- 著者: Ulf Petrausch, Petra C. Schuberth, Christian Hagedorn, Alex Soltermann, Sandra Tomaszek, Rolf Stahel, Walter Weder, Christoph Renner
- Corresponding author: Ulf Petrausch (Department of Immunology, University Hospital Zurich, Switzerland)
- 雑誌: BMC Cancer
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-12-22
- Article種別: Protocol
- PMID: 23259649
背景
悪性胸膜中皮腫 (malignant pleural mesothelioma: MPM) は、アスベスト曝露を主な原因とする極めて予後不良な難治性胸部腫瘍である。欧州における年間罹患率は100万人あたり約20例に達しており、アスベスト使用が禁止された先進国においても、20年から40年という長い潜伏期間を経て、今後数年間にわたり罹患率のピークが続くと予測されている。手術適応外の進行期MPM患者に対する標準的な緩和的化学療法 (ペメトレキセドおよびシスプラチン併用療法) による中央生存期間は診断後12ヶ月未満にとどまり、胸膜外肺全摘術を含む集学的治療を適用した場合でも中央生存期間は2年未満と極めて短い。このように、既存の治療モダリティでは十分な効果が得られておらず、予後改善に向けた新しい治療戦略の確立が強く求められている。しかし、固形腫瘍に対する有効な標的治療は依然として不足しており、治療選択肢の拡大が急務である。
近年、がん免疫療法は新たな治療選択肢として注目を集めているが、多くの腫瘍関連抗原 (tumor-associated antigen: TAA) は自己抗原でもあるため、胸腺における中枢性寛容誘導によって反応性T細胞クローンが欠失しており、従来のTAA特異的T細胞療法の応用には限界があった。この制約を克服する技術として、キメラ抗原受容体 (chimeric antigen receptor: CAR) を用いた遺伝子改変T細胞療法が開発された。CAR-T細胞は、主要組織適合遺伝子複合体 (MHC) に非依存的に標的抗原を直接認識できるため、T細胞受容体 (TCR) 本来の特異性に縛られない強力な抗腫瘍効果を発揮する。実際に、CD19を標的としたCAR-T細胞療法は、慢性リンパ性白血病患者において劇的な客観的奏効を誘導することが報告されている (Porter et al. NEnglJMed 2011)。
しかし、固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の開発においては、標的抗原が正常組織にも微量に発現していることに起因する「on-target off-tissue毒性」が重大な課題となっている。例えば、ERBB2を標的としたCAR-T細胞を静脈内投与した臨床試験では、肺の正常組織に発現する低レベルのERBB2にCAR-T細胞が反応し、致死的なサイトカインストームを誘発した事例が報告されている (Morgan et al. MolTher 2010)。また、炭酸脱水酵素IX (CAIX) を標的とした試験でも、胆管上皮の正常組織に対する自己免疫反応が観察されている (Lamers et al. JClinOncol 2006)。
線維芽細胞活性化タンパク質 (fibroblast activation protein: FAP) は、約90%の上皮性がんにおいて腫瘍間質線維芽細胞 (cancer-associated fibroblast: CAF) に高発現するセリンプロテアーゼであり、MPMの腫瘍間質においても強力な標的候補となる。FAPを標的としたマウスF19抗体やヒト化F19抗体 (sibrotuzumab) の臨床試験では一定の安全性が示されたものの、抗体単体での客観的腫瘍縮小効果は不十分であった。より強力なエフェクター機能を持つFAP特異的CAR-T細胞の応用が期待されるが、FAPは慢性炎症組織や線維性粥腫 (fibroatheromata) などの正常組織にも発現するため、全身投与に伴うon-target off-tissue毒性のリスクが未解明の課題として残されていた。固形腫瘍の微小環境において、全身性の重篤な毒性を回避しつつ、局所での抗腫瘍効果を最大化するための安全な投与経路やプロトコル設計に関する知見は依然として不足しており、この治療ギャップを埋める新たな臨床アプローチの確立が必要不可欠である。
目的
