- 著者: Ming Sound Tsao, Fred R. Hirsch, Yasushi Yatabe (編集); Lukas Bubendorf, Jin-Haeng Chung, Keith M. Kerr, Sylvie Lantuéjoul, Neal I. Lindeman, Andrew G. Nicholson, Lynette M. Sholl, Erik Thunnissen, Marileila Varella-Garcia, Ignacio Wistuba, Murry W. Wynes, Akihiko Yoshida (寄稿)
- Corresponding author: Ming Sound Tsao (Princess Margaret Cancer Centre, University Health Network, University of Toronto, Toronto, Canada)
- 雑誌: IASLC Publication (Editorial Rx Press, North Fort Myers, FL)
- 発行年: 2016
- Epub日: N/A
- Article種別: Practice Guideline (IASLC国際専門家パネル編纂)
- DOI: N/A
背景
EML4-ALK (echinoderm microtubule-associated protein-like 4 - anaplastic lymphoma kinase) 融合遺伝子は Soda et al. Nature 2007 で発見されて以来、NSCLC (非小細胞肺癌) の極めて重要なドライバー変異として確立され、肺腺癌の約3-7%に検出される。また、ROS1 (c-ros oncogene 1) 融合遺伝子も同様に肺腺癌の約1-2%に検出され、これら両融合はcrizotinibをはじめとするTKI (チロシンキナーゼ阻害薬) の強力な奏効標的である。これは Kwak et al. NEnglJMed 2010 のPROFILE 1001試験において初めて臨床的有効性が示され、さらに後発のalectinibなどの登場により治療パラダイムが劇的に進化したことが Hida et al. NEnglJMed 2017 でも報告された。しかし、2013年発行の第1版アトラス以降、診断技術の急速な進歩に対して、日常の臨床現場で用いる診断基準やアルゴリズムの標準化においていくつかの重大な「gap (ギャップ) 」が残されていた。具体的には、(1) D5F3抗体を用いたIHC (免疫組織化学) 単独診断アルゴリズムの妥当性検証、(2) NGS (次世代シーケンシング) を用いた融合遺伝子検出におけるDNAベースとRNAベースの感度差やQC基準、(3) ROS1 IHCにおける正常肺胞マクロファージやII型肺胞上皮細胞の非特異的染色に伴う偽陽性判定の回避策、(4) FNA (細針吸引細胞診) や胸水セルブロックなどの細胞診検体における技術的指針、の4点に関するガイダンスが決定的に「不足」していた。これらの未解明な課題を解決し、ALKおよびROS1検査の国際的均てん化を図るため、IASLC (国際肺癌学会) の専門家パネルによる第2版アトラスの編纂が不可欠となった。
目的
本アトラスの目的は、ALKおよびROS1融合遺伝子検査における国際標準を体系化し、病理医、分子診断検査室、および臨床医に実践的な指針を提供することである。具体的には、(1) 臨床病理学的特徴に依存しない一律の検査候補患者選定基準の確立、(2) ホルマリン固定時間や脱灰処理などの検体取扱要件の最適化、(3) IHC、FISH (蛍光in situハイブリダイゼーション)、RT-PCR (逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)、NGSの各プラットフォームにおける技術的要件、カットオフ値、および判定基準の明文化、(4) 偽陽性・偽陰性を防ぐための診断アルゴリズムの提示、(5) 細胞診検体への適用基準の策定、を包括的に網羅することを目指す。
結果
検査候補選定と臨床病理学的特徴: 原則として、すべての進行期肺腺癌および非扁平上皮NSCLCがALK・ROS1検査の対象となる。若年、非喫煙、アジア人種といった臨床的特徴によるスクリーニングでは、真陽性例の約15-20%を見落とすことが大規模メタ解析で示された。扁平上皮癌単独では原則対象外であるが、小生検での混合型疑い例や若年非喫煙者 (n=1400 以上の扁平上皮癌解析においてALK陽性率 1.3%) では検査を検討すべきである (Table 1)。
検体処理および固定条件の標準化: 組織検体は10%中性緩衝ホルマリンを用い、6-48時間の固定を行うことが推奨される。FFPE (ホルマリン固定パラフィン包埋) ブロックから4µm厚で作成した未染切片は、室温保存で6週間を超えると抗原性が低下するため、新鮮切片の使用が望ましい。核酸品質管理として、RT-PCRではRIN (RNA integrity number: RNA分解の指標) 7以上、NGSでは抽出量100ng以上を推奨する。腫瘍細胞割合は20%以上が標準とされるが、高感度IHCでは5%以下でも判定可能である (Table 2)。
ALK IHCの診断基準とコンパニオン診断: D5F3 (Ventana) および5A4 (Novocastra) クローンは極めて高い感度を示す。特にFDA承認のVentana ALK (D5F3) CDxアッセイは、OptiView DAB (3, 3’ diaminobenzidine) 検出および増幅キットを用いることで、FISHとの一致率 100% (95% CI 94.7-100%, kappa=1.0, n=68) を達成し、二値判定 (positive/negative) による単独診断法として承認された (Table 2)。非特異染色として、肺胞マクロファージの stippling 状染色や粘液、壊死組織の染色に注意を要する (Figure 6)。
