• 著者: Tong X, Patel AS, Kim E, Li H, Chen Y, Li S, Liu S, Dilly J, Kapner KS, Zhang N, Xue Y, Hover L, Mukhopadhyay S, Sherman F, Myndzar K, Sahu P, Gao Y, Li F, Li F, Fang Z, Jin Y, Gao J, Shi M, Sinha S, Chen L, Chen Y, Kheoh T, Yang W, Yanai I, Moreira AL, Velcheti V, Neel BG, Hu L, Christensen JG, Olson P, Gao D, Zhang MQ, Aguirre AJ, Wong KK, Ji H
  • Corresponding author: Michael Q. Zhang (University of Texas at Dallas); Andrew J. Aguirre (Dana-Farber Cancer Institute); Kwok-Kin Wong (NYU Langone Health); Hongbin Ji (Shanghai Institute of Biochemistry and Cell Biology)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2024
  • Epub日: 2024-02-15
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 38402609

背景

KRAS G12C変異肺腺癌に対するKRAS阻害薬(ソトラシブ、アダグラシブ)は臨床的有効性を示し、承認されたものの、ほとんどの患者が数ヶ月以内に薬剤耐性を獲得する。これまでに、KRAS二次変異、KRAS増幅、RAF/RAS経路の再活性化、RTK発現亢進などが耐性機序として報告されているが、一部の患者ではこれらのゲノム的耐性機序が同定されないという課題が残されている。このことは、未解明な非ゲノム的耐性メカニズムの存在を示唆する。

STK11/LKB1変異はKRAS変異肺腺癌の15〜30%に共存し(KRAS/LKB1: KLサブタイプ)、PD-1阻害薬に対する一次耐性の主要なゲノム因子として確立されている。LKB1はAMPKを介した代謝センシングや細胞極性の制御に関与するが、細胞の組織学的アイデンティティ維持における役割は不明であった。しかし、先行研究(Han et al. 2014; Quintanal-Villalonga et al. 2021)では、Lkb1欠損がKras G12D変異マウスにおいて自然発生的な腺癌から扁平上皮癌への組織学的転換(AST: adeno-to-squamous transition)を誘導することが示されており、LKB1が細胞の分化可塑性を制御する可能性が示唆されていた。さらに、著者グループの先行研究であるAwad et al. (2021) では、KRAS G12C肺腺癌のアダグラシブ耐性患者9例のうち2例で、再生検により扁平上皮癌(SCC)組織が確認されており、ASTがKRAS阻害薬耐性に関与する可能性が提起されていた。これらの知見は、LKB1不活化がクロマチンアクセシビリティを調節し、転移性進行を促進するというPierce et al. Nat Cell Biol 2021の報告とも整合する。

これらの背景から、KRAS阻害薬耐性におけるASTの役割は重要であるにもかかわらず、その因果関係や分子メカニズム、そして臨床的意義については依然として未解明な部分が多く、さらなる研究が不足していた。特に、LKB1変異がASTを介したKRAS阻害薬耐性にどのように寄与するのか、また、このプロセスを予測するバイオマーカーの同定は、効果的な治療戦略を開発する上で喫緊の課題であった。

目的

本研究の目的は、KRAS G12C/LKB1変異肺癌における腺癌から扁平上皮癌への組織学的転換(AST: adeno-to-squamous transition)がKRAS阻害薬耐性の因果的メカニズムであることを、KRYSTAL-1試験の臨床データ、遺伝子改変マウスモデル(GEMM)、およびオルガノイドモデルを用いて多角的に実証することである。具体的には、アダグラシブ治療前の生検における扁平上皮癌(SCC)遺伝子シグネチャーと治療効果の相関を評価し、LKB1欠損がASTを促進するメカニズムを解明する。さらに、ASTを制御する転写因子軸を同定し、KRAS阻害薬耐性を予測する新規バイオマーカーを確立することで、最終的に臨床応用可能な予測バイオマーカーを特定することを目指した。

