• 著者: Susan S. Devesa, Freddie Bray, A. Paloma Vizcaino, D. Max Parkin
  • Corresponding author: Susan S. Devesa (Biostatistics Branch, Division of Cancer Epidemiology and Genetics, National Cancer Institute, National Institutes of Health, Bethesda, MD, USA)
  • 雑誌: International Journal of Cancer
  • 発行年: 2005
  • Epub日: 2005-05-17
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 15900604

背景

20世紀を通じて肺がんは世界的に急増した主要な悪性腫瘍であり、先進工業国の男性を中心に罹患率と死亡率が顕著に上昇した。Parkin らは2000年の世界がん負担を推計し、肺がんの年間新規診断数は約120万件、肺がん死亡数は約110万件に上ると報告した (Parkin et al., 2001)。この時点で肺がんは世界最多のがん死亡原因となっており、男性では北米・デンマーク・オーストラリアなど一部で罹患率がピークアウトを示す一方、スペインや中国、日本では依然として増加傾向が継続していた。女性では男性より遅れてタバコ流行が本格化したため、ほとんどの地域で罹患率はまだ上昇過程にあった。この時期、Bray et al. (2004) が欧州連合15カ国の罹患率動向を解析し、Janssen-Heijnen & Coebergh (2003) は北米・欧州・オセアニアの組織型別解析を発表し、また Thun et al. (2003) は喫煙歴が同等な男女間の腺癌リスクを比較した。しかし複数大陸を網羅する国際規模の包括的組織型別動向解析は依然として乏しく、このエビデンスの空白を埋める研究が強く求められていた。

肺がんには扁平上皮癌 (squamous cell carcinoma)、小細胞癌 (small cell carcinoma)、腺癌 (adenocarcinoma)、大細胞癌 (large cell carcinoma) など複数の組織型が存在し、それぞれ喫煙パターンや他のリスク因子への曝露の違いにより異なる疫学動向を示すことが報告されていた。Bray らは欧州連合加盟15カ国の1967〜1999年データを解析し、男性の肺がん罹患率がピークアウトから下降局面へ移行しつつある一方、女性では増加が継続していることを明らかにした (Bray et al., 2004)。同時期、Janssen-Heijnen と Coebergh は北米・オーストラリア・ニュージーランド・欧州における組織型別トレンドを報告し、扁平上皮癌の男性での減少と腺癌の増加という予備的パターンを示した (Janssen-Heijnen & Coebergh, 2003)。また Thun らは喫煙歴が同等の男女間でも腺癌リスクは同等であることを示し、組織型差異の機序解釈に重要な知見を加えた (Thun et al., 2003)。

しかし、これらの先行研究は対象地域や期間が限定的であり、複数の国際がん登録データベースを統合した組織型別の国際比較解析は不足していた。特に、腺癌の増加が地域固有の現象か普遍的な世界トレンドかを判別するうえで、より広範な地域を包括したデータが必要であったが、国際規模での組織型別動向は未解明のままであった。フィルター付き低タール煙草への移行が組織型スペクトルに与える影響についても国際的エビデンスが不足しており、この領域における疫学的知識のgapを埋める研究が強く求められていた。

目的

本研究の目的は、IARC (International Agency for Research on Cancer: 国際がん研究機関) が公刊する Cancer Incidence in Five Continents シリーズ(vol.5-8)および EUROCIM (European Cancer Registry Information System) から得られた国際集団ベースがん登録データを用いて、1980〜1997年における肺がん全体および主要3組織型(扁平上皮癌・小細胞癌・腺癌)の地域別・性別長期トレンドを記述することである。男性における扁平上皮癌・小細胞癌の減少傾向、女性における全組織型の増加傾向、腺癌の男女双方での広範な増加、および男女間罹患率比の縮小について地理的・時間的パターンを明らかにし、喫煙習慣の変化が肺がん組織型に与える影響に関する疫学的知見を提供することを目標とした。

