• 著者: Takahiro Tashiro, Kosuke Imamura, Yusuke Tomita, et al.
  • Corresponding author: Yusuke Tomita (Department of Respiratory Medicine, Graduate School of Medical Sciences, Kumamoto University, Japan)
  • 雑誌: International Journal of Molecular Sciences
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-12-19
  • Article種別: Case Report (Communication)
  • PMID: 33352665

背景

腫瘍免疫微小環境 (TIME: tumor-immune microenvironment) は腫瘍の増殖・転移とともに動的に変化し、腫瘍の発生・進行および治療応答に決定的な影響を与えることが広く認識されている (Binnewies et al. NatMed 2018)。がん免疫編集 (cancer immunoediting) の概念が示すように、腫瘍細胞と免疫系の相互作用は腫瘍の発生・増殖・転散の各過程を通じて変容を続ける (Schreiber et al. Science 2011)。注目すべき先行研究として、卵巣がん患者における多部位解析では、単一個体内の転移巣ごとに異なる TIME が共存し、これが転移病変の多様な治療応答と関連することが示されており、個体内腫瘍免疫の不均一性の理解が個別化治療の鍵となることが強調された (Jimenez et al. Cell 2017)。

肺大細胞神経内分泌癌 (LCNEC: large cell neuroendocrine carcinoma) は全原発性肺癌の 2-3% を占めるに過ぎない希少腫瘍であり、高度の悪性度と不良な予後を特徴とする。ALK (anaplastic lymphoma kinase) 再構成は非小細胞肺癌 (NSCLC) の約 2-5% に認められるドライバー変異であるが、LCNEC における ALK 再構成は極めて稀な事象であり、これまでの報告例は世界でも数件にとどまっている。ドライバー変異が TIME の組成を規定することは既報で示されているが、ALK 再構成陽性 LCNEC という稀少な腫瘍における TIME の実態と部位間不均一性については情報が著しく不足しており、知識の gap in knowledge が残されていた。

免疫チェックポイント阻害薬 (ICI: immune checkpoint inhibitor) は多くの癌種で有効性を示している一方で、ドライバー変異を有する NSCLC や神経内分泌腫瘍 (NET: neuroendocrine tumor) における臨床的利益は一部の患者に限定されることが明らかにされており (Socinski et al. NEnglJMed 2018)、これらの腫瘍における TIME 特性の詳細な解析が喫緊の課題であった。特に、ALK 再構成陽性 LCNEC のような希少腫瘍において、複数の転移部位を同時に解析した多部位 TIME マッピングの報告は手薄であり、個別化治療戦略の構築に向けた基礎的知見が強く求められていた。

目的

本研究の目的は、ALK 再構成陽性 LCNEC を呈した症例 (n=1) において、治療前の原発肺腫瘍および複数の転移巣(縦隔リンパ節・両側乳房・肝臓)における TIME の不均一性を蛍光多重免疫組織化学 (mIHC: multiplex immunohistochemistry) により定量的に解析し、原発巣と転移巣間での免疫プロファイルの差異を明らかにすることである。各病変における腫瘍浸潤リンパ球 (TIL: tumor-infiltrating lymphocyte) サブセット(CD3+ T細胞・CD8+ T細胞・CD3+FOXP3+ 制御性 T 細胞 [Treg: regulatory T cell]・CD20+ B細胞)の分布と密度を腫瘍巣と間質に分けて評価し、ALK 再構成陽性 LCNEC における個別化治療戦略の確立に向けた知見を提供することを意図する。

結果

腫瘍免疫微小環境の部位間不均一性: 蛍光多重 IHC および自動定量解析の結果、ALK 再構成陽性 LCNEC 患者 (n=1) の原発肺腫瘍と3転移巣(縦隔リンパ節・乳房・肝臓)の間で TIME が顕著に不均一であることが明らかになった (Fig 4)。各腫瘍病変はそれぞれ固有の免疫プロファイルを呈しており、一様な TIME を共有していないことが示された。また全腫瘍病変において PD-L1 の腫瘍細胞発現は検出されなかった (Fig 3)。この多部位同時解析は、ALK 再構成陽性 LCNEC において同一個体内に複数の異なる TIME が共存することを初めて実証した知見である。

CD3+ T細胞・CD20+ B細胞の距離依存的減少: 原発肺腫瘍からの解剖学的距離が離れるにつれて、CD3+ T細胞および CD20+ B細胞の腫瘍浸潤密度が段階的に減少した (Fig 5)。具体的には、原発肺腫瘍が最も高密度の CD3+ T細胞・CD20+ B細胞浸潤を示し、縦隔リンパ節転移・乳房転移・肝転移の順に浸潤密度が低下した。この距離依存的な減少傾向は、腫瘍巣(epithelial compartment)および周囲間質(stroma)の両コンパートメントで一貫して観察された (Fig 5)。CD20+ B細胞についても原発肺腫瘍および縦隔リンパ節転移では浸潤が認められたが、乳房転移および肝転移では著しく減少し、この傾向は腫瘍巣および間質の両方で確認された (Fig 6)。

