- 著者: Sejoon Park, Taekyu Ha, Ye-Young Cho, Yongjun Choi, et al.
- Corresponding author: Seon-Young Kim, Ji-Youn Han, Cheolju Lee
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2024
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 38607364
背景
肺がんは世界的に癌関連死の主要な原因であり、その発生率は喫煙率の低下に伴い減少傾向にある。しかし、非喫煙者肺腺癌 (NSLA: never-smoker lung adenocarcinoma) は特にアジア人女性に多く、その分子病態の解明は喫緊の課題である。NSLAの大部分はEGFR変異またはALK再編成を有し、これらの患者は既存の分子標的薬により良好な治療成績が得られる。しかし、NSLA患者の約20〜30%はEGFR変異やALK再編成を持たず、このサブタイプはNENA (EGFR/ALK alterations-negative NSLA) と呼ばれる。NENA患者は既存の標的治療薬の適応外であり、治療選択肢が乏しい難治性集団である。NENAは喫煙関連NSCLCやEGFR変異陽性NSCLCとは異なる分子的特性を持つと推測されるが、包括的なマルチオミクス解析によるNENA特異的な治療標的の同定はこれまで十分に行われていなかった。特に、NENAの分子プロファイルに関するオミクスレベルでの知見は不足しており、新規治療標的の同定が課題として残されている。これまでの研究では、NSLAにおけるEGFRやALKといった既知のドライバー変異に焦点が当てられてきたが、NENA患者における網羅的な分子プロファイルの解明は未解明な点が多い。例えば、Sung et al. CACancerJClin 2021は肺がんの疫学データを示しているが、NENAの分子生物学的特性については詳細な情報がない。また、Gillette et al. Cell 2020やXu et al. Cell 2020は肺腺癌全体のプロテオゲノム解析を行っているが、NENAに特化した網羅的な解析は手薄である。
目的
本研究の目的は、非喫煙者肺腺癌 (NSLA) 患者のうち、EGFR変異およびALK再編成を持たないNENA (EGFR/ALK alterations-negative) 群の分子特性を、統合的プロテオゲノム解析により詳細に解明することである。具体的には、NENAに特異的な遺伝子変異、コピー数異常、DNAメチル化パターン、トランスクリプトーム、プロテオーム、リン酸化プロテオームの変化を同定し、NENA特異的な分子サブタイプを分類する。さらに、これらの分子プロファイルに基づいて、エストロゲンシグナル経路やSrcファミリーキナーゼ (SFK) 経路などの新規治療標的を同定し、その治療的有効性をin vitro実験で検証することを目的とする。
結果
NENAの遺伝子変異プロファイルとROS1融合の高頻度: NENA患者 (92例) の主要な体細胞変異および再編成は、TP53 (25%)、KRAS (22%)、SETD2 (11%)、ROS1融合 (14%)、ERBB2 (9%)、ARID1A (9%)、NKX2-1 (9%)、RET融合 (8%)、CDKN2A (8%) であった (Fig. 1C)。特にROS1融合は14%と高頻度であり、NENA集団内にROS1阻害薬の適応患者が一定数存在することが示唆された。一方、EGFR/ALK陽性 (EA) 群ではTP53変異が22%と最も多かったが、KRAS変異は少なく、NENA群との遺伝子背景の明確な差異が確認された。dNdScvによるドライバー変異解析では、TP53が両群に共通するドライバー変異として同定された。ROS1融合は若年層でより頻繁に検出され、ARID1AまたはTTN変異は高腫瘍変異量群でより頻繁に観察された (Fig. 1D)。KRAS変異と全生存期間 (OS) の関連、TP53変異と無再発生存期間 (RFS) の関連がNENA患者特異的に観察された (Supplementary Fig. S2E)。
