- 著者: Livio Trusolino
- Corresponding author: Livio Trusolino (Candiolo Cancer Institute IRCCS, Italy)
- 雑誌: Cancer Discovery
- 発行年: 2016
- Epub日: 2016-12-05
- Article種別: Commentary
- PMID: 27920137
背景
非小細胞肺がん (NSCLC) において、EGFR活性化変異(例: エクソン19欠失)は白人集団のNSCLC全体の約10%〜12%を占め、EGFR-TKI治療への良好な奏効を示すことが知られている。しかし、EGFR阻害による選択圧は、約20%の症例でMETがん遺伝子の増幅を伴う細胞サブクローンの出現を誘導し、EGFR-TKI獲得耐性の重要な機序となることが報告されている。MET増幅は、METキナーゼの過剰発現と構成的活性化を引き起こし、ERBB3を介したPI3K/AKT経路を維持することでEGFRシグナルをバイパスし、EGFR不活性化に対する耐性をもたらす。このMET増幅サブクローンは、腫瘍の遺伝的不均一性により治療前から既存のサブクローンとして存在する場合や、ゲノム不安定性により治療中にde novoで誘導される場合があることが示唆されている (Engelman et al. Science 2007、Turke et al. CancerCell 2010)。
前臨床研究では、この特定の遺伝的背景においてMETを薬理学的に阻害することで、耐性が克服され、EGFR阻害への感受性が回復することが示されている。しかし、これまでのMET阻害薬を用いた大規模第III相臨床試験、例えば抗METモノクローナル抗体であるonartuzumab (METLung試験) や、MET阻害作用を持つとされるtivantinib (MARQUEE試験) は、いずれも主要評価項目を達成できなかった。これらの試験の失敗は、主に患者選択の不備、特にMET過剰発現を免疫組織化学 (IHC) で評価するという非特異的な選択基準が用いられたことに起因すると指摘されている。真のoncogenic MET activationを持つ患者、すなわちMET遺伝子増幅を有する患者が適切に層別化されていなかったことが、これらの試験の失敗の主要な原因であると考えられており、精密医療的アプローチとしての患者選択戦略の再検討が喫緊の課題として残されていた。この背景から、MET増幅を伴うEGFR変異NSCLCに対するMET標的治療の有効性を再評価し、適切な患者選択バイオマーカーを確立することが強く求められていた。
目的
本解説記事は、Bahcall et al. (Cancer Discov 2016;6:1334-41) が報告した症例研究を基に、EGFR変異・MET増幅NSCLCにおけるMET阻害薬の治療標的としての可能性を再評価することを目的としている。特に、過去の大規模臨床試験の失敗がMET阻害薬自体の有効性を否定するものではなく、患者選択の不備に起因するという視点を提供し、精密医療における適切な患者層別化の重要性を強調する。さらに、MET D1228V変異がType I MET阻害薬への獲得耐性を引き起こす一方で、Type II MET阻害薬には感受性を示すという新規の耐性メカニズムと、それに基づく治療戦略の転換の意義を考察する。これにより、METを標的とした治療戦略の最適化と、耐性克服に向けた新たなアプローチの確立に貢献することを目指す。
結果
過去のMET阻害薬大規模試験の失敗と患者選択問題: 本解説記事が論じるBahcall et al. (Cancer Discov 2016;6:1334-41) の症例研究を背景として、過去の大規模第III相試験の失敗が詳述された。METLung試験 (onartuzumab+erlotinib vs. erlotinib) は、J Clin Oncol 2014で報告された前向き無作為化試験であり、主要エンドポイントを達成できなかった。同様に、MARQUEE試験 (tivantinib+erlotinib vs. erlotinib、J Clin Oncol 2015;33:2667-74) も早期中止となった。これらの失敗の主因として、両試験ともMET過剰発現を免疫組織化学 (IHC) で評価するという非特異的な患者選択基準が用いられ、真のoncogenic MET activationを持つ患者(MET増幅)が適切に濃縮されていなかった点が明確に指摘された。IHCによる半定量的評価は連続変数の閾値設定に問題があり、遺伝子増幅という選択可能な変化を見落とす可能性が高いと論じられた。
MET増幅特異的な患者選択と精密医療戦略の必要性: EGFR変異陽性NSCLCはCaucasian集団の約10%〜12%に存在し、EGFR-TKI治療後の最大20%でMET増幅による耐性が生じることが示されている。MET FISHによる高増幅 (MET/CEP7比≥2.2など) を有する患者に限定すれば、EGFR TKI耐性後のEGFR+METデュアル阻害が有効である可能性が高く、こうした患者はMETキナーゼへの「oncogenic addiction」状態にあると考えられる。また、MET増幅は腫瘍内の遺伝的不均一性により治療前からプレ存在するサブクローンとして、あるいはゲノム不安定性によりde novoに生じると論じられた。
症例患者:EGFR変異・MET増幅NSCLCへのosimertinib+savolitinib治療と8か月後の耐性発現: Bahcall et al.が報告した症例は、EGFR exon 19欠失変異を持つ転移性NSCLCで、erlotinib (第1世代) およびafatinib (第2世代) の両方に無効であった患者である。頸部リンパ節生検の次世代シーケンシング (NGS) で、EGFR exon 19欠失に加えてMET高増幅が同定された。この患者に対し、mutant-selective EGFR阻害薬 (osimertinib) とType I MET阻害薬 (savolitinib) の併用療法を投与したところ、当初は劇的な臨床的奏効を示した。しかし、8か月後に耐性が発現し、新規の肺転移巣が出現した。
