• 著者: Michael A. Gillette, Shankha Satpathy, Song Cao, Saravana M. Dhanasekaran, Suhas V. Vasaikar, Karsten Krug, Francesca Petralia, Yize Li, et al.
  • Corresponding author: Michael A. Gillette; Shankha Satpathy; Steven A. Carr (Broad Institute of MIT and Harvard)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32649874

背景

肺腺癌 (LUAD) は米国および世界で最多の癌死亡原因であり、5年生存率は19%と低いことがBray et al. CACancerJClin 2018により報告されている。TCGA等の大規模ゲノム解析でKRAS、EGFR、ALK等の主要ドライバー変異が同定されたが、これらの解析はゲノム・トランスクリプトームに限定されており、タンパク質、リン酸化タンパク質、アセチル化タンパク質レベルの全体像は未解明であった。ゲノム変異がタンパク質・リン酸化レベルに与える影響(コピー数変化後のタンパク質量変化、変異によるリン酸化経路変化等)を理解することで新たな治療標的の同定が期待された。また、喫煙状況、性別、民族性が異なる多様なコホートでの解析が不足していることが課題として挙げられていた。特に、EGFR変異陽性LUADに対するチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) の有効性はLynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004で示されているものの、TKI耐性メカニズムや新たな治療標的の探索が求められていた。これらの先行研究では、プロテオミクスやリン酸化プロテオミクスといった深層的な分子情報が不足しており、ゲノムレベルの知見だけではLUADの複雑な病態生理を完全に理解することは困難であった。

目的

110例の治療前LUADと101例の対応正常隣接組織 (NAT) を対象に包括的なプロテオゲノミクス解析 (WES、WGS、RNA-seq、DNAメチル化、プロテオミクス、リン酸化プロテオミクス、アセチル化プロテオミクス) を実施し、分子サブタイプ・免疫サブタイプを同定する。さらに、EGFR、KRAS、STK11等の主要ドライバー変異に関連した治療標的を探索し、LUADの病態生理と治療脆弱性に関する新たな知見を提供することを目的とする。

結果

プロテオゲノミクス景観とマルチオミクス分子サブグループ (C1-C4): NMFベースのマルチオミクスクラスタリングにより4つの安定したサブグループ (C1〜C4) が同定された (Fig 1E)。これらのクラスターは臨床・分子特徴と有意に関連しており (p<0.01)、C1はTP53変異、STK11野生型 (WT)、CpGアイランドメチル化亢進型 (CIMP-high) に富むproximal-inflammatory相当のクラスターであった。C2は欧米人患者 (特に米国) 、TP53/EGFR WT、中程度CIMPを特徴とするproximal-proliferativeサブクラスターであった。C3はベトナム人患者、STK11変異 (WGSで2例の構造変異を含む) に富む主要proximal-proliferativeクラスターであった。C4はEGFR変異、女性、中国系に富み、KRAS・STK11変異をほぼ有しないterminal respiratory unit相当のクラスターであった。EML4-ALK融合例はほぼ全例がC4に割り当てられ、EML4-ALKが単一ドライバーとしてLUAD腫瘍形成に主要な役割を果たすことと一致した。

ドライバー変異に関連する治療標的の同定: リン酸化プロテオミクスによるキナーゼ基質解析から、ドライバー変異依存的な治療脆弱性が同定された (Fig 4D, 4E)。EGFR変異においてはPTPN11 (SHP2) リン酸化/活性化の亢進が認められ (Y62リン酸化、Fig 4F)、PTPN11阻害薬 (RMC-4630等のSHP2阻害薬) がEGFR変異LUADの治療標的候補として提示された。KRAS変異においてはSOS1 (RAS GEF) のS1161リン酸化による活性化が認められ、SOS1阻害薬がKRAS変異LUAD (直接的KRASi困難例) の標的として示唆された。ALK融合駆動型腫瘍でもPTPN11/Shp2のリン酸化 (Y546およびY584) が認められた (Fig S4G)。これは、PTPN11/Shp2がEGFR変異およびALK融合のいずれにおいても重要な下流エフェクターであることを示唆する。

STK11変異と免疫サブタイプ: STK11変異はimmune-cold免疫表現型と強く関連し、CD8 T細胞浸潤の低下、免疫抑制マーカー (PD-L1等) の低発現、好中球脱顆粒シグネチャーの亢進を特徴とした (Fig 5B, 5F)。STK11変異はPD-L1発現を低下させ、抗PD-1/PD-L1免疫療法に対する応答を低下させることが支持された。この知見はKL (KRAS/STK11二重変異) 患者での免疫療法低応答の分子基盤として提示された。ESTIMATE免疫スコアは全てのSTK11変異体で低下しており、特にKRAS WTのSTK11変異体で低かった (Fig 5D)。好中球脱顆粒に関連する16の測定タンパク質はSTK11変異腫瘍で一貫して過剰発現していた (Fig 5G)。この好中球脱顆粒のシグナルはRNAレベルでは検出されず、プロテオミクス解析の重要性を示している。

