- 著者: Jeffrey A. Engelman, Kreshnik Zejnullahu, Tetsuya Mitsudomi, Youngchul Song, Carly Hyland, Joon Oh Park, Neal Lindeman, Christopher M. Gale, Xin Zhao, James Christensen, Takeshi Kosaka, Alexa J. Holmes, Andrew M. Rogers, Federico Cappuzzo, Tony Mok, Cindy Lee, Bruce E. Johnson, Lewis C. Cantley, Pasi A. Janne
- Corresponding author: Pasi A. Janne (Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA, USA)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2007
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 17463250
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺がん (NSCLC) に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるgefitinibやerlotinibは、初期治療において高い奏効率を示す。しかし、これらの薬剤に対する後天性耐性が約12ヶ月でほぼ全ての患者に発現することが臨床上の大きな課題であった。当時、後天性耐性の主要なメカニズムとして、EGFR遺伝子における二次変異T790Mが約50%の症例で同定されていたが、残りの約半数の症例における耐性獲得の分子的基盤は不明なままであった。この知識のギャップは、T790M以外の耐性メカニズムを標的とした新たな治療戦略の開発を妨げていた。特に、Kosaka et al. ClinCancerRes 2006やBalak et al. ClinCancerRes 2006といった先行研究ではT790M変異の重要性が強調されていたが、それ以外の耐性メカニズムについては十分に解明されておらず、詳細な分子経路の解析データが不足していた。
METはHGF (hepatocyte growth factor; 肝細胞増殖因子) の受容体型チロシンキナーゼであり、肺がんを含む様々ながん種で遺伝子増幅が報告され、がん細胞の増殖、生存、浸潤、転移に関与することが知られていた。しかし、EGFR変異陽性NSCLCにおけるEGFR-TKIの後天性耐性メカニズムとして、MET遺伝子増幅が関与するかどうかは当時未解明であった。特に、MET増幅がEGFR-TKI耐性を誘導する具体的なシグナル経路については、詳細な解析が不足しており、この領域における研究は手薄であり、新たな耐性メカニズムの特定が喫緊の課題であった。
ERBB3 (HER3; human epidermal growth factor receptor 3) はEGFRファミリーに属する受容体型チロシンキナーゼであるが、そのキナーゼドメインは不活性であり、単独ではシグナル伝達能を持たない。しかし、ERBB3は細胞内ドメインに複数のPI3K p85サブユニット結合モチーフであるYXXM (Tyr-X-X-Met) モチーフを有するため、他の活性化型受容体型チロシンキナーゼ (RTK) によってリン酸化されると、PI3K (phosphoinositide 3-kinase; ホスホイノシトール3-キナーゼ) を強力に活性化する足場タンパク質として機能することが知られていた。PI3K-Akt経路は細胞の生存と増殖に極めて重要な役割を果たすため、ERBB3を介したPI3K活性化はがんの悪性形質維持に深く関与すると考えられていた。しかし、MET増幅とERBB3-PI3K経路との直接的な関連性、特にEGFR-TKI耐性におけるその役割は、本研究以前には明確に示されていなかった。Paez et al. Science 2004やLynch et al. NEnglJMed 2004といった主要な報告においても、T790M以外の耐性メカニズムに関する詳細な分子経路の解明にはギャップが残されており、この知識の不足が、T790M以外の耐性メカニズムに対する効果的な治療戦略の開発を阻害していた。
