• 著者: Bott M, Brevet M, Taylor BS, Shimizu S, Ito T, Wang L, Creaney J, Lake RA, Zakowski MF, Reva B, Sander C, Delsite R, Powell S, Zhou Q, Shen R, Olshen A, Rusch V, Ladanyi M
  • Corresponding author: Ladanyi M (Department of Pathology, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, USA)
  • 雑誌: Nature Genetics
  • 発行年: 2011
  • Epub日: 2011-06-05
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 21642991

背景

悪性胸膜中皮腫 (MPM; malignant pleural mesothelioma) は、胸膜の漿膜から発生する極めて侵襲性の高い悪性腫瘍であり、アスベスト曝露との因果関係が深く、診断後2年以内にほとんどの患者が死亡する予後不良な疾患である。MPMにおける遺伝子異常の研究はこれまで、9p21領域のCDKN2Aホモ接合性欠失や、22qのNF2遺伝子喪失が主要な遺伝子異常として認識されていた。しかし、これら2つの主要な腫瘍抑制遺伝子以外に、MPMの発生に寄与する他の高頻度なドライバー遺伝子は長らく不明なままであった。

特に、3p21領域の欠失はMPMで繰り返し報告されており、この領域に新規のドライバー遺伝子が存在することが強く示唆されていたが、その具体的な候補遺伝子の同定には至っていなかった。BAP1 (BRCA1-associated protein 1) は、BRCA1と相互作用する核局在型の脱ユビキチン化酵素として同定された。BAP1はヒストンH2Aのユビキチンを除去する機能を持つことが知られており、特にASXL1との複合体である PR-DUB (Polycomb repressive deubiquitinase) として機能し、Polycomb抑制複合体の一部としてヒストンコードの調節に関与することが示唆されていた。さらに、BAP1は HCF1 (Host Cell Factor 1) 転写コファクターの脱ユビキチン化を介してE2F転写制御にも関与することが報告されていた。しかし、MPMにおける統合ゲノム解析によりBAP1が主要なドライバー遺伝子として同定される以前は、このような転写調節機構の破綻がMPM発症において重要な役割を担うことは十分に認識されていなかった。

これまでのゲノム解析アプローチでは、サンプルの不均一性や解析解像度の限界により、3p21領域における真の標的遺伝子を特定するアプローチが不足しており、MPMの分子病態におけるドライバー遺伝子の全貌は未解明なままであった。特に、大規模コホートを用いた統合ゲノム解析と詳細なシーケンシングを組み合わせた検証が不足していたため、CDKN2AおよびNF2以外の新規ドライバー遺伝子の同定が不可欠であった。

先行研究である Ding et al. Nature 2008TCGA et al. Nature 2008 においては、他のがん種における網羅的ゲノム解析から主要なドライバー経路が次々と同定されていたが、MPMにおいては同様の大規模な統合解析が手薄であり、新規ドライバー遺伝子の同定が遅れているという「知識のギャップ (knowledge gap)」が存在した。また、DNA修復欠損を標的とした治療戦略の重要性を示した Farmer et al. Nature 2005 などの知見があっても、MPMにおけるBAP1の具体的な機能や、DNA修復経路との関連性は全くの「未解明」であり、治療標的としての検証データが「不足」しているという課題が残されていた。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的とし、統合ゲノム解析アプローチを用いてMPMにおける新規ドライバー遺伝子を探索した。

目的

本研究の目的は、悪性胸膜中皮腫 (MPM) における新規ドライバー遺伝子を同定することである。具体的には、53例のMPM腫瘍サンプルに対する統合ゲノム解析 (Agilent 244K CGHアレイおよびAffymetrix U133A発現アレイ) を実施し、統計的に有意なコピー数変化 (CNA; copy number alteration) 領域内の候補遺伝子を特定し、その標的シーケンシングを行う。

さらに、同定された候補遺伝子、特にBAP1について、独立した68例のMPMコホートおよび25株のMPM細胞株を用いて体細胞変異の頻度を検証する。BAP1の機能的役割を細胞レベルで解明するため、BAP1ノックダウンがMPM細胞株の増殖および遺伝子発現に与える影響を解析し、特にE2FおよびPolycomb標的遺伝子との関連を評価する。これにより、BAP1の不活化がMPMの病態形成において果たす転写調節異常の中心的役割を明らかにすることを目指す。