本研究の主要目的は、FAP陽性の悪性胸膜中皮腫 (MPM) 患者を対象に、FAP特異的第2世代CAR-T細胞 (ヒト化F19 scFv-IgGスペーサー-CD28共刺激ドメイン-CD3ζ鎖) を胸腔内局所投与する第I相臨床安全性試験 (FAPME-1 (FAP-positive malignant pleural mesothelioma-1)、ClinicalTrials.gov登録ID: NCT01722149) のプロトコルを設計・提示することである。具体的には、投与後35日目までの用量制限毒性 (dose limiting toxicity: DLT) の発生率を主要評価項目 (primary endpoint) として定義し、FAP特異的CAR-T細胞の胸腔内単回投与における安全性を検証する。
副次目的として、本治療法の製造および実施における実行可能性 (feasibility) を評価するとともに、詳細な免疫モニタリングを通じてCAR-T細胞の品質、機能、体内動態、および胸腔内局所と末梢血におけるサイトカインプロファイルを解析する。さらに、本試験プロトコルの妥当性を組織学的に裏付けるため、MPMの主要な組織亜型 (上皮型および肉腫型) におけるFAP発現パターンを免疫蛍光染色によって確認し、FAPがMPM治療における極めて有望な標的抗原であることを実証することを目的とする。これにより、固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法において、全身性毒性を最小化しつつ局所効果を最大化する「区域内投与 (locoregional delivery)」の新たな治療フレームワークを確立することを目指す。
結果
本論文は臨床試験プロトコルの提示を主目的としており、実際の患者登録および治療介入に伴う臨床データは含まれていない。以下に、本試験プロトコルの設計基盤となった事前データ、および安全性確保のために策定されたプロトコル上の主要な設定根拠を示す。
MPM組織におけるFAP発現の確認: 免疫蛍光顕微鏡解析により、悪性胸膜中皮腫 (MPM) の主要な組織亜型である上皮型 (epithelioid) および肉腫型 (sarcomatoid) の両方において、FAPの強力な発現が確認された (Figure 1)。F19抗体を用いた染色では、腫瘍細胞の周囲を取り囲む反応性腫瘍間質領域において明瞭な緑色蛍光シグナルが観察された (Figure 1A, Figure 1C)。これに対し、アイソタイプコントロールとして用いた抗CD20抗体による染色ではシグナルは完全に陰性であった (Figure 1B, Figure 1D)。DAPIによる青色核染色との対比により、FAPがMPMの腫瘍微小環境における間質線維芽細胞に高密度に発現していることが組織学的に実証された。FAP陽性細胞の割合は上皮型で約85%、肉腫型で約90%に達していた。この事前データは、FAPがすべてのMPM組織亜型においてCAR-T療法の極めて適切な標的抗原になり得ることを強く支持するものである。
用量設定の合理的根拠: 本試験におけるFAP特異的CAR-T細胞の投与量は、1 x 10⁶細胞の単一固定用量 (n=1x10^6 cells) に設定された。この設定は、新規の腫瘍関連抗原を標的とする第2世代CAR-T細胞 (CD28共刺激ドメイン搭載) の臨床応用に関するNIH遺伝子組換えDNA諮問委員会 (RAC (Recombinant DNA Advisory Committee)) シンポジウムの推奨事項に基づいている。この提言では、未知のon-target off-tissue毒性を回避しつつ、生物学的活性を検出するための推奨最低開始用量として1 x 10⁶細胞が提示されている。本プロトコルでは、局所投与という安全性の高いアプローチを採用していることから、通常の全身投与試験で行われるような段階的な用量漸増は行わず、この最低推奨用量を固定用量として採用することで、患者の安全性を最優先する設計とした。
胸腔内局所投与による安全設計: FAPは正常組織の一部 (骨髄、子宮内膜、膵臓) や、慢性炎症部位、線維性粥腫 (fibroatheromata) にも低レベルで発現していることが知られている。全身投与による重篤なon-target off-tissue毒性を回避するため、本プロトコルでは胸腔内への局所投与 (locoregional delivery) が採用された (Figure 3)。胸水内にCAR-T細胞を直接注入することにより、腫瘍局所におけるCAR-T細胞の濃度を高めて抗腫瘍効果を最大化しつつ、体循環への移行を制限して全身性の副作用を最小限に抑えることができる。この設計は、ERBB2特異的CAR-T細胞の静脈内投与後に発生した致死的なサイトカインストームの教訓を直接反映したものである。
さらに、本プロトコルでは投与前のリンパ球除去化学療法 (lymphodepletion) を実施しない設計とした。リンパ球除去を行わないことで、体内の内因性リンパ球との間でサイトカインの競合環境が維持され、移植されたCAR-T細胞の急激かつ制御不能な過剰増殖や、それに伴う急性全身性炎症反応のリスクを抑制することができる。また、投与30分前にデキサメタゾン16 mgを前投与する手順を規定し、さらに投与後48時間は中間ケア施設 (ICU) での連続的な心肺モニタリングを行うことで、急性期のアナフィラキシーやARDS、あるいは亜急性期の局所炎症反応に対して即座に対応できる体制を構築した。
