- 著者: Presley CJ, Tang D, Soulos PR, Chiang AC, Longtine JA, Adelson KB, Herbst RS, Zhu W, Nussbaum NC, Sorg RA, Abernethy AP, Gross CP
- Corresponding author: Cary J. Presley (Yale Cancer Center, New Haven, CT, USA)
- 雑誌: JAMA
- 発行年: 2018
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 30088010
背景
包括的ゲノムシーケンシング (BGS:Broad-Based Genomic Sequencing) は、次世代シーケンシングを用いて数百の癌関連遺伝子を一度に解析する多遺伝子パネル検査である。進行非小細胞肺癌 (NSCLC) においては、EGFR、ALK、ROS1、KRASなど多様なドライバー変異が存在し、これらの変異を標的とする治療薬が開発され、生存期間の改善に寄与することがShaw et al. NEnglJMed 2013や他の研究で示されている。学術研究機関においては、BGSが治療選択に影響を与え、臨床試験への登録を促進する可能性がMeric-Bernstam et al. JClinOncol 2015やZehir et al. NatMed 2017によって報告されている。しかし、地域医療機関 (community oncology setting) における実臨床でのBGS導入が、実際に患者の治療選択や生存期間の改善にどの程度寄与するのかについては、大規模なデータに基づいた定量的評価が不足していた。特に、選択バイアスや未測定の交絡因子を考慮した厳密な解析が必要であり、その影響を評価することが課題として残されていた。
目的
米国地域医療機関の進行NSCLC患者を対象に、広範なゲノムシーケンス (BGS) 施行の有無と全生存期間の関連を、交絡因子を考慮した解析手法 (操作変数解析および傾向スコアマッチング) を用いて検討する。
結果
コホート概要とベースライン特性: 解析対象の進行NSCLC患者5688例中、BGS施行群は875例 (15.4%)、ルーチン検査群は4813例 (84.6%) であった (Table 1)。BGS群はルーチン検査群と比較して、若年 (45歳以下がBGS群4.7% vs ルーチン群1.9%)、非扁平上皮癌、ECOG PSが良好な患者が多く、ベースライン特性に有意な差が認められた (P < .001)。BGSの利用率は施設によって0%から100%と広く変動しており、操作変数として適切であると判断された。
操作変数解析による12ヶ月死亡率: 操作変数解析 (施設のBGS普及率をIVとして使用) では、BGS施行と12ヶ月死亡率の間に統計的に有意な関連は認められなかった (Table 2)。BGS群の12ヶ月死亡率の予測確率は41.1% (95% CI 27.7%-54.5%)、ルーチン検査群は44.4% (95% CI 42.9%-45.9%) であり、両群間の差は-3.6% (95% CI -18.4%から11.1%) であった (P = .63)。この結果は、未測定の交絡因子を調整した場合、BGSの施行それ自体が生存改善をもたらさない可能性を示唆している。
傾向スコアマッチング解析による全生存期間: 傾向スコアマッチング解析では、519組のペアが作成され、ベースライン特性のバランスが良好に保たれた。このマッチングされたコホートにおいて、BGS群とルーチン検査群の全生存期間に統計的に有意な差は認められなかった (HR 0.92, 95% CI 0.73-1.11, P = .40) (Table 2, Figure 2)。これは、未調整のKaplan-Meier曲線で観察された生存差 (HR 0.69, 95% CI 0.62-0.77, log-rank P < .001) (Figure 1) が、主に患者背景の選択バイアスによるものであることを示唆している。
BGSに基づく標的治療の実施割合: BGS施行患者875例中、BGSの結果に基づいて非EGFR/ALK変異に対する標的治療 (BGS誘導治療) を実際に受けた患者は36例 (4.5%) に過ぎなかった (Table 3)。EGFR/ALK変異に対する標的治療を受けた患者は75例 (9.8%) であり、残りの674例 (85.1%) は標的治療を受けなかった。この結果は、BGSが実施されても、その結果が実際の治療選択に結びつく割合が非常に低いことを示している。
免疫療法の使用と生存への影響: BGS群ではルーチン検査群と比較して、免疫療法 (immunotherapy) の使用率が有意に高かった (調整オッズ比 2.48, 95% CI 2.0-3.0, P < .001)。また、免疫療法は生存期間の改善と有意に関連していた (調整ハザード比 0.41, 95% CI 0.36-0.47, P < .001)。この免疫療法の差が、未調整の生存曲線におけるBGS群の良好な結果に寄与していた可能性が示唆された。