結果

BAP1体細胞不活化変異の高頻度同定: 53例の原発MPM腫瘍サンプルに対するAgilent 244K CGHアレイおよびAffymetrix U133A発現アレイの統合解析により、統計的に有意なコピー数変化領域を特定した (Figure 1)。この解析に基づき選定された25の候補ドライバー遺伝子のターゲットシーケンシングの結果、BAP1が最も高率の非同義体細胞変異を示した。発見コホート53例中12例 (23%) にBAP1変異が認められ、非同義変異対同義変異比は非常に高く、強い正の選択圧を示唆した。BAP1遺伝子座 (3p21.1) の単一コピー欠失は、発見コホート53例中16例 (30%) に認められた (Figure 2)。全体として、MPM腫瘍の42%がBAP1の喪失、変異、またはその両方を保有しており、BAP1がCDKN2AやNF2と並ぶMPMの主要なドライバー遺伝子異常であることが示された。独立検証コホート68例でも12例 (18%) にBAP1変異が確認され、MPM細胞株25株中8株 (32%) でも変異が検出された。全コホート合計で32のBAP1変異が同定され、内訳はナンセンス変異6例、ミスセンス変異5例、フレームシフト挿入欠失13例、スプライスサイト変異8例であった (Figure 3)。これらの変異の大部分は、利用可能な正常組織との比較により体細胞性であることが確認された (11例中10例)。

BAP1変異による機能喪失の検証: BAP1のミスセンス変異およびスプライスサイト変異の機能的影響を評価した。8例のスプライスサイト変異のうち、利用可能な6例のRT-PCR解析では、4例で異常スプライシング産物 (エクソンスキッピングまたはイントロン残留) が確認され、その結果、早期終止コドンが予測された。切断型変異の大部分は、核局在シグナル (NLS; nuclear localization signal) および/またはC末端タンパク質結合ドメインの欠失をもたらし、核内でのBAP1機能喪失が起こることが示唆された (Figure 3)。ミスセンス変異 (p.Ser63Cys, p.Ala95Asp, p.Cys91Trp) のin vitro ubiquitin-AMCアッセイでは、3変異中2例 (p.Ala95Asp, p.Cys91Trp) で野生型BAP1と比較してユビキチン切断活性の低下が確認された。残る1例 (p.Ser63Cys) は逆に活性上昇を示したが、これはユビキチン化均衡の破綻が不安定性につながるという概念と一致する。IHCによるBAP1蛋白発現評価では、BAP1変異または欠失を持つ腫瘍において核染色消失が有意に認められた (Fisher’s exact test, p=0.002) (Figure 2)。これは、変異がタンパク質発現の消失に直接影響を与えることを臨床サンプルレベルで証明するものである。興味深いことに、腫瘍の25%ではCGHおよびシーケンシングで異常がないにもかかわらずIHCでBAP1蛋白発現消失が認められ、翻訳後調節異常の関与が示唆された。

E2F転写軸とPolycomb経路への影響: BAP1野生型MPM細胞株3株 (HMeso, MSTO-211H, H2373) に対するsiRNAノックダウン後の発現アレイ解析において、E2F応答遺伝子群 (Cyclin A2, E2F1, p107/RBL1, CDC25C) が一貫して下方制御されることが明らかになった。これは、BAP1欠失がHCF1の脱ユビキチン化を阻害し、HCF1-E2F1依存性の転写活性化が低下するという仮説と一致する。また、BAP1とASXL1の共免疫沈降により、両者がPR-DUB複合体として機能することを確認した。BAP1ノックダウン後の発現シグネチャーと3種の独立したPolycombターゲット遺伝子セットとの重複は高度に有意であった (p<10⁻¹⁹ for all three) (Figure 5)。BAP1プロファイルと複数のPolycombシグネチャーに共通して含まれる77遺伝子には、DNA複製・修復に関わるサイクリン、CDK阻害因子、MCM遺伝子、E2F1などが含まれていた。しかし、PARP阻害剤MK4827に対する感受性はBAP1変異/野生型MPM細胞株間で有意差がなく、BAP1がBRCA1依存的DNA修復経路に直接関与するという証拠は得られなかった。

細胞増殖への影響とS期蓄積: BAP1野生型MPM細胞株 (HMeso, MSTO-211H, H2373) におけるsiRNAノックダウン実験では、BAP1発現低下に伴い、これら3株全てで細胞増殖の有意な減少が観察された。逆に、BAP1欠損MPM細胞株 (Meso37, H28) に野生型BAP1を再導入すると、細胞増殖がわずかに増加することが示された。この結果は、BAP1が腫瘍抑制遺伝子として機能することと一見矛盾するように見えるが、BAP1ノックダウンが細胞をS期に蓄積させるという先行研究の報告と一致する。実際に、MSTO-211H細胞株におけるBAP1ノックダウン後のフローサイトメトリー解析では、S期細胞の蓄積が確認された。これは、BAP1がG1/Sチェックポイントの遅延を許容しつつ、制御不能な増殖を促進するメカニズムを示唆する。

