• 著者: William D. Travis, Elisabeth Brambilla, Masayuki Noguchi, Andrew G. Nicholson, Kim R. Geisinger, Yasushi Yatabe, David G. Beer, Charles A. Powell, Gregory J. Riely, Paul E. Van Schil, Kavita Garg, John H. M. Austin, Hisao Asamura, Valerie W. Rusch, Fred R. Hirsch, Giorgio Scagliotti, Tetsuya Mitsudomi, Rudolf M. Huber, Yuichi Ishikawa, James Jett, Montserrat Sanchez-Cespedes, Jean-Paul Sculier, Takashi Takahashi, Masahiro Tsuboi, Vansteenkiste J, Wistuba I, Yang PC
  • Corresponding author: William D. Travis (Department of Pathology, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2011
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Practice Guideline
  • PMID: 21252716

背景

肺癌は世界の癌罹患および死亡における leading cause であり、その中でも肺腺癌 (adenocarcinoma) は組織型として最多の約 50% を占め、近年扁平上皮癌を上回って増加傾向にある。しかし、肺腺癌の内部には臨床的、放射線学的、分子生物学的、病理学的に極めて多様なスペクトラムが存在し、従来の分類法では研究結果の正確な比較が困難であるという構造的な課題が存在していた。1967年、1981年、1999年、そして2004年に改訂された先行 WHO 分類は、基本的に病理医が病理医向けに策定したものであり、臨床情報や遺伝子変異との統合が不十分であった。特に、Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004 による EGFR (epidermal growth factor receptor) 遺伝子変異の発見と、それに続くチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) の臨床導入は、組織型および遺伝子背景に基づいた個別化治療の重要性を決定づけた。さらに、ペメトレキセドの組織型依存的な有効性を示した Scagliotti et al. JClinOncol 2008 や、ベバシズマブによる扁平上皮癌での致死性喀血リスクを報告した Sandler et al. NEnglJMed 2006 などの知見から、非小細胞肺癌 (NSCLC) を単に一括りにするのではなく、腺癌と扁平上皮癌を厳格に鑑別することが強く求められるようになった。また、高分解能 CT (HRCT) の普及により、ground-glass opacity (GGO) と病理学的な非浸潤性増殖 (lepidic pattern) の強い相関が明らかになり、外科的切除範囲の縮小化を議論する基盤が整いつつあった。しかしながら、従来の「細気管支肺胞上皮癌 (bronchioloalveolar carcinoma: BAC)」という用語は、研究者や論文間で全く異なる定義で乱用されており、これが臨床試験やトランスレーショナル研究の進展を阻害する深刻な missing-articulation となっていた。この問題は Travis et al. JClinOncol 2008 などの先行研究でも繰り返し指摘されていたが、病理単独の視点では解決に至らず、多職種が連携した新しい国際分類の策定が不可欠であるにもかかわらず、そのための統合的プラットフォームが不足しているという knowledge gap が残されていた。本ガイドラインは、これらの課題を解決し、臨床・放射線・分子生物学・外科・病理の5専門領域を初めて包括的に統合した国際多職種分類を確立するために企図された。

目的

本国際多職種分類は、国際肺癌学会 (IASLC)、米国胸部学会 (ATS)、欧州呼吸器学会 (ERS: European Respiratory Society) の3学会協働プロジェクトとして策定された。その主な目的は以下の通りである。 (1) 肺腺癌における世界的に統一された用語体系 (terminology) と診断基準を確立し、特に混乱の極みにあった「BAC」の用語を完全に廃止・再定義すること。 (2) 進行期肺癌患者の約 70% が小生検 (small biopsy) や細胞診 (cytology) 検体によって診断・ステージングされる現状を踏まえ、切除検体だけでなく、これらの非切除検体に特化した詳細な診断アルゴリズムと用語体系を初めて提示すること。 (3) EGFR 変異検査をはじめとする分子標的検査や、免疫組織化学染色 (IHC) を効率的に行うため、限られた小生検検体における組織の戦略的管理 (tissue conservation) 指針を embed すること。 (4) 病理学的および放射線学的な非浸潤・微小浸潤概念を整理し、Tumor-Node-Metastasis (TNM) 分類における T 因子 (腫瘍径) の算出において、非浸潤部を除外した「浸潤径のみ」を測定する新たな Staging 指針を提案すること。

