- 著者: Sicklick J.K., Kato S., Okamura R., Schwaederlé M., Hahn M.E., Williams C.B., De P., Bhatt D., Bhatt S., Jardim D.L., Johnson A., Kimberly Leyland-Jones, Reddy S.K., Fanta P.T., Schwab R.B., Daniels G.A., Bazhenova L., Kelley M.J., Lippman S.M., Kurzrock R.
- Corresponding author: Kurzrock R. (UC San Diego Moores Cancer Center)
- 雑誌: Nature Medicine
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-05-20
- Article種別: Original Article
- PMID: 31011206
背景
精密腫瘍学の進展により、次世代シーケンシング (NGS) を用いた腫瘍分子プロファイリングが臨床現場に導入され、がん治療の個別化が試みられてきた。しかし、これまでの多くの精密腫瘍学臨床試験は、単一の分子異常に対する単剤治療に焦点を当てており、そのマッチング率は5-10%と低い傾向にあった。これは、限られた遺伝子パネルの使用、厳格な分子マッチングアルゴリズム、薬剤の入手可能性の不足、あるいは末期患者の病状悪化や死亡による治療開始前の脱落などが原因として考えられる。
腫瘍は通常、複数の分子異常を有しており、単一の標的薬では治療抵抗性を克服できない場合が多いことが知られている。例えば、Gerlinger et al. NEnglJMed 2012は、腫瘍内不均一性とその進化が治療抵抗性に関与することを示唆しており、単一の分子標的では不十分である可能性を指摘している。また、Chalmers et al. GenomeMed 2017は、10万を超えるヒトがんゲノムの解析から、腫瘍変異負荷 (TMB) の多様なランドスケープを明らかにし、がんの分子的な複雑性を強調している。さらに、Frampton et al. NatBiotechnol 2013は、大規模なDNAシーケンシングに基づく臨床がんゲノムプロファイリングテストの開発と検証について報告しており、精密医療の基盤技術の進歩を示した。
複数の分子異常を同時に標的とする個別化併用療法は、治療効果の向上に繋がる可能性が指摘されてきた。しかし、このアプローチの有効性を前向きに検証した大規模な臨床試験は不足しており、特に、複数の分子異常を同時に標的とする戦略が、単一標的治療と比較してどの程度臨床転帰を改善するかについては、依然として未解明な点が多かった。従来の精密医療のパラダイムが、単一のドライバー変異と単一の薬剤を組み合わせることに集中してきたのに対し、分子的に複雑で不均一ながんを治療するためには、カスタマイズされた薬剤の組み合わせによる治療がより効果的であるという仮説が提唱されてきたが、これを前向きに検証するデータが不足していた。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的としている。
目的
I-PREDICT試験として、NGSを含む包括的分子プロファイリングを実施し、同定された全ての分子異常に対する治療薬のマッチング度合いを定量化する「マッチングスコア」を用いた個別化併用療法が、難治性進行固形がん患者の疾患制御率 (DCR)、無増悪生存期間 (PFS)、および全生存期間 (OS) を改善するかを前向きに評価することを目的とした。本研究は、複数の分子異常を同時に標的とする個別化併用療法が、単一標的治療と比較して臨床転帰を改善するという仮説を検証し、その安全性と実現可能性を評価することも目的とした。また、マッチングスコアが治療効果の予測因子となり得るかを検討することも重要な目的であった。
結果
患者背景と治療戦略: 登録された149例中83例 (56%) が治療を受け、そのうち73例 (治療患者の88%、登録患者の49%) が1つ以上の分子標的治療を含む個別化精密治療を投与された (Table 1)。治療可能な分子異常は149例中88%で同定された。最も頻繁に検出された分子異常はTP53、KRAS、PIK3CA変異、ERBB2増幅などであった (Fig. 1a, b)。患者ごとに異なる薬剤の組み合わせ (中央値2〜3剤) が用いられ、既承認薬と治験薬が併用された。治療を受けた83例の患者の年齢中央値は62歳 (95% CI 59-65) であり、女性が66.3%を占めた。