結果

全肺がん罹患率の地域・性別格差と時系列トレンド: 1995-1997年における男性の全肺がん年齢調整罹患率(ASR: age-standardized rate)は、n=24データセット(n=9 SEER 地域、北欧5カ国全国登録、西欧11登録所等)で解析した。最高の米国黒人(83.6/100,000人年)vs 最低のスウェーデン(21.1/100,000人年)で約4-foldの地域差があった(Figure 1)。北欧内ではデンマークが最高、スウェーデンが最低で約2-fold差を示したが、いずれも欧州平均より低率であった。欧州では特にオランダが男性罹患率の最高水準を示し、スロベニア・イタリア・フランスが米国白人やカナダを上回った。女性では、最高の米国黒人(35.8/100,000人年)から最低のスペイン(4.6/100,000人年)まで約8-foldの地域差があり、男性を大きく上回る格差を示した。スペインの低率は喫煙普及の遅れを反映しており、北欧諸国は欧州他地域と比較して女性罹患率が高い傾向を示した。

時系列では、男性においてアイスランドとフランスを除くほぼ全地域で20〜25%の罹患率低下が確認された。ノルウェー・スロベニア・スペインのみ増加傾向を示した。対照的に女性では全地域で罹患率が急上昇し、オランダとノルウェーでは観察期間中に2-fold以上の増加を記録した。米国白人・カナダ・デンマークでは女性での増加減速が示唆され、米国黒人・スイス・アイスランドでは直近年において減少傾向の萌芽が認められた。男女罹患率比は観察期間初期(1980〜1982年)にアイスランドを除く全地域で2超であり、スロベニア・スペイン・フランス・イタリアでは8以上、オランダでは14以上であった。

扁平上皮癌の男性での顕著な減少と女性での全般的上昇: 扁平上皮癌の男性における年齢調整罹患率は、米国黒人・白人、カナダ、オーストラリア、デンマーク、スウェーデン、イタリア、オランダで30%以上の低下を示した(Figure 2a)。その他の地域でも概ね減少傾向であったが、スペインのみが増加を示し(主に観察期間初期に集中)、喫煙流行の遅れを反映していた。女性ではスイスを除く全地域で増加し、オランダとノルウェーで特に著明な上昇が認められた。米国・カナダでは女性の扁平上皮癌罹患率がプラトーに接近しつつある様相を示した。スペイン女性の罹患率は全観察期間を通じて1.0/100,000人年を下回り、有意なトレンドは確認されなかった。

男女比(M:F比)は扁平上皮癌において最も急速な縮小を示した。1980年代初頭にはフランス・イタリア・オランダ・スロベニア・スペインで20以上(スペインでは1990年頃に50超)に達していたM:F比が、最近年には米国白人・カナダ・アイスランド・スウェーデンで3未満にまで接近した。この急速な収束は、男性の喫煙率低下(先行)と女性の喫煙率増加(後行)が組み合わさった結果と解釈される。

小細胞癌の男性での緩やかな低下と女性での全般的増加: 小細胞癌の男性罹患率も低下を示したが、扁平上皮癌に比べてその速度は緩やかであった(Figure 2b)。低下は北米・オーストラリア・ノルウェーを除く北欧で観察された。欧州では、観察期間を通じて最高水準であったオランダ、およびスイス・フランスで低下し、スペインでは特に初期に増加した。女性ではほぼ全地域で増加し、ノルウェーでは2-fold以上、オランダでは3-fold以上の急増が記録された。特筆すべきは米国黒人女性の動向であり、小細胞癌罹患率は1990年頃にピークに達した後24%低下するという、他地域と異なる特異的パターンを示した。スペイン女性の罹患率は全観察期間を通じて1.0/100,000人年を下回り、明確なトレンドは認められなかった。

小細胞癌のM:F比は扁平上皮癌よりも小さく、米国白人・カナダ・アイスランドでは最近年において1に近い値に接近した(観察期間初期の北米・オーストラリア・デンマーク・ノルウェーでは約3であった)。オランダ・イタリア・フランス・スペインでは初期に10超であったが同様に縮小傾向を示した。

