• 著者: Marika Lassila, Fatemeh Seyednasrollah, Cinzia Bessone, Maritta Räisänen, et al.
  • Corresponding author: Pauliina Kallio (University of Helsinki), Kari Alitalo
  • 雑誌: Science Advances
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-07-10
  • Article種別: Original Article
  • DOI: 10.1126/sciadv.aeb8564

背景

大腸がん、すなわち CRC (colorectal cancer) は近年、腫瘍細胞可塑性が進行・転移・治療抵抗性の主要因として注目されている。Hanahan (Hanahan et al. Cell 2026) はがんの新たな特徴として腫瘍細胞可塑性を明示し、Jimenez-Castano ら (Jimenez-Castano et al. NatCancer 2026) は上皮間葉転換が腫瘍可塑性の中心的ドライバーとして機能することを論じた。また Xu ら (Xu et al. CellDeathDiscov 2026) は Wnt シグナルが腫瘍幹細胞性を活性化することを報告している。これらの背景のもと、Lgr5 陽性腸管幹細胞を細胞起源とする Wnt 高発現 CRC において、正規 Wnt シグナルを司る転写因子 TCF7 および LEF1 が腫瘍細胞の系譜コミットメントを維持するという仮説が提唱されてきた。しかしながら、Tcf7 (T cell factor 7) または Lef1 (lymphoid enhancer factor 1) の欠失が APC (adenomatous polyposis coli) 変異腺腫の腫瘍幹細胞可塑性に与える機能的影響は未解明であった。とりわけ「正規 Wnt シグナルが腫瘍幹細胞の系譜コミットメントを保護する」という概念の直接的機能的検証が不足していた。本研究では、APC 変異 Lgr5-Cre 系マウスで Tcf7 または Lef1 をノックアウトし、その腫瘍細胞可塑性・生存・Myc シグナルへの影響を単一細胞 RNA シーケンシング (scRNA-seq)・ATAC-seq (assay for transposase-accessible chromatin sequencing)・オルガノイドモデルおよびヒト患者コホートで系統的に解析した。

目的

APC 変異大腸腺腫において TCF7/LEF1 を介した正規 Wnt シグナルが Lgr5 陽性腫瘍幹細胞の系譜コミットメントを維持するメカニズムを明らかにし、その欠失が進行性腫瘍細胞可塑性・Myc 活性化・腫瘍増悪をもたらすかどうかをマウスモデル・ヒト FAP (familial adenomatous polyposis) ポリープ scRNA-seq・CRC 患者コホートで検証すること。

結果

PROX1陽性腫瘍幹細胞における可塑性細胞状態の確認: ヒト FAP ポリープの scRNA-seq データセット (GSE201348; 健常組織 n=8,303 細胞、ポリープ n=30,105 細胞、がん n=3,825 細胞) を既報大腸がんコホートと統合し、腫瘍幹細胞マーカー PROX1 陽性細胞が PCS (plastic cell state) を呈することを確認した (Fig 1)。PCS 細胞は EMP1 (Epithelial Membrane Protein 1) 陽性のがん胎児転写プログラムを持つ。LApc マウス (Lgr5-CreERT2; ApcΔ/Δ; Rosa26-TdTomato) の腺腫においても、PROX1 陽性腫瘍幹細胞が同様の PCS マーカーを発現していた。大腸がんへの進行に伴い EMP1 陽性細胞の割合がポリープの 63% からがんの 92% へと著増し (Fig 1)、可塑性表現型が悪性化とともに拡大することが示された。Monocle3 を用いた疑似時系列解析では、PROX1 陽性幹細胞から EMP1 陽性可塑性細胞への移行が確認された。

Tcf7欠失による進行性トランス系譜可塑性と腫瘍増悪: LApc マウスに Tcf7 をさらに欠失させた LApcT (LApc with Tcf7 deletion) では、FACS (fluorescence-activated cell sorting) で単離した腫瘍細胞の scRNA-seq (WT n=12,550 細胞、LApc n=15,435 細胞、LApcT n=10,609 細胞;腫瘍特異的細胞: LApc n=855、LApcT n=3,857) において、腸上皮細胞様細胞の割合が LApc の 78% から LApcT の 11% へと顕著に低下し (Fig 2)、増殖細胞の割合は 6% から 32% へと大幅に上昇した。腫瘍負荷はコントロール (WT) の 0.5% から LApc の 5%、LApcT の 36% へと段階的に増加した。免疫蛍光染色による定量では、PROX1 陽性細胞が LApcT 腫瘍で著明に減少した (LApc: 4 匹 25 腫瘍、LApcT: 4 匹 26 腫瘍; P=3.8×10^-18、Student’s t検定) (Fig 3)。ANXA1 陽性細胞も同様に減少した (LApc: 7 匹 57 腫瘍、LApcT: 7 匹 59 腫瘍; P=2.4×10^-12)。カプラン–マイヤー解析では LApcT の平均生存期間が 24 日と LApc の 68 日より有意に短縮した (n=20 vs n=18; P<0.001) (Fig 3)。scRNA-seq のクラスター組成解析では FDR (false discovery rate) <0.05 で腸上皮系細胞の減少と非定型細胞集団の増加が確認された。

