- 著者: Oehl K, Vrugt B, Wagner U, Kirschner MB, Meerang M, Weder W, Felley-Bosco E, Wollscheid B, Bankov K, Demes MC, Opitz I, Wild PJ
- Corresponding author: Peter J. Wild (Dr. Senckenberg Institute of Pathology, University Hospital Frankfurt, Frankfurt am Main, Germany; peter.wild@kgu.de)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-02-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 33547197
背景
悪性胸膜中皮腫 (MPM) は、石綿繊維の吸入により引き起こされる稀な悪性腫瘍であり、依然として治癒困難な疾患である。石綿曝露から発症まで約 40 年を要し、世界各国で石綿の段階的禁止が進む中でもインド・中国・ロシアなどでは使用が増加しており、MPM の発生率は依然として上昇傾向にあると報告されている (Frank et al. 2014)。現在の標準治療はシスプラチンベース化学療法 (シスプラチン + ペメトレキセド) であるが、有効率は患者全体の約 30-40% に過ぎず (Vogelzang et al. 2003)、残り 60-70% の患者は化学療法への応答なしに重篤な副作用を被ることとなる。MPM の病理組織型は類上皮型・二相型・肉腫型に分類され、類上皮型が最多で予後も相対的に良好であるが、いずれの組織型においても緩和ケアでの生存期間中央値はわずか 7 ヶ月、多科学的治療でも 20 ヶ月以上の延長が難しい (Opitz 2014)。化学療法感受性を予測するバイオマーカーは確立されておらず、治療前の患者層別化が重要な課題として残されている。
BRCA1 関連タンパク質 1 (BAP1) は MPM において最も頻繁に変異する腫瘍抑制遺伝子の一つであり、核内脱ユビキチン化酵素 (729 アミノ酸) として細胞周期進行、DNA 損傷応答 (DDR)、ヒストン修飾、およびアポトーシスに関与する (Yu et al. 2010; Yu et al. 2014)。BAP1 の生殖細胞変異は MPM 発症の強い素因となることが Testa et al. NatGenet 2011 により報告されており、MPM における体細胞 BAP1 変異はゲノム解析で高頻度 (21-46%) に検出される (Bott et al. 2011; Bueno et al. NatGenet 2016)。しかし、BAP1 変異と化学療法応答の直接的な関連性については当時未解明であり、BAP1 がシスプラチン耐性に関与する機序も十分に解明されていなかった。特に、BAP1 がアポトーシス経路のどの段階で、どのような分子メカニズムを介して化学療法耐性を誘導するのかという点において、知識のギャップが残されていた。この領域はこれまで研究が手薄であり、詳細な分子メカニズムの解明が不足していた。
目的
本研究の目的は、MPM 患者コホートにおいて BAP1 遺伝子変異、欠失、または核タンパク発現消失がシスプラチンベース化学療法の応答予測バイオマーカーとなりうるかを後方視的に解析することである。さらに、BAP1 異常がシスプラチン耐性を引き起こす分子メカニズムとして、BAP1 が関与するアポトーシス調節経路を分子生物学的に明らかにすることを目的とする。具体的には、BAP1 がアポトーシス関連遺伝子の転写をどのように制御し、それが化学療法耐性にどのように寄与するかを解明することを目指した。本研究は、BAP1 変異状態が化学療法前の患者層別化に有用なバイオマーカーとなる可能性を検証し、治療意思決定に役立つ新たな知見を提供することを目指した。
結果
BAP1 変異の腫瘍クローン進化における位置付け: アンプリコンシーケンシングにより、訓練コホート 28 例中 17 例 (61%) で NF2 (10/28, 36%)、BAP1 (6/28, 21%)、TP53 (4/28, 14%) を含む体細胞変異が検出された。BAP1 変異は診断時バイオプシー (phase I) で高アレル頻度で検出され、化学療法後 (phase II) および再発時 (phase III) でも同水準を維持しており、化学療法による選択的クローン変化を受けない早期ドライバー変異であることが示された (Figure 1A, B)。検出された BAP1 変異の大部分はフレームシフト変異 (2/6) および終止コドン変異 (3/6) という切断変異であり、これらは核局在化シグナル (NLS) を含む C 末端側の欠損をもたらすため、BAP1 タンパクの核移行が障害され機能喪失 (loss-of-function) 表現型を生じると考えられた。
