- 著者: Baptiste Abbar, Vincent De Castelbajac, Paul Gougis, Sandra Assoun, Johan Pluvy, Charlotte Tesmoingt, Nathalie Théou-Anton, Aurélie Cazes, Céline Namour, Antoine Khalil, Valérie Gounant, Benjamin Besse, Gérard Zalcman, Solenn Brosseau
- Corresponding author: Gérard Zalcman (Department of Thoracic Oncology, CIC 1425 INSERM, Bichat-Claude Bernard Hospital, AP-HP, Université de Paris, Paris, France)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 33385736
背景
肺がんは世界的にがん死の主要な原因であり、2018年には約210万人の新規症例と175万人の死亡が報告されている。免疫チェックポイント阻害薬 (ICI: immune checkpoint inhibitor) は、PD-1/PD-L1やCTLA-4を標的とする薬剤として、非小細胞肺癌 (NSCLC: non-small-cell lung cancer) 治療の標準的な柱となり、特に二次治療以降で生存率を大幅に向上させてきた Borghaei et al. NEnglJMed 2015、Brahmer et al. NEnglJMed 2015、Reck et al. NEnglJMed 2016。ICIは抗腫瘍免疫応答を増強するという独自の作用機序を持つため、医師は偽進行や長期奏効といった新たな腫瘍応答パターンに直面している。しかし、ICI治療後に予期せぬ急速な腫瘍増大を示す高進行性疾患 (HPD: hyperprogressive disease) が約10-20%の進行がん患者で観察されると報告されている。HPDはICI投与後初回評価時点で腫瘍増大速度が著明に加速する現象であり、その存在とICI特異性は依然として controversial である。
HPDの定義には、TGR (tumor growth rate) 比、ΔTGR (difference in tumor growth rate)、TGK (tumor growth kinetic)、RECIST、TTF (time to treatment failure) など複数の指標が並存しており、定義間の一致度が不明であるという課題がある。さらに、どの定義が臨床アウトカムに最も関連するかも不明確である。加えて、HPD患者に対する最適な治療管理(化学療法再開やステロイドの役割など)も確立されていない。これらの背景から、本研究は進行NSCLCコホートにおいてHPDの5つの主要な定義を比較し、その予後影響と管理戦略を評価することを目的とした。
これまでの先行研究では、単一の定義を用いたHPDの評価が行われてきたが、異なる定義間での発生率の乖離や予後予測能の比較は十分に行われておらず、臨床現場でのコンセンサス形成に向けたデータが不足している。特に、どの定義が最も患者の全生存期間 (OS: overall survival) 短縮を正確に反映できるかという点について、包括的な比較検証を行った報告は不足しており、この knowledge gap を埋めることが急務であった。
目的
本研究の目的は、ICI治療を受けた進行NSCLC患者において、5つの代表的なHPD定義であるTGRratio、ΔTGR、TGK、RECIST、およびTTFの発生率、定義間の一致度、およびOSへの予後影響を同一コホート内で直接比較することである。また、HPDの予測因子を特定し、HPD診断後の治療管理戦略である化学療法再開やステロイド使用が臨床アウトカムに与える影響を評価することを目的とする。これにより、臨床現場における最適なHPDの評価方法と治療介入の指針を確立するための基礎データを提示する。
結果
HPD発生率の定義間における著しい乖離: 169例の進行NSCLC患者のうち、各HPD定義に基づく発生率は大きく異なっていた。具体的には、TGRratio定義では141例中16例 (11.3%)、ΔTGR定義では141例中8例 (5.7%)、TGK定義では141例中24例 (17.0%)、RECIST定義では135例中13例 (9.6%)、TTF定義では164例中52例 (31.7%) でHPDが認められた。定義によってHPDの発生率には約5.5倍 (5.7% vs 31.7%) の大きな開きがあり、どの定義を用いるかによってHPDの頻度評価が大きく変動することが示された (Figure 3)。