Lef1欠失とATAC-seqによるエピゲノム変化: Lef1 をノックアウトした LApcLef1 (LApc with Lef1 deletion) においても Tcf7 欠失と同様の進行性可塑性が観察された。LApc・WT・LApcLef1 の統合解析 (WT n=10,949 細胞、LApc n=10,697 細胞、LApcLef1 n=16,281 細胞;腫瘍特異的: LApc n=1,466、LApcLef1 n=9,115) において、腸上皮細胞様細胞の割合は LApc の 35% から 12% に低下し、増殖細胞は 6% から 49% へ上昇した (Fig 2, S10)。腫瘍負荷は WT 1%、LApc 14%、LApcLef1 56% と段階的に進行した。LApc および LApcLef1 マウス各 4 匹 (合計 n=8 匹) の FACS 単離腫瘍細胞を用いた ATAC-seq では、LApcLef1 において AP-1 転写因子モチーフへのクロマチンアクセシビリティが増大し、HNF4A (hepatocyte nuclear factor 4 alpha)、RXRA (retinoid X receptor alpha)、PPARD (peroxisome proliferator-activated receptor delta) に対応する DARs (differentially accessible regions) のアクセシビリティが低下した (Fig 4)。この変化は MEME Suite (Multiple EM for Motif Elicitation) の SEA (Simple Enrichment Analysis) による転写因子モチーフ濃縮解析で確認された (FDR <0.05)。

Myc阻害剤EN4によるTcf7欠失誘導性腫瘍増殖の抑制: Tcf7 欠失によって c-Myc タンパク質発現が亢進することを免疫組織化学染色で確認後、Myc 阻害剤 EN4 (50 μM) をオルガノイドに投与した。LApc (n=699 個オルガノイド、EN4 処理: n=1,118)、LApcT (n=913、EN4 処理: n=1,412) において、EN4 は LApcT 誘導性の過剰増殖を完全に抑制し、LApc と LApcT の増殖差を消失させた (P<0.0001、二元配置 ANOVA (analysis of variance)) (Fig 5)。Myc 阻害によりオルガノイドの腸上皮細胞様細胞の割合が回復し、Tcf7 欠失が Myc を介して腫瘍増殖と可塑性を促進することが示された。健常胎児腸管オルガノイドでも Myc 阻害が腸上皮細胞様細胞割合を増加させることが観察された。

KRAS変異と患者コホートにおける予後との相関: KRAS (Kirsten RAS proto-oncogene) 変異を持つ ApcMin/+ マウスおよび CMS3 (Consensus Molecular Subtype 3) 患者において、LEF1 および PROX1 の発現が有意に低下することを確認した。さらに GSE39582 コホート (n=566 例の CRC 患者) を対象に、LASSO (Least Absolute Shrinkage and Selection Operator) 正則化コックス比例ハザード回帰 (glmnet パッケージ、交差検証 lambda.min) で可塑性遺伝子シグネチャを構築した。単一サンプル GSEA (gene set enrichment analysis) スコア化により四分位 (Q1〜Q4) に分類した結果、TCF7 発現が最低四分位 (Q1) かつ可塑性スコアが最高四分位 (Q4) の患者群は最も不良な全生存期間 (OS) を示し (P=0.0021)、無再発生存期間 (RFS) でも同様の傾向が認められた (P=0.0378) (Fig 6)。LEF1 発現と生存の相関は CRC 全体では有意ではなく、他の変異やエピゲノム変化が LEF1 関連生存に影響する可能性が示唆された。

考察/結論

本研究は、正規 Wnt シグナル (TCF7/LEF1) が APC 変異腺腫における Lgr5 陽性腫瘍幹細胞の系譜コミットメントを維持するという新規なメカニズムを初めて機能的に示した。新規に明らかにされた知見として、TCF7/LEF1 の欠失が腸管での進行性トランス系譜可塑性・Myc 活性化・腫瘍増悪をもたらすという因果関係が、マウスモデル・ヒト FAP データ・患者コホートで一貫して支持された。

