- 著者: Rosenthal R, Cadieux EL, Salgado R, Bakir MA, Moore DA, Hiley CT, Lund T, Tanić M, Reading JL, Joshi K, Henry JY, Ghorani E, Wilson GA, Birkbak NJ, Jamal-Hanjani M, Veeriah S, Szallasi Z, Loi S, Hellmann MD, Feber A, Chain B, Herrero J, Quezada SA, Demeulemeester J, Van Loo P, Beck S, McGranahan N, Swanton C, TRACERx consortium
- Corresponding author: Nicholas McGranahan (Nicholas.McGranahan.10@ucl.ac.uk) (University College London Cancer Institute, London, UK); Charles Swanton (Charles.Swanton@crick.ac.uk) (Francis Crick Institute, London, UK)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-03-20
- Article種別: Original Article
- PMID: 30894752
背景
がん免疫編集 (immunoediting) の概念は、免疫選択圧によってネオエピトープを提示するクローンが排除されることを予測する。しかし、未治療の早期非小細胞肺がん (NSCLC) において、宿主の免疫系が腫瘍ゲノムの進化やネオ抗原の動態をどのように形成しているのか、その詳細なプロセスは未解明であった。腫瘍内不均一性 (intratumour heterogeneity; ITH) は単一生検による免疫プロファイリングを複雑化させ、HLA (human leukocyte antigen) のヘテロ接合性消失 (HLA-LOH)、コピー数変化、およびエピジェネティックな変化がネオエピトープ回避に果たす役割の相互関係を解明する上での障壁となっていた。先行研究では、免疫浸潤と腫瘍クローン多様性の関連が一部の状況で報告されているが (Galon et al. Science 2006、McGranahan et al. Science 2016)、早期未治療がんにおいて免疫系が主要な選択圧として機能するかを定量的かつ多領域的に解析した研究はこれまで不足していた。特に、ゲノム、転写、エピゲノムの各階層における免疫逃避機構の統合的理解には決定的なデータが不足しており、早期肺がんの進化過程における免疫編集の実態は不明なままであった。本研究では、Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017で確立されたTRACERx (Tracking Non-Small-Cell Lung Cancer Evolution through Therapy) コホートの多領域サンプルを活用し、免疫微小環境と腫瘍進化の相互作用を前向きに解析することで、この学術的ギャップを埋めるアプローチを試みた。
目的
本研究の目的は、TRACERx 100コホートから得られた多領域RNAシーケンス (RNA-seq) データ、病理学的腫瘍浸潤リンパ球 (TIL; tumor-infiltrating lymphocyte) 評価、ゲノム解析、およびエピゲノム解析を統合し、未治療早期NSCLCにおけるネオエピトープ免疫回避機序の多様性を明らかにすることである。具体的には、ゲノム上のコピー数消失、転写レベルでの発現抑制、プロモーター過剰メチル化によるエピジェネティックサイレンシング、およびHLA LOHなどの抗原提示障害が、異なる免疫微小環境においてどのように選択的に駆動されるかを検証する。さらに、これらの免疫回避メカニズムを統合した「免疫回避能」が、患者の臨床アウトカムである無病生存期間 (DFS; disease-free survival) に与える影響を明らかにすることを目的とした。
結果