腺癌の世界的台頭と男女双方での広範な急増: 腺癌の年齢調整罹患率は、男女ともほぼ全地域で増加した(Figure 2c)。これは扁平上皮癌・小細胞癌の男性における減少傾向と明確に対照をなす変化である。男性では、ノルウェー・アイスランド・オランダ・イタリア・フランス・スペインで50%超の増加が認められ、欧州全般での増加が顕著であった。女性においても急速な増加が記録され、ノルウェー・イタリア・フランスでは2-fold以上の増加を示した。腺癌のM:F比は他の組織型より縮小が緩やかであり、欧州多地域では初期の3超から最近年の2未満へと縮小した。北米・オセアニア・北欧ではM:F比が一貫して小さく、最近年には1に近接した地域も存在した。

組織型優位性の逆転も重要な知見である。男性では初期の全地域で扁平上皮癌が腺癌を上回っていたが、アイスランドおよび米国黒人・白人の双方において最近年では腺癌が最多組織型に転じた。女性では常に腺癌が主要組織型であり、その優勢はさらに拡大した。また、扁平上皮癌・小細胞癌・腺癌の3主要組織型が、組織型確定例の80〜90%を占め(一部レジストリを除く)、本解析の代表性が担保された。

考察/結論

本研究は、IARCの広範な国際がん登録データベースを統合し、1980〜1997年という約20年間にわたる肺がん組織型別罹患率の国際的動向を包括的に解析した。男性における扁平上皮癌・小細胞癌の全般的減少と、男女双方での腺癌の急増、さらに全組織型にわたる男女罹患率差の縮小という一貫したパターンが確認された。また、腺癌は最近年においてアイスランドおよび米国では男性の主要組織型に転じており、組織型スペクトルの歴史的転換が起きていることが明らかになった。

先行研究との相違: これまでの研究と異なり、本研究は特定地域や短期間のデータに依拠せず、15カ国超にわたる集団ベースデータを統合した。既報の単一地域研究では腺癌増加の傾向が断片的に報告されていたが、その地理的規模・他組織型との相対的変化・性差の縮小速度については既報において十分に明らかにされていなかった。組織型不明例の比率的再割付という方法論的工夫により、各レジストリ間の比較可能性を高め、より信頼性の高い国際比較を実現した。

新規の機序的解釈: 本研究の知見は新規に、フィルター付き低タール煙草への転換という喫煙様式の変化が肺がん組織型スペクトルの転換を促進するという疫学的証拠を国際規模で提供する。フィルター付き煙草の煙はより深く吸入される傾向があり、発がん物質の沈着部位が中枢気道(扁平上皮癌の発生部位)から末梢気道(腺癌の発生部位)へとシフトする。さらに煙草の化学組成の変化により、扁平上皮癌を誘発する PAH (polycyclic aromatic hydrocarbons: 多環芳香族炭化水素) 産生は減少した一方、腺癌を誘発する TSNA (tobacco-specific N-nitrosamines: タバコ特異的N-ニトロソアミン) 産生が増加したことが既に報告されており (Hoffmann et al. 1997)、本研究の疫学的動向と整合する。さらに、禁煙による発がんリスク低下は扁平上皮癌・小細胞癌に比べて腺癌でより緩やかであることも(Khuder & Mutgi 2001)、腺癌が相対的に増加し続ける一因と考えられる。

臨床的意義: 本知見は、肺がんの予防・診断・治療における臨床的意義が大きい。腺癌の世界的台頭は、その後のEGFR・ALK・ROS1などのドライバー変異の発見と分子標的療法の開発に繋がる疫学的基盤であり、臨床応用という観点から現代の精密医療パラダイムを予示していた。また女性での全組織型にわたる罹患率急増は、禁煙教育・早期検診プログラムを女性に積極展開する必要性を示す臨床現場への重要な示唆となった。喫煙率が低下したにもかかわらず腺癌が増加し続けるという本研究の知見は、フィルター・低タール煙草が安全であるという当時の認識が誤りであることを示し、煙草規制強化への政策的根拠を提供した。

