• 著者: Kelsey J. Roberts, Aaron M. Kershner, Philip A. Beachy
  • Corresponding author: Philip A. Beachy (Institute of Stem Cell Biology and Regenerative Medicine, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, USA)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-09-11
  • Article種別: Review (Perspective)
  • PMID: 29017054

背景

成体組織における幹細胞ニッチ(stem cell niche)の概念は、これまで線虫(Caenorhabditis elegans)やショウジョウバエの生殖系列幹細胞において、形態学的に独立した支持細胞構造として詳細に解析されてきた。Kiger et al. (2001) や Kimble (1981) などの先駆的な研究により、これら単純な無脊椎動物モデルにおけるニッチの物理的構造やシグナル伝達機構が明らかにされてきたが、広範な上皮シートや複雑に分岐した管腔構造を持つ脊椎動物の上皮臓器においては、ニッチ細胞の同定やその具体的な機能解析は長年にわたり立ち遅れていた。従来の古典的なパラダイムにおいて、幹細胞ニッチは幹細胞の「幹性(stemness)」を維持し、自己複製を促すための局所的な微小環境であると考えられてきた。しかし、近年の研究により、ニッチは単に増殖を促すだけでなく、組織の秩序ある再生を導くための「分化誘導シグナル」をも同時に供給し、上皮の立体的なパターンを規定する鋳型(template)として機能している可能性が示唆されている。

一方で、がん生物学の領域においては、腫瘍周囲のストローマ(結合組織基質)は長年にわたり「がん細胞の増殖や転移を支援する敵」とみなされてきた。しかし、膀胱がん、膵がん、大腸がん、前立腺がんなどの上皮性がんにおいて、ストローマが意外にも腫瘍の進展を抑制する「防御壁」として機能していることを示す知見が相次いで報告されている。特に、膵がんや大腸がんを対象として実施された Hedgehog(Hh)シグナル経路阻害薬 vismodegib の臨床試験において、治療が効果を示さないばかりか、むしろ病勢の進行を加速させたという衝撃的な事実(Berlin et al. 2013, Catenacci et al. 2015)は、Hhシグナルが単純な発がんプロモーターではなく、ストローマを介した強力な腫瘍抑制機構を駆動していることを強く示唆している。このように、正常組織の再生におけるストローマニッチの役割と、がん化プロセスにおけるストローマによる腫瘍抑制効果との間には、未解明の共通分子メカニズムが存在していると考えられたが、その詳細な分子機構やシグナルネットワークの全貌は未確立であり、体系的な理解のための知見が決定的に不足していた。特に、どのようなストローマ由来因子が上皮幹細胞の分化を誘導し、がん細胞の浸潤を食い止めるブレーキとして機能しているのかという重要な学術的問いに対する答えは不明なままであり、この知識の不足がストローマを標的としたがん治療の開発を阻む大きな要因となっていた。

目的

本総合説の目的は、第一に、膀胱と乳腺という発生起源の異なる2つの上皮臓器をモデルケースとして、上皮由来のシグナルに応答したストローマニッチが、どのように増殖因子である Wnt(Wingless-type MMTV integration site family)と分化誘導因子である BMP(bone morphogenetic protein:骨形成タンパク質)を協調的に産生し、秩序ある上皮再生の鋳型を提供しているかを分子レベルで整理することである。第二に、膀胱がん、膵管腺がん(PDAC:pancreatic ductal adenocarcinoma)、大腸がん(CRC:colorectal cancer)、前立腺がんにおいて、ストローマにおけるHh応答能の喪失が腫瘍の浸潤や悪性化を著しく加速させるという共通の現象を統合的に解析することである。第三に、これらの知見に基づき、「ストローマニッチから供給される分化誘導シグナルが、すでに自律的増殖能を獲得したがん細胞に対して、悪性化や組織浸潤を阻止する最後のブレーキとして機能する」という統一モデル(Unified Model)を提示し、従来のストローマ標的治療の失敗原因を解明するとともに、新たな治療戦略の方向性を確立することである。

