより、薬剤スクリーニング結果のロバスト性が向上し、異なる実験や研究室間での比較が容易になる。

新規性: 本研究で初めて、頭頸部扁平上皮がん (HNSCC) オルガノイドの樹立から384ウェルプレートでの半自動化薬剤スクリーニングまでの詳細な手順を包括的に記述し、その応用可能性を提示した。また、多様ながん種からのオルガノイド樹立プロトコルと薬剤スクリーニングプロトコルを体系的に整理したことは、これまで報告されていない貴重な情報源となる。

臨床応用: 本プロトコルは、個別化医療への臨床応用において大きな意義を持つ。第一に、同一患者の薬剤感受性を複数の化学療法、標的治療、放射線療法について短期間 (通常3ヶ月以内) に評価できる。第二に、既存の2D培養や動物モデルに比べて、患者組織の3D構造や生理環境をより忠実に再現できるため、より臨床に近い予測が可能となる。第三に、希少がん種や少量生検でもオルガノイド樹立が可能であり、手術適応のない患者や液体生検のみ採取可能な場合でも薬剤感受性試験を実施できる。

残された課題: 今後の検討課題として、オルガノイド培養における腫瘍微小環境 (免疫細胞、間質細胞など) との相互作用の再現が挙げられる。本プロトコルでは腫瘍上皮細胞のみを増殖させるため、これらの細胞間相互作用を模擬できない点がlimitationである。また、全スクリーニングの予測精度は、腫瘍種、レジメン、患者集団によって異なるため、さらなる検証が必要である。樹立成功率がサンプル品質、消化条件、培地組成に大きく依存する点も残された課題であり、さらなる最適化が求められる。将来的な共培養システム (免疫細胞、線維芽細胞との組み合わせ) や3D生体力学的環境の改善が、個別化医療応用の精度向上に重要である。

方法

組織取得と前処理: 外科切除検体または生検 (針生検、パンチ生検、尿、腹水、気管支肺胞洗浄液など) から、壊死組織や余分な筋肉・脂肪組織を可能な限り除去する。組織片は1〜3 mm³の小片に切断し、細胞死を最小限に抑えるため、10 µM Rhoキナーゼ (ROCK) 阻害剤Y-27632を含む氷冷した基本培地または氷冷PBS中で輸送・保存する。これにより、細胞生存率が向上し、オルガノイドの増殖効率が高まる。この処理により、例えばHNSCC由来のオルガノイド樹立において、初期の細胞生存率を最大限に確保することが可能となる。

消化酵素と分離: がん種や組織源によって異なる消化酵素が用いられる。代表的な例として、HNSCCでは0.13% (wt/vol) トリプシンを用いて30〜60分間消化する。大腸がんでは、コラゲナーゼXIとコラゲナーゼII (75 U/mL + 0.125 µg/mL) を用いて30〜60分間消化する。膵臓がんでは、コラゲナーゼDによる2時間〜一晩の消化が適用される。消化後、得られた単細胞または細胞クラスターは、ECMハイドロゲル (Matrigel、BME (基底膜抽出物)、Geltrexなど) に播種され、3D構造形成が促される。消化の進行は顕微鏡下で定期的に確認し、過消化を避ける。この工程は、例えばA549細胞株のオルガノイド化においても同様に重要であり、消化条件の最適化がオルガノイドの形態形成に大きく影響する。

培養液の共通成分: オルガノイド培養液の主要成分は、Wntシグナル活性化因子 (WNTリガンド、LGR5リガンドであるR-spondin (RSPO))、EGFなどのチロシンキナーゼリガンド、およびTGFβ/BMPシグナル阻害薬 (Nogginなど) である。これら共通成分に加え、がん種や組織特異的に追加成分が必要となる場合があり、その詳細はTable 1にまとめられている。培養は37°C、5% (vol/vol) CO2の加湿インキュベーターで行われる。

オルガノイドの品質管理 (QC): 薬剤スクリーニング前に、樹立されたオルガノイドが患者の腫瘍を適切に再現しているかを確認することが重要である。バルクDNAシーケンスで検出された変異アレル頻度を、培養中の腫瘍細胞の割合の指標として用いる。正常細胞の混入を減らすため、MDM2アゴニストNutlin-3を用いたTP53変異腫瘍細胞の選択や、EGF除去によるRAS変異腫瘍細胞の選択などの方法が報告されている。また、SNP/STR (single-nucleotide polymorphism/short tandem repeat) 解析により、オルガノイドが由来する一次組織と一致することを確認する。

薬剤スクリーニング (半自動化): 樹立・継代後のオルガノイドは、マトリゲルから回収され、単細胞化またはクラスターとして384ウェルプレートに播種される (BME/アッセイ培地の混合物中)。播種密度はウェル当たり約500細胞が推奨され、ウェル間変動係数 (CV) を20%以下に維持できることが示されている。薬剤 (臨床応用療法を模した単剤・併用レジメン) は半自動ロボットにより添加される。薬剤曝露期間は平均5〜6日間であるが、1〜24日間の範囲で設定される。細胞生存率はCellTiterGlo 3Dなどの発光アッセイで評価され、IC50、AUC (Area Under the Curve) などのパラメータが算出される。スクリーニングデータの再現性を高めるため、試薬ロット、播種密度、測定方法などの変数を体系的に管理し、標準的な実験室実践ガイドライン (GLP) を遵守する。データ解析はStudent t-testを用いて行われる。