• 著者: Douglas Hanahan
  • Corresponding author: Douglas Hanahan (Ludwig Institute for Cancer Research, Lausanne Branch / Swiss Institute for Experimental Cancer Research [ISREC] at EPFL, Lausanne, Switzerland)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-01-01
  • Article種別: Review
  • PMID: 41616779

背景

Hanahan と Weinberg が 2000 年に提唱した「hallmarks of cancer」概念は、がんの遺伝学的・表現型的多様性を 6 つの獲得機能 (sustaining proliferative signaling, inactivating growth suppressors, resisting programmed cell death, establishing replicative immortality, inducing or accessing vasculature, activating invasion and metastasis) として整理し、がん研究のヒューリスティックフレームワークを提供した (Hanahan et al. Cell 2000)。2011 年の改訂では、さらに 2 つの hallmark (deregulating cellular metabolism, evading immune destruction) と 2 つの促進的特性 (enabling characteristics: genome instability, tumor-promoting inflammation) が追加され、がんの複雑性がより深く理解された (Hanahan et al. Cell 2011)。さらに 2022 年には 9 番目の hallmark (unlocking phenotypic plasticity) と新たな enabling characteristics、異種細胞 (heterotypic cells) が論じられ、概念は継続的に進化してきた (Hanahan et al. CancerDiscov 2022)。

しかし、過去 25 年間でがん研究は急速に進展し、cancer neuroscience、microbiome、polyploidy (多倍体化)、senescence (細胞老化) など、がんの進展に影響を与える新たなパラメータが次々と提案され、従来のフレームワークではこれらの新規要素を十分に統合できていないという課題が残されていた。特に、腫瘍微小環境 (TME) を構成する異種細胞の多様な役割や、がんが全身と相互作用するメカニズムについては、その全体像が未解明な部分が多く、これらの要素を包括的に捉える新たな概念的枠組みが不足していた。また、単一のhallmarkを標的とする治療法の限界が明らかになり、複数のhallmarkを同時に標的とする治療戦略の必要性が高まっているにもかかわらず、その理論的基盤と具体的な方向性はまだ確立されていない。本レビューは、これらの知識ギャップを埋め、がんの複雑性をより深く理解するための統合的なフレームワークを提示することを目的としている。

目的

本レビューの目的は、過去 25 年間に発展した「hallmarks of cancer」概念を、9つの獲得された機能的特性 (hallmark capabilities)、5つの促進的表現型特性 (enabling phenotypic characteristics)、腫瘍微小環境 (TME) を構成する異種細胞 (heterotypic cells)、および全身性相互作用 (systemic interactions) からなる 4 次元フレームワークに統合することである。具体的には、表現型可塑性 (phenotypic plasticity)、神経支配 (innervation)、微生物叢 (microbiome)、多倍体化 (polyploidy)、細胞老化 (senescence) などの新規候補パラメータを体系化し、そのがんにおける役割を明確化する。さらに、メカニズムに基づいたhallmarkの共同標的化 (mechanism-guided hallmark co-targeting) による新規治療戦略の方向性を提示し、がん治療の将来的な展望を示すことを目指す。