STK11およびERBB2変異のプロテオゲノム統合的影響: STK11 (5%) およびERBB2 (9%) 変異は、NENAにおいて癌関連遺伝子 (CAGs) の発現に広範な影響を及ぼすことが示された (Fig. 2A)。STK11変異は19個のCAGsに影響を与え、ACSL3, CLTC, IDH1, KIT, KRASなどの発現を上方制御し、BTK, FCGBR2B, PIK3R1, WASなどの発現を下方制御した。ERBB2変異は13個のCAGsに影響を与え、STAG2の発現を増加させ、B2M, CD79Aの発現を減少させた。これらの変異はEA群では同様の影響を示さなかった (Supplementary Fig. S4A)。STK11変異はIRS2, GOLPH3L, TMEM87Bのトランスクリプトームおよびプロテオームを上方制御し (Fig. 2B)、ERBB2変異はAKAP1, GTF3C1, POU2F1のトランスクリプトームおよびリン酸化プロテオームを上方制御した (Fig. 2C)。STK11変異の頻度は本コホートで5%であったのに対し、東アジア-台湾コホートでは1%、多民族CPTACコホートでは13%であった (Supplementary Fig. S4B)。ERBB2変異の頻度は本コホートで9%であった。
NENA特異的ゲノム・エピゲノム分子シグネチャー: コピー数異常 (CNA) 解析では、NENA群においてChr14およびChr21の体細胞欠失が特徴的であり、EA群とは異なるゲノムプロファイルを形成していた (Fig. 3A)。これらの欠失は、ERBB, インスリン, ニューロトロフィン, AMPKシグナル経路の活性化と関連していた。特に、GPER1のトランス作用性CNAは、HIBADH, SMC4, STRN3などの8遺伝子の上方制御、およびADIRF, AOC3, CLIC3などの4遺伝子の下方制御と関連し、これらはNENA患者の予後不良と関連していた (Supplementary Fig. S5B)。DNAメチル化EPICアレイ解析では、腫瘍抑制機能に関連するLLGL2およびST14遺伝子座のDNA低メチル化 (転写活性化と関連) がNENA特異的に認められ、エピジェネティック調節の関与が示された (Fig. 4E)。GPER1のCNAはNENA群に特異的であり、IHC染色により高GPER1 CNA値のNENA患者で強い陽性染色が確認された (Supplementary Fig. S5D)。
リン酸化プロテオミクスによるエストロゲン・SFKシグナル経路の活性化: 質量分析リン酸化プロテオミクスによるキナーゼ活性プロファイリングにおいて、NENA群ではEA群と比較してエストロゲンシグナル経路 (ESR1/ESR2下流キナーゼ) とSrcファミリーキナーゼ (SFK: Src, Fyn, Lynなど) 経路のリン酸化が有意に高値であった (Fig. 4A, p < 0.001)。エストロゲンシグナル経路はNENA群の主要な分子的特徴として同定され、これはSTK11変異、Chr14およびChr21のコピー数欠失、LLGL2およびST14のDNA低メチル化と関連していた (Fig. 4D, E)。STK11変異はAMPK-mTOR経路の制御喪失を介してSFK活性化を誘導し、ERBB2変異はHER2-SRC軸の活性化を介してSFK経路を活性化すると考えられた。エストロゲンシグナル経路の活性化は、女性の割合が高いことによる交絡因子ではないことが確認された (Supplementary Fig. S6C, p > 0.05)。
Saracatinibに対するSTK11/ERBB2変異細胞の高感受性: コンピューター計算による薬剤感受性スクリーニングで、Srcファミリーキナーゼ (SFK) 阻害薬saracatinibがNENA集団の治療候補薬として同定された (Fig. 5A)。in vitro検証では、STK11変異を有するA549細胞はsaracatinibに対して有意な増殖抑制を示した (Fig. 5D)。特に、STK11およびERBB2二重変異を有するH1563細胞は、評価した4細胞株中最高のsaracatinib感受性 (IC50 0.5 μmol/L) を示し、STK11/ERBB2共変異がSFK依存性増殖を規定するバイオマーカーとなり得ることが示唆された。ウエスタンブロット解析でsaracatinib処理によりpSrc, pEGFR, pHER2のリン酸化低下と増殖阻害が確認された。H1563細胞の細胞生存率は、H1299細胞と比較してsaracatinib 10 μmol/Lで有意に低く (p < 0.001)、同様にA549細胞と比較しても低かった (p < 0.01)。
考察/結論