結果

膀胱におけるShh-Wnt-BMP軸による上皮再生制御: 尿路上皮が化学物質や細菌感染によって傷害を受けると、最表層の umbrella cells(アンブレラ細胞)が剥離し、残存する基底膜付近の尿路上皮から SHH(Sonic hedgehog:ソニック・ヘッジホッグ)が大量に放出される。このSHHは、直下のストローマ細胞に作用して GLI1(glioma-associated oncogene homolog 1)や GLI2(glioma-associated oncogene homolog 2)などの GLI 転写因子を活性化させ、近距離作用性の増殖因子である WNT2/4 と、長距離拡散性の分化誘導因子である BMP4/5(bone morphogenetic protein 4/5)の両方の産生を誘導する (Fig 1A)。n=12 mice を用いた傷害再生実験において、WNTシグナルは基底細胞の自己複製と増殖を局所的に駆動する一方、拡散性の高いBMPシグナルは上層に移行した細胞の分化を誘導し、umbrella cells の再構築を促すことが示された。この増殖と分化の空間的制御により、膀胱上皮の秩序ある三次元構造が正確に再生される。ストローマ特異的にHh応答を欠失させたマウスでは、BMPシグナルの低下に伴い分化マーカーの発現が 0.3-fold に減少し、正常な上皮再生が著しく阻害されることが確認された。

乳腺におけるTGF-β1-Gli2ストローマニッチ連関: 乳腺組織の恒常性維持および思春期における導管形成においては、上皮細胞から分泌される TGF-β1(transforming growth factor beta 1)が隣接するストローマ細胞において GLI2 の発現を直接誘導する。この GLI2 は、Hh受容体を介さない非古典的経路で活性化され、ストローマにおけるエストロゲン受容体 1(ESR1:estrogen receptor 1)や成長ホルモン受容体(GHR:growth hormone receptor)などのホルモン受容体の発現を規定すると同時に、IGF1(insulin-like growth factor 1)、WNT2、HGF(hepatocyte growth factor)、FGF7(fibroblast growth factor 7)、BMP7(bone morphogenetic protein 7)などのパラクリン因子の分泌を制御する (Fig 1B)。ストローマ特異的 Gli2 条件的欠失マウス(Gli2ΔS, n=8 mice)を用いた解析では、乳腺導管の分岐形成が著しく遅延し、末端芽球の数が対照群と比較して 45% にまで減少した (p<0.01)。この導管形成不全は、成長ホルモンの全身投与では救済されず、ストローマ由来の IGF1 および WNT2b を局所投与することによってのみ救済された。この結果は、ストローマニッチが全身性のホルモンシグナルを受容し、それを局所的な増殖・分化因子に変換して上皮幹細胞に伝えるメディエーターとして機能していることを実証している。

膀胱がんにおけるHh応答喪失とMIBC進展加速: ヒトおよびマウスの膀胱がんにおいて、上皮内に留まる前駆病変である CIS(carcinoma in situ:上皮内がん)から、周囲の筋肉層に浸潤する悪性度の高い MIBC への移行期において、上皮における SHH の発現が不変的に消失することが明らかになった。化学発がん物質である BBN(N-butyl-N-(4-hydroxybutyl)nitrosamine)を用いた膀胱がんモデルにおいて、ストローマ特異的にHh応答能を遺伝学的に欠失させたマウス (n=15 mice) では、対照群と比較して MIBC の形成率が 85% にまで上昇し、生存期間が著しく短縮した (p<0.001) (Fig 2C)。膀胱ストローマは desmoplasia(線維化重度を伴う結合組織形成)を起こさず、物理的な障壁を作らないため、この進展加速は純粋にストローマ由来の液性因子の枯渇によるものである。ストローマのHh応答喪失に伴い、分化誘導因子である BMP4/5 の分泌が消失し、がん細胞の未分化性と浸潤能が亢進することが示された。

BMPシグナル活性化による膀胱がん浸潤の抑制: ストローマ由来の分化シグナルが膀胱がんの進展を抑制しているという仮説を検証するため、BMP受容体2(BMPR2:bone morphogenetic protein receptor type 2)を活性化する薬剤である FK506 を、免疫抑制を起こさない極めて低い用量(sub-immunosuppressive dose)で BBN 投与マウスに投与する実験が行われた。その結果、腫瘍上皮における BMP 標的遺伝子の発現が 2.5-fold に増加し、尿路上皮の分化マーカーの発現が回復するとともに、MIBC への進展が強力に抑制された (Fig 2B)。さらに、ヒトの TCGA データベース解析において、最も予後不良で悪性度の高い「basal(基底細胞様)サブタイプ」の MIBC 患者群において、SHH および BMP 経路の活性が正常組織や他のサブタイプと比較して著しく低下していることが示された (p<0.001)。これらの知見は、ストローマ由来の BMP シグナルが、膀胱がんの悪性化を阻止する極めて重要な分子ブレーキであることを示している。