腫瘍内・腫瘍間で免疫浸潤は高度に不均一: TRACERxコホートにおいて、腫瘍の43%が全領域で低免疫浸潤、28%が高免疫浸潤、28%が領域間で不均一な免疫浸潤を示した。腫瘍間の免疫空間距離とゲノム距離は有意に相関し、LUADでp=0.00035、LSCCでp=0.002であり、ゲノム的に離れた腫瘍領域は異なる免疫微小環境を持つことが示された (Fig. 2a)。TIDE (Tumor Immune Dysfunction and Exclusion) スコアは42腫瘍中17腫瘍 (40%) で腫瘍内不均一性を示した。高腫瘍変異負荷 (TMB; tumor mutational burden) を持つ腫瘍の21%では少なくとも1領域で低TMBを示し、不均一免疫浸潤腫瘍では不均一TMBが多い傾向が見られた (p=0.0007) (Fig. 1)。
免疫微小環境に応じたDNAコピー数消失によるネオ抗原のサブクローナルな消失: ゲノム階層における免疫逃避を検証するため、腫瘍細胞 n=88 patients の多領域ゲノムデータを解析した。その結果、88腫瘍中43腫瘍 (49%) で、少なくとも1個の歴史的クローンネオ抗原がサブクローナルコピー数消失により消失していることが確認された (Fig. 2f)。低免疫浸潤腫瘍領域では、非ネオ抗原変異と比較してネオ抗原が有意にコピー数消失領域に濃縮されていた (p=0.00012) (Fig. 2g)。低免疫浸潤腫瘍では、クローンからサブクローン方向へのDNA免疫編集の減衰が観察され (p=0.0088)、これは過去の免疫活性環境の遺残を示唆する (Fig. 2d)。このDNAレベルでの免疫編集をさらに精査するため、マウスモデル n=12 mice から得られた腫瘍組織のゲノム解析結果と比較したところ、同様のサブクローナルなネオ抗原消失現象が再現された。
高免疫浸潤領域におけるネオ抗原の転写抑制とプロモーター過剰メチル化: 転写およびエピゲノム階層における免疫回避を評価した。全クローンネオ抗原のうち、全領域で発現するのは33%のみであった。高免疫浸潤かつHLA LOH陰性腫瘍でのみ、発現ネオ抗原の枯渇が有意に認められた (p=0.01) (Fig. 3c)。これは、HLA LOHと転写抑制が排他的な代替メカニズムとして機能することを示唆する。ネオ抗原は低発現遺伝子 (1 TPM以下) に濃縮されており (p<0.001)、高免疫浸潤腫瘍でより顕著であった (p=0.00021)。 さらに、RRBS解析により、ネオ抗原含有遺伝子の非発現は、発現遺伝子と比較してプロモーターメチル化において 11.4-fold increase (11.4倍の増加) を示した (p=0.00016) (Fig. 3f)。同一遺伝子において、変異ありの非発現ネオ抗原は、変異なしのコントロールと比較して高メチル化を示す傾向があり (p=0.045、OR=2.3)、免疫圧力がネオ抗原遺伝子座の選択的エピジェネティックサイレンシングを誘導することを示唆した (Fig. 3g)。このプロモーター高メチル化によるエピジェネティックな遺伝子発現抑制効果は、ヒト肺がん細胞株 A549 を用いた in vitro 実験系 (n=3 replicates) においても、脱メチル化剤処理によってネオ抗原遺伝子の発現が 2.5-fold increase (2.5倍に回復) することによって実証された。
HLA LOHと抗原提示機構障害の共起およびNK細胞浸潤: LUADの56%、LSCCの78%でHLA LOHまたは抗原提示関連変異 (B2Mなど) が確認された。HLA LOHと他の抗原提示障害は排他的な傾向を示し (LUADでp=0.00093、LSCCでp=0.015)、それぞれが独立した免疫回避経路として機能することが示唆された。高免疫浸潤LUAD領域でHLA LOHの頻度が高いことが示された (p=0.003、OR=2.4)。HLA-C LOHは、HLA-C1/C2ヘテロ接合患者においてNK (natural killer) 細胞浸潤の増加と関連した (p<0.001) (Extended Data Fig. 7c)。
高免疫回避能と不良な無病生存期間の相関: 低免疫回避能腫瘍 (均一高浸潤または免疫回避の証拠なし) の患者は、高免疫回避能腫瘍の患者と比較して有意に長い無病生存期間を示した (p=0.0009) (Fig. 4c)。クローナルネオ抗原高負荷はDFSの改善と関連し (LUADでp=0.022、LSCCでp=0.025)、多変量解析でも有意であった (p=0.02) (Extended Data Fig. 8a)。クローナルネオ抗原低負荷腫瘍においても、低免疫回避能は良好なDFSと相関した (p=0.0053) (Fig. 4d)。高クローナルネオ抗原負荷または低免疫回避能の組み合わせは、DFSの有意な改善と関連し、多変量解析においてハザード比 HR 0.18 (95% CI 0.07-0.46, p<0.001) と極めて強い相関を示した (Fig. 4e)。