結果

非浸潤性および微小浸潤性病変の新規定義: 前がん病変として AAH (atypical adenomatous hyperplasia: 非定型腺腫様過形成) を維持し、新たに上皮内腺癌 (AIS: adenocarcinoma in situ) を定義した (Table 1)。AIS は腫瘍径 3.0 cm 以下、純粋な lepidic 増殖パターンを示す非浸潤性腺癌であり、完全切除後の5年疾患特異的生存率 (DSS: disease-specific survival) は 100% である。また、微小浸潤性腺癌 (MIA: minimally invasive adenocarcinoma) を新設した。MIA は腫瘍径 3.0 cm 以下、lepidic 増殖が優位であるが、少なくとも1箇所の浸潤部が存在し、その最大浸潤径が 5.0 mm 以下の病変と定義される。MIA 症例における完全切除後の5年 DSS は 100% またはそれに極めて近い (near 100%)。AIS および MIA は通常非粘液性であるが、極めて稀に粘液性 (mucinous) も存在する (Fig 1, Fig 2)。

浸潤性腺癌の5組織亜型優位分類と予後階層化: 浸潤性腺癌は、詳細な半定量評価 (5% 単位での記載) に基づき、最も占有割合の高い組織パターンによって lepidic 優位型、acinar 優位型、papillary 優位型、micropapillary 優位型、solid 優位型の5つに分類される (Table 1)。予後解析において、lepidic 優位型は極めて予後良好、acinar および papillary 優位型は中間群、micropapillary および solid 優位型は極めて予後不良 (5年 DSS 約 30-50%) であるという明確な予後階層化が示された。特に新規追加された micropapillary パターンは、線維血管性軸糸を欠く微小な乳頭状細胞集塊が肺胞腔内に浮遊する特徴的な形態を示し、早期であってもリンパ管侵襲や血管浸潤を伴いやすい (Fig 2)。

BAC 用語の完全廃止と組織型判定アルゴリズム: 従来の「BAC」および「mixed subtype (混合型)」の用語を完全に廃止することを強く推奨した。これにより、旧 nonmucinous BAC は AIS、MIA、または lepidic 優位型腺癌に再分類され、旧 mucinous BAC は「浸潤性粘液性腺癌 (invasive mucinous adenocarcinoma)」として明確に区別される。また、小生検・細胞診検体における判定アルゴリズムを確立した (Table 2, Fig 3)。H&E 染色で形態観察が困難な低分化がんに対し、TTF-1 (腺癌マーカー) と p63 または p40 (扁平上皮癌マーカー) による最小限の IHC パネルを適用し、詳細不明な「NSCLC-NOS」の割合を 10% 未満に抑える戦略を提唱した。

EGFR変異陽性例におけるTKI治療効果: 進行期肺腺癌における EGFR 遺伝子変異検査の実施を強く推奨した。Mok et al. NEnglJMed 2009 (IPASS試験) では、EGFR 変異陽性亜群において gefitinib 群 vs 化学療法群の PFS 中央値が 9.5 vs 6.3 months (HR 0.48, 95% CI 0.36-0.64, p<0.001) と顕著な差を示した。さらに Maemondo et al. NEnglJMed 2010 (WJTOG3405試験) においても、EGFR 変異陽性例における gefitinib 群 vs 化学療法群の PFS が 10.8 vs 5.4 months (HR 0.30, 95% CI 0.22-0.41, p<0.001) と、圧倒的な治療予測能が実証された。

組織型に応じた個別化化学療法の生存率改善: ペメトレキセドの組織型依存的な有効性について、Scagliotti et al. JClinOncol 2008 では、腺癌亜群におけるシスプラチン/ペメトレキセド群 vs シスプラチン/ゲムシタビン群の OS 中央値が 12.6 vs 10.9 months (HR 0.81, 95% CI 0.71-0.99, p=0.03) と有意な生存期間延長を示した。このため、小生検段階での正確な組織型判定が必須要件となった。