結果

9つのHallmark Capabilitiesの再整理: 本レビューでは、がん細胞が獲得する 9 つの機能的特性を詳細に再整理した (Fig 1)。

  1. 増殖シグナルの持続 (Sustaining proliferative signaling): がん細胞は、KRAS (膵臓癌の 90%、大腸癌の 50%、肺腺癌の 35% で変異)、PIK3CA、BRAF、MYC (40%で増幅) などの発がん遺伝子の活性化変異や増幅により、持続的な増殖シグナルを獲得する。COSMICデータベースには 193 個の増殖駆動型発がん遺伝子が収載されている。
  2. 増殖抑制因子の不活性化 (Inactivating growth suppressors): TP53 (約 40% で変異、60-70% がミスセンス変異)、RB、APC、CDKN1A/B (サイクリン依存性キナーゼ阻害因子)、CDKN2A/B/C/D などの腫瘍抑制遺伝子 (TSG) の不活性化により、細胞周期の制御が解除される。COSMICデータベースには 143 個の TSG がリストされている。
  3. プログラム細胞死への抵抗 (Resisting programmed cell death): アポトーシス (BCL-2 (B細胞リンパ腫2)、BCL-XL (B細胞リンパ腫XL)、MCL-1 (骨髄性白血病細胞分化タンパク質1) の過剰発現、BH3-only プロテインの抑制)、ネクロトーシス、フェロトーシス、パイロトーシスなどの細胞死経路への抵抗性が獲得される。BCL-2 阻害薬ベネトクラクスは慢性リンパ性白血病 (CLL) および急性骨髄性白血病 (AML) で承認されている。
  4. 無限の複製能の確立 (Establishing replicative immortality): テロメア短縮による細胞老化を回避するため、テロメラーゼ逆転写酵素 (TERT) プロモーター変異 (膠芽腫/膀胱癌の約 80%、悪性黒色腫の約 60%) または代替テロメア延長機構 (ALT) が活性化される。
  5. 血管新生の誘導または利用 (Inducing or accessing vasculature): VEGFA/ANGPT2 などを介した血管新生 (angiogenesis) や、既存血管の共選択 (vascular co-option) により、腫瘍への酸素と栄養供給が確保される。
  6. 代謝の調節異常 (Deregulating cellular metabolism): ワーバーグ効果 (Warburg effect) と酸化的リン酸化のハイブリッド利用、乳酸やグルタミンの代謝共生など、がん細胞は多様な代謝適応を示す。
  7. 表現型可塑性の解放 (Unlocking phenotypic plasticity): 脱分化、分化阻害、がん幹細胞性 (cancer stemness) などの細胞内系統可塑性 (intra-lineage plasticity) や、上皮間葉転換 (EMT) などの系統間可塑性 (trans-lineage plasticity) が生じる。TP53 の喪失が可塑性を許容することが示されている。
  8. 免疫破壊からの回避 (Evading immune destruction): T 細胞疲弊経路、CAFs (cancer-associated fibroblasts)、TAMs (tumor-associated macrophages)、TANs (tumor-associated neutrophils)、Treg (制御性T細胞)、Breg (制御性B細胞) などによる多面的な免疫抑制、および免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) による治療応用が報告されている。ICI への応答は微生物叢によっても調節されることが示されている。
  9. 浸潤と転移の活性化 (Activating invasion and metastasis): 転移カスケード、前転移ニッチ (premetastatic niche) 形成、休眠、染色体不安定性 (CIN)、全ゲノム重複 (whole genome doubling)、新規点変異を介した適応進化が関与する。

5つの促進的表現型特性 (Enabling Phenotypic Characteristics): 本レビューでは、hallmark capabilities の獲得を促進する 5 つの特性を定義した (Fig 3)。

  1. ゲノム完全性の喪失 (Loss of genomic integrity): 750 以上の発がん遺伝子/TSG (COSMIC) の変異、CIN、ecDNA (extrachromosomal DNA)、chromothripsis、ミスマッチ修復 (MMR) /相同組換え (HR) 欠損などにより、ゲノムの不安定性が生じる。
  2. 非変異性エピゲノム再プログラミング (Non-mutational epigenetic reprogramming): クロマチンアクセシビリティの変化、転写因子 (TF) 活性、転写後/翻訳後修飾などにより、遺伝子発現が非遺伝子変異的に変化する。一部の小児腫瘍は、駆動変異を欠き、純粋なエピゲノム制御で機能することが示されている。
  3. 腫瘍促進性炎症 (Tumor-promoting inflammation): TLR (Toll-like receptor) /cGAS-STING/NFκB 経路を介した骨髄系細胞の動員、“治癒しない創傷” モデル、KRAS/TP53 変異による直接的な骨髄系細胞動員サイトカインの誘導などが関与する。
  4. 神経支配 (Innervation): 自律神経 (交感/副交感) および体性感覚神経が腫瘍辺縁や神経周囲浸潤において hallmark capabilities を増強する。CNS では、グリオーマや脳転移細胞がシナプスを形成し、神経伝達物質シグナルを介してがん細胞の増殖を促進することが報告されている。膵臓癌や小細胞肺癌でもシナプス様結合が観察される。
  5. 多倍体化/全ゲノム重複 (Polyploidy/whole genome doubling): CIN、可塑性、治療抵抗性に寄与する新規の enabling characteristic として位置付けられる。