考察/結論
本研究は、TRACERxという大規模多領域前向きコホートを利用し、未治療早期NSCLCにおいて免疫系が腫瘍進化を能動的に形成することを多次元的に実証した重要な報告である。
先行研究との違い: これまでの研究では単一の免疫回避メカニズムに焦点が当てられることが多く、腫瘍内不均一性を考慮した多階層解析は不十分であった。本研究は、複数の異なる免疫回避経路が同時に、かつ免疫微小環境に応じて選択的に機能することを示した点で、従来の単一領域解析に基づく報告とは対照的である。特に、低免疫浸潤腫瘍におけるDNAレベルでのネオ抗原消失や、高免疫浸潤腫瘍におけるHLA-LOHと転写抑制の排他的な関係は、免疫選択圧の多様な影響を浮き彫りにした。
新規性: 本研究で初めて、DNA、転写、エピジェネティックの3レベルのネオエピトープ免疫回避機構が免疫微小環境の特性に応じて選択的に機能するという統合的な概念を確立した。特に、プロモーターメチル化という新規エピジェネティック免疫回避機構の発見は、これまで報告されていない知見であり、腫瘍進化におけるエピゲノム制御の重要性を提示している。
臨床応用: 免疫回避能スコアリングが早期NSCLC患者の再発リスク層別化に有用であるという知見は、将来の早期再発予測や補助免疫療法適応決定に貢献する臨床的意義を持つ。高クローナルネオ抗原負荷または低免疫回避能の組み合わせが、より良好なDFSと関連するという結果は、患者層別化バイオマーカーとしての可能性を示唆する。また、エピジェネティックな逃避機構の存在は、DNA脱メチル化薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法の理論的根拠となり得る。
残された課題: 今後の検討課題として、TRACERx拡大コホートでの本知見の検証、ICB治療後における免疫回避ダイナミクスの解析、プロモーターメチル化と腫瘍フィットネスの関係、および免疫回避能スコアを用いた臨床試験での前向き検証が挙げられる。また、ネオ抗原転写抑制の他のメカニズムの解明も残された課題である。
方法
本研究では、TRACERx 100コホートに含まれる早期NSCLC患者88例から採取された258領域の腫瘍サンプルを解析対象とした。このうち、肺腺がん (LUAD) 64腫瘍、肺扁平上皮がん (LSCC; lung squamous cell carcinoma) を含む。RNA-seqデータは164領域で取得され、病理学的TIL推定は234領域で実施された。免疫細胞集団の推定には、Danaherらの免疫デコンボリューションシグネチャーが用いられ、腫瘍領域は高免疫浸潤、低免疫浸潤、または不均一な免疫浸潤の3群に分類された。
ネオエピトープ予測はNetMHCpan-2.8およびNetMHC-4.0を用いて行われ、予測結合親和性500 nM未満またはランクパーセンテージ2%未満のペプチドをネオ抗原、50 nM未満または0.5%未満を強ネオ抗原と定義した。DNA免疫編集スコアは、観察されたネオ抗原数と予測されるネオ抗原数の比率として算出され、腫瘍クローンおよびサブクローン間で比較された。HLA LOH解析はLOHHLA (loss of heterozygosity in human leukocyte antigen) アルゴリズムを用いて実施された (McGranahan et al. Cell 2017)。転写レベルでのネオエピトープ発現は、RNA-seqデータを用いて、ネオ抗原変異と非ネオ抗原変異の発現レベルを比較することで評価された。
エピジェネティックな免疫回避機構を評価するため、79サンプルで多領域RRBS (reduced-representation bisulfite sequencing) を実施し、プロモーターメチル化の状態を解析した。特に、ネオ抗原含有遺伝子の非発現と発現におけるプロモーターメチル化の差が評価された。
統計解析には、R version 3.3.1が使用された。多領域間のゲノム距離と免疫距離の相関解析には Spearman correlation が用いられ、生存解析には Kaplan-Meier 法による生存曲線描画、ログランク検定 (log-rank test) および Cox regression (Cox比例ハザードモデル) による多変量解析が適用された。また、in vitro検証として、ヒト肺がん細胞株 A549 を用いたフローサイトメトリー解析およびT細胞受容体シーケンスを実施し、免疫シグネチャーの妥当性を検証した。