臨床病理学的相関と予後解析: BAP1変異は、診断時年齢の高さと有意に相関した。BAP1変異群の平均年齢は66.7歳であったのに対し、野生型BAP1群の平均年齢は58.6歳であり、t検定で有意差が認められた (p=0.03)。しかし、性別、組織型、アスベスト曝露との有意な相関は認められなかった。主要評価項目である全生存期間 (OS) の解析において、BAP1変異群の生存期間中央値は 11.8 vs 7.2 months であり、BAP1変異群で数値上の延長傾向がみられたものの、log-rank test において統計的な有意差は検出されなかった (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p=0.08) (Figure 4)。また、BAP1変異、CDKN2A欠失、NF2変異の三者間には有意な関連性はなく、これらがMPMにおける独立した3つの主要なドライバー遺伝子異常として位置づけられることが示された。さらに、NF2およびBAP1が正常な腫瘍の1例でSMARCB1のナンセンス変異が同定され、BAP1/NF2/CDKN2A以外のドライバー経路の存在、すなわちMPMのさらなる遺伝的異質性が示唆された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、悪性胸膜中皮腫 (MPM) におけるBAP1の体細胞不活化変異を大規模コホートで初めて同定し、その病態形成における中心的役割を確立した。これまでの研究では、MPMの主要な遺伝子異常としてCDKN2AとNF2が知られていたが、3p21.1欠失の原因遺伝子は不明であった。本研究は、この3p21.1欠失の主要な標的遺伝子がBAP1であることを特定し、MPMのゲノム地図に新たな基盤を構築した。同時期に報告されたBAP1生殖細胞系列変異と家族性MPM発症の関連と合わせて、BAP1がMPMにおいて多面的なドライバー機能を持つことが確立された。特に、BAP1変異がBRCA1依存的DNA修復経路ではなく、Polycomb抑制複合体 (PR-DUB/ASXL1) とHCF1-E2F1転写軸の両方を介した転写調節機構に機能することを示した点は、DNA修復活性の重要性を強調した Farmer et al. Nature 2005 などの知見と異なり、MPM発がんにおける転写調節異常の中心的役割という新パラダイムを提示した。

新規性: 本研究で初めて、BAP1がMPMにおいてCDKN2AおよびNF2に次ぐ第3の高頻度ドライバー遺伝子であることを明らかにした。BAP1の機能喪失がE2F応答遺伝子およびPolycomb標的遺伝子の発現に影響を与えるという発見は、MPMの病態における転写調節異常の重要性を強調する新規の知見である。BAP1ノックダウンが細胞増殖を遅延させ、S期に細胞を蓄積させるという結果は、BAP1がG1/Sチェックポイントの遅延を許容しつつ、制御不能な増殖を促進するという、これまで報告されていないメカニズムを示唆する。

臨床応用: BAP1-ASXL1-Polycomb軸の破綻によるヒストンコード異常という知見は、EZH2阻害薬やHDAC (histone deacetylase) 阻害薬といったエピジェネティック治療薬のMPMへの臨床応用に向けた強力な生物学的根拠を提供する。BAP1変異例が有意に高齢 (変異群66.7歳 vs 野生型群58.6歳, p=0.03) であるという臨床相関は、BAP1欠失がS期チェックポイントを遅延させながら非制御増殖を可能にするという仮説と整合し、ASXL1変異の急性骨髄性白血病での高齢化相関と類似した現象として解釈できる。BAP1 IHCは、その核染色消失パターンからMPMの診断補助検査として既に臨床応用されており、今後は化学療法や免疫療法奏効の予測バイオマーカーとしての有用性が期待される。BAP1の不活化がMPMのサブセットを定義する遺伝子異常であるという知見は、個別化医療戦略の発展に貢献する臨床的意義を持つ。

残された課題: 本研究のデータセット (n=53+68) では、BAP1変異がMPM患者の予後 (全生存期間) に与える影響は有意差を示さなかった (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p=0.08)。このため、より大規模なコホートでの検証が今後の検討課題として残されている。また、PARP阻害剤 (MK4827) への感受性が示されなかった点からも、BAP1変異を標的とした治療戦略 (EZH2阻害、HDAC阻害、合成致死アプローチなど) の探索的前臨床試験と、バイオマーカー研究への統合が今後の重要課題である。siRNAノックダウンによる転写変化の発見はBAP1機能喪失の転写プログラムを示すが、ChIP-seqなどによるゲノムワイドなヒストン修飾変化の直接測定や、BAP1欠損MPMの臨床転帰との相関評価が必要である。さらに、BAP1とシスプラチン耐性や免疫療法応答との相関研究が残された主要課題として位置づけられる。