各転移部位に固有の免疫プロファイル: 四転移部位はそれぞれ特徴的な免疫細胞構成を示した (Fig 6)。原発肺腫瘍は CD3+ T細胞・CD8+ T細胞・CD20+ B細胞の浸潤が全病変中で最高値を示したが、これらの細胞は主として腫瘍周囲の間質に局在し腫瘍巣内への侵入は限定的であった。縦隔リンパ節転移では、腫瘍巣内への Treg 浸潤が原発肺腫瘍と比較して相対的に高く(縦隔リンパ節 > 原発肺 > 乳房の順)、CD8+ T細胞は比較的乏しかった。乳房転移では CD8+ T細胞浸潤は高値を維持したが、その大部分が間質に局在し腫瘍巣内への浸潤が制限されていた。Treg も乳房転移の腫瘍巣内に認められた。肝転移は CD3+ T細胞・CD8+ T細胞・Treg・CD20+ B細胞のいずれも腫瘍内浸潤が極めて乏しく、「免疫学的無視型」(TIL-, PD-L1-) に相当する TIME を呈した (Fig 6)。

ALK 阻害薬への一致した治療応答と獲得耐性: TIME が各病変で不均一にもかかわらず、alectinib 600 mg/日投与開始 1ヶ月後には脳転移を含む全既知病変で一致した迅速な退縮が認められ、RECIST v1.1 による部分奏効 (PR: partial response) を達成した。この一致した退縮は、TIME の多様性を超えて ALK 阻害薬が全病変の腫瘍増殖を均等に抑制できることを示した。しかし治療開始 11ヶ月後には脳内転移病変の著明増大と新たな脳転移の出現により病勢進行 (PD: progressive disease) が確認され、ALK チロシンキナーゼ阻害薬 (ALK-TKI) への脳内獲得耐性が生じた。全脳照射を実施した。LCNEC 予後予測ノモグラムに基づく本症例の推定 3年生存率は 10%未満であり、本症例は ALK 再構成陽性 LCNEC として文献上の最年少報告例(32歳)に相当した。

考察/結論

本症例は、ALK 再構成陽性 LCNEC という世界的にも症例数が極めて少ない腫瘍において、蛍光多重 IHC を用いた多部位同時 TIME 解析を実施した希少な報告であり、個体内の免疫不均一性に関する重要な知見を提供している。

本研究で初めて示された新規の知見: 本研究で初めて、ALK 再構成陽性 LCNEC 患者の同一個体内において、原発肺腫瘍と複数の転移巣が互いに異なる TIME を共存していることが定量的に実証された。免疫学的に最も活発な原発肺腫瘍から免疫学的無視型の肝転移に至るまで、各病変が固有の免疫表現型を持つという新規の観察は、ALK 再構成陽性 LCNEC の免疫学的理解に不可欠な知見を加えるものである。また、CD3+ T細胞および CD20+ B細胞の浸潤が原発巣からの距離に依存して段階的に減少するという規則性も、これまで報告されていない novel な所見であり、腫瘍免疫の地理的勾配が TIME 不均一性の形成に関与することを示唆する。

これまでの研究との違い: 先行研究(Muller et al. Cancer Immunol Immunother 2016)では、NSCLC 34例の原発巣と対応転移巣を IHC で広範に解析した際、転移巣で CD8+/CD4+ 比および CD8+/CD68+ 比が有意に低下し、転移部位で免疫寛容的な微小環境が形成されることが報告された。CD3+ T細胞浸潤が転移巣で低下するという本研究の観察はこれまでの研究の報告と方向性が一致している。一方、先行研究とは異なり、本症例では PD-L1 が全病変で陰性にもかかわらず原発肺腫瘍に豊富な CD3+ T細胞・CD8+ T細胞・CD20+ B細胞浸潤が認められた点、および肝転移が腫瘍浸潤リンパ球をほぼ欠く「免疫学的無視型」TIME を呈した点は既報において明確に示されていない観察である。また ALK 再構成陽性 LCNEC という稀少かつ特殊な病態における多部位同時解析という点でも対照的な独自性を持つ。

臨床的意義と臨床応用: 本研究の知見は複数の臨床応用上の示唆を含む。第一に、転移部位ごとに異なる TIME は、単一生検部位での免疫バイオマーカー評価が転移性癌の免疫状態全体を代表しない可能性を示しており、臨床現場における免疫療法の患者選択・効果予測の複雑性を浮き彫りにする。肝転移陽性 NSCLC 患者では抗 PD-1 抗体単剤療法の奏効率と無増悪生存期間が低下することが既に報告されており(Tumeh et al. Cancer Immunol Res 2017)、本症例の肝転移における免疫学的無視型 TIME はこの臨床的知見と整合する。縦隔リンパ節転移における腫瘍巣内の高 Treg 浸潤は、CTLA-4 (cytotoxic T-lymphocyte antigen 4) 標的療法を含む複合免疫療法が有効である可能性を示唆し、臨床応用上の根拠となりうる(Curran et al. PNAS 2010; Hellmann et al. NEnglJMed 2019)。また PD-L1 陰性にもかかわらず原発肺腫瘍での活発な免疫応答の徴候は、PD-L1 発現によらず免疫療法が有効でありうることを示す大規模試験(Rittmeyer et al. Lancet 2017Socinski et al. NEnglJMed 2018)と整合する。さらに ALK 再構成陽性 LCNEC は ALK-TKI への高い感受性を示しうることから、特に若年 LCNEC 患者では診断時に ALK 検査を常規として実施すべきであり、この臨床的意義は本症例が文献上最年少の ALK 再構成陽性 LCNEC 症例(32歳)であったことからも強調される。