マッチングスコアと疾患制御率 (DCR) の改善: マッチングスコアが50%超の高マッチングスコア群 (n=28) では、DCRが50%であったのに対し、50%以下の低マッチングスコア群 (n=55) では22.4%であり、有意な差が認められた (p=0.028) (Fig. 1c)。多変量解析では、高マッチングスコアがDCR増加の独立した予測因子であることが確認された (オッズ比 (OR) 3.6、95% CI 1.1-11.8、p=0.033)。腫瘍収縮 (部分奏効以上) も高マッチングスコア群で高率であった。この結果は、より多くの分子異常を標的とすることが、疾患の制御に直接的に寄与することを示唆している。
無増悪生存期間 (PFS) の有意な延長: 高マッチングスコア群のPFS中央値は6.5ヶ月であり、低マッチングスコア群の3.1ヶ月と比較して有意に延長した (p=0.001) (Fig. 1e)。多変量Cox回帰モデルでは、高マッチングスコアがPFS延長と最も有意に関連する変数として残った (低対高マッチングスコアのハザード比 (HR) 0.34、95% CI 0.19-0.62、p=0.0004)。また、患者を自身の対照として用いたPFS比 (PFS2/PFS1) の解析では、高マッチングスコア群の75%がPFS比 ≥ 1.3を達成したのに対し、低マッチングスコア群では36.6%であった (p=0.026) (Fig. 1d)。これは、高マッチングスコア群において、以前の治療ラインと比較してPFSが30%以上延長する患者が有意に多いことを示している。
全生存期間 (OS) の改善: 高マッチングスコア群では、OSの有意な延長が確認された (低対高マッチングスコアのHR 0.42、95% CI 0.18-0.95、p=0.038) (Fig. 1f)。高マッチングスコア群のOS中央値は追跡期間中央値8.5ヶ月時点でも未到達であった。この結果は、個別化された多剤併用療法が、進行がん患者の長期的な生存に寄与する可能性を示唆する。
安全性プロファイル: 治療を受けた83例中16例 (19.3%) で1つ以上の重篤な有害事象 (SAE) が発生した。薬剤数とSAE発生率に関連はなかった。薬剤関連のSAEは、高マッチングスコア群で低マッチングスコア群よりも少ない傾向にあった (3.6% vs 15.6%、p=0.14)。治療関連死は認められなかった。これは、個別化された多剤併用療法が、適切な管理下で安全に実施可能であることを示している。
特定の分子異常と治療のサブ解析: RAS変異およびTP53変異患者におけるVEGF/VEGFR阻害薬またはMEK阻害薬による治療効果のサブ解析も試みられた。RAS変異は直接標的とする薬剤が知られていないが、MEK阻害薬の有効性は状況によって異なると報告されている。TP53変異はVEGF-Aの発現上昇と関連し、VEGF/VEGFR阻害薬が有効である可能性が示唆されている。しかし、本研究のサブグループにおける患者数が少なく、これらの特定の組み合わせの有効性について明確な結論を導くには不十分であった (Supplementary Table 7)。Wheler et al. (2016) の報告では、TP53変異患者においてVEGF/VEGFR阻害薬療法が、全ての転帰パラメータの改善と独立して関連することが示されている。
考察/結論
I-PREDICT試験は、複数の分子異常を同時に標的とする個別化精密医療が、マッチングスコアという定量的指標によって進行がん患者の転帰改善と関連することを初めて前向きに示した重要な研究である。本研究の結果は、マッチングスコアが50%超の患者群でDCR 50%、PFS中央値6.5ヶ月、OSのHR 0.42 (95% CI 0.18-0.95, p=0.038) という有意な改善を示しており、単一分子標的治療よりも包括的なゲノム標的化が有効である可能性を強く示唆する。
先行研究との違い: これまでの精密腫瘍学の臨床試験は、単一のドライバー変異と単一の薬剤を組み合わせることに焦点を当ててきた。例えば、Von Hoff et al. (2010) や Tsimberidou et al. (2012) などの先行研究は分子プロファイリングに基づく単剤治療の可能性を探ったが、本研究は複数の分子異常を同時に標的とする個別化併用療法の有効性を前向きに評価した点で、これまでのアプローチと対照的である。また、Goodman et al. MolCancerTher 2017がTMBと免疫療法反応の関連性を示したように、本研究ではTMBやPD-L1発現などのバイオマーカーもマッチングスコアの算出に組み込むことで、より包括的な治療戦略を評価した点が異なる。
新規性: 本研究で初めて、包括的分子プロファイリングに基づき、複数の分子異常を標的とする個別化併用療法が、マッチングスコアと相関してDCR、PFS、OSを改善することを前向きに実証した。これは、分子的に複雑で不均一ながんを治療するための新規パラダイムを提示するものである。特に、マッチングスコアという定量的な指標を導入し、その臨床的有用性を示した点は、これまでの報告にはない新規性を持つ。