方法

研究デザインと対象コホート: 本研究は、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター (MSKCC) の倫理委員会承認のもとで実施された後向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。発見コホートとして53例の原発MPM腫瘍検体 (胸膜原発52例、舌転移1例) からゲノムDNAおよびRNAを抽出し、Agilent 244K CGHアレイでコピー数プロファイリングを実施した。これらのサンプルは既報のAffymetrix U133A発現アレイデータも利用した。細胞株DNAはAffymetrix 250K SNPアレイで解析し、細胞株RNAはAffymetrix U133AおよびU133 plus 2.0アレイで解析した。遺伝子発現レベルはRMA (robust multichip average) 法を用いて推定した。本研究は後向き解析であるため、事前に設定された臨床試験登録番号 (NCT番号) は存在しない。

コピー数解析とドライバー遺伝子選定: アレイCGHデータは、従来のMCR (minimal common region) 法とRAE (Recurrent Aberration in Cancer) アルゴリズムの両方を用いて解析した。MCR同定のため、正規化されたlog2比率をCBS (circular binary segmentation) (α=0.01, sd.undo=1) でセグメント化した。RAE解析では、Benjamini and Hochberg法による多重比較補正後、FDR (false discovery rate) < 10% (q値 < 0.1) の統計的に有意なコピー数変化領域を特定した。これらの有意なCNA領域内の遺伝子と、発現アレイデータを統合し、生物学的妥当性を考慮して25の候補ドライバー遺伝子を選定した。

シーケンシング: 選定された25候補ドライバー遺伝子について、53例のMPM腫瘍検体でSanger法によるターゲットシーケンシングを実施した。候補変異はPCRおよび再シーケンシングにより確認した。利用可能な場合は、対応する正常組織DNAのシーケンシングも実施し、体細胞変異であることを確認した。独立した68例のMPMコホートおよび25のMPM細胞株でもBAP1変異頻度を検証した。

免疫組織化学 (IHC) およびFISH: 47例のMPM腫瘍組織のFFPE (formalin-fixed paraffin-embedded) 切片に対し、BAP1抗体 (Santa Cruz, sc-28383) を用いてIHCを実施した。核染色強度に基づきスコア付けし、BAP1変異/欠失と蛋白発現消失の相関を Fisher’s exact test で評価した。BAP1遺伝子座 (3p21.1) の欠失は、BAC (bacterial artificial chromosome) クローン RP11-630O10 (clone RP11-630O10) 由来のBAP1特異的FISHプローブと染色体3セントロメアプローブ CEP3 (chromosome 3 centromere probe) を用いたFISH法で確認した。

BAP1機能解析: BAP1野生型MPM細胞株3株 (HMeso, MSTO-211H, H2373) にsiRNAノックダウンを実施し、Affymetrix U133A 2.0アレイで遺伝子発現変化を解析した。遺伝子発現変化はLimma法で同定し、定量的RT-PCRで検証した。BAP1とHCF1およびASXL1の共免疫沈降実験を実施し、相互作用を確認した。ミスセンス変異 (p.Ser63Cys, p.Ala95Asp, p.Cys91Trp) の機能解析は、FLAGタグ付き変異蛋白を精製し、ubiquitin-AMC (7-amido-4-methylcoumarin derivatized ubiquitin) 蛍光基質アッセイでユビキチン切断活性を測定した。BAP1ノックダウン後の発現シグネチャーと3種の既報Polycombターゲット遺伝子セットとの重複は、超幾何分布検定で評価した。

細胞増殖およびPARP阻害剤感受性: BAP1野生型MPM細胞株におけるsiRNAノックダウン後の細胞増殖を評価した。BAP1欠損MPM細胞株への野生型BAP1再導入による増殖変化も検討した。PARP (poly ADP-ribose polymerase) 阻害剤MK4827に対する感受性は、BAP1野生型および変異型MPM細胞株を用いてWST-1アッセイで評価した。DNA損傷誘発性DNA修復焦点形成 (RAD51, BRCA1) も免疫蛍光顕微鏡で解析した。

統計解析: 臨床病理学的変数とBAP1変異/欠失状態との関連は、t検定、Fisher’s exact test、ANOVAテストを用いて解析した。全生存期間 (OS; overall survival) は主要評価項目 (primary endpoint) として設定され、生存曲線の推定には Kaplan-Meier 法を用い、群間比較には log-rank test を適用した。