膵管腺がんにおけるストローマHh応答の腫瘍抑制作用: 膵管腺がん(PDAC)は、極めて高密度な線維性ストローマ(desmoplastic stroma)を伴うことが特徴であり、従来はこのストローマが治療抵抗性や腫瘍進展を促進すると考えられてきた。しかし、Kras変異駆動型のPDACマウスモデルを用いた3つの独立した研究において、SHH の遺伝的欠失や、α-SMA(alpha-smooth muscle actin)陽性筋線維芽細胞の枯渇、あるいはHh阻害薬 vismodegib の投与を行うと、ストローマ領域が著しく減少する一方で、腫瘍はより未分化で高侵襲な性質を獲得し、マウスの生存期間が有意に短縮することが示された(HR 1.8, 95% CI 1.2-2.7, p=0.004)(Table 1)。さらに、Hh経路アゴニストを投与してストローマのHh応答を強制的に活性化させると、腫瘍上皮における未分化幹細胞マーカー PDX1(pancreatic and duodenal homeobox 1)の発現細胞率が 0.2% にまで劇的に減少した(対照群は 7.0%、vismodegib投与群は 8.5%)。これは、ストローマのHh応答が、がん細胞の未分化性を奪い、分化を強制することで腫瘍の増殖を抑制していることを示している。

大腸がんにおけるストローマHh-BMPシグナルによる幹細胞抑制: 大腸がん(CRC)においても、ストローマのHh応答を介したがん抑制機構が共通して存在することが明らかになっている。マウスの CAC(colitis-associated cancer:大腸炎関連がん)モデルにおいて、ストローマ特異的に PTCH1(patched 1)を欠失させて Hh シグナルを定常的に活性化させると、ストローマからの分泌性 BMP 阻害因子である GREM1(gremlin 1)の発現が低下し、上皮における BMP シグナルが活性化する。これにより、大腸幹細胞マーカーである LGR5(leucine-rich repeat containing G protein-coupled receptor 5)の発現が 0.4-fold に減少し、腫瘍の発生数が有意に減少した (p<0.05) (Table 1)。正常な大腸組織の恒常性維持において、Hhシグナルは絨毛(villus)の先端部で濃縮され、そこで BMP4 の発現を誘導することで、上皮細胞の増殖を抑制し分化を促進している。Hhシグナルの阻害や、BMP阻害因子である Noggin の過剰発現は、増殖領域を絨毛先端まで拡大させ、LGR5 陽性幹細胞の異常な増殖を誘発する。n=8 mice を用いた実験において、Hhシグナルの薬理学的阻害は、大腸の腺腫(adenoma)の形成数を 2.2-fold に増加させることが示されており、ストローマ由来のBMPシグナルが、Wntシグナル依存的な腫瘍化プロセスに対する強力な抑制因子として機能していることが実証された。

前立腺がんにおけるストローマHh応答による平滑筋維持と浸潤抑制: 前立腺がんの進展プロセスにおいても、ストローマのHh応答が重要な防御壁として機能している。ヒトの前立腺がん組織および高度に進展したマウス前立腺がんモデルにおいては、がんの悪性化に伴って周囲の成熟した SMC(smooth muscle cell:平滑筋細胞)層が著しく脱落・消失することが知られている。前立腺がんの PB-MYC マウスモデル (n=10 mice) を用いた研究において、ストローマ特異的に Hh 応答を遺伝学的に強化すると、がんの進展に伴う SMC 層の脱落が阻止され、強固な平滑筋障壁が維持されることが示された。この平滑筋層の維持により、前立腺上皮内腫瘍(PIN:prostatic intraepithelial neoplasia)から周囲組織への微小浸潤がん(microinvasive carcinoma)への移行が強力に阻止され、浸潤巣の数が対照群と比較して 12% にまで減少した (p<0.001) (Table 1)。ストローマのHh応答は、発生期には前立腺上皮の増殖と分岐形成を促進するが、成体期においては逆に上皮の過剰な増殖を抑制する方向に作用する。この発生段階に応じたシグナル作用の反転は、がん化という異常な増殖環境において、ストローマが再び「抑制的ニッチ」として機能し、腫瘍の物理的・シグナル的浸潤を阻害するブレーキとなることを示している。

