• 著者: Georgia Hatzivassiliou, Jacob R. Haling, Huifen Chen, Kyung Song, Steve Price, Robert Heald, Joanne F. M. Hewitt, Mark Zak, Ariana Peck, Christine Orr, Mark Merchant, Klaus P. Hoeflich, Jocelyn Chan, Shiuh-Ming Luoh, Daniel J. Anderson, Mary J. C. Ludlam, Christian Wiesmann, Mark Ultsch, Lori S. Friedman, Shiva Malek, Marcia Belvin
  • Corresponding author: Marcia Belvin / Georgia Hatzivassiliou (Department of Translational Oncology, Genentech Inc., South San Francisco, CA, USA)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2013
  • Epub日: 2013-08-11
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 23934108

背景

KRASおよびBRAFの活性化変異は、MAPK経路(RAF-MEK-ERKカスケード)の構成的活性化を介して腫瘍化を駆動する主要な発がんドライバーである。例えば、非小細胞肺癌(NSCLC)の約30%がKRAS変異を、悪性黒色腫の約50%がBRAF(V600E)変異を有することが報告されている (Davies et al. Nature 2002)。MEKはwild-typeおよびmutant RAFの共通下流エフェクターであるため、アロステリックMEK阻害薬はKRAS変異とBRAF変異の両方の腫瘍に有効であると期待され、複数の化合物が臨床試験に進んだ。しかし、実臨床では、trametinibなどのアロステリックMEK阻害薬はBRAF(V600E)黒色腫で顕著な単剤活性を示す一方、KRAS変異腫瘍(特にNSCLC)では効果が著しく弱いことが繰り返し報告されてきた (Hatzivassiliou et al. Nature 2010; Heidorn et al. Cell 2010)。この感受性差の機序は未解明であった。

先行研究は、KRAS変異腫瘍ではMEK阻害薬投与後にネガティブフィードバックの解除によりwild-type RAFが活性化してMEKを再リン酸化(pMEK蓄積)し、ERK抑制効果を鈍化させることを示唆していた (Friday et al. CancerRes 2008)。しかし、このフィードバックpMEK蓄積を遮断できるMEK阻害薬と遮断できないMEK阻害薬の構造的差異、およびBRAF変異腫瘍とKRAS変異腫瘍で求められる阻害様式が逆である可能性については、系統的な検証が不足していた。特に、MEK阻害薬がMEKの活性化ループのS212残基と形成する水素結合の強度が、RAFによるMEKリン酸化の阻害能にどのように影響するかは十分に理解されていなかった。また、活性型MEKに対する結合親和性の違いが、各ジオタイプにおける阻害薬の有効性にどのように寄与するのかも明確ではなかった。本研究は、これらの知識ギャップを埋めることを目的とした。

目的

本研究の目的は、3系統の構造的に異なるアロステリックMEK阻害薬(GDC-0973 [cobimetinib]、GDC-0623、G-573)を用いて、KRAS変異とBRAF(V600E)変異腫瘍におけるMEK阻害薬の有効性差の分子機序を解明することである。具体的には、以下の3点を検証する。

  1. KRAS変異とBRAF(V600E)変異腫瘍細胞および異種移植モデルにおける各MEK阻害薬の有効性差を比較する。
  2. MEK1のX線結晶構造解析と分子モデリングにより、各阻害薬のMEK1への結合様式、特に活性化ループのS212残基との水素結合の有無と強度を解明する。
  3. S212P/S212A変異体および構成的活性型リン酸化模倣MEK-DD (S218D/S222D) を用いた構造-機能相関解析により、RAFによるMEKフィードバックリン酸化の遮断と、活性型pMEKの直接阻害という2つの異なる作用機序を立証する。

これらの解析を通じて、各ジオタイプに最適なMEK阻害機序を特定し、将来的なMEK阻害薬の設計指針を提供することを目指す。

結果

ジオタイプ選択的なEC50値: A375 (BRAF(V600E)) と HCT116 (KRAS G13D) の細胞生存率アッセイで各阻害薬のEC50値(µM)を測定したところ (Table 1, Fig 1a)、GDC-0973はA375で0.005 µMに対しHCT116で0.52 µMと、104倍のEC50比を示した。GDC-0623は0.007 µMに対し0.042 µM(6倍)、G-573は0.011 µMに対し0.167 µM(15倍)であった。生化学的なMEK1のKi値は、3化合物ともサブnM領域(1 µM ATP存在下で0.05-0.30 nM)で同等であり、細胞レベルでの差はMEK1への直接的な結合親和性以外の機序によるものと示唆された。BRAF変異およびKRAS変異細胞株パネル全体でのEC50分布も同様の傾向を示し、GDC-0973のみがKRAS変異細胞株で著明に右シフト(高EC50)した。