MET D1228V変異によるType I MET阻害薬耐性の同定: 耐性再発病変の二次NGS解析で、METキナーゼドメインにD1228V (3683A→T) 変異がアレル頻度43%という高い比率で検出された。この変異はキナーゼ活性化ループの再配置を引き起こし、Type I MET阻害薬(活性型キナーゼに結合する)の結合部位を閉塞することが構造生物学的に示された。さらに著者らは、droplet digital PCR (ddPCR) 法によるMET D1228V変異の血漿検出系も開発し、非侵襲的モニタリングの実現可能性を示した。
Type II MET阻害薬 (cabozantinib) +erlotinibによる劇的奏効: 生化学的アッセイでは、D1228V変異を発現するNSCLC細胞において、Type II阻害薬(不活性型・活性型双方のMET構造に結合)はキナーゼリン酸化と下流シグナルを抑制したが、Type I阻害薬 (savolitinibを含む) は抑制できなかった。この患者に対してerlotinib + Type II MET阻害薬cabozantinibの組み合わせを投与したところ、劇的な腫瘍縮小反応が得られた (Figure 1)。この症例は、Type IからType II MET阻害薬へのシーケンシャル治療によって耐性を克服できることを示した最初の臨床報告として意義深い。
考察/結論
本Commentaryは、MET増幅EGFR-TKI耐性NSCLCに対するMET標的治療の可能性を再評価した意義深い論考である。
先行研究との違い: 過去の大規模試験の失敗はMET阻害薬の有効性の否定ではなく、患者選択の失敗であったという視点を提示し、精密医療的アプローチ(高増幅患者の厳選)の重要性を強調した点で、これまでの一般的な解釈とは対照的である。特に、MET過剰発現 (IHC) ではなく、MET遺伝子増幅という遺伝子レベルでのバイオマーカーの重要性を明確に示した。
新規性: 本研究で初めて、EGFR変異・MET増幅NSCLC患者において、Type I MET阻害薬(savolitinib)に対する獲得耐性がMET D1228V変異によって引き起こされることを同定した。さらに、このD1228V変異がType I阻害薬の結合部位を閉塞する一方で、Type II阻害薬(cabozantinib)には感受性を示すという新規の耐性克服戦略を臨床的に実証したことは、これまで報告されていない画期的な知見である。
臨床応用: 本知見は、MET増幅を伴うEGFR-TKI耐性NSCLC患者に対するMET阻害薬の臨床応用を再活性化するものである。特に、Type I MET阻害薬で治療中に耐性を獲得した患者において、D1228V変異のスクリーニングをルーチンで行い、陽性であればType II MET阻害薬への切り替えを検討するという、EGFR T790M変異による第1世代TKI耐性から第3世代TKIへの切り替えと類似したシーケンシャル治療の概念を提示した。これは、非侵襲的な血漿ddPCRによるD1228V変異のモニタリングの実現可能性も示唆しており、臨床現場での個別化医療の進展に大きく貢献する。
残された課題: 今後の検討課題として、MET増幅やMET exon 14 skipping変異といったMET依存性腫瘍におけるMET阻害薬の有効性を、より大規模な前向き臨床試験で検証する必要がある。また、D1228V変異以外のMET阻害薬に対する獲得耐性メカニズムの探索、および共存する他の遺伝的・機能的特徴が治療感受性や耐性に与える影響を包括的に解析することが残されている。最終的には、患者レベルでの層別化と高密度な分子アノテーションに基づいた意思決定アルゴリズムの開発が、MET阻害治療の最適化に不可欠である。
方法
本論文は解説記事 (Commentary) であるため、特定の実験方法や患者コホートを用いた研究デザインは含まれていない。主に、Bahcall et al. (Cancer Discov 2016;6:1334-41) が報告した単一症例の臨床経過と分子生物学的解析結果を詳細にレビューし、その知見を既存の文献情報や大規模臨床試験の結果と統合して考察している。
具体的には、以下の情報源と解析手法が議論の根拠として用いられている。
- 症例報告の解析: Bahcall et al.の報告に基づき、EGFR変異・MET高増幅NSCLC患者におけるEGFR阻害薬とMET阻害薬の併用療法の臨床的奏効、およびその後の獲得耐性メカニズム(MET D1228V変異)の同定について詳細に検討された。
- 分子生物学的解析: 症例患者の腫瘍組織および血漿検体を用いた次世代シーケンシング (NGS) およびdroplet digital PCR (ddPCR) による遺伝子変異解析の結果が引用され、MET D1228V変異のアレル頻度 (43%) や、Type IおよびType II MET阻害薬に対する感受性の生化学的アッセイデータが参照されている。
- 既報の臨床試験のレビュー: METLung試験 (onartuzumab+erlotinib) およびMARQUEE試験 (tivantinib+erlotinib) といった過去のMET阻害薬に関する大規模第III相試験の失敗原因が、患者選択基準(MET IHC陽性)の不適切性という観点から再評価された。
- MET阻害薬の分類: Type I阻害薬(活性型キナーゼに結合)とType II阻害薬(不活性型・活性型双方に結合)の作用機序の違いが説明され、MET D1228V変異がType I阻害薬の結合を阻害するメカニズムが構造生物学的知見に基づいて考察された。
- 精密医療の概念: EGFR変異とMET増幅の遺伝子診断に基づいた患者層別化の重要性、および耐性変異(MET D1228V)のモニタリングと治療戦略の動的な適応の必要性が強調されている。
統計手法に関する具体的な記述はないが、過去の臨床試験の主要エンドポイント未達成という結果が、患者選択のバイアスによって生じた可能性が議論の中心となっている。