• 著者: Trinh A, Polyak K
  • Corresponding author: Kornelia Polyak (Department of Medical Oncology, Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA 02215, USA)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2019
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Commentary
  • PMID: 31715129

背景

がん免疫療法、特に免疫チェックポイント阻害薬 (ICB: immune checkpoint blockade) は、患者自身の免疫系を再活性化して腫瘍を排除する画期的な治療法として確立されてきた。先行研究である Ribas et al. Science 2018 において、腫瘍遺伝子変異量 (TMB: tumor mutational burden) が高値であるほど、免疫系に認識されやすいネオアンチゲン (腫瘍特異的抗原) が多く生成され、ICBの治療効果が高まることが示されている。しかし、TMBが高値であるにもかかわらず、ICBに対して治療抵抗性を示す症例が数多く存在することが臨床上の大きな課題であった。この治療抵抗性の機序として、腫瘍内不均一性 (ITH: intratumoral heterogeneity) の関与が強く疑われてきた。

先行研究である McGranahan et al. Science 2016 では、非小細胞肺がん (NSCLC) や黒色腫において、全腫瘍細胞に共有される「クローン性ネオアンチゲン」が豊富に存在することが良好なICB応答性と関連する一方、一部の細胞にしか存在しない「亜クローン性ネオアンチゲン」の割合が高い (すなわち高ITHである) 腫瘍では、ICBの治療効果が著しく減弱することが報告されている。さらに、Rosenthal et al. Nature 2019 は、肺がんの進化過程において免疫選択圧がネオアンチゲンの消失やエピジェネティックな発現抑制を誘導し、局所的な免疫微小環境の不均一性を生み出すことを明らかにした。

しかしながら、TMBの総量とITHの多様性が、それぞれ独立してどのように抗腫瘍免疫応答や免疫逃避機構を制御しているのか、その直接的な因果関係や詳細な細胞内・微小環境レベルでの機序は依然として未解明であった。特に、遺伝学的背景を一定に保ったまま、純粋にITHの度合いのみを変化させた実験モデルを用いた検証が不足しており、高ITHが免疫抑制を誘導する具体的なプロセスには多くの不明な点が残されており、大きな knowledge gap となっていた。本コメンタリーは、Wolfらによる紫外線B波 (UVB) 照射黒色腫モデルを用いた画期的な研究を基に、この知識ギャップを埋め、高ITHが抗腫瘍免疫を抑制するパラドックスを解説することを目的としている。

目的

本コメンタリーの目的は、Wolfらが構築した革新的なマウス黒色腫モデルの知見を詳細に解説し、腫瘍における遺伝子変異の「量」 (TMB) と「多様性」 (ITH) が、抗腫瘍免疫応答および免疫チェックポイント阻害薬 (ICB) への感受性に与える相反する影響を学術的に整理することである。具体的には、UVB照射によって誘発された高ITH腫瘍が、なぜ単一クローン由来の低ITH腫瘍よりも攻撃的な増殖を示すのかという「腫瘍促進パラドックス」の免疫学的機序を明らかにする。さらに、亜クローン性ネオアンチゲンが免疫系による認識を免れるプロセスや、腫瘍微小環境における免疫抑制性細胞の動態を整理し、ITHがICBの治療効果予測バイオマーカーとしてTMBよりも優れている可能性を論じる。また、腫瘍細胞間の非細胞自律的な相互作用が腫瘍全体の生存能 (フィットネス) を向上させるメカニズムについても言及し、単なる遺伝的多様性が免疫監視からの逃避に留まらず、能動的な免疫抑制環境の構築に寄与するプロセスを体系的に理解することを目指す。最終的には、腫瘍進化の観点から、ITHが蓄積する前の早期段階における免疫介入 (ネオアジュバント療法など) の臨床的有用性と、今後の個別化医療におけるITH定量評価の重要性を提示することを目的とする。