フィードバックpMEK蓄積の有無がKRAS変異腫瘍における有効性を決定: HCT116 (KRAS G13D) 細胞に各阻害薬を0.00045-0.33 µM(3倍系列)で一晩投与し、WBでpMEK/tMEKを測定した (Fig 2a)。GDC-0973投与では用量依存的にpMEKが顕著に蓄積したが、GDC-0623とG-573ではpMEK蓄積が抑制された。一方、A375 (BRAF(V600E)) 細胞では、3阻害薬すべてがpMEKレベルを低下させ、wild-type RAFのフィードバック活性化が低いジオタイプでは差が出ないことが確認された。ノックダウン実験により、BRAFとCRAF(ARAFは寄与せず)がpMEK誘導の責任アイソフォームと同定された。ネガティブフィードバックメディエーター(DUSP6、SPRY)の放出は全阻害薬で同等に起こり、上流の転写フィードバックではなく、直接的なRAF→MEKリン酸化阻害がpMEK蓄積差の本質であることが示された。

RAF-MEK複合体安定化能: 均一時間分解蛍光(HTRF)in vitro二量体化アッセイ (Fig 2c-d) では、GDC-0623とG-573のみがCRAFキナーゼドメインとMEKの複合体形成を促進し、GDC-0973はむしろ基底のヘテロダイマーを解離させた。BRAF(V600E)はMEKと安定な複合体を形成せず (Fig 2d)、これはwild-type RAF(CRAF)特異的な現象であった。HCT116細胞での内在性IP/WBでも、G-573とGDC-0623がBRAF-MEK/CRAF-MEK複合体を誘導し、GDC-0973は反対に基底のヘテロダイマーを低下させた (Fig 2e)。さらに、GDC-0973はBRAF-CRAFヘテロダイマー形成とCRAFの細胞膜移行を誘導したのに対し、G-573は両方を阻害した (Fig 2f)。

結晶構造とS212水素結合: MEK1-GDC-0973共結晶構造(PDB 4LMN)では、3つの阻害薬はMEK活性化ループのS212残基近傍に共通の配向で結合するが (Fig 3a)、GDC-0623とG-573は芳香族窒素(N)を介してS212の主鎖と強い水素結合を形成する。一方、GDC-0973は芳香族フッ素(F)を介して結合し、フッ素の高い電気陰性度と低い分極率のため、約1桁弱い相互作用となる。S212をプロリン(S212P)に置換して水素結合を破壊したHCT116 MEK1-null細胞では、GDC-0623/G-573はMEKリン酸化を阻害できなくなったが、S212A(側鎖のみ変異、主鎖NHは保存)では阻害能を保持した (Fig 3b)。CRAF-MEKプルダウンアッセイでは、S212P変異がGDC-0623/G-573/G-530によるRAF-MEK複合体安定化を消失させた (Fig 3d)。AZD6244 (selumetinib) はS212とNで結合するが、主鎖NHからの距離がGDC-0623よりも長いため弱い水素結合となり、KRAS変異細胞株でpMEK誘導を許容するという既報と整合する。

活性型MEKへの結合親和性: リン酸化模倣MEK-DD (S218D/S222D) およびMEK-DD-E114Dに対する蛍光異方性結合Ki値(nM)を測定した (Fig 4b)。GDC-0973はWT MEKに対し0.05 nM、MEK-DDに対し0.18 nM、MEK-DD-E114Dに対し0.48 nMと、結合親和性の低下は10倍以内であった。一方、GDC-0623はWT MEKに対し0.13 nM、MEK-DDに対し1.33 nM、MEK-DD-E114Dに対し>62.0 nMと、10-500倍の親和性低下を示した。G-573も同様にWT MEKに対し0.30 nM、MEK-DDに対し3.53 nM、MEK-DD-E114Dに対し>284.0 nMと、10-1000倍の親和性低下を示した。GDC-0973のみが活性型MEKへの結合親和性をほぼ保持しており、BRAF(V600E)(基底pMEK高値)腫瘍での有効性優位の構造的基盤を提供した。これは、GDC-0973がHRDモチーフ(His-Arg-Asp触媒モチーフ)との追加的な相互作用を形成し、A-ループのダイナミクスによる影響を緩和するためと考えられた (Fig 4c)。HCT116細胞でのMEK-DDトランスフェクション実験でも、GDC-0623/G-573はMEK-DDに対する有効性を失い、GDC-0973のみが保持した (Fig 4d)。GDC-0973に感受性のあるKRAS変異細胞株は、基底のpMEK/pERKレベルがA375 BRAF(V600E)細胞株と同程度に高値であり、すなわち「活性型MEK量」がGDC-0973感受性を予測することが示唆された。