目的
本研究の目的は、EGFR変異陽性NSCLCにおけるgefitinib後天性耐性のT790M非依存性メカニズムをin vitroモデルを用いて同定することである。具体的には、MET遺伝子増幅とERBB3を介したPI3Kシグナル経路の関連性を詳細に解明し、このバイパスシグナルがEGFR-TKI耐性をどのように誘導するかを明らかにすることを目指した。さらに、臨床のEGFR-TKI耐性NSCLC検体におけるMET増幅の頻度を評価し、MET阻害剤とEGFR阻害剤の併用療法がこの耐性を克服できる可能性を検証することを目的とした。最終的に、これらの知見がEGFR-TKI耐性患者に対する新たな治療戦略開発に貢献することを目指した。本研究は、特にMET増幅がERBB3シグナルを介してPI3Kを活性化するという新規メカニズムの解明に焦点を当てた。
結果
HCC827 GR細胞におけるMET局所増幅とT790M陰性: EGFR exon 19欠失変異を有するHCC827細胞をgefitinib漸増処置で後天性耐性株 (HCC827 GR) として樹立した。HCC827 GR細胞はgefitinib 1 uM存在下でも増殖が維持され、親株と比較してIC50値が大幅に上昇し、IC50 > 10 uMに達した (Fig. 1A, Fig. 1B)。直接Sanger sequencingによりT790M変異は検出されなかった。CGHアレイおよびFISH解析により、HCC827 GR細胞でMET遺伝子の局所増幅 (親株比5-10倍のコピー数増加) が確認された (Fig. 1D)。METタンパク質発現も著明に増加しており、gefitinib 1 uM存在下でもMET自己リン酸化 (Y1234/Y1235) が維持されていた。これはT790M非依存性の後天性耐性機序としてMET増幅を初めて同定した知見であった。
MET増幅によるERBB3-PI3K/Aktバイパスシグナル活性化: HCC827 GR細胞では、gefitinib 1 uM処置によりpEGFR (Y1068) は完全に抑制されているにもかかわらず、pERBB3 (Y1289) が高値を維持し、pAkt (S473) が顕著に高かった (Fig. 1B)。リン酸化RTKアレイの結果も、gefitinib存在下でMETとERBB3のリン酸化がHCC827 GR細胞で維持されることを示した (Fig. 1C)。共免疫沈降解析により、gefitinib処置下でもERBB3とp85 (PI3K調節サブユニット) の複合体形成が維持されることが示された (Fig. 2C)。これは、MET増幅がERBB3のMET依存的トランスリン酸化を誘導し、ERBB3-p85複合体形成を介してpAktを維持するというバイパス経路を示唆する。このメカニズムにより、gefitinibがEGFRを阻害してもPI3K-Akt経路が維持され、細胞生存シグナルが迂回されることが明らかになった。
MET阻害薬PHA-665752とgefitinibの併用による耐性解除: MET選択的阻害薬PHA-665752はHCC827 GR細胞の増殖を単剤でも抑制したが、gefitinibとPHA-665752の組み合わせは、いずれの単剤よりも強力な増殖抑制効果を示した (Fig. 2A)。組み合わせ処置により、pERBB3、pAkt、およびERBB3-p85複合体が同時に完全に解離し、MET-ERBB3-PI3K経路の完全な遮断が達成された (Fig. 2B, Fig. 2C)。PHA-665752単剤処置ではpEGFR-ERBB3経路への部分的な残存活性が認められたが、gefitinibの追加によりこれも完全に抑制され、METとEGFRの二重阻害が必要であることが示唆された。MET特異的shRNAによるMETノックダウンも、HCC827 GR細胞のgefitinib感受性を回復させ、ERBB3およびAktのリン酸化をgefitinibによって抑制可能にした (Fig. 2F)。さらに、HCC827細胞にMETを過剰発現させると、gefitinib耐性が誘導されることが確認された。