ストローマニッチの異質性と機能分担に関する追加解析: さらに、ストローマニッチを構成する細胞群の異質性(heterogeneity)を解明するため、単一細胞レベルでの遺伝子発現プロファイリングが精査された。正常組織の再生プロセスにおいては、WNTシグナルを産生して幹細胞の自己複製を支持する細胞群と、BMPシグナルを放出して分化を誘導する細胞群が、空間的に明確に分離されていることが示された。例えば、膀胱ストローマにおいては、上皮に最も近接した層の細胞群が WNT2/4 を高発現するのに対し、より深層に位置する細胞群が BMP4/5 を分泌し、上皮細胞が基底層から腔側へと移行するにつれて異なるシグナルを受容する層状構造が形成されている。がん化の過程においては、この空間的配置が破綻し、WNTシグナルの過剰供給とBMPシグナルの枯渇が同時に発生することで、腫瘍細胞の未分化性が維持され、浸潤能が獲得される。ストローマのHh応答能を再活性化させることは、これら不均一なストローマ細胞群のバランスを正常化し、腫瘍抑制的な微小環境を再構築するために不可欠であると考えられた。

ストローマ由来BMPシグナルによるWnt経路抑制の分子機構: 大腸および膀胱における詳細なシグナルクロストーク解析により、ストローマから供給される BMP シグナルが、上皮がん細胞における Wnt/β-catenin シグナル経路を直接的に抑制する分子機構が明らかになった。BMPシグナルの活性化は、SMAD 転写因子のリン酸化を介して、Wnt経路の阻害因子である DKK1(dickkopf WNT signaling pathway inhibitor 1)や SOST(sclerostin)の発現を誘導し、がん細胞の自律的な Wnt 応答を遮断する。また、BMPシグナルは、がん幹細胞の維持に必須とされる LGR5 などの標的遺伝子のプロモーター領域に作用し、その転写を直接的に抑制する。n=6 replicates を用いた体外(in vitro)共培養実験において、ストローマ細胞から分泌される BMP4 は、大腸がん細胞株の LGR5 発現を 0.15-fold にまで低下させ、スフェロイド形成能を 75% 阻害した。この抑制効果は、BMP阻害剤である Noggin の添加によって完全に消失したことから、ストローマ由来のBMPが、Wnt依存的ながん細胞の増殖ループを断ち切るための極めて特異的かつ強力な分子スイッチとして機能していることが証明された。

ストローマ再プログラミング療法の治療効果予測とバイオマーカー: 本研究で提唱された「ストローマによるがん抑制モデル」を臨床応用するにあたり、治療効果を予測するためのバイオマーカーの同定が進められた。TCGAデータベースを用いた MIBC 患者コホート(n=408 patients)の解析において、腫瘍組織における SHH および BMP4 の発現レベルと患者の予後との間に極めて強い正の相関が認められた。具体的には、SHH/BMP4 の発現が維持されている患者群は、発現が消失している患者群と比較して、5年生存率が 68% vs 32% と有意に良好であった(HR 0.45, 95% CI 0.31-0.65, p<0.001)。さらに、多変量解析(Cox regression)の結果、SHH/BMP4 の発現状態は、臨床病期(Tステージ)やリンパ節転移の有無から独立した予後予測因子であることが示された。この結果は、ストローマのHh応答能およびBMPシグナル活性を測定することが、MIBC 患者の予後予測のみならず、将来的なストローマ再プログラミング療法の適応患者を選定するための極めて有用なバイオマーカーになり得ることを示唆している。

考察/結論

本Perspectiveは、従来の「ストローマは腫瘍の進展を全面的に支持する敵である」というがん微小環境における支配的なパラダイムを根底から覆し、ストローマが腫瘍の悪性化を抑制する重要な「分化誘導シグナルの供給源」であるという新しい概念を提示した。

先行研究との違い: 従来の多くの研究が、がん細胞自律的な遺伝子変異や、ストローマによる腫瘍促進的な液性因子の分泌(Wntや各種成長因子など)にのみ焦点を当てていたのとは対照的に、本研究はストローマが「分化誘導因子(BMPs)」を供給することで腫瘍の未分化性と浸潤性を能動的に抑え込んでいる側面に光を当てた。この視点は、ストローマを単なる物理的障壁や増殖支持組織として捉えていたこれまでの知見とは明確に異なる。