結果

KRYSTAL-1試験:治療前SCCシグネチャー高値はLKB1変異患者の予後不良と相関: KRYSTAL-1試験の68例の患者(全トランスクリプトーム解析が利用可能であった)において、治療前生検のSCCシグネチャースコアとアダグラシブ治療期間は有意に負に相関した(Pearson相関、p値有意)。SCCシグネチャースコアの上下四分位(high vs low)で層別化すると、high群では有意に短い治療期間が認められた。STK11/LKB1変異ステータスでサブグループ解析を実施した結果、STK11変異群でのみSCCシグネチャー高値と治療期間短縮の有意な相関が認められた(Figures 1A, 1B)。これは、LKB1変異がSCC表現型と不良予後の関連を仲介することを示唆する。

GEMMモデル:KCLモデルでアダグラシブ長期投与によりASTが誘導される: アダグラシブ投与開始後2週間で、KCL(n=5 mice)およびKCP(n=5 mice)腫瘍はいずれも初期応答を示し、最大腫瘍縮小率は30〜75%に達した。長期アダグラシブ投与後、耐性を獲得したKCL腫瘍では、顕著な角化やデスモゾーム形成を伴うSCC病理、DNp63陽性、TTF1陰性が確認された(Figures 2E, 2F)。一方、KCP耐性腫瘍はADC病理を維持し、DNp63陰性、TTF1陽性であった(Figures 2G, 2H)。この結果は、LKB1変異の有無がAST誘導の規定因子であることを示唆する。トランスクリプトーム解析(GSEA)では、耐性KCL腫瘍がSCCおよび増殖関連シグネチャーに濃縮されていた。また、アダグラシブ治療継続下にもかかわらず「KRAS Signaling Down」シグネチャーの濃縮とpERK発現低下が確認され、これらの耐性腫瘍がKRAS非依存的状態でin vivo増殖していることが示された(Figure 2J)。

KDLオルガノイド:ADCの約半数(7/13 strains)が自発的AST能力を持つ: KDL ADCオルガノイド13株の継代培養において、7/13(54%)がhollowからsolid sphereへの形態転換とDNp63発現上昇を示した(plastic organoid)。対応するallograft腫瘍はSCC病理を示し、DNp63、SOX2、KRT14、KRT5などの扁平上皮マーカーを発現した(Figures 3B, 3C)。残りの6/13株のstable organoidはhollow形態を維持し、allograft腫瘍はADC病理を保った(Figure 3D)。plastic organoidはstable organoidと比較して、MRTX1133(500 nM、3日間)に対して有意に高い耐性を示した(p<0.0001)(Figure 3G)。GSEA解析では、plastic organoidが薬剤非存在下でも「Hallmark KRAS Signaling Down」シグネチャーに濃縮されており、KRASシグナルへの依存度が低いことが示唆された(Figure 3H)。

ELF5-DNp63軸がASTとKRAS阻害薬耐性を制御する: scRNA-seq解析(P1/P3/P8の12,839 cells)により12クラスターが同定され、AT2シグネチャー高クラスター(ADC状態; clusters 1-3)、HPCS(high-plasticity cell state)シグネチャー濃縮クラスター(中間状態; clusters 4-7)、SCC状態クラスター(clusters 10-12)の遷移軌跡がRNA velocityとPAGAで確認された(Figures 5B, 5F)。SCENIC解析では、NKX2-1レギュロン活性がHPCSクラスター4-7で低く、DNp63レギュロン活性はHPCSクラスター6-7で高かった(Figure 5H)。Elf5はADCクラスターに主に濃縮されており、Elf5の過剰発現はhollow形態、NKX2-1発現、MRTX1133感受性を増加させた(p<0.05)。DNp63の過剰発現はstable organoidで20〜60%のsolid sphere比率増加をもたらし(p<0.05)、C40エンハンサー(334 bp)のCRISPR KOはplastic organoidでsolid sphere形態消失、DNp63発現低下、MRTX1133感受性増加をもたらした(p<0.05)(Figures 4H, 4L, 4M)。ヒト肺腺癌細胞株NCI-H1373へのDNp63過剰発現は「KRAS Signaling Down」シグネチャーを誘導し、アダグラシブ用量応答曲線を耐性方向にシフトさせた(Figures 4N, 4O)。