本研究は、非喫煙者肺腺癌 (NSLA) の中でもEGFR/ALK変異陰性 (NENA) という治療選択肢が乏しい集団に対し、包括的なプロテオゲノム解析を適用した新規な試みである。これまで報告されていないエストロゲンシグナル経路およびSrcファミリーキナーゼ (SFK) 経路の活性化がNENAの主要な分子特徴として同定されたことは、本研究の新規性を示す。特に、STK11変異、Chr14/Chr21のコピー数欠失、LLGL2/ST14のDNA低メチル化がエストロゲンシグナル活性化に寄与することが示された。
先行研究との違い: 従来のNSCLC研究がEGFRやALKといった既知のドライバー変異に焦点を当てていたと異なり、本研究はNENAに特化した包括的解析により、この難治性サブタイプの独自の分子景観を明らかにした。また、喫煙関連NSCLCがKRAS変異中心で高腫瘍変異量を示すのに対し、NENAは異なる分子的多様性を持つことが示された。
臨床応用: Src阻害薬であるsaracatinibが、特にSTK11/ERBB2二重変異を有する細胞株において高い感受性を示したことは、NENA患者に対する臨床応用の可能性を示唆する。この知見は、NENA患者の精密医療的アプローチに繋がる臨床的意義を持つ。エストロゲンシグナルの活性化という発見は、アロマターゼ阻害薬などのホルモン療法と組み合わせた治療戦略の検討にも展開できる可能性がある。STK11変異は免疫療法への低応答と関連することが報告されており、複数の標準治療が無効となる可能性のあるSTK11変異NENA患者にとって、本研究で同定された代替治療標的は特に臨床的緊急性が高い。
残された課題: 今後の検討課題として、エストロゲンシグナル活性化の根本的な原因 (ホルモン環境、エピジェネティック修飾) のさらなる解明が挙げられる。また、saracatinibを含むSFK阻害薬のNENA患者に対する前向き臨床評価が必要である。本研究のLimitationとしては、コホートにおける女性比率が他の非喫煙者コホートと比較してやや高い点が挙げられるが、これはアジア人集団における非喫煙者肺癌の一般的な傾向と整合する。
方法
本研究では、141例の非喫煙者肺腺癌 (NSLA) 患者の外科切除検体 (NENA 92例、EA 49例) を対象に、以下のマルチオミクス解析を実施した。本研究はレトロスペクティブコホート研究であり、主要評価項目 (primary endpoint) はNENA患者における新規治療標的の同定とした。
- 全ゲノムシーケンス (WGS): 体細胞変異、コピー数異常 (CNA) を解析した。CNVkit (v0.9.6) およびMermel et al. GenomeBiol 2011のGISTIC2.0を用いてコピー数変異を検出した。
- RNAシーケンス (RNA-seq): 遺伝子発現プロファイルを解析した。Dobin et al. Bioinformatics 2013のSTAR (v2.7.0) でリードをアラインメントし、HTSeq-count (Anders et al. Bioinformatics 2015) およびEdgeR (Robinson et al. Bioinformatics 2010) を用いて遺伝子発現量を定量化した。腫瘍純度はYoshihara et al. NatCommun 2013のESTIMATEを用いて推定した。
- DNAメチル化アレイ: Infinium MethylationEPIC BeadChip (Illumina) を用いてCpGメチル化状態を測定した。Minfi (v3.11) およびChAMPパッケージを用いて解析した。
- 質量分析プロテオミクス: TMT (tandem mass tag) 10-plexラベリングとLC-MS/MSにより、タンパク質発現量を定量化した。
- リン酸化プロテオミクス: TiO2ビーズを用いたリン酸化ペプチド濃縮後、LC-MS/MSによりリン酸化タンパク質を同定・定量し、キナーゼ活性プロファイリングを行った。
これらのデータは統合的コンピューター解析 (GSEA、ssGSEA、dNdScvなど) に供され、NENA特異的な分子シグネチャーを同定した。統計解析には、Wilcoxon rank-sum test、Student t test、Fisher exact test、Log-rank testが用いられた。in vitro機能検証として、肺腺癌細胞株 (H1299, H1437, A549, H1563) を用いた細胞増殖アッセイ、ウエスタンブロット、および薬剤感受性スクリーニングを実施し、同定された候補薬の有効性を評価した。