遺伝子変異の検出と治療への関連: BGS施行患者875例中、88.9% (778例) で遺伝子変異が同定された。最も頻度の高い変異はTP53 (55.1%) であり、次いでKRAS (34.2%)、EGFR (21.9%)、CDKN2A (15.7%)、STK11 (12.2%) であった。EGFRおよびALK以外の、BGSによって同定され標的治療に結びついた主な変異はBRAF V600E、MET、ERBB2であった。しかし、これらの「BGS誘導治療」を受けた患者は全体の4.5%にとどまった。
考察/結論
本研究は、米国地域医療機関における進行NSCLC患者を対象とした大規模な実臨床データ解析として、広範なゲノムシーケンス (BGS) の施行が、それ単独では有意な生存改善をもたらさないことを示した。この知見は、ルーチン検査 (EGFR/ALKのみ) を比較対照群とし、操作変数解析や傾向スコアマッチングといった堅牢な統計手法を用いて、測定済みおよび未測定の交絡因子を調整した点で新規である。
先行研究との違い: これまでの研究では、BGSが特定のドライバー変異を持つ患者の生存を改善する可能性が示唆されていたが、それらの研究はルーチン検査群との比較や、交絡因子に対する厳密な調整が不十分な場合があった。本研究は、未調整の生存曲線ではBGS群で良好な生存が示されたものの、免疫療法など重要な交絡因子を調整するとその差が消失した点で、これまでの報告と異なる。特に、免疫療法の使用がBGS群で有意に高いこと (調整オッズ比 2.48, 95% CI 2.0-3.0, P < .001) が、未調整の結果に影響を与えていた。
新規性: 本研究で初めて、地域医療機関におけるBGS施行患者のうち、BGS結果に基づいて非EGFR/ALK変異に対する標的治療を実際に受けた患者がわずか4.5%に過ぎないという「BGSから治療への橋渡し (actionability gap)」の存在を大規模データで定量的に示した。これは、検査の実施と治療への結びつきに大きなギャップが存在するこれまで報告されていない現実を浮き彫りにした。
臨床応用: これらの結果は、BGSが臨床現場でルーチンに普及しても、適切な結果解釈、治療選択、臨床試験へのアクセス改善が伴わなければ、その潜在的な恩恵が患者の生存改善に繋がらない可能性を示唆する。したがって、BGSの臨床的有用性を最大化するためには、検査結果に基づく治療選択を支援する意思決定サポート、臨床試験へのアクセス向上、および腫瘍内科専門医との連携を強化することが重要である。
残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationがある。第一に、BGS施行患者数が相対的に少なく、主に非ヒスパニック系白人、併存疾患が少ない、商業保険加入者であったため、マイノリティや併存疾患の多い患者におけるBGSのアクセスや効果については今後の検討課題である。第二に、電子カルテデータのみでは臨床試験への登録や経口標的治療の使用を完全に捕捉できていない可能性がある。第三に、本研究は全生存期間に焦点を当てており、奏効率や無増悪生存期間などの他のアウトカムは評価していない。今後の研究では、より新しい標的薬剤が利用可能になった場合にBGSの有効性がどのように変化するか、また、本研究では検出できなかった小さな生存上の増分的な利益が存在するかどうかを評価する必要がある。
方法
本研究は、Flatiron Healthの電子カルテデータベース (ClinicOSリアルワールドデータベース) を使用した後向きコホート研究 (retrospective cohort study) である。2011年1月1日から2016年7月31日までに、米国全土の191の腫瘍学施設で治療を受けた、チャートで確認された進行NSCLC (ステージIIIB/IVまたは切除不能な非扁平上皮NSCLC) 患者5688例を解析対象とした。患者は少なくとも1ラインの抗腫瘍治療を受けていた。
BGSの定義は、FoundationOneなどの包括的多遺伝子パネル検査 (30遺伝子以上) を第3ライン治療以前に施行した患者とした。対照群は、EGFR変異および/またはALK再構成のみのルーチン検査を受けた患者とした。主要アウトカム (primary outcome) は、第1ライン治療開始からの12ヶ月死亡率および全生存期間 (OS) とした。副次アウトカムには、遺伝子変異の頻度および受けた治療が含まれた。
交絡調整手法として、傾向スコアマッチング (PSM) と操作変数 (IV) 解析を実施した。IV解析では、患者が治療を受けた施設のBGS普及率をIVとして使用し、BGS施行と12ヶ月死亡率の関連を評価した。PSM解析では、年齢、人種、性別、喫煙状況、所得五分位、病期、診断年、EGFRまたはALK変異、BGS施設普及率、併存疾患数、治療ライン数、免疫療法歴などの共変量に基づいて傾向スコアを算出し、1対1マッチングを行った。生存解析にはKaplan-Meier法、ログランク検定 (log-rank test)、およびCox比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) を用いた。統計解析にはSAS 9.4、Stata 14、R 3.3.1が用いられた。