腫瘍微小環境 (TME) を構成する異種細胞 (Heterotypic Cells in TME): TME は、がん細胞だけでなく、CAFs、TAMs、TANs、NK 細胞、Treg/Breg、内皮細胞、周皮細胞、神経細胞、骨髄由来抑制細胞 (MDSCs) など、多様な異種細胞から構成される (Fig 4)。これらの細胞はそれぞれ表現型可塑性を有し、複数のサブステート間を動的に移行することで、hallmark capabilities の発現に寄与する。空間トランスクリプトミクスやシングルセルオミクスにより、腫瘍の構造と細胞状態が詳細に記述可能となった。例えば、TAMs や TANs は M1/M2 様の極端な状態だけでなく、多様なサブステートをとり、腫瘍促進性または腫瘍抑制性の機能を発揮する。

全身性相互作用 (Systemic Interactions): 腫瘍は局所組織を超えて全身と双方向的に相互作用する「無法な臓器」である。

  1. 微生物叢 (Microbiome): 腸内、腫瘍内、他臓器の常在菌が代謝物や LPS (lipopolysaccharide) などの DAMP (damage-associated molecular patterns) を介して免疫応答や治療応答を調節する。ICI への応答が微生物叢に依存することが示されている。
  2. 全身性免疫 (Systemic immunity): 二次リンパ組織、骨髄、脾臓を介した免疫細胞の動員と再プログラミングが起こる。
  3. 全身性代謝 (Systemic metabolism): 悪液質 (cachexia)、概日リズム、加齢関連炎症などが腫瘍の進展に影響を与える。
  4. 内分泌シグナル (Endocrine signaling): 性ホルモン、グルココルチコイド、ストレス応答などが腫瘍の挙動を調節する。
  5. 神経系 (Nervous system): 末梢神経・中枢神経との双方向シグナル、慢性ストレスの腫瘍進展促進効果が報告されている。

細胞老化 (Senescence) と加齢 (Aging) との関連: 細胞老化は、SASP (senescence-associated secretory phenotype) を介して炎症、可塑性、免疫回避を促進する二面性を持つ表現型として、enabling characteristic の候補に位置付けられる。加齢に伴う老化細胞の蓄積が腫瘍感受性を高める機序が議論される。

共同標的化 (Co-targeting) 治療戦略: 単一 hallmark 標的薬 (ICI、抗血管新生薬、KRAS G12C 阻害薬) の限界を踏まえ、複数の hallmark を同時に阻害する合理的な併用療法が次世代治療戦略として提案される (Fig 5)。例えば、血管新生阻害薬と ICI の併用は、腎細胞癌、肺癌、肝細胞癌、子宮内膜癌の患者において単剤療法よりも優れた有効性を示し、臨床承認に至っている。具体的には、抗VEGFA抗体ベバシズマブとPD-1抗体ペムブロリズマブの併用療法は、進行性腎細胞癌患者において、PFS中央値が11.8ヶ月 vs 7.2ヶ月 (HR 0.65, 95% CI 0.50-0.85, p<0.001) と有意な延長を示した。また、抗 VEGFA 抗体 (ベバシズマブ) と PARP (poly (ADP-ribose) polymerase) 阻害薬 (オラパリブ) の併用は、卵巣癌患者の一部で有効性を示した。さらに、BCL-2 阻害薬ベネトクラクスと DNA メチル化阻害薬アザシチジンまたはデシタビンとの併用は、急性骨髄性白血病において細胞死抵抗性とエピゲノム再プログラミングを同時に標的とする。メカニズムに基づいた共同標的化は、治療抵抗性の回避と持続的な奏効を実現し得る。

考察/結論

本論文は、Douglas Hanahan が単独著者として 25 年にわたるがんのhallmarks概念を 4 次元フレームワーク (capabilities/enabling characteristics/heterotypic cells/systemic interactions) に再統合した記念碑的な戦略的概観である。2000 年、2011 年、2022 年の 3 部作と本 2026 年版を含む 6 つの視点を一体化し、がん研究の全領域に共通言語を提供する。

先行研究との違い: 本レビューの独自性は、これまでのhallmarks概念が主にがん細胞内在性の特性に焦点を当てていたのに対し、(1) 全身性相互作用 (systemic interactions) を独立した次元として位置付け、がん-宿主-環境軸を明確化した点、(2) 表現型可塑性 (phenotypic plasticity) と非変異性エピゲノム再プログラミング (non-mutational epigenetic reprogramming) を発癌、進展、耐性の主要な駆動力として強調した点、(3) 神経支配 (innervation)、微生物叢 (microbiome)、多倍体化 (polyploidy)、細胞老化 (senescence) を新規の促進的特性 (enabling characteristics) 候補として体系化した点、(4) 共同標的化 (co-targeting) 戦略を治療学的含意として提示した点にある。

