- 著者: Alexa B. Turke, Kreshnik Zejnullahu, Yi-Long Wu, Pasi A. Jänne, et al.
- Corresponding author: Pasi A. Jänne (Dana-Farber Cancer Institute / Brigham and Women’s Hospital)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2010
- Epub日: 2010-01-19
- Article種別: Original Article
- PMID: 20129249
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) (gefitinib、erlotinib) への獲得耐性の約20%はMET癌遺伝子の増幅によって引き起こされることが臨床的に確認されていた。この耐性メカニズムは、ERBB3/PI3K/AKTシグナル経路の活性化を介してEGFR-TKIの効果をバイパスすることが報告されている Engelman et al. Science 2007。しかし、このMET増幅が治療によって新たに誘導されるのか、それとも治療前から腫瘍内に微小クローンとして存在し、TKIによる選択圧により増殖するのかは未解明であった。この「preexistence vs. de novo emergence」の問題は、耐性発現の予防戦略を策定する上で根本的に重要な課題が残されている。また、HGF (hepatocyte growth factor) がMET増幅とは独立した耐性機序としても機能することが示唆されていたが Balak et al. ClinCancerRes 2006、その相互作用も明確ではなかった。さらに、EGFR T790M変異が治療前から低頻度で存在することが示唆されていたが Maheswaran et al. NEnglJMed 2008、MET増幅に関する同様のデータは不足している状況であった。
目的
本研究の目的は、EGFR変異NSCLCにおけるMET増幅の起源 (preexistence vs. de novo emergence) を解明することである。また、HGFによるMET経路活性化がどのようにEGFR-TKI耐性に関与するかを明らかにし、EGFRとMETのデュアル阻害による耐性克服の有効性を検証する。最終的には、治療前のMET増幅の存在を特定することで、初期の併用療法から恩恵を受ける患者を特定する可能性を探ることを目指した。
結果
治療前MET増幅微小クローンのpreexistenceの証明: 高感度FISH解析により、未治療HCC827親細胞集団4237個中6個 (0.14%) がMET増幅を保有することが明らかになった (Figure 7B, 7C)。この微小クローン頻度は極めて低いが、EGFR-TKI治療により選択的に増殖することをin vitroで実証した。PF00299804耐性 (PFR) クローンのSNPアレイ解析では染色体7q上の限局したMET増幅が確認され、同様のMET増幅がgefitinib耐性 (GR) クローンでも認められた (Figure 2C, 2D)。PFRとGRクローンが共通する染色体欠失パターンを示したことから、両者が共通の前駆クローンに由来する可能性が示唆された。
HGFによるMET増幅クローン選択促進とGAB1を介した耐性機序: 外因性HGF (50 ng/mL) は親細胞HCC827においてgefitinib耐性を誘導した (Figure 3A)。HGFはGAB1 (METシグナル下流アダプター) を介してPI3K/AKT経路を維持し、EGFRキナーゼ阻害下でも細胞生存シグナルを保持した (Figure 5A, 5B)。MET増幅依存性耐性 (ERBB3→PI3K/AKT経路) とHGF依存性耐性 (GAB1→PI3K/AKT経路) という2つの独立したPI3K活性化経路が存在することが示された。さらにin vivoでHGF暴露が既存のMET増幅クローンの選択を加速することが確認された (Figure 7D)。GFP標識されたMET増幅HCC827 GR6細胞を0.1%の頻度で親細胞に混入させ、gefitinibとHGFで処理したところ、19日後にはGFP陽性細胞の割合が300倍以上に増加し、約33%に達した。
EGFR+METデュアル阻害による完全腫瘍消失: PF00299804 (EGFR阻害薬) とPF02341066 (MET阻害薬) の併用は、MET増幅GRセルラインの腫瘍増殖をin vivoで完全に抑制した (vs. vehicle、p<0.0001) (Figure 1D)。単剤ではいずれも不十分であり、デュアル阻害の必要性が示された。重要なことに、治療を56日目に中断した後も35週間以上にわたって腫瘍再増殖が認められず (全例「治癒」の状態)、完全かつ持続的な腫瘍制御が確認された。HGF過剰産生による耐性モデルでもEGFR+MET阻害薬の組み合わせが有効であり、gefitinib単剤と比較して腫瘍増殖を完全に抑制した (p<0.001) (Figure 3E)。
MET増幅のシグナル機序 (ERBB3経由のPI3K/AKT維持): GR細胞では、METがEGFR阻害下においてもERBB3のリン酸化 (pERBB3) を維持し、ERBB3を介してPI3K/AKTを持続的に活性化することが示された (Figure 1B)。これに対してHGF誘導性耐性はERBB3ではなくGAB1を介してPI3K/AKTを活性化するという点で、シグナルの起点は異なるが共通のPI3K/AKT維持という収束機序を持つことが明らかになった。MET阻害薬 (PHA-665,752) の追加でGR細胞のpERBB3・pAKT・pERKが完全に抑制され、EGFRシグナルがMETによって「バイパス」されていることが実験的に証明された (Figure 6E)。この知見はMET増幅・HGF依存性の両耐性でPI3K/AKT経路の維持が核心的役割を担うことを示し、PI3K阻害薬との組み合わせも代替的耐性克服戦略として示唆された。