ASTプラスティシティシグネチャーとKRT6A発現がアダグラシブ耐性を予測する: KDLアダグラシブ耐性腫瘍、DNp63レギュロン、HPCSクラスター6-7の共通遺伝子として同定された6遺伝子(KRT6A、AQP3、WNT4、SFNなど)からなるAST plasticityシグネチャーは、KRYSTAL-1コホートで治療期間と有意に負相関した(Figure 6B)。KRT6A発現は多重比較補正後も最も有意に治療期間と負相関し(Figure 6C)、KRT6A high群ではlow群と比較してOSおよびPFSが有意に短かった(log-rank検定)(Figure 6D)。KRT6A high群はSTK11/LKB1変異頻度およびKEAP1変異頻度が有意に高かった。KEAP1 wild-type患者でも、STK11変異の有無によらずKRT6A高発現は治療期間短縮と関連した。独立コホート36例のNSCLC患者でIHCによるKRT6A発現が5/36(14%)に認められ、この患者サブセットが固有の系列可塑性を持つことが示唆された(Figure 6E)。

考察/結論

本研究は、KRAS阻害薬耐性における全く新しいメカニズムとして「腺扁平上皮転換(AST: adeno-to-squamous transition)」を同定し、LKB1変異がこの組織学的転換を促進することを、KRYSTAL-1試験データ、遺伝子改変マウスモデル(GEMM)、オルガノイドモデルの3層で実証した点で独創的である。ASTはゲノム的耐性機序(KRAS二次変異、RAS-MAPK再活性化)とは本質的に異なる「細胞分化状態変化(非遺伝的耐性)」であり、ELF5-DNp63エピジェネティック軸がKRAS非依存的SCC状態への転換を駆動するという精緻な分子機序が解明された。

先行研究との違い: EGFR阻害薬耐性における腺癌から小細胞肺癌(SCLC)への転換(Niederst et al. 2015)がエピジェネティック変化による耐性機序として確立されているのと同様に、本研究のAST(腺癌からSCC転換)はKRAS阻害薬耐性における同カテゴリーを新規に定義した。これまでの研究ではKRAS阻害薬耐性における組織学的転換の因果関係は不明であったが、本研究はそれを明確に示した点で対照的である。LKB1欠損が細胞系列の可塑性を高め、治療ストレス下での組織学的転換を促進するという解釈は、LKB1が染色体アクセシビリティ制御(NKX2モチーフからSOXモチーフへの転換)に関与するというPierce et alの先行知見と整合的である。

新規性: 本研究で初めて、KRAS G12C/LKB1変異肺腺癌において、アダグラシブ治療中のASTが耐性メカニズムとして機能することを、臨床検体、GEMM、オルガノイドモデルを用いた統合的なアプローチで実証した。特に、ELF5-DNp63軸がエピジェネティックにASTを制御し、KRAS非依存的な状態への転換を促進するという分子メカニズムはこれまで報告されていない新規の知見である。また、AST可塑性シグネチャーとKRT6Aの発現がアダグラシブへの反応不良を予測するバイオマーカーとなることを初めて示した。

臨床応用: 本知見は、KRAS G12C/LKB1変異肺腺癌患者において、治療前の生検でSCCシグネチャーやKRT6A高発現を評価することで、アダグラシブに対する反応不良患者を事前に特定できる可能性を示唆する。これは、患者層別化と個別化医療の推進に臨床的意義を持つ。特に、KL/SCC-high亜型という新たな臨床サブタイプを提唱し、この亜型がアダグラシブ単剤療法に不良な反応を示すことを示した。SCCへの転換後は、EGFR阻害薬、FGFR阻害薬、白金製剤ベース化学療法などのSCC特異的治療への切り替えが妥当と考えられる。