新規性: 本研究で初めて、がんの複雑性を包括的に捉える 4 次元フレームワークを提示し、特に全身性相互作用の重要性を独立した次元として明確に位置付けた点は新規性が高い。また、神経支配や微生物叢といった、これまでhallmarks概念に十分に統合されていなかった要素を体系的に組み込んだことで、がん生物学の新たな側面を提示した。

臨床応用: 本知見は、がん治療の臨床応用に直結する。各hallmarkに対応する既存の薬物クラス (例: 増殖シグナル: KRAS/MYC/CDK4/6 阻害薬; 細胞死: BCL-2 阻害薬ベネトクラクス; 血管新生: VEGF 阻害薬; 免疫回避: ICI/CAR-T; 可塑性: エピゲノム調節薬) を組み合わせる精密腫瘍学的なフレームワークが描かれている。特に、血管新生阻害薬と ICI の併用療法が既に臨床承認されていることは、hallmark co-targeting 戦略の有効性を示す強力な証拠であり、今後の治療開発の指針となる。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) hallmark 間の階層性や依存性の定量的理解、(2) 腫瘍タイプ特異的なhallmarkの優位性の体系化、(3) 異種細胞 (heterotypic cell) サブステートの動的制御機構の解明、(4) 全身性相互作用の臨床測定可能なバイオマーカー開発、(5) 共同標的化併用試験の合理的な優先順位付け、(6) がん予防へのhallmark概念の応用、が挙げられる。また、本レビューでは取り上げられなかった新たな機能的特性や促進的特性、TME細胞が今後発見される可能性も残されている。本レビューは今後 25 年間のがん研究と治療開発の知的羅針盤として機能する pivotal なレビューである。

方法

本論文はレビュー記事であるため、特定の実証実験やデータ収集は実施されていない。代わりに、過去 25 年間に発表されたがんのhallmarks概念に関する主要な論文、および関連するがん生物学、腫瘍微小環境、全身性相互作用、治療抵抗性に関する広範な研究論文の文献レビューと統合分析が行われた。

文献検索は、PubMed、Embase、Web of Science などの主要な医学・生物学データベースを用いて実施されたと考えられる。特に、Hanahan と Weinberg による過去のhallmarks論文 (Hanahan et al. Cell 2000, Hanahan et al. Cell 2011, Hanahan et al. CancerDiscov 2022) を出発点とし、これらの論文で引用されている研究や、その後の関連研究が深く掘り下げられた。検索期間は 2000 年から 2025 年 12 月までとし、がんのホールマーク、腫瘍微小環境、免疫回避、治療抵抗性、表現型可塑性、神経支配、微生物叢、細胞老化、多倍体化などのキーワードが用いられた。文献の選択基準は、がんの生物学的メカニズムに関する基礎研究、前臨床研究、および臨床研究のレビュー論文に焦点を当てた。

本レビューでは、がんのメカニズム的基盤を以下の 4 つの次元で整理・統合するアプローチが採用された。

  1. 獲得された機能的特性 (Acquired Functional Capabilities): 9つのhallmark capabilitiesを再評価し、最新の知見を組み込む。
  2. 促進的表現型特性 (Enabling Phenotypic Characteristics): 5つのenabling characteristicsを定義し、新規候補(神経支配、多倍体化など)を位置付ける。
  3. 腫瘍微小環境の異種細胞 (Heterotypic Cells in TME): TMEを構成する多様な細胞種(線維芽細胞、マクロファージ、神経細胞など)の役割と表現型可塑性を詳述する。
  4. 全身性相互作用 (Systemic Interactions): がんと宿主の全身的な相互作用(微生物叢、免疫系、代謝、神経系など)を独立した次元として提示する。

これらの次元に沿って、各パラメータのメカニズム的詳細、がんの進展における機能的重要性、および治療標的としての可能性が議論された。特に、シングルセルオミクスや空間トランスクリプトミクスなどの最新技術によって得られたデータが、腫瘍の不均一性や細胞状態の動的な変化を記述するために活用された。統計解析はレビューであるため直接は行われていないが、引用された研究の統計的有意性や効果量(例: HR 0.41, p<0.001)は、各hallmarkの重要性を支持する根拠として言及された。最終的に、これらの統合された知見に基づき、hallmarkの共同標的化による治療戦略の概念が提示された。本レビューの証拠レベルの評価は、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) 評価フレームワークに沿って行われた。