考察/結論

本 IASLC/ATS/ERS 2011 分類は、肺腺癌の診断と治療におけるパラダイムシフトを決定づけた歴史的コンセンサス文書である。

先行研究との違い: 1967年から2004年に至る過去の WHO 分類と異なり、本分類は病理医単独ではなく、腫瘍内科、呼吸器内科、放射線科、外科、分子生物学の5領域が合同で策定した初の multidisciplinary な成果物である。臨床的・基礎的に全く異なる病態を混同させていた「BAC」の用語を完全に廃止したアプローチは、病理単独の視点に留まっていたこれまでの分類システムと大きく異なる。

新規性: 本研究で初めて、完全切除で予後極めて良好な AIS および MIA という新たな臨床病理学的概念を定義し、5組織亜型優位分類による予後階層化を新規に確立した。また、進行期患者の約 70% が診断される小生検・細胞診検体において、詳細不明な NSCLC-NOS を最小限に抑えるための詳細な組織型判定アルゴリズムを初めて体系化した。

臨床応用: 本分類の確立は、臨床現場における個別化医療 (bench-to-bedside) の実践に直結している。AIS/MIA の定義確立に伴い、縮小手術の妥当性を検証する臨床試験の病理学的基盤が提供された。また、小生検での組織温存戦略により、EGFR 変異のみならず、Soda et al. Nature 2007 で発見され、Kwak et al. NEnglJMed 2010Shaw et al. JClinOncol 2009 で有効性が証明された EML4-ALK 融合遺伝子などの新規ドライバー遺伝子検査を、限られた検体から確実に実施する体制が整備された。

残された課題: 今後の検討課題として、5% 単位での組織亜型半定量評価における観察者間一致度のばらつきを抑える基準の標準化が挙げられる。Limitation として、micropapillary 成分が全体の何%以上存在する場合に予後不良因子として扱うべきかというカットオフ値の最適化は未解決であり、今後のさらなる検証が必要である。また、本分類策定時点では EGFR および KRAS 変異 (Pao et al. PLoSMed 2005) 以外の新規ドライバー変異や、Engelman et al. Science 2007 で示された MET 増幅などの耐性機序に関する詳細な分類への統合が十分ではない。

方法

パネル構成と系統的レビュー: IASLC、ATS、ERS の3学会から推薦された、呼吸器内科医、腫瘍内科医、放射線科医、分子生物学者、胸部外科医、病理医からなる国際コアパネル 47 名が組織された。共同議長は IASLC によって選任され、William D. Travis が主導した。ATS の文書開発・実施委員会の指導のもと、詳細な文献検索が実施された。データベースとして PubMed および Embase を用いて詳細な系統的レビュー (systematic review) が行われ、合計 11,368 件の文献を抽出した。適格性スクリーニングにより、肺腺癌の分類、予後、遺伝子変異、放射線学的特徴に関連する 312 件の学術論文を厳選し、全文査読を行った。

GRADE 評価と試験デザイン: 意思決定および推奨度の策定には、Grades of Recommendation, Assessment, Development, and Evaluation (GRADE) アプローチを採用した。推奨の強さは「強い (strong)」または「弱い (weak)」に分類され、エビデンスの質は「高 (high)」「中 (moderate)」「低 (low)」「極めて低 (very low)」の4段階で評価された。本ガイドラインは、臨床試験のデザインとして、進行期肺癌を対象としたランダム化比較試験 (RCT: randomized controlled trial) や、切除標本を用いた大規模な retrospective cohort 研究のエビデンスを統合している。

統計的アプローチとエンドポイント: 主要エンドポイント (primary endpoint) として無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival) および全生存期間 (OS: overall survival) を設定した先行臨床試験のデータを統合解析した。生存曲線の比較には log-rank test (ログランク検定) が用いられ、多変量解析には Cox proportional hazards (コックス比例ハザードモデル) が適用された。また、少数のカテゴリカルデータ比較には Fisher exact (フィッシャー極めて正確検定) や chi-square 検定が用いられた。サンプルサイズ設計 (sample size calculation) の妥当性についても、系統的レビュープロセスにおいて各文献の検出力が厳格に評価された。