臨床患者での前向き検証と治療前スクリーニングの意義: MET増幅による耐性を示した4例のEGFR変異NSCLC患者全例 (4/4、100%) の治療前検体に微細なMET増幅クローン (<1%の細胞) が検出された (Figure 8A, 8B)。これはMET増幅が治療により新たに誘導されるのではなく、pre-existing minorityクローンがTKI選択圧のもとで増殖したことの直接的証拠となった。HGF発現は、治療抵抗性検体において治療前検体よりも有意に高かった (p=0.025、Wilcoxon符号順位検定)。この知見は、EGFR-TKI治療開始前に高感度手法でMET増幅を検出し、preexisting cloneを保有する患者を同定することで、予防的なEGFR+METデュアル阻害療法を早期に導入する戦略の根拠を提供した。
考察/結論
本研究はEGFR-TKI耐性としてのMET増幅が「preexisting minority clone」の選択によることを、定量的かつ臨床証拠を持って初めて示した。この知見は腫瘍内不均一性と選択進化論に基づくTKI耐性の発現メカニズムを理解する上で画期的であり、その後の多くの耐性研究のモデルとなった。
先行研究との違い: これまでの研究では、EGFR T790M変異が治療前から低頻度で存在することが示唆されていたが Maheswaran et al. NEnglJMed 2008、MET増幅が治療前から微小クローンとして存在し、治療によって選択されることを直接的に示したのは本研究が初めてである。また、HGFがMET増幅とは独立した耐性機序として機能することに加え、MET増幅クローンの選択を加速するという二重の役割を持つことを明らかにした点は、これまでの知見と異なり、MET経路の複雑な関与を浮き彫りにした。
新規性: 本研究で初めて、HGFがMET増幅クローンの選択を加速すること、およびHGFによるMET活性化がGAB1経路を介してPI3K/AKTシグナルを活性化し、EGFR-TKI耐性を誘導することを新規に同定した。これは、MET増幅とHGF産生という異なる機序がPI3K/AKT経路を介してEGFR-TKI耐性に収束するという、これまで報告されていない重要な知見である。
臨床応用: 本知見は、EGFR変異NSCLC患者において、治療開始前に高感度な手法でMET増幅微小クローンを検出することで、将来の耐性発現を予測し、予防的なEGFR+METデュアル阻害療法を早期に導入する「bench-to-bedside」戦略の強力な根拠を提供する。これにより、患者のPFS (progression-free survival) の延長や、完全奏効の可能性が高まることが期待される。例えば、MET増幅が検出された患者群では、早期からの併用療法により、単剤療法と比較して疾患進行リスクが有意に低減する可能性があり、これは臨床的意義が大きい。
残された課題: 今後の検討課題として、MET増幅微小クローンを治療前に高感度かつルーチンに検出できる臨床検査法の確立が挙げられる。また、preexisting cloneを標的とする最適な予防的治療戦略 (例: 早期からのデュアル阻害の期間や投与量) の開発と、その安全性および有効性を検証する大規模臨床試験が必要である。Limitationとして、本研究の臨床検体数が限られているため、より大規模なコホートでの検証が今後の研究で求められる。
方法
本研究は、in vitro細胞株実験、in vivoマウス異種移植モデル、およびEGFR-TKI治療患者の臨床検体を用いた多角的なアプローチで実施された。 細胞株実験: HCC827細胞 (EGFR exon 19欠失) を用いて、不可逆的パン-ERBB阻害薬PF00299804に対する耐性 (PFR) クローンを樹立した。細胞は1 nMから開始し、最終的に1 µMのPF00299804で自由に増殖できるまで6ヶ月間選択圧をかけた。同様にgefitinib耐性 (GR) クローンも作製した。MET増幅の同定にはFISH (fluorescence in situ hybridization) 法を用いた。高感度FISH法により、未治療の親細胞集団におけるMET増幅細胞の頻度を定量した。HGF (hepatocyte growth factor) のシグナル伝達と耐性促進効果を評価するため、外因性HGFの添加やHGF過剰発現HCC827細胞 (HCC827-HGF) を用いた実験を行った。GAB1 (Grb2 associated binder 1) の関与を評価するため、siRNA (small interfering RNA) によるGAB1ノックダウン実験を実施した。 In vivo異種移植モデル: ヌードマウスにHCC827 PFR細胞またはHCC827-HGF細胞を移植し、EGFR阻害薬 (PF00299804またはgefitinib) とMET阻害薬 (PF02341066) の併用効果を評価した。腫瘍体積は週2回測定し、治療効果を比較した。 臨床検体解析: EGFR変異陽性NSCLC患者27例の腫瘍組織検体を解析した。このうち16例は治療前後のペア検体、11例は治療抵抗性検体のみであった。全ての検体は、MET増幅、HGF発現 (免疫組織化学、IHC)、およびEGFR T790M変異の有無について評価された。EGFR T790M変異の検出には、SurveyorエンドヌクレアーゼとDHPLC (denaturing high-performance liquid chromatography) またはアレル特異的PCR (polymerase chain reaction) を用いた。これらの方法は1%-5%のアレル頻度でT790M変異を検出可能である。HGF IHCは、Dr. George Vander Woudeより提供された抗HGF 7.2抗体を用いて実施された。統計解析にはWilcoxon符号順位検定が用いられた。本研究はNCT番号N/Aのレトロスペクティブコホート研究として実施された。