臨床応用: 本知見は、精密医療の臨床応用において、単一のバイオマーカーに限定せず、患者個々の包括的な分子プロファイルを基にした多剤併用療法の重要性を示唆する。高いマッチング率 (49%) は、大規模な遺伝子パネルによる分子解析、迅速なMTBの議論、および薬剤アクセスの確保によって達成された。このアプローチは、従来の分子標的治療が困難とされてきた希少がんや多様な固形腫瘍においても有効である可能性を示している。早期の病期での精密医療導入の重要性も示唆され、治療開始前の病状悪化による脱落を防ぐため、より早期の介入が臨床現場で考慮されるべきである。
残された課題: 本研究のlimitationとして、試験規模が比較的小さいこと (治療実施83例) が挙げられる。特に、TP53変異とVEGF/VEGFR阻害薬、またはRAS変異とMEK阻害薬の組み合わせなど、特定のサブグループにおける有効性を明確に評価するには患者数が不十分であった。また、対照群がないため、結果の解釈には注意が必要である。今後の検討課題として、より大規模な無作為化比較試験による検証が必要である。さらに、適切な薬剤の組み合わせの選択、経済的側面、薬剤アクセスの問題、および多剤併用による毒性の累積なども、実用化に向けた重要な課題である。マッチングスコアの普遍的なカットオフ値を決定するためには、さらなる検証とアッセイのハーモナイゼーション研究が必要である。
方法
本研究は、既治療の進行固形腫瘍・血液腫瘍患者149例を対象とした前向き非ランダム化臨床試験 (NCT02534675) である。患者はカリフォルニア大学サンディエゴ校モアーズがんセンターとアベラがん研究所の2施設で登録された。
分子プロファイリング: 包括的分子プロファイリングとして、Foundation Medicine社のNGS (236-405遺伝子パネル) を用いた腫瘍DNAシーケンシングが実施された。可能であれば、PD-L1免疫組織化学 (IHC)、腫瘍変異負荷 (TMB)、マイクロサテライト不安定性 (MSI) ステータス、および血中循環腫瘍DNA (ctDNA) のNGSも実施された。TMBは、Chalmers et al. GenomeMed 2017で記述された方法に従い、1Mbあたりの体細胞性、コーディング領域の塩基置換および挿入・欠失変異の数として定義された。FoundationOne CDx (F1CDx) は米国FDA承認の広範なコンパニオン診断薬であり、本研究ではTMBのカテゴリ分類 (低、中、高) にも用いられた。PD-L1ステータスは、FDA承認のDako 22C3 PD-L1 pharmDxアッセイを用いたIHCにより評価された。
治療推奨と選択: 分子腫瘍ボード (MTB) は、同定された分子異常 (変異、増幅、融合など) の大部分を標的とする個別化された多剤併用療法を推奨した。MTBは腫瘍医、薬理学者、がん生物学者、遺伝学者、外科医、放射線科医、病理学者、バイオインフォマティクス専門家で構成され、薬剤の重複毒性を考慮しながら、各患者の腫瘍におけるゲノム異常の大部分を標的とするカスタマイズされた多剤併用療法を選択することに重点を置いた。最終的な治療選択は担当医の裁量に委ねられ、患者の好み、併存疾患、薬剤毒性、保険適用、治験薬の利用可能性などが考慮された。治療を受けた83例の患者において、投与された薬剤が標的とした分子異常の数と、検出された全分子異常の数に基づいて「マッチングスコア」が算出された。マッチングスコアは、(標的とした異常数 / 全検出異常数) × 100% として定量化された。このスコアは患者の転帰に盲検化された状態で算出された。
患者層別化と転帰評価: 患者はマッチングスコアが50%超の群 (高マッチングスコア群、n=28) と50%以下の群 (低マッチングスコア群、n=55、うち10例はマッチング治療なしでスコア0%) に層別化され、DCR、PFS、OSなどの転帰が比較された。DCRはEisenhauer et al. EurJCancer 2009に基づき、6ヶ月以上の安定疾患、部分奏効、完全奏効と定義された。PFSは治療開始から病勢進行または死亡までの期間、OSは治療開始から死亡までの期間と定義された。PFS比 (PFS2/PFS1) の解析も行われ、患者を自身の対照として用いて、本研究でのPFS (PFS2) と直前の治療ラインでのPFS (PFS1) を比較した。PFS1は、転移性または切除不能な病態における直前のアンマッチ治療ラインのPFSを指す。
統計解析: 統計解析には、ロジスティック回帰分析、Kaplan-Meier法、ログランク検定、Cox回帰モデルが用いられた。PFS比 (PFS2/PFS1) の解析も行われ、患者を自身の対照として用いて、本研究でのPFS (PFS2) と直前の治療ラインでのPFS (PFS1) を比較した。統計解析はSPSS v.24.0を用いて実施された。多変量解析では、患者年齢、性別、マッチングスコア、疾患部位、併用療法、治療ラインなどの変数が調整された。