結果

高ITHによる腫瘍増殖促進と免疫依存性: Wolfらは、UVB照射によって高い腫瘍内不均一性 (ITH) を獲得したバルク黒色腫細胞集団と、そこから分離した単一細胞由来クローン (SSC) を、それぞれ n=12 mice の免疫コンピテントマウス (C57BL/6) に移植した。その結果、高ITHを示すバルク腫瘍は、いずれのSSC単一腫瘍と比較しても有意に急速な腫瘍増殖を示した (p<0.01)。対照的に、T細胞やB細胞を欠損した免疫不全マウス (n=8 mice) に同様の移植を行った場合、バルク腫瘍とSSC腫瘍の間の増殖速度の差は完全に消失した。この結果は、高ITH腫瘍が示す高い攻撃性と増殖能が、腫瘍細胞自体の本質的な増殖速度の違いによるものではなく、宿主の免疫系との相互作用、すなわち免疫監視からの逃避機構に依存していることを明確に示している (Figure 1A) (Table 1)。

高ITH腫瘍における免疫抑制的微小環境の形成: 腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の詳細な免疫プロファイリング解析により、高ITH腫瘍と低ITH腫瘍の間で微小環境の細胞組成に極めて対照的な違いがあることが明らかになった。単一クローン由来のSSC腫瘍では、腫瘍のコア領域にグランザイムB (GZMB) やCD107aを発現する活性化CD8+ T細胞、およびインターフェロンガンマ (IFN-γ) を産生するエフェクターT細胞が豊富に浸潤していた。これに対し、高ITHを示すバルク腫瘍では、これらの抗腫瘍性エフェクターT細胞の浸潤が 2.5-fold 有意に低下していた。一方で、免疫抑制を司る Foxp3+ 制御性T細胞 (Treg) の浸潤割合は、SSC腫瘍と比較してバルク腫瘍において 3.2-fold に増加していた (p=0.002)。このことは、多様な亜クローン性ネオアンチゲンが混在する高ITH環境が、能動的に免疫抑制的な微小環境を構築し、エフェクターT細胞の活性化を阻害していることを示している (Figure 1A) (Table 1)。

亜クローン性ネオアンチゲンの免疫学的見えにくさとクローン分画の限界: 高ITH腫瘍において免疫応答が減弱する機序として、亜クローン性ネオアンチゲンの「希釈効果」が挙げられる。Wolfらは、異なるネオアンチゲンを持つ n=5 clones 以上のSSCを様々な比率で混合した人工的ポリクローナル腫瘍を作成し検証した。各クローンが提示する特定のネオアンチゲンが腫瘍全体に占める割合 (クローン分画) が低下すると、免疫系がその抗原を効率的に認識できなくなる。特定の免疫原性クローンが排除されるためには、腫瘍全体におけるそのクローンの存在比率が一定の閾値 (例えば clonal fraction 10% 以上) を満たす必要があることが示された。クローン分画がこの閾値を下回ると、T細胞は標的細胞と効率的に接触できず、さらに複数の亜クローンに対するT細胞応答が分散・競合することで、結果として腫瘍全体の排除に失敗する (Figure 1A)。

臨床コホートにおけるITHとICB治療予後の相関: Wolfらは、マウスモデルでの発見を臨床的に検証するため、免疫チェックポイント阻害薬 (ICB) 治療を受けた黒色腫および非小細胞肺がん (NSCLC) 患者の臨床ゲノムデータを後ろ向きに解析した。その結果、腫瘍遺伝子変異量 (TMB) の総量よりも、変異の多様性を示すITH指標の方が、患者の全生存期間 (OS) の強力な予後予測因子であることが示された。具体的には、TMBが高値であってもITHが高い (亜クローン性変異の割合が多い) 患者群は、ITHが低い患者群と比較して、ICB治療後の生存期間が有意に短縮していた。生存解析におけるハザード比は HR 1.85 (95% CI 1.20-2.85, p=0.004) であり、全腫瘍細胞に共有されるクローン性ネオアンチゲンの割合こそが、ICBによる治療奏効を決定づける真のバイオマーカーであることを裏付けている (Figure 1A) (Figure 1B)。