In vivo異種移植モデルでの機序差の確認: KRAS変異モデルMiaPaCa-2において、GDC-0973は78% TGI(0 PR/0 CR、n=5/group)であったのに対し、GDC-0623は120% TGI(3 PR/2 CR)と優れた抗腫瘍活性を示した (Fig 1b)。H2122モデルでは、GDC-0973が80% TGI(1 PR/0 CR、n=10/group)であったのに対し、G-573は118% TGI(3 PR/0 CR)であった。逆に、BRAF(V600E)モデルA375では、GDC-0973が127% TGI(3 PR/2 CR)であったのに対し、GDC-0623は102% TGI(3 PR/0 CR)であった (Fig 4a)。Colo205 (BRAF(V600E)大腸癌株) モデルでは、GDC-0973が141% TGI(4 PR/6 CR)であったのに対し、G-573は109% TGI(3 PR/0 CR)であった (Fig 4a)。各ジオタイプで化合物の有効性の順位が完全に逆転したこと、および化合物の血漿中曝露量(PK)が両ジオタイプ間で差を生じないことから、PKではなく機序の違いが有効性差の本質であると結論された。

考察/結論

本研究は、ジオタイプ別のMEK阻害薬の作用機序の差異(RAF-MEK複合体安定化によるフィードバック遮断型 vs 活性型pMEK直接阻害型)が、KRAS変異およびBRAF変異腫瘍における有効性を規定するという新しいパラダイムを確立した、新規な構造-機能相関研究である。

先行研究との違い: 先行研究と異なり、本研究は阻害薬間の構造的差異と有効性の直接的な関連性を明らかにした点で新規である。先行研究はKRAS変異腫瘍でフィードバックpMEK蓄積が起こることを示していたが (Friday et al. CancerRes 2008)、阻害薬間の構造的差異とフィードバック遮断能の直接的な関連性は本研究が初めて提示した。

新規性: MEK阻害薬のS212相互作用そのものは既報 (Heald et al. JMedChem 2012; Ohren et al. NatStructMolBiol 2004) で観察されていたが、相互作用の「強度」がwild-type RAFによるMEKリン酸化遮断とKRAS変異細胞での効力に直結することを示した点、およびリン酸化模倣MEK-DDを用いて活性化状態への親和性差を定量化した点が本研究の核心的な新規性である。Trametinib (GSK1120212) のMEK活性化セグメントにまたがる二座結合も、この概念で説明可能であり、汎用的なフレームワークとなる。

臨床応用: GDC-0973 (cobimetinib) はその後、vemurafenibとの併用でcoBRIM試験(BRAF(V600E)黒色腫、中央値PFS 12.3 vs 7.2ヶ月、HR 0.58 (95% CI 0.46-0.73, p<0.001))において第III相試験で成功し、標準治療の一つとなった。これは、本研究の機序仮説(BRAF変異腫瘍では活性型MEK直接阻害が優位)が臨床的に検証されたことを意味する。一方、GDC-0623は第I相試験に進んだものの、単剤での承認には至らなかった。KRAS変異腫瘍に対するMEK阻害薬単剤治療は、SELECT-1 (selumetinib + docetaxel、陰性)、JUNIPER (abemaciclib vs erlotinib、陰性) など主要な臨床試験で陰性結果が続いている。本研究の機序的知見は、KRAS G12C直接阻害薬 (Skoulidis et al. NEnglJMed 2021) とMEK阻害薬の理論的併用設計(KRAS G12C阻害下流のフィードバックERK再活性化をMEK阻害薬で抑える)や、SHP2阻害薬・上流RTK阻害薬とのトリプル併用設計に直接応用される知識となっている。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) GDC-0623がKRAS変異NSCLCで実臨床効果を示すかは未確認であり、前臨床での優位性が必ずしも臨床効果に翻訳されない可能性が残る。最大耐用量制約下でのRAF-MEK複合体安定化機序の弱点(RAFキナーゼの代償的活性化)は、今日の限界として未解決である。(2) NRAS変異腫瘍(悪性黒色腫の約15%)など、他のRASアイソフォーム変異への汎用性は本研究では検証されていない。(3) BRAF(V600E)以外のクラス2/3 BRAF変異(G469A、D594Gなど)への適用は未検討であり、これらの「ダイマー依存性」BRAF変異では機序が異なる可能性が高い。(4) 獲得耐性を引き起こすKRAS増幅、MAP2K1 (MEK1) 変異、BRAF増幅などの機序に対する次世代MEK阻害薬設計(例:GDC-0973後継のpanRAF阻害薬併用)の合理的設計は、本研究が提供するフレームワークの延長線上で残された課題である。