残された課題と今後の展望: 本研究には重要な limitation が存在する。最大の限界は単一症例(n=1)であり、本所見の一般化可能性の検証には今後の多数例研究が不可欠である。また骨髄由来免疫細胞—腫瘍関連マクロファージ (TAM: tumor-associated macrophage)・樹状細胞・骨髄由来抑制細胞 (MDSC: myeloid-derived suppressor cell)—の TIME への寄与が評価されておらず、これらが腫瘍増殖・免疫抑制・治療耐性に果たす重要な役割を考えると、解析対象の拡張が今後の課題として残されている。治療前後の TIME 変化(ALK-TKI が TIME に与える影響)も本研究では評価されておらず、更なる検討が必要である。全エクソームシーケンス・RNA シーケンスと蛍光多重 IHC の統合解析、および循環腫瘍細胞 (CTC: circulating tumor cell) 解析による縦断的 TIME モニタリングは、治療応答・獲得耐性の機序解明と個別化治療開発に向けた future research として重要な方向性を示している。

方法

症例背景と臨床的特徴: 32歳女性が低背部痛を主訴に来院した。胸部造影 CT で左下肺野の原発腫瘍・縦隔リンパ節腫大・両側乳房腫瘍・多発肝腫瘍を認め、拡散強調全身 MRI (magnetic resonance imaging) で多発骨転移(椎体・肋骨・骨盤)、造影脳 MRI で多発無症候性脳転移を確認した。血清 ProGRP (pro-gastrin-releasing peptide) は 4362 pg/mL と著明高値であり、臨床病期は Stage IVB(cT1bN3M1c)と診断された。本症例は単一症例報告であり、熊本中央病院倫理委員会の承認(承認日:2020年6月29日)を取得し、患者から書面によるインフォームドコンセントを得た。ヘルシンキ宣言に従い実施された。

病理診断と遺伝子解析: 肺・縦隔リンパ節・両側乳房・肝臓の各生検検体はいずれも固形巣状または索状配列を示す悪性腫瘍細胞・壊死巣・ロゼット様構造を呈した。免疫組織化学 (IHC) 染色では腫瘍細胞が TTF-1・chromogranin A・synaptophysin・INSM1 (insulinoma-associated protein 1)・CD56 に陽性を示した。乳腺マーカー(mammaglobin・ER・PR・HER-2 (human epidermal growth factor receptor type 2))は全陰性であり、肺原発 LCNEC と病理診断された(Fig 2)。ALK IHC(D5F3 抗体)で全生検部位でびまん性陽性を示し、ALK FISH (fluorescent in situ hybridization、break-apart 法) にて腫瘍細胞の約 58% に ALK 再構成が確認された(Fig 2F)。他の既知ドライバー変異は検出されなかった。

蛍光多重免疫組織化学 (mIHC) 解析: 治療前の原発肺腫瘍および3つの転移巣(縦隔リンパ節・乳房・肝臓)のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE: formalin-fixed paraffin-embedded) 切片を使用した。OPAL Multiplex Fluorescent IHC 試薬(PerkinElmer 社)を用いて、Table 1 に示す3種類の抗体パネルで染色を実施した。パネル (1): CD8(C8/144B, undiluted)・pan-Cytokeratin(AE1/AE3+5D3, 1:200)・PD-L1(E1L3N, 1:100);パネル (2): pan-Cytokeratin・CD20(L26, 1:50);パネル (3): CD3(SP7, 1:100)・FOXP3(236A/E7, 1:100)・pan-Cytokeratin(1:200)。核は DAPI で対比染色した(Fig 3)。抗原賦活化は pH 6.0 クエン酸バッファー/マイクロ波法(PD-L1 以外)および pH 9.0/オートクレーブ法(PD-L1)で実施した。

定量解析と統計: 蛍光顕微鏡(Keyence BZ-X700、対物 ×20)による全スライド高速スキャン後、Strata Quest(Tissue Genetics 社)自動定量病理画像解析システムにより4種 TIL サブセットを定量した。細胞は pan-Cytokeratin 陽性腫瘍細胞との位置関係に基づき、腫瘍巣(epithelial compartment)と周囲間質(stroma)に分けてカウントした。CD3+ CD8+ Nuclei+(細胞傷害性 T 細胞)・CD3+ FOXP3+ Nuclei+(Treg)・CD3+ Nuclei+(全 T 細胞)・CD20+ Nuclei+(B 細胞)の各サブセットを独立して定量し、閾値は2名の独立した観察者が決定した。統計解析には Fisher の正確検定を用いた。

治療経過: アレクチニブ (alectinib) 600 mg/日を投与開始した。