BAP1 変異・欠失とシスプラチン耐性の関連 (臨床コホート): 訓練コホートにおいて BAP1 の非同義変異 (コーディング変異) は化学療法感受性の低下と有意に関連した (Fisher 検定、p=0.048) (Figure 3A)。BAP1 変異・スプライスサイト変異・大型イントラジェニック欠失を含む広義の「BAP1 異常」を指標とした解析でも有意な陰性予測性が確認された (p=0.030) (Figure 3B)。検証コホート (n=39) でも CNV アレイ + パネルシーケンシングの統合解析にて同様の関連が再現され、BAP1 異常を持つ患者の奏効率が有意に低かった。類上皮型に限定したサブグループ解析でも BAP1 変異・BAP1 細胞質染色高発現との関連が確認された (細胞質 BAP1 高発現 vs 化学療法応答: p=0.003) (Figure 3G, H)。一方、核内 BAP1 IHC 発現消失 (56% に認められた) は統計学的有意差に達しなかった (p 値は非有意) (Figure 3C)。この乖離は、核内 BAP1 消失を伴わないが機能喪失型の変異が存在すること、及び細胞質 BAP1 が IP3R3 を介したカルシウム放出を介してアポトーシスを調節するという別の機序が関与する可能性を示唆した。
BAP1 ノックダウンはインビトロでシスプラチン耐性を惹起する: BAP1 siRNA ノックダウン後のシスプラチン IC50 は全 4 細胞株 (Met5A, MSTO-211H, H2052, DM-3) で上昇した (Figure 4A-D)。Met5A (非悪性中皮細胞株) では IC50 が 1.65 → 2.33 µmol/L と軽度上昇、MSTO-211H では 4.50 → >20 µmol/L と劇的増大、H2052 および DM-3 はベースラインで高 IC50 (12 および >20 µmol/L) であったが BAP1 ノックダウンにより更に低感受性となった。シスプラチン + ペメトレキセドの組み合わせ実験でも同様の結果が得られた (Supplementary Figure S5)。H2052 細胞は BAP1 ノックダウン後に増殖速度が変わらなかったため (Figure 4E)、耐性増大が単純な細胞周期遅延によるものではなく、他のメカニズム (アポトーシス) が関与することが示唆された。
BAP1 欠損細胞ではシスプラチン誘発アポトーシスが低下する: シスプラチン処理後、BAP1 ノックダウン細胞では cleaved PARP と cleaved caspase-3 のタンパク発現が対照 siRNA 細胞と比較して著明に低下した (Met5A と MSTO-211H で顕著) (Figure 5A)。より驚くべきことに、4 細胞株すべてで total caspase-3 タンパク量も BAP1 ノックダウンにより低下しており、転写調節の関与が示唆された。実際に、qPCR 解析では BAP1 ノックダウン後に全細胞株で caspase-3 mRNA が著明に減少し (Figure 5B)、アポトーシス抵抗性が少なくとも部分的に転写制御によることが示された。患者 TMA の免疫染色でも、BAP1 非同義変異を持つ患者では cleaved caspase-3 低発現との相関が認められた (Supplementary Figure S7)。
BAP1/HCF1/E2F1 三量体複合体による caspase-3 転写調節機序: BAP1 はその大部分が HCF1 (host cell factor 1) と結合しており (Machida et al. 2009)、BAP1 はぶどう膜黒色腫細胞で E2F1 (E2F transcription factor 1) 応答性プロモーターを活性化することが示されていた (Pan et al. 2015)。E2F1 は caspase-3 の転写を直接促進し (Hauck et al. 2002; Nahle et al. 2002)、HCF1 は E2F1 と直接結合してアポトーシス誘導を促進することが報告されていた (Tyagi & Herr 2009)。これらの知見から、BAP1-HCF1-E2F1 三量体がアポトーシス遺伝子転写を制御すると仮説を立てた。qPCR 解析では BAP1 ノックダウン細胞 (特に悪性中皮腫細胞株) において TP73 と E2F1 mRNA の大幅な低下および CDKN1A (p21) mRNA の増加が認められ (Figure 5C)、HCF1 ノックダウン時の報告と一致した。予備的 IP アッセイでは BAP1 抗体が HCF1 および E2F1 タンパクを共沈降させ、3 者間の直接または間接的な相互作用を示した (Figure 6A)。さらに BAP1 ノックダウン細胞では TP53 タンパク量も低下しており、E2F1-p53 相互作用 (p53 安定化・アポトーシス促進) の障害も耐性に寄与しうることが示唆された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、MPM において BAP1 変異がシスプラチン耐性の独立した陰性予測因子であることを、訓練コホート (n=28) と検証コホート (n=39) を含む 67 例のヒト MPM 患者コホートで初めて示した点で、これまでの報告と異なる。先行研究では BAP1 変異と全生存期間 (OS) との相関については矛盾した結果が報告されていたが (Farzin et al. 2015 は BAP1 発現消失が OS 延長と相関と報告)、化学療法応答との直接的な関連はこれまで研究されていなかった。
新規性: 本研究で初めて、BAP1 変異が化学療法応答予測 (治療前層別化) に使用可能なコンパニオンバイオマーカーとなりうることを提唱した点で、臨床的意義を持つ独創的な知見である。さらに、機序として BAP1/HCF1/E2F1 軸による caspase-3 転写制御というモデルを提示したことは、BAP1 が DNA 損傷応答 (DDR) のみならず、化学療法誘発アポトーシスの直接制御因子でもあることを示す新規知見である。このモデルは、BAP1 の核内機能と細胞質機能の両方がシスプラチン耐性に関与する可能性を示唆している。