定義間一致度の不良と異質性: 5つのHPD定義間の一致度を Cohen’s kappa 係数で評価した結果、その値は29%から77%の範囲であり、全体的に不良から中等度の一致度であった (Figure 3)。特に高い一致度を示したのはTGRratioとTGK (77%)、ΔTGRとRECIST (76%) であった。一方、TTF定義は他の定義との一致度が低く、特にΔTGRとの一致度は29%と最も低かった。これはTTFが他の腫瘍増大速度に基づく定義とは異なる現象を捉えている可能性を示唆する。Venn図 (Figure 3) では、TGRratioとΔTGRが他の定義と共通するHPD患者の中心的な位置を占めた。
TTF定義のみにおける有意なOS短縮: RECIST標準進行 (PD: progressive disease) 患者との比較において、HPDはOS短縮の傾向を示したが、統計的有意差が認められたのはTTF定義のみであった。TTF定義によるHPD群のOS中央値は 1.9 vs 8.3 months (HR 2.48, 95% CI 1.62-3.80, p<0.001) であり、PD群と比較して極めて有意な予後不良因子であった (Figure 4)。他の4つの定義では、HPD群のOS中央値が数値的に短い傾向はあったものの、PD群との差は統計的有意差には至らなかった。例えば、TGRratio定義ではHPD群のOS中央値が 6.8 vs 7.6 months (HR 1.20, 95% CI 0.67-2.15, p=0.537) であり、有意差は認められなかった (Figure 4)。また、ΔTGR定義におけるHPD群のOS中央値は 4.7 vs 7.7 months (HR 1.24, 95% CI 0.59-2.62, p=0.573) であり、TGK定義におけるHPD群のOS中央値は 7.6 vs 7.8 months (HR 1.34, 95% CI 0.80-2.27, p=0.267) であった。RECIST定義においても、HPD群のOS中央値は 8.0 vs 6.5 months (HR 1.07, 95% CI 0.57-1.99, p=0.842) と有意差はなかった。
肝転移とHPD発生の有意な関連: TGRratio定義に基づくHPDと臨床的・生物学的変数の関連を解析した (Table 2)。単変量解析では、2つ以上の転移部位 (75.0% vs 45.6%, p=0.034)、肝転移の存在 (43.8% vs 10.4%, p=0.002)、胸膜転移の存在 (50.0% vs 23.2%, p=0.033)、および最終化学療法投与からICI開始までの期間が短いこと(中央値 21.0 vs 49.5 days, p<0.001)がHPDと有意に関連した。多変量解析では、肝転移の存在のみがHPDと有意に関連する変数として特定された (p=0.003)。
HPD患者における治療管理と予後: TGRratio定義によるHPD患者16例の治療管理とアウトカムを解析した。ICI中止後に化学療法を再開した群 (n=8) のOS中央値は 5.8 vs 2.5 months (p=0.2) であり、化学療法を再開しなかった群 (n=8) と比較して数値的に延命傾向が認められたが、統計的有意差はなかった。同様に、HPDがICI駆動の免疫機序であるとの仮説に基づきステロイド治療を開始した患者 (n=7) のOS中央値は 3.4 vs 5.7 months (p=0.2) であり、非使用患者 (n=9) と比較して統計的有意なOS改善は認められなかった。
考察/結論
先行研究との違い: これまでの多くの研究では単一のHPD定義を用いていたが、本研究は複数の定義を比較することで、定義間の不一致がHPDの発生率や予後評価に与える影響を詳細に分析した点で、これまでの報告と異なる。特に、TTFに基づく定義のみが統計的に有意なOS短縮と関連した点は、他の腫瘍増大速度に基づく定義が必ずしも予後と強く相関しないという点で、先行研究の知見に新たな視点を提供する。
新規性: 本研究で初めて、HPDの5つの主要な定義間の一致度を包括的に評価し、その異質性を定量的に示したことは新規性がある。また、多変量解析において肝転移がHPDの唯一の有意な予測因子として同定されたことは、既報のメタ解析と一致するものの、本コホートにおける独立した検証として重要である。HPD患者に対する化学療法再開やステロイド使用の臨床的影響を評価した点も、これまで報告されていない知見である。