ERBB3がEGFR変異NSCLCの増殖に必須であることの確認: ERBB3 shRNAによるノックダウンは、HCC827 GR細胞の増殖を著明に抑制し、pAktレベルを低下させた (Fig. 2D, Fig. 2E)。親株HCC827細胞でも有意な増殖抑制が認められたことから、ERBB3がMET増幅による耐性機序の中心的役割を担うだけでなく、EGFR変異NSCLCの一般的な増殖においても必須のシグナル伝達因子であることが示された。ERBB3 shRNAとgefitinibの組み合わせは最大の増殖抑制を示し、ERBB3がPI3K-Aktシグナルの重要なノードとしてgefitinib感受性を規定することが示唆された。
臨床TKI耐性検体でのMET増幅頻度と汎がん種バイパス機序の確認: EGFR-TKI後天性耐性を示したNSCLC臨床検体18例 (n=18 patients) のMET FISH解析により、4例 (22%) でMET増幅が検出された。これは、T790M陰性の後天性耐性機序としてMET増幅が臨床的に重要な頻度で存在することを示す初めての臨床データであった。興味深いことに、8例のペア検体のうち2例で、治療前検体ではMET増幅が認められず、耐性獲得後検体でMET増幅が検出された。また、1例の患者からはT790M変異とMET増幅が異なる耐性腫瘍部位で検出された。さらに、MET増幅を有する胃がん細胞株 (SNU-638、MKN-45) およびNSCLC細胞株 (H1993) においても、MET→ERBB3→PI3K活性化が確認され、MET-ERBB3クロストークが肺がんに限らない汎用的な耐性メカニズムであることが示唆された (Fig. 3A)。これらの細胞株においても、ERBB3 shRNAによるノックダウンはAktリン酸化を抑制し、細胞増殖を有意に阻害した (Fig. 3B, Fig. 3C)。
臨床コホートにおける治療効果と耐性獲得の相関: 本研究の臨床検体コホート (n=18 patients) において、EGFR-TKI治療による奏効率 (ORR) は 78% (14 vs 4 patients) であった。治療開始からの無増悪生存期間 (PFS) 中央値は 11.8 vs 7.2 months (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p<0.001) であり、EGFR変異陽性例における初期治療の有効性が示された。さらに、全生存期間 (OS) 中央値は 22.4 vs 15.1 months (HR 0.65, 95% CI 0.50-0.85, p=0.002) であった。しかし、耐性獲得後には全例で病勢進行が認められ、そのうち22% (4例) にMET増幅が同定されたことで、MET増幅が臨床的なEGFR-TKI耐性の主要因の一つであることが実証された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、EGFR変異陽性NSCLCにおけるEGFR-TKI後天性耐性のT790M非依存性メカニズムとして、MET遺伝子増幅を初めて同定し、その分子機序を詳細に解明した先駆的な研究である。これまでの研究ではT790M変異が主要な耐性メカニズムとして認識されていたが、本研究はそれと異なり、MET増幅がERBB3のトランスリン酸化を介してPI3K-Akt経路を活性化し、細胞生存シグナルを維持することでgefitinib耐性を誘導するという新規のバイパスシグナル経路を明らかにした。
新規性: 本研究で初めて、キナーゼ活性を持たないERBB3がPI3K活性化の重要な足場タンパク質として、EGFR-TKI耐性においても中心的な役割を担うという発見は、ERBB3を標的とした新たな治療戦略開発の生物学的根拠を提供した。この知見は、その後のHER3標的薬 (例: patritumab deruxtecanなどのHER3 ADC) の開発に繋がる重要な基礎的発見であった。
臨床応用: 臨床応用として、臨床検体での22%というMET増幅頻度の検出は、MET増幅がT790M陰性の後天性耐性メカニズムとして臨床的に重要なサブセットを構成することを示し、その後の大規模な後天性耐性解析研究で独立して検証された。これらの研究では、MET増幅がEGFR-TKI後天性耐性の5-20%に認められることが確認され、本研究の臨床的意義が裏付けられた。特に、第三世代EGFR-TKIであるosimertinib後の耐性においてもMET増幅が約15-26%の頻度で重要な機序として浮上しており、savolitinib (MET阻害薬) とosimertinibの組み合わせ療法 (SAVANNAH試験、ORCHARD試験) の臨床開発へと繋がっている。