残された課題: 今後の検討課題として、ASTを予防する併用療法の開発が挙げられる。具体的には、LKB1経路補完やBET阻害薬などのエピジェネティック阻害薬とKRAS阻害薬の組み合わせが有効である可能性がある。また、DNp63過剰発現がすべてのヒト肺腺癌細胞株でアダグラシブ耐性を誘導しないというコンテキスト依存性の解明、KRAS G12C以外のKRAS変異(G12Dなど、MRTX1133を対象)に対するAST機序の普遍性検証も必要である。さらに、KRT6A/ASTシグネチャーを用いた前向き患者選択試験の実施が残された課題である。本研究のサンプルサイズ(KRYSTAL-1の68例)は相対的に小規模であり、より大規模なコホートでの検証も必要である。

方法

臨床データ解析 (KRYSTAL-1試験):KRAS G12C変異癌に対するアダグラシブ第I/II相試験(KRYSTAL-1)に登録された116例の肺癌患者データを解析した。このうち、68例の患者から治療前生検の全トランスクリプトームプロファイリングデータが利用可能であり、これらを用いて腺癌(ADC)および扁平上皮癌(SCC)関連遺伝子シグネチャースコアを算出し、治療期間、無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)との相関をPearson相関分析により評価した(Tables S1, S2)。特にSTK11/LKB1変異ステータスによるサブグループ解析を実施し、患者をSCCシグネチャースコアの上下四分位(high/low)に層別化して比較した。統計解析にはt検定、log-rank検定、一元配置分散分析(ANOVA)を用いた。

前臨床GEMMモデル:KRAS LSL-G12C/+;Lkb1 flox/flox (KCL) およびKRAS LSL-G12C/+;Trp53 flox/flox (KCP) の2つのGEMM(n=5 mice/group)を用いて、アダグラシブの長期投与実験を実施した。腫瘍体積変化はMRIで経時的に評価し、組織学的変化はH&E染色、TTF1およびDNp63の免疫組織化学(IHC)染色で確認した。トランスクリプトーム変化は遺伝子セット濃縮解析(GSEA)により評価した。また、KRAS LSL-G12D/+;Lkb1 flox/flox (KDL) GEMMからもオルガノイドを樹立し、長期培養におけるAST誘導を評価した。

オルガノイドモデル:KDL ADCオルガノイド13株を確立し、継代による自然発生的AST誘導能に基づき、「plastic」(n=7/13 strains)と「stable」(n=6/13 strains)に分類した。これらのplasticおよびstable organoidのMRTX1133(KRAS G12D阻害薬; 500 nM)感受性を、3日間処理後の細胞生存率アッセイで比較した。転写およびエピゲノム変化の解析には、バルクRNA-seq、ATAC-seq、およびシングルセルRNA-seq(scRNA-seq; 12,839 cells、P1/P3/P8)を用いた。scRNA-seqデータは、RNA velocity、PAGAによる軌跡解析、SCENIC(遺伝子制御ネットワーク解析)を用いて詳細に解析した。

ELF5-DNp63軸の機能的検証:Elf5のCRISPR-Cas9による遺伝子ノックアウト(KO)および過剰発現実験を行い、DNp63/NKX2-1発現、オルガノイド形態、MRTX1133感受性への影響を評価した。Trp63遺伝子のエンハンサー(C40; 334 bp、C15; 359 bp)におけるH3K27ac修飾とクロマチンアクセシビリティをCUT&Tag解析およびATAC-seqで評価し、C40/C15のCRISPR KOが機能に与える影響を確認した。ヒト肺腺癌細胞株NCI-H1373(KRAS G12C変異)にDNp63を過剰発現させ、アダグラシブ用量応答曲線を評価した。

バイオマーカー解析:KDLアダグラシブ耐性腫瘍、DNp63レギュロン、HPCS(high-plasticity cell state)クラスター6および7の共通遺伝子を重複解析により特定し、AST plasticityシグネチャーを定義した。KRYSTAL-1コホートの68例において、このシグネチャースコアと治療期間の相関を解析した。また、KRT6Aの発現と治療期間、OS、PFSの関連を評価した。独立コホートの非小細胞肺癌(NSCLC)患者36例において、KRT6Aの免疫組織化学(IHC)発現を評価した。