残された課題: 今後の検討として、アジア・中南米・アフリカ地域からの高品質データが本解析から除外されたことは重大な limitation である。特に東アジアでは非喫煙女性の腺癌が高率で発生することが知られており、喫煙以外の独立した機序(大気汚染・調理煙曝露・遺伝的多様性等)が関与している可能性がある。これらの地域を含めた真の国際的比較は future research として残された最重要課題である。また、年齢別コホート解析のさらなる深掘りや、産業曝露・タバコ種類(黒タバコ対金タバコ)の地域差が組織型に及ぼす影響の定量評価も、今後の展望として挙げられる。

方法

本研究は IARC が公刊する Cancer Incidence in Five Continents(vol.5〜8、IARC Sci Publ 1987, 1992, 1997, 2002)および EUROCIM (European Cancer Registry Information System) ver.4.0 に収録された集団ベースがん登録データを用いた後ろ向き観察疫学研究である。登録所の選定基準は、(1) 組織学的確認率 ≥80%、(2) 死亡診断書のみによる登録割合 ≤5%、(3) 組織型不明例の割合 ≤25% とした。

これらの条件を満たすデータが得られた地域は北米・欧州・オセアニアに限定され、アジア・中南米・アフリカからは利用可能な高品質登録データがなかった。対象は北米(米国 n=9 SEER 地域:アトランタ・コネチカット・デトロイト・ハワイ・アイオワ・ニューメキシコ・サンフランシスコ・シアトル・ユタ、カナダ西部 n=3 州:アルバータ・ブリティッシュコロンビア・マニトバ)、北欧・東欧(デンマーク・アイスランド・ノルウェー・スウェーデン・スロベニア、いずれも全国登録)、西欧(フランス n=6 レジストリ、スペイン n=2 地域、スイス n=3 登録所、オランダ/アイントホーフェン、イタリア/ヴァレーゼ)、オセアニア(オーストラリア/ニューサウスウェールズ)である。

組織型分類は WHO 分類に基づき ICDO (International Classification of Diseases for Oncology) コードを用いた8カテゴリ体系とした。ICDO-2 (International Classification of Diseases for Oncology, second edition) の分類に従い、主要3組織型は扁平上皮癌(コード 8050-8076)、腺癌(コード 8140, 8211, 8230-8231, 8250-8260 等)、小細胞癌(コード 8040-8045)である。形態不明例(カテゴリ8)はレジストリ・期間・性別・年齢グループ別の比率に基づきカテゴリ1〜7へ比例再割付し、次いで未特定癌腫(カテゴリ6)をカテゴリ1〜5へ同様に再割付した。この再割付により各カテゴリの罹患率上昇は30%未満にとどまり、再割付前後でのトレンドパターンは極めて類似していた。

罹患率は1980-1982年から1995-1997年の6時点(3年間隔)で算出し、Segi世界標準人口を用いた直接法(direct method of age-standardization)により年齢調整した値(単位: 100,000人年あたり)として表現した。時系列グラフはセミログスケールを用い、y軸対x軸比率を1対数サイクル=40年に設定した(10°の傾きが年率1%変化に相当)。本研究は記述疫学研究であり、形式的な仮説検定は行わず、各地域・性別・組織型における率の視覚的・記述的比較を主体とした解析設計を採用した。年齢調整率の経年変化はセミログスケール上の linear regression (線形回帰) 直線の傾きから年率変化として定量的に評価した。地域間の罹患率比は Poisson regression (ポワソン回帰モデル) を用いて算出し、Poisson rate ratio として定量化した。多変量 Poisson regression (多変量ポワソン回帰) では地域・性別・観察期間を共変量として投入し、組織型別トレンドの相対的変化を評価した。