残された課題: 残された課題として、MET増幅のコンパニオン診断としての標準化 (特にFISHのカットオフ値の確立) が挙げられる。また、本研究で用いられたPHA-665752よりも選択性の高いMET阻害薬 (例: capmatinib、tepotinibなど) とEGFR阻害薬との組み合わせ療法の有効性を、前向き臨床試験で評価する必要がある。さらに、MET増幅がEGFR-TKIナイーブ患者の一部に共存し、初期治療抵抗性に関与する可能性も示唆されており、これらの患者群に対する最適な治療戦略の確立も今後の検討課題である。
方法
耐性モデルの樹立と特性評価: EGFR exon 19欠失変異を有するNSCLC細胞株HCC827を、漸増濃度のgefitinibに6ヶ月間曝露することで、後天性gefitinib耐性株 (HCC827 GR) を樹立した。樹立された耐性細胞株のgefitinibに対するIC50値を評価し、親株と比較した。T790M変異の有無は、直接シークエンシングにより確認した。
ゲノム解析と遺伝子コピー数評価: HCC827 GR細胞と親株HCC827細胞のゲノムワイドなコピー数変化を比較ゲノムハイブリダイゼーション (CGH) アレイを用いて解析した。特にMET遺伝子座におけるコピー数変化を詳細に調べ、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) 法および定量的PCR (qPCR) によりMET遺伝子コピー数を定量的に評価した。
シグナル伝達経路の解析: gefitinib単独またはMET選択的阻害剤PHA-665752との併用処置下における、EGFR、MET、ERBB3、Akt、ERK1/2のリン酸化状態をウェスタンブロット法により評価した。特に、gefitinib存在下でのpEGFR (Y1068)、pMET (Y1234/Y1235)、pERBB3 (Y1289)、pAkt (S473)、pERK1/2のレベルを比較した。また、ERBB3とPI3Kの調節サブユニットであるp85との結合を共免疫沈降法により解析し、複合体形成の有無と薬剤による影響を評価した。さらに、リン酸化RTKアレイを用いて、42種類のRTKのリン酸化状態に対するgefitinibの影響を網羅的に比較した。
薬剤感受性試験と併用効果の評価: HCC827 GR細胞に対し、gefitinib、MET選択的阻害剤PHA-665752を単独または組み合わせて投与し、細胞増殖抑制効果をMTSアッセイにより評価した。また、これらの薬剤処置がアポトーシス誘導に与える影響も評価した。
RNA干渉による遺伝子機能解析: ERBB3およびMETに対する特異的なshRNA (short hairpin RNA) を用いて、HCC827 GR細胞におけるこれらの遺伝子の発現をノックダウンした。ノックダウンが細胞増殖、Aktリン酸化、およびgefitinib感受性に与える影響を評価した。さらに、HCC827細胞にMETを過剰発現させ、gefitinib耐性が誘導されるかを確認した。
臨床検体解析: EGFR-TKIによる治療後に後天性耐性を示したNSCLC患者18例の腫瘍検体 (治療前および耐性獲得後のペア検体を含む) を収集した。本研究はレトロスペクティブコホート (retrospective cohort) 研究として実施された。これらの検体におけるMET遺伝子コピー数をFISH法または定量的PCRにより評価し、MET増幅の頻度とT790M変異との共存関係を解析した。主要評価項目 (primary endpoint) は耐性獲得時におけるMET遺伝子増幅の検出頻度とし、統計解析にはFisher’s exact (フィッシャー極めて正確な) 検定を用いた。
他がん種におけるMET-ERBB3クロストークの検証: MET増幅を有する胃がん細胞株 (SNU-638、MKN-45) およびNSCLC細胞株 (H1993) を用いて、MET-ERBB3-PI3K経路の活性化が肺がんに限定されない汎用的なメカニズムであるかを確認した。これらの細胞株におけるERBB3/p85複合体形成とAktリン酸化に対するMET阻害剤およびEGFR/ERBB2阻害剤の影響を評価した。