先行研究では正規 Wnt シグナルが腫瘍増殖を促進するとされてきたが、本研究の結果はこれとは異なり、正規 Wnt シグナルが腫瘍幹細胞の系譜制御を通じて可塑性を抑制するという「保護的」側面を明らかにした。Jimenez-Castano ら (Jimenez-Castano et al. NatCancer 2026) は EMT (epithelial-mesenchymal transition) を腫瘍可塑性の中心的ドライバーと位置付けているが、本研究は腸管内トランス系譜可塑性が EMT とは異なる Wnt/Myc 軸で制御されることを示した点で対照的である。Xu ら (Xu et al. CellDeathDiscov 2026) は別の文脈で Wnt が cancer stemness を活性化すると報告しているが、本研究では Wnt の喪失こそが stemness の逸脱 (EMP1 陽性 PCS への転換) を招くという相違点が示された。Fauveau ら (Fauveau et al. MolTherOncol 2026) が示したパンがん薬物耐性持続細胞 DTP (drug-tolerant persister cells) の persistence シグネチャと類似した転写プログラムが CRC の PCS に存在する可能性が示唆され、残存病変研究との接点が見出された。Hanahan (Hanahan et al. Cell 2026) が「がんの特徴」に腫瘍可塑性を加えたことと一致して、本研究は Wnt/TCF7–LEF1/Myc 軸が腸がん可塑性制御の中核経路であることを示した。

臨床応用の観点では、TCF7 発現低下と高い可塑性スコアの組み合わせが CRC 患者の予後不良予測因子となりうることが示され (P=0.0021)、臨床的意義を持つバイオマーカーパネルとして期待される。また Myc 阻害剤 EN4 (50 μM) が Tcf7 欠失誘導性腫瘍増殖を完全に抑制したことは、Wnt 低下・高可塑性 CRC サブタイプに対する Myc 標的療法の臨床応用への可能性を示す概念実証として重要である。

残された課題としては、KRAS 変異が LEF1 を下方制御して可塑性を増大させる詳細なシグナル機序の解明、免疫系との相互作用、PCS 細胞への直接治療介入、EN4 の in vivo 有効性の検証が必要である。また LApcT と LApc のサンプリング時点が異なること (19 日目 vs 29 日目) が制限であり、今後の研究でこの交絡因子を解消することが求められる。TCF7 と LEF1 の CRC における共役・拮抗作用も更なる検討を要する。

方法

本研究は C57BL/6 背景マウスを用いた前向き動物実験で、フィンランド地域行政機関 ESAVI (Regional State Administrative Agency of Finland) 倫理承認 22643/2022 および 22042/2019 のもとで実施した。マウス系統: LApc (Lgr5-CreERT2; ApcΔ/Δ; Rosa26-TdTomato)、LApcT (Tcf7 conditional knockout LApc)、LApcLef1 (Lef1 conditional knockout LApc)、ApcMin/+、KrasLSL-G12D/+。Cre 誘導はタモキシフェン (2 mg/匹、経胃注射、2〜3 日連続) で行い、全実験を独立コホートで 3 回繰り返した。生存実験: LApcT n=20 匹、LApc n=18 匹。

scRNA-seq は tdTomato 陽性細胞を FACS で単離後 (BD Influx)、10,000 細胞を Chromium X (10x Genomics) で cDNA ライブラリを作製し Illumina NovaSeq 6000 でシーケンスした。Cell Ranger (v6.1.2〜7.0.1) でマウスゲノム mm10 にアライン後、Seurat v4/5 で解析した。品質管理: ミトコンドリア遺伝子含有率 >15%・総 UMI (unique molecular identifier) カウント 3,000〜85,000 の範囲外の細胞を除外した。バッチ効果補正は RPCA (reciprocal principal component analysis) 法で実施した。ヒト FAP データは GSE201348 (n=3,825+30,105+8,303 細胞)、WT 腸管上皮は GSE169197 を使用した。新規取得データは GEO (Gene Expression Omnibus) の GSE288156 として公開した。

ATAC-seq は最適化 ATAC-seq プロトコル (Omni-ATAC-seq) で FACS 単離細胞 (50,000 核/サンプル、3 テクニカルレプリケート) を処理し、Bowtie 2 (v2.3.5) で mm10 にアライン、MACS2 (v2.1.4) でピークコールした。差次的アクセシビリティは DESeq2 (v1.32.0、ワルド統計量、Benjamini-Hochberg 補正 P <0.05) で算出し、TF モチーフ濃縮解析は MEME Suite の SEA で実施した。

患者コホート解析: GSE39582 (n=566 CRC 患者) を対象に LASSO 正則化コックス回帰で遺伝子シグネチャを構築し、単一サンプル GSEA でスコア化後に四分位 Q1〜Q4 へ分類した。統計解析は GraphPad Prism v9 および R (version 4.2.2) を使用し、Student’s unpaired t 検定、Mann-Whitney 検定、または二元配置 ANOVA を適用した (P <0.05 を有意とした)。