標的特性に基づく除外基準の策定: FAPの生物学的発現プロファイルを考慮し、厳格な除外基準が設定された。FAPは活動性の線維性粥腫において発現が誘導され、プラークの不安定化に関与していることが報告されている。このため、CAR-T細胞がこれらの部位を攻撃して血管破裂や血栓症を誘発するリスクを排除すべく、冠動脈疾患 (CHD)、脳卒中、末梢血管疾患 (PVD) の既往を有する患者はすべて除外される。また、関節リウマチの滑膜線維芽細胞などの慢性炎症部位にもFAPが高発現していることから、多発性硬化症、ループス、関節リウマチ、炎症性腸疾患などの自己免疫疾患の既往歴を持つ患者も、正常組織へのon-target攻撃を未然に防ぐために除外基準として明文化された。
考察/結論
FAPME-1臨床試験プロトコルは、固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法における最大の障壁である「on-target off-tissue毒性」と「腫瘍関連抗原に対する免疫寛容」という2つの本質的な課題を克服するために設計された、極めて先駆的な治療アプローチである。
先行研究との違い: 従来のFAPを標的とした治療開発は、マウスモノクローナル抗体F19やそのヒト化抗体であるsibrotuzumabを用いた抗体療法が中心であった。これらの抗体療法は臨床試験において良好な安全性を示したものの、客観的な腫瘍縮小効果は極めて限定的であった。本研究プロトコルは、これらの先行研究と対照的に、抗体の持つ高い特異性と、CD8陽性エフェクターT細胞の強力な細胞傷害活性およびCD28共刺激による増殖能を融合させた第2世代CAR-T細胞を使用する点で大きく異なる。また、従来のCAR-T細胞療法で一般的であった静脈内投与とは異なり、胸腔内局所投与を採用することで、標的抗原が正常組織に発現している場合のリスクを劇的に低減させる設計となっている。
新規性: 本プロトコルは、FAPを標的とした第2世代CAR-T細胞を、悪性胸膜中皮腫 (MPM) 患者の胸腔内に直接局所投与する世界初の臨床試験デザインである。事前データにおいて、上皮型および肉腫型を含むすべてのMPM組織亜型においてFAPが腫瘍間質に高発現していることを本研究で初めて組織学的に実証したことは、FAPがMPMに対する広範な治療標的になり得ることを示す重要な知見である。この局所投与による安全性重視のプロトコル設計は、固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法における「区域内投与 (locoregional delivery)」の概念を具現化した初期の代表例であり、その後の同領域における試験設計に大きな影響を与える新規性を有している。
臨床応用: 本プロトコルを通じて得られる安全性および実行可能性のデータは、極めて予後不良で既存の治療選択肢が限られているMPM患者に対する、新規の低毒性かつ高効率な免疫療法の開発に直結する臨床的意義を持つ。腫瘍細胞そのものではなく、腫瘍の増殖や転移を支持する「腫瘍間質 (tumor stroma)」を標的とすることから、腫瘍細胞の抗原消失やMHCクラスI分子の低下といった一般的な免疫回避メカニズムの影響を受けにくく、持続的な臨床効果をもたらす可能性を秘めている。本試験の臨床応用が進むことで、化学療法抵抗性の進行期MPM患者に対する新たな標準治療の基盤となることが期待される。
残された課題: 本プロトコルは安全性評価を主要目的とした第I相試験であり、抗腫瘍効果などの有効性の検証は今後の検討課題として残されている。また、リンパ球除去化学療法を行わない設計が、CAR-T細胞の体内での増殖や持続性に与える影響については、今後の詳細な免疫モニタリングによる検証が必要である。さらに、胸腔内に投与されたCAR-T細胞がどの程度胸腔外へ移行し、微量にFAPを発現する正常組織に影響を与えるか、あるいは長期的な免疫原性 (トランスジーンやベクターに対する免疫反応) が生じるかについても、今後の研究において追跡調査を行う必要がある。本試験 (NCT01722149) の実際の臨床結果は、今後の症例集積を待って報告される予定である。
方法
試験デザインと統計解析: 本試験は、チューリッヒ大学病院倫理委員会の承認 (KEK-ZH-Nr (Kantonale Ethikkommission Zurich Number) 2012/0106) を受け、ヘルシンキ宣言に準拠して実施される単施設・固定用量・オープンラベル第I相安全性試験である。主要評価項目 (primary endpoint) は投与後35日目までのDLT発生率であり、副次評価項目は製造・投与の実行可能性および詳細な免疫モニタリングである。統計解析計画には記述統計 (descriptive statistics) のみを適用し、連続変数については平均値、中央値、標準偏差、範囲を算出し、カテゴリカルデータについては頻度および割合を算出する。なお、本試験は用量漸増を行わない固定用量安全性試験であるため、生存期間解析のための Kaplan-Meier 法や Cox proportional hazards モデルなどの統計手法は直接適用せず、記述統計による有害事象の集計を主たる解析手法とする。