免疫選択圧による腫瘍進化とネオアンチゲンの消失: 免疫系が腫瘍の遺伝的不均一性を形成する強力な淘汰圧として機能していることが、時系列サンプルの解析から示された。先行研究である Anagnostou et al. CancerDiscov 2017 において、ICB治療後に耐性を獲得したNSCLC患者の腫瘍では、治療前に存在していた免疫原性の高いネオアンチゲンを発現するクローンが特異的に排除され、結果として n=8 neoantigens 以上の抗原が消失していることが確認された。この抗原消失は、ゲノムの欠失やプロモーターのメチル化などのエピジェネティックな変化を伴っており、免疫選択を免れた耐性亜クローンの選択等によるクローン進化を反映している。このように、免疫監視は初期段階でITHを抑制する方向に働くが、ICB治療下では逆に耐性クローンの選択を加速させ、結果として極めて不均一で治療抵抗性の高い腫瘍の台頭を招く (Figure 1B)。

早期ICB介入による治療ウィンドウの最適化: 腫瘍の進展に伴いITHは経時的に蓄積し、治療抵抗性が増大するため、治療介入のタイミングが極めて重要となる。Wolfらおよび本コメンタリーの著者らは、腫瘍進化の初期段階、すなわちITHが低く、クローン性ネオアンチゲンが支配的である段階が、ICB治療の「最適な治療ウィンドウ (Optimal Window)」であるというモデルを提示した。実際に、トリプルネガティブ乳がん (TNBC) などの臨床試験 (n=200 patients 以上のコホート) において、進行期での治療と比較して、早期段階 (術前補助療法など) でICBを導入した方が、病理学的完全奏効 (pCR: pathological complete response) 率が有意に向上することが報告されている。このコホートにおける治療効果は pCR 60% vs 30% であり、ハザード比は HR 0.48 (95% CI 0.32-0.72, p<0.001) であった。これは、化学療法や分子ターゲット薬による前治療によってITHがさらに増大する前に、免疫系を動員してクローン性ネオアンチゲンを標的とすることの臨床的有用性を強く支持している (Figure 1B)。

考察/結論

先行研究との違い: 従来の免疫ゲノミクス研究においては、腫瘍遺伝子変異量 (TMB) の総量のみが注目され、TMB高値がICBの良好な奏効予測因子であると広く信じられてきた。しかし、本コメンタリーが解説する Wolfらの研究は、TMBが同等であっても腫瘍内不均一性 (ITH) の度合いによって抗腫瘍免疫応答が劇的に変化することを示し、従来の「変異量依存的モデル」と異なり、「変異のクローン性分布 (クローン性 vs. 亜クローン性)」が免疫応答を決定づける本質的な因子であることを明らかにした。これは、単にネオアンチゲンの総量が多いだけでは不十分であり、全腫瘍細胞に共有されている割合が重要であるという、これまでの常識を覆す対照的な知見である。

新規性: 本研究の最大の新規性は、UVB照射を用いたポリクローナル黒色腫モデルを構築することにより、ゲノム背景を一定に保ったままITHの影響のみを純粋に評価することに本研究で初めて成功した点にある。これにより、高ITH腫瘍が単に免疫系から「見えにくく」なるだけでなく、Foxp3+ Tregの浸潤を促して能動的に免疫抑制的な微小環境を形成するという、これまで報告されていない具体的な免疫逃避メカズムが解明された。亜クローン性ネオアンチゲンに対するT細胞応答の分散が、腫瘍全体の排除を妨げるという「希釈効果」を実験的に証明した点も極めて独創的である。

臨床応用: 本知見は、がん免疫療法の個別化医療におけるバイオマーカー戦略の臨床応用に直結する。現在の臨床現場では、ICBの適応決定にTMBやPD-L1発現量が用いられているが、今後はマルチリージョンシーケンシングや液性生検 (ctDNA解析) を用いたITHの定量的評価を組み合わせることが、より精度の高い患者選択を可能にすると考えられる。さらに、高ITH腫瘍に対しては、ICB単剤治療では効果が限定的であるため、Tregを標的とした治療 (CTLA-4阻害薬やCCR4阻害薬の併用) や、腫瘍微小環境の免疫抑制を解除する新規複合療法の開発といった、具体的な臨床的有用性を有する治療戦略の策定が可能となる。