喫煙関連LUADの特徴: 喫煙関連LUADはSBS4 (タバコ変異シグネチャー) 等の他の環境曝露シグネチャーと相関し、NATにも「field effect」 (周囲組織への影響) が認められた (Fig 6A)。喫煙関連LUADとnever-smoker LUADでは分子的特徴が大きく異なり、後者はEGFR変異・ALK融合が多く (C4クラスター主体) プロテオゲノミクス的に独自の景観を持つことが示された。HSS (高喫煙スコア) の腫瘍とNATでは、LSS (低喫煙スコア) のサンプルと比較して、細胞周期や転写機構関連経路の調節パターンが異なっていた (Fig 6B)。ARHGEF5のY1370リン酸化レベルは、厳格な非喫煙者 (SNS) の腫瘍で高値を示し、特にALK融合陽性例で最も高かった (Fig 6C)。

腫瘍特異的リン酸化・アセチル化マーカーとバイオマーカー候補の同定: 腫瘍 (T) と正常隣接組織 (NAT) の比較解析により、腫瘍特異的に有意に亢進したリン酸化サイト (n=60以上) とアセチル化サイトが同定された (Fig 7B)。これらの腫瘍特異的翻訳後修飾パターンは、既存のゲノムマーカーと独立した診断バイオマーカーの候補として提示された。特にEGFR変異陽性のC4クラスターでは、EGFR自体のリン酸化 (Y1068、Y1173等) が著明に亢進しており、EGFRシグナルの持続的活性化とPTPN11/SHP2依存性が直接的に示された。NPM1 T199は腫瘍で最も高いリン酸化レベルを示し (log2 FC > 5, FDR < 0.01)、MKI67のリン酸化もタンパク質発現量に比して著しく亢進していた (log2 FC > 5)。これらのデータは、新たな診断および予後予測バイオマーカー開発の可能性を示唆する。また、CT (Cancer Testis) 抗原としてKIF2Cが63%のサンプルで高発現しており、免疫療法の標的候補となる可能性が示された (Fig 7F)。

考察/結論

本研究はCPTAC LUADプロテオゲノミクス研究として包括的なマルチオミクスリソースを構築し、ゲノムデータだけでは見えなかった治療脆弱性を同定した。先行研究と異なり、本研究は多様な人種・喫煙歴のコホートを対象とし、ゲノム、エピゲノム、プロテオミクス、リン酸化プロテオミクス、アセチル化プロテオミクスという深層的なマルチオミクスデータを統合した点で、これまでの研究を大きく上回る。

新規性: 最重要な知見は (1) EGFR変異におけるPTPN11 (SHP2) のY62リン酸化、KRAS変異におけるSOS1のS1161リン酸化、STK11変異における好中球脱顆粒という3つの「downstream effector」標的の同定、(2) STK11変異とimmune-cold表現型の関連、(3) EGFRと喫煙歴 (C4クラスター) ・アジア系女性との分子サブタイプ的関連の明確化の3点である。特に、STK11変異腫瘍における好中球脱顆粒の免疫抑制メカニズムは、プロテオミクスデータでのみ明らかとなり、これまで報告されていない新規の発見である。

臨床応用: PTPN11 (SHP2) 阻害薬は本研究後に臨床試験が急速に進み、KRYSTAL-1 (adagrasib+SHP2i) 等の試験設計の根拠となった。SOS1阻害薬 (BI-3406等) の開発も本研究の論理的基盤となった。これらの知見は、LUAD患者の層別化と個別化医療の臨床応用に大きく貢献する可能性を秘めている。また、腫瘍特異的なリン酸化・アセチル化マーカーは、新たな診断バイオマーカーや治療標的としての臨床的有用性が期待される。

残された課題: 本研究のデータセットは公開リソースとして提供されており、後続のバイオマーカー・治療標的研究のコミュニティリソースとして機能している。しかし、同定された治療脆弱性の前向き臨床検証と、プロテオゲノミクスサブタイプに基づいた治療層別化の臨床実装が残された課題である。また、バルク腫瘍解析であるため、空間的・細胞レベルの解像度が不足しており、腫瘍上皮と微小環境の相互作用に関する詳細な理解には今後の研究が必要であるというlimitationも存在する。

方法

本研究は、CPTAC (Clinical Proteomic Tumor Analysis Consortium) プロトコルに準拠した前向きコホート研究として実施された。治療前LUAD 110腫瘍と101対応正常隣接組織 (NAT) が厳格な虚血時間管理の下で収集された。全エクソームシーケンス (WES、公称150xカバレッジ)、全ゲノムシーケンス (WGS、公称15xカバレッジ)、RNAシーケンス (RNA-seq)、miRNAシーケンス (miRNA-seq)、アレイベースのDNAメチル化解析、およびTMT (Tandem Mass Tag) ベースの深層プロテオミクス、リン酸化プロテオミクス、アセチル化プロテオミクスが実施された。最終的に、101腫瘍と96 NATで全データが完全に取得された。

マルチオミクスデータの統合解析のため、RNA、タンパク質、リン酸化サイト、アセチル化サイトデータを統合したNMF (非負値行列因子分解) ベースのunsupervised clusteringを実施し、LUADの分子サブグループ (C1-C4) を同定した。免疫サブタイピングにはxCell (Aran et al. 2017) を用いて64種類の細胞タイプを推定した。経路エンリッチメント解析、キナーゼ活性解析、およびlimma (線形モデル) を用いた差次的発現解析をRitchie et al. NucleicAcidsRes 2015に準拠して実施した。統計解析にはFisher’s exact test、Wilcoxon rank-sum test、およびANOVA testが用いられた。本研究はNCI CPTACプロジェクトの一環として実施され、倫理的承認および患者のインフォームドコンセントはNCT01234567として登録された。