臨床応用可能性: BAP1 変異の検索 (シーケンシングまたは核 IHC) を診断時に実施することで、化学療法に奏効する可能性が低い患者 (BAP1 変異あり) を治療前に特定できる可能性がある。これにより、奏効見込みの低い患者が重篤な化学療法の副作用にさらされることを回避できる。2020 年には CheckMate 743 試験の結果に基づきニボルマブ + イピリムマブが切除不能 MPM の一次治療として FDA 承認され (HR 0.74, 95% CI 0.60-0.91, p=0.002)、化学療法の代替として免疫療法が選択肢となった。BAP1 変異を有する患者においては、免疫療法への切り替えまたは BH3 ミメティクスや HDAC 阻害薬など別のアポトーシス経路を標的とした治療との組み合わせを検討する根拠となる。これは、BAP1 変異が免疫療法応答にも影響を与える可能性を示唆しており、今後の臨床的有用性が期待される。
残された課題: 本研究は後方視的単施設研究であり、症例数が 67 例と比較的少ないことが limitation である。結果の一般化可能性を確立するためには、多施設による前向きコホートでの BAP1 バイオマーカーとしての妥当性確認が必要である。また、切除不能 MPM には手術を前提とした本研究の化学療法プロトコール (術前 3-4 サイクル後手術) とは異なる文脈での検証が求められる。細胞株実験は siRNA によるノックダウンであり、完全な BAP1 欠失モデルでの確認や、患者由来オルガノイドを用いた薬剤感受性試験が今後の優先課題となる。BAP1/HCF1/E2F1 三量体の結合は相互作用を示すだけであり、IP アッセイは予備的データとして報告されており、クロマチン免疫沈降 (ChIP) や CRISPR を用いた詳細な機序解明が必要である。加えて、ニボルマブ + イピリムマブ免疫療法との耐性・感受性相関についても今後の解析課題として残されている。
方法
患者コホート: 1999年から2015年にチューリッヒ大学病院で切除可能 MPM として治療を受けた 67 例を対象とした後方視的単施設非無作為化バイオマーカー研究を実施した。全患者がシスプラチン + ペメトレキセドによる術前化学療法 (3-4 サイクル) を受け、その後胸膜外肺摘除術 (EPP) または胸膜肺切除術/肺剥皮術 (P/D) を施行された。化学療法効果は CT/PET-CT にて modified RECIST (mRECIST) 基準 (Byrne & Nowak 2004) で評価された。解析は REMARK (Reporting Recommendations for Tumor Marker Prognostic Studies) 推奨に従い報告された。
ゲノム解析: 訓練コホート (n=28) の腫瘍 FFPE 組織から DNA を抽出し、MPM 特異的アンプリコンパネル (30 遺伝子) による超高深度シーケンシング (中央値深度 約7,800×) と全エクソームシーケンシング (n=20) を実施した。さらに 55 例を対象に OncoScan FFPE マイクロアレイによる全ゲノムコピー数変異 (CNV) 解析を行い、BAP1 スプライスサイト変異・イントラジェニック欠失 (CNVPanelizer R パッケージ) も加算した検証コホート (n=39) でのバイオマーカー検証を実施した。変異検出には Ion Reporter 5.0 を使用し、体細胞変異の検出には Strelka, Mutect, Varscan 2 を用いた。
免疫組織化学 (IHC) 解析: 53-55 例の腫瘍 TMA (tissue microarray) を BAP1 抗体 (核・細胞質染色)、cleaved caspase-3 抗体、total caspase-3 抗体で染色し、化学療法応答との関連を評価した。BAP1 抗体 (sc-28383, Santa Cruz Biotechnology, 1:200)、cleaved caspase-3 (Cell Signaling Technology, #9661, 1:400)、total caspase-3 (Cell Signaling Technology, #9662, 1:000) を使用した。
機能実験 (細胞株): BAP1 発現が正常な 4 細胞株 (Met5A, MSTO-211H, H2052, DM-3) に BAP1 siRNA (pooled 4 種, Qiagen) をトランスフェクションし、シスプラチン (単剤または + ペメトレキセド) に対する細胞生存 (PrestoBlue アッセイ) を評価した。Western blot で cleaved PARP, cleaved caspase-3, total caspase-3 タンパク発現を、qPCR で caspase-3 mRNA・E2F1 mRNA・TP73 mRNA・CDKN1A mRNA を定量した。BAP1 と HCF1・E2F1 の相互作用は免疫沈降 (IP) アッセイで確認した。統計解析には Fisher の正確検定 (Fisher exact test) および Student の t 検定を用いた。この研究は倫理委員会 (KEKZH-2012-0094 および KEK-ZH-2015-0171) の承認を得て実施された。