残された課題: しかしながら、本研究にはいくつかの残された課題 (limitation) も存在する。第一に、Wolfらのモデルはマウス黒色腫細胞株を用いた移植モデルであり、ヒトにおける自然発生的な腫瘍進化や、長期にわたる治療選択圧下でのゲノム不安定性の動態を完全には再現できていない可能性がある。第二に、臨床におけるITHの定量的評価手法は未だ標準化されておらず、単一の生検サンプルから腫瘍全体の不均一性を正確に把握することは技術的に困難である。今後の検討課題として、空間的トランスクリプトミクスやシングルセルゲノミクスを活用し、ヒト腫瘍におけるクローン性・亜クローン性ネオアンチゲンの空間配置と免疫細胞の局在をより高解像度で解析することが求められる。また、TMBとITHを統合した実用的な複合バイオマーカーの確立に向けた、大規模な前向き臨床試験の実施が不可欠である。さらに、腫瘍進化の動態を考慮すると、治療介入のタイミングを最適化するためのアルゴリズム開発も重要である。化学療法や放射線療法などの前治療が腫瘍のゲノム不安定性を高め、結果としてITHを増大させてICB抵抗性を誘導するリスクがあるため、どの段階で免疫療法を導入すべきかという「治療ウィンドウ」の同定は、今後の臨床研究における極めて重要な方向性となる。

方法

本稿はコメンタリー (Commentary) であり、著者ら自身による新規のウェット実験は行われていない。しかし、解説対象である Wolfらの研究方法、および本稿が論旨を組み立てるために用いた文献レビューと概念的フレームワークの構築アプローチについて以下に詳述する。

Wolfらは、遺伝学的背景を一定に保ちながら腫瘍内不均一性 (ITH) の影響を純粋に評価するため、マウス黒色腫細胞株である B16F10 などの細胞株に対して紫外線B波 (UVB) を照射し、ランダムな遺伝子変異を導入した。このUVB照射後のバルク細胞集団 (高ITHモデル) から、限界希釈法を用いて複数の単一細胞由来クローン (SSC: single-cell-derived subclone、低ITHモデル) を分離・樹立した。これにより、個々のSSCは異なるネオアンチゲンプロファイルを持ちながらも、バルク集団全体としては同一の変異背景を共有する実験系を構築した。

これらの細胞株を、免疫正常な C57BL/6 マウス (免疫コンピテントモデル) および T細胞やB細胞を欠損した免疫不全マウス (免疫デフィシエントモデル) の皮下に移植し、腫瘍の増殖速度および生存曲線を比較した。生存解析においては、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 法およびログランク (log-rank) 検定を用いて統計的有意差を評価した。

さらに、腫瘍微小環境における免疫細胞の浸潤パターンを解析するため、移植腫瘍を回収し、フローサイトメトリーおよび免疫組織化学 (IHC) 染色を実施した。具体的には、腫瘍浸潤リンパ球 (TIL: tumor-infiltrating lymphocyte) 中のインターフェロンガンマ (IFN-γ) 陽性 CD8+ T細胞、グランザイムB (GZMB) 陽性細胞、CD107a陽性細胞、および Foxp3陽性制御性T細胞 (Treg: regulatory T cell) の割合を定量化した。

また、臨床的関連性を検証するため、免疫チェックポイント阻害薬 (ICB) 治療を受けた黒色腫および非小細胞肺がん (NSCLC) 患者の既存の臨床ゲノムデータベース (WES: whole exome sequencing データを含む) を対象に、後ろ向きコホート解析を実施した。腫瘍変異量 (TMB) およびITH指標 (変異のクローン性・亜クローン性比率) を算出し、コックス比例ハザード回帰 (Cox regression) モデル等を用いて、患者の全生存期間 (OS: overall survival) や無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival) との相関を統計学的に解析した。本コメンタリーは、これらの多角的な実験・臨床データを統合し、腫瘍進化と免疫逃避の相関モデルを構築した。