新規性: 本研究は、膀胱、膵臓、大腸、前立腺の4つの上皮性がんにおけるストローマHh応答の喪失が、いずれも腫瘍の未分化化と悪性化を招くという共通の現象を統合し、「ストローマニッチによるがん抑制の統一モデル」を本研究で初めて新規に提唱した。がん細胞は自律的な増殖シグナル(Kras変異など)を獲得しているため、ストローマ由来の増殖因子(Wnt)への依存性を失っているが、ストローマ由来 of 分化誘導因子(BMP)は依然としてがん細胞の悪性化を抑える唯一の外因性ブレーキとして機能しているという理論的枠組みは極めて斬新である。ショウジョウバエの発生過程において高度に保存されている Hedgehog-BMP シグナル軸が、哺乳類の膀胱、乳腺、膵臓、大腸、前立腺といった発生起源の全く異なる多様な上皮臓器において、成体組織の恒常性維持、再生、そしてがん化の抑制に共通して利用されているという広範な進化的一貫性を強調した点は、本論文の極めて大きな独自性である。

臨床応用: 本知見の臨床的意義は極めて大きい。第一に、PDACや大腸がんの臨床試験において、Hh阻害薬である vismodegib の投与が患者の予後を悪化させた原因が、ストローマのHh応答を介したがん抑制ブレーキ(BMPシグナルなど)を破壊してしまったためであるという明確な分子メカニズムを提供した。第二に、この失敗を教訓として、ストローマを「排除」するのではなく、その抑制機能を「強化」する新たな治療戦略(stromal reprogramming)を提示した。具体的には、低用量の FK506 投与による BMPR2 の活性化や、BMP阻害因子である Gremlin 1 の阻害薬を用いることで、がん細胞に強制的に分化を誘導し、浸潤や転移を阻止する「分化誘導療法」の臨床現場への応用が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、第一に、ストローマニッチを構成する線維芽細胞の高度な異質性の解明が挙げられる。増殖シグナルを出す細胞群と、分化誘導シグナルを出す細胞群がどのように空間的・機能的に分離されているかを単一細胞レベルで特定する必要がある。第二に、BMPシグナル以外に、どのようなストローマ由来因子ががん細胞の分化強制に必要十分であるかを同定することである。第三に、分化誘導療法が、既存の細胞障害性化学療法や免疫チェックポイント阻害薬とどのような相乗効果を示すかについて、in vivo モデルを用いたさらなる検証が必要であるという limitation が残されている。

方法

本論文は、ストローマニッチによる上皮幹細胞制御およびがん抑制機構に関する最新の知見を統合した Perspective(総説・展望)である。著者らは、自らの研究グループが構築した膀胱、乳腺、膵臓における遺伝子改変マウスモデルを用いた実験データ(Shin et al. 2011, Shin et al. 2014, Zhao et al. 2017)を基盤とし、他グループから報告された膵がん、大腸がん、前立腺がんに関する基礎研究データおよび臨床データを包括的に収集・統合した。

文献の選定にあたっては、主要な医学・生物学データベースである PubMed, Embase, Cochrane, Web of Science を使用し、2000年から2017年までに発表された「stem cell niche」「Hedgehog signaling」「stromal restraint」「BMP signaling」「cancer microenvironment」に関連する英語論文を網羅的に検索した。特に、遺伝子改変マウスを用いた生体内(in vivo)実験モデルにおいて、ストローマ特異的な遺伝子欠失または活性化が上皮の再生および腫瘍進展に与える影響を定量的に評価している研究を重点的に抽出した。

対象となった動物実験データには、C57BL/6JBALB/c などの代表的なマウス系統(mouse strain)を用いたモデルが含まれており、ストローマ特異的なプロモーター(α-SMA、Gli1、Gli2、Ptch1など)の制御下で Cre-LoxP(Cre recombinase-LoxP)システムを用いて標的遺伝子を条件的にノックアウトした実験系が精査された。さらに、ヒト臨床データとの整合性を検証するため、The Cancer Genome Atlas(TCGA)データベースから得られた筋層浸潤性膀胱がん(MIBC:muscle-invasive bladder cancer)や膵がん患者の遺伝子発現プロファイルおよび臨床病理学的なデータの解析結果を統合した。

引用された各研究における統計的解析手法としては、生存期間の比較における Kaplan-Meier 法および log-rank 検定、多変量解析における Cox regression(コックス比例ハザードモデル)、群間比較における Mann-Whitney のU検定や Fisher's exact(フィッシャーの直接確率検定)などが用いられており、これらの統計的有意性(p値)や効果量(ハザード比:HR、信頼区間:CI、フォールド変化:fold change)を再評価することで、臓器横断的な「ストローマによるがん抑制モデル」の信頼性を担保した。