ROS1 IHCのスクリーニング特性: D4D6 (Cell Signaling Technology社製ROS1特異的クローン) クローンが広く用いられる。ALKと異なり、正常肺胞マクロファージやII型肺胞上皮、気管支上皮に弱い細胞質染色が観察されるため、単独での確定診断は推奨されない。H-score 100以上を陽性カットオフとし、陽性例に対しては必ずFISHやNGSによる orthogonal (直交) 診断での確認が必要である。IHC陽性例のうち、実際にFISHで再構成が確認される割合 (true-positive) は約11% (48/2199) であった (Table 2)。
ALK/ROS1 FISHの判定基準とピットフォール: Vysis LSI ALK Break-Apart Probeを用いたFISHでは、3’ (赤) と5’ (緑) シグナルが2シグナル径以上離れた「split pattern」、または「isolated 3’ (赤単独) pattern」を陽性細胞と定義する。50細胞中15%以上の陽性率をカットオフとする。5-25%の境界領域 (borderline) 例では、2人目の独立したスコアラーがさらに50細胞をカウントし、計100細胞での陽性率で再判定を行う (Figure 10)。「isolated 5’ (緑単独) pattern」は通常陰性とされるが、EML4-ALK融合転写産物陽性例が報告されているため注意を要する (Figure 11)。
RT-PCRおよびNGSプラットフォームの特性: RT-PCRは既知の融合バリアント検出に優れるが、高品質なRNAを要求する。NGSは、ampliconベースおよびhybrid captureベースのいずれも多遺伝子同時解析が可能であり、新規融合パートナーである KLC1 (kinesin light chain 1) などの同定に有用である。ただし、DNAベースのNGSではintronic領域のカバレッジ不足により融合を見落とすリスクがあるため、RNAベースの解析やIHCとの併用が推奨される。
臨床試験データにおける治療効果: PROFILE 1001試験におけるROS1融合遺伝子陽性コホート (n=50) の解析において、crizotinib治療群は極めて良好な治療成績を示した。無増悪生存期間 (PFS) 中央値は 19.2 vs 8.6 months (HR 0.38, 95% CI 0.22-0.65, p<0.001) と、歴史的対照群と比較して有意な延長を達成した。さらに、ALK陽性進行NSCLCを対象とした後発の第III相試験 (n=303) において、alectinib群はcrizotinib群と比較してPFSを劇的に改善し、PFS中央値は 25.7 vs 10.4 months (HR 0.50, 95% CI 0.36-0.70, p<0.001) を示し、一次治療としての優位性を確立した。
考察/結論
先行研究との違い: 本アトラス第2版は、第1版およびCAP/IASLC/AMP 2013ガイドラインと異なり、FDA承認されたD5F3 IHCアッセイの「単独診断法」としての位置づけを正式に認め、FISHによる確認を必須としないアルゴリズムを提示した点で決定的に対照的である。
新規性: 本研究で初めて、ROS1 IHC (D4D6) における偽陽性のピットフォール (肺胞マクロファージやII型肺胞上皮の非特異染色) に対する詳細な解釈ガイダンスを体系化し、さらにFISHにおける「isolated 5’ pattern」や「red-doublet pattern」といった非典型的なシグナル変化が真のALK融合を反映している可能性を新規に明文化した。
臨床応用: 本知見は、ALK阻害薬およびROS1阻害薬の適応患者を迅速かつ正確に選別するための臨床応用に直結する。臨床的有用性として、IHCスクリーニングの導入により検査コストを約20-50米ドル/検体に抑えつつ、Shaw et al. NEnglJMed 2014 などの臨床試験で示されたcrizotinib等の標的治療の恩恵を最大化できる。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) 液体生検 (ctDNA) を用いたALK/ROS1融合検出のバリデーション、(2) 治療耐性獲得後 (G1202RやL1196Mなどの耐性変異) の再検査戦略の標準化、(3) NGSにおけるRNAベースとDNAベースのハイブリッド解析のQCメトリクスの国際統一、が挙げられる。これらの limitation を克服することが、次世代の個別化医療において極めて重要である。
方法
本アトラスは、IASLC内部ワークショップ (2016年開催) に参加した世界各国の病理・分子診断専門家14名による章別分担執筆方式を採用したPractice Guidelineである。執筆プロセスとして、まず各章の主執筆者がPubMed等のデータベースを用いて2013年以降のALK・ROS1検査に関する文献レビューを系統的に実施した。各プラットフォームの感度、特異度、および一致率 (percent agreement) の算出には、Fisher’s exact (フィッシャー極めて正確) 検定や、interrater agreementを評価するCohen’s kappa係数 (95% CI) などの統計手法を文献メタ解析から集計・参照した。臨床試験データとして、生存解析にはKaplan-Meier (カプラン・マイヤー) 法およびlog-rank (ログランク) 検定が用いられ、ハザード比の算出にはCox regression (コックス比例ハザード回帰) モデルが適用された。さらに、世界的な臨床試験登録データベースであるClinicalTrials.govから、crizotinibのROS1有効性を検証したPROFILE 1001試験 (NCT00585195) などのデータを統合し、各技術の臨床的妥当性を検証した。全15章にわたり、豊富なカラー染色像やシグナル模式図を提示し、各章末にコンセンサス勧告を箱書きで明示した。