臨床応用: 本研究の結果は、HPDの診断と管理における臨床的意義を持つ。HPDの定義が標準化されていない現状では、異なる定義を用いることでHPDの頻度や予後評価が大きく変動するため、臨床現場でのHPDの認識と対応に混乱が生じる可能性がある。特に、TTFがOS短縮と最も強く関連するという知見は、早期の治療中止や死亡をHPDと捉えることの臨床的有用性を示唆するが、その特異性の低さも考慮する必要がある。肝転移を有するNSCLC患者ではHPDのリスクが高い可能性があり、ICI治療開始後の早期の腫瘍評価や慎重なモニタリングが推奨される。
残された課題: 本研究の limitation として、単施設の後方視的解析であり、サンプルサイズが169例と限定的であったため、サブグループ解析における統計的検出力に限界があった点が挙げられる。また、ICI開始前の治療内容やPD-L1発現、分子プロファイルに関するデータが一部欠損していたことも課題である。今後の検討課題として、HPDの生物学的機序(腫瘍微小環境の変化、免疫抑制細胞の活性化など)の解明が必要である。さらに、多施設共同の前向きコホート研究により、HPDの定義を検証し、より臨床的に関連性の高い統合的な定義を策定することが求められる。
方法
本研究は、フランスの単施設 (Bichat-Claude Bernard Hospital, Paris) において、2015年4月16日から2018年6月22日までの期間にICI治療を受けた進行NSCLC患者169例を対象とした後方視的コホート (retrospective cohort) 解析である。ICIの種類はニボルマブが139例 (82.2%)、ペムブロリズマブが18例 (10.7%)、ニボルマブとイピリムマブの併用が12例 (7.1%) であった。
HPDの定義は以下の5つを用いた (Figure 1):
- TGRratio: ICI開始後のTGRpostとICI開始前のTGRpreの比が2以上 (TGRpost/TGRpre ≥ 2) であり、かつRECIST 1.1で進行が確認された場合。TGR (tumor growth rate) は腫瘍体積の指数関数的増大を仮定した指標である。
- ΔTGR: CTpostにおける標的病変の合計径 (Spost) がCT0 (ベースライン) の合計径 (S0) の1.2倍以上 (Spost/S0 > 1.2) であり、かつTGRpostとTGRpreの差が100以上 (TGRpost - TGRpre > 100) の場合。CTpostはICI開始後の初回CT、CT0はベースラインCT、CTpreはベースライン前のCTを指す。
- TGK: TGKpostとTGKpreの比が2以上 (TGKpost/TGKpre ≥ 2) の場合。TGK (tumor growth kinetic) は直線的な腫瘍増大速度を仮定した指標であり、(Spost - S0)/(Tpost - T0) および (S0 - Spre)/(T0 - Tpre) で算出された。
- RECIST-based: ICI開始後8週間以内に実施されたCTpostスキャンにおいて、Spost/S0が1.4以上、またはSpost/S0が1.2以上でかつ2臓器以上の新規病変が出現した場合。
- TTF: ICI開始から治療中止または死亡までの期間が8週間未満 (TTF < 8週) の場合。TTF (time to treatment failure) は治療失敗までの期間である。
HPDの評価には、ICI開始前 (CTpre)、ベースライン (CT0)、ICI開始後 (CTpost) のCTスキャンにおけるRECIST 1.1に基づく標的病変の合計径 (Spre, S0, Spost) を用いた。CTスキャン間の間隔は最低15日、CT0はICI開始前4週間以内に実施されたものとした。
統計解析には、主要評価項目 (primary endpoint) であるOSの推定に Kaplan-Meier 法、群間比較に log-rank test、ハザード比 (HR: hazard ratio) の算出に Cox proportional hazards モデル (Cox regression) を用いた。HPDと臨床的・生物学的変数の関連は Fisher’s exact test (カテゴリ変数) および Mann-Whitney U test (連続変数) で評価した。HPD定義間の一致度は Cohen’s kappa 係数を用いて算出した。すべての統計解析は R ソフトウェア (Version 4.0.2) を使用して実施された。本研究はフランスの倫理委員会 (CEPRO 2020 037) の承認を得て実施された。