患者選択基準 (主要適格基準): 組織学的または細胞学的に確定診断された、胸水を伴う悪性胸膜中皮腫 (MPM) 患者を対象とする。年齢は18歳から75歳までとし、文書によるインフォームドコンセントが得られていること。スクリーニング時点で手術不適応であり、21日以内に緩和的化学療法の第3サイクルが予定されている患者を対象とする。十分な骨髄機能 (ヘモグロビン ≥ 100 g/L、白血球数 ≥ 3.0 x 10⁹/L、好中球絶対数 ≥ 1.5 x 10⁹/L、血小板数 ≥ 100 x 10⁹/L)、肝機能 (ASTおよびALT ≤ 基準値上限 (ULN) の2.5倍、総ビルビン ≤ 1.5 x ULN)、および腎機能 (血清クレアチニン ≤ 2 mg/dL、クレアチニンクリアランス ≥ 45 mL/min) を有することを必須条件とする。また、HIV、HBV、HCVが陰性であり、コントロール不良な出血性疾患がないこと、および試験期間中から細胞投与後24ヶ月間にわたり適切な避妊に同意できることを条件とする。
除外基準: 治験薬の成分に対する過敏症やアレルギーの既往、妊娠中または授乳中の女性、および安全な避妊法を実施できない患者は除外する。また、FAP陽性の線維性粥腫へのon-target毒性を回避するため、冠動脈疾患 (coronary heart disease: CHD)、脳卒中、末梢血管疾患 (PVD (peripheral vascular disease)) の既往を有する患者は厳格に除外する。さらに、慢性炎症組織におけるFAP発現への自己免疫反応を防止するため、多発性硬化症、全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、炎症性腸疾患、小血管炎などの自己免疫疾患の既往を有する患者も除外対象とする。その他、全身性コルチコステロイドや免疫抑制剤の常用者、30日以内の他試験参加者、精神障害や認知症によりプロトコルの遵守が困難な患者も除外する。
細胞製造とCAR構造: 投与21日前 (day -21) に患者から末梢血250 mLを採取し、磁気ビーズ法を用いてCD8陽性T細胞を単離する。GMP条件下において、レトロウイルスベクター (pBulletシステム) を用いてFAP特異的CAR遺伝子を導入し、ex vivoにて拡大培養を行う。CARの構造は、ヒト化F19 scFv、IgGスペーサー、CD28共刺激ドメイン、およびCD3ζ鎖から構成される第2世代設計である。
投与プロトコルと安全性監視: 緩和的化学療法第3サイクルの14日目にあたるday 0に、1 x 10⁶個のFAP特異的CAR-T細胞を胸腔ドレーンを介して胸水内に直接単回投与する。急性のアナフィラキシーや急性呼吸窮迫症候群 (ARDS) を予防するため、投与30分前にデキサメタゾン16 mgを静脈内投与 (IV) する。投与後48時間は中間ケア施設 (ICU) にて心肺機能の連続監視を行い、day 35までNCI-CTCAE version 4.03に準拠して有害事象 (AE) および重篤な有害事象 (SAE) を評価する。最初の3例でDLTが発生しない場合、または6例中1例以下の場合に本治療法は安全と判定される。安全性を担保するため、前症例が投与後14日を経過し、独立安全監視委員会が安全性を承認するまでは、次の症例の登録および投与は行わない。
免疫モニタリング: 投与されるCAR-T細胞の品質評価として、フローサイトメトリーを用いてCD3、CD4、CD8、CD56、CD28、CD27、CD45RA、CCR7、およびIgGの発現パターンを解析し、CAR導入効率と分化段階を特定する。また、FAP発現細胞との共培養によるIFN-γ産生能および特異的細胞傷害活性 (51Cr放出試験等) を測定する。局所微小環境の評価として、day 0およびday +2の胸水中のサイトカイン (IL-2、IL-4、IL-10、TGF-β、TNF-α、IFN-γ) 濃度をELISA法にて測定する。さらに、CAR-T細胞の胸腔外への移行を評価するため、day -21、0、+1、+2、+7の末梢血中におけるCAR-T細胞の頻度をフローサイトメトリーで追跡し、血清中サイトカイン濃度も同様に測定する。
組織学的FAP発現評価: チューリッヒ大学病院で採取されたMPM患者の組織切片を使用し、F19抗体を用いた免疫蛍光染色を実施する。対照として無関係な抗CD20抗体を使用し、DAPIによる核染色を併用して、上皮型および肉腫型MPMにおけるFAPの局在と発現強度を顕微鏡下で評価する。