方法

化合物: GDC-0973 (cobimetinib) と G-573 は Genentech で合成され、先行研究で報告されている。GDC-0623 と G-530 は米国特許 US7803839 (2010) に記載された手順で合成された。PD-0325901 (PD901) は Active Biochem から購入した。

生化学的アッセイ: 組換えMEK1(wild-type、S212P/S212A点変異体、構成的活性型リン酸化模倣S218D/S222D = MEK-DD、MEK-DD-E114D)とCRAF/BRAF(V600E)キナーゼドメインを用いたin vitroカスケードキナーゼアッセイにより、MEKリン酸化阻害能を測定した。MEK1への結合親和性は、競合的蛍光偏光(FP)/異方性アッセイによりKi値(nM)を算出した(1 µM ATP存在下)。RAF-MEK複合体形成は、均一時間分解蛍光(HTRF)アッセイと組換えタンパク質プルダウンアッセイにより検出した。200以上のキナーゼに対する選択性は、オフターゲットキナーゼパネルを用いて確認した。

細胞株: A375 (BRAF(V600E)黒色腫、ATCC)、HCT116 (KRAS G13D大腸癌、ATCC)、MiaPaCa-2 (KRAS G12C膵癌、ATCC)、H2122 (KRAS G12C NSCLC、ATCC)、Colo205 (BRAF(V600E)大腸癌、ATCC)、293T (HEK293Tトランスフェクション用、ATCC) をGenentech細胞株リポジトリから取得し、ATCC推奨条件で培養した。細胞生存率アッセイによりEC50値(µM)を算出した。ウェスタンブロット(WB)により、pMEK (S217/S221)、total MEK (tMEK)、pERK (T202/Y204)、total ERKの経時変化を測定した。免疫沈降(IP)/WBにより、内在性MEK1とBRAF/CRAFの複合体形成を検出した。

X線結晶構造解析: MEK1(触媒ドメイン)とGDC-0973の複合体結晶を作製し、SSRL (Stanford Synchrotron Radiation Lightsource) で回折データを収集、構造決定および精密化を行った(PDB ID: 4LMN)。GDC-0623とG-573の結合様式は、GDC-0973構造をテンプレートとした分子モデリングにより予測した。

In vivo異種移植モデル: KRAS変異モデル(MiaPaCa-2、H2122)とBRAF(V600E)モデル(A375、Colo205)をヌード/SCIDマウスに皮下移植し、各化合物を最大耐用量(MTD)で経口投与した(PO QD、n=5-10/group)。腫瘍増殖はキャリパーで測定し、%TGI (percent tumour growth inhibition)、部分奏効(PR)、完全奏効(CR)数を評価した。MTD時におけるGDC-0973の24時間平均血漿中濃度は0.37 µM、GDC-0623は0.63 µMであった。

統計解析: 異種移植モデルの群間比較は、平均の標準誤差(SEM)をエラーバーとして図示し、PR/CR例数を併記した。EC50(half-maximum effective concentration)とKi(inhibition constant)は、4パラメータ非線形回帰により算出し、95%信頼区間はサポート情報に提示した。検定は、化合物間の腫瘍増殖阻害率(TGI)比較にt検定を用い、両側p < 0.05を有意とした。各KRAS/BRAF変異細胞株パネルにおけるEC50比(KRAS vs BRAF)は、コホートレベルの要約統計量として比較した。