- 著者: Stuart Thomson, Elizabeth Buck, Filippo Petti, Graeme Griffin, Eric Brown, Nishal Ramnarine, Kenneth K. Iwata, Neil Gibson, John D. Haley
- Corresponding author: John D. Haley (Department of Translational Research, OSI Pharmaceuticals, Inc., Farmingdale, NY)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2005
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 16230409
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) における上皮成長因子受容体 (EGFR) の過剰発現は、肺癌を含む複数のヒト癌で報告されており、その過剰発現は予後不良と相関することが示されている (Grandis et al. 2004)。EGFR阻害薬は臨床的有用性を示しており、治療から最も恩恵を受ける患者サブセットを特定するためのEGFRシグナル伝達経路の解明が重要な研究領域となっている。EGFR活性化変異の同定により、EGFR変異陽性NSCLCにおけるgefitinibやerlotinibへの高感受性が示されたが、野生型 (WT) EGFRを持つNSCLC細胞株の間でもerlotinib感受性に大きな差異が存在することが観察されていた (Cappuzzo et al. 2005; Hirsch et al. 2005)。この感受性差の決定因子として、遺伝子発現プロファイルや細胞表現型 (上皮型/間葉型) が関与する可能性が示唆されていたが、上皮間葉転換 (EMT) 表現型そのものがEGFR阻害薬感受性の生物学的決定因子として機能するかどうかは未解明であった。
先行研究では、EGFR阻害薬に対する細胞の感受性の違いは、リン酸化イノシトール3-キナーゼ (PI3K) 経路のEGFR非依存的活性化、特に抗アポトーシス性セリン-スレオニンキナーゼAktのリン酸化の持続に一部起因することが示されている (Vivanco et al. 2002)。しかし、PI3K経路の代替的な活性化経路や、それに伴うEGFR阻害薬不感受性の分子決定因子については、詳細な記述が不足していた。インスリン様成長因子I受容体 (IGF-IR) がEGFR阻害薬耐性に関与することが示唆されているが (Chakravarti et al. 2002)、EMTがEGFR阻害薬感受性に与える影響は体系的に評価されていなかった。EMTは、E-cadherinのような上皮細胞接着タンパク質の喪失と、vimentinやfibronectinのような間葉系マーカーの発現獲得によって特徴づけられるプロセスであり (Thiery et al. 2003)、癌の進行において重要な役割を果たすことが近年明らかになっている (Grunert et al. 2003; Thiery et al. 2002)。NSCLCにおけるE-cadherinの喪失は予後不良と関連することが報告されており (Toyoyama et al. 1999; Hirata et al. 2001; Liu et al. 2001; Bremnes et al. 2002; Deeb et al. 2004)、Twist (Yang et al. 2004; Kang et al. 2004) やSnail (Cano et al. 2000; Batlle et al. 2000) といった転写因子を介した間葉系表現型への移行は、癌細胞の遊走能を増加させ、転移を促進する。しかし、これらのEMT関連の変化が、WT EGFRを有するNSCLC細胞におけるEGFR阻害薬感受性の決定因子として機能するかどうかについては、さらなる検証が不足していた。
目的
本研究の目的は、野生型 (WT) EGFRを持つ非小細胞肺癌 (NSCLC) 細胞株パネルにおいて、上皮間葉転換 (EMT) 表現型がEGFR阻害薬erlotinibへの感受性と相関するかを体系的に解析することである。具体的には、in vitroでの細胞株の感受性を評価し、E-cadherin、vimentin、fibronectinなどの上皮および間葉系マーカーの発現パターンとの関連性を検討する。さらに、in vivoの異種移植片 (xenograft) モデルにおいても、EMT表現型とerlotinib感受性の一致性を検証し、EMTがEGFR阻害薬感受性の生物学的決定因子として機能しうるかを評価する。また、EGFRおよび関連するErbBファミリータンパク質のリン酸化状態、ならびに細胞周期の状態がerlotinib感受性に与える影響についても解析し、EMT表現型が感受性を決定する独立したメカニズムであるか否かを明らかにすることを目指す。
結果
Erlotinib感受性パネルとErbB3リン酸化の相関: 野生型 (WT) EGFRを保持する17種のNSCLC細胞株をerlotinibで処理し、in vitroでの増殖阻害率とIC50値に基づいて感受性を評価した (Table 1)。感受性細胞株 (IC50 < 2 µM) としてH292 (IC50 0.1 µM)、H322 (IC50 0.4 µM)、H358 (IC50 0.6 µM)、H441 (IC50 2 µM)、Calu3 (IC50 0.6 µM)、A427 (IC50 2 µM) の6株が同定された。中間感受性細胞株 (IC50 3〜5 µM) はA549 (IC50 5 µM)、Colo699 (IC50 3 µM)、H2122 (IC50 5 µM) の3株であった。耐性細胞株 (IC50 > 5 µM) はH1703 (IC50 7 µM)、SW1573 (IC50 9 µM)、H460 (IC50 5 µM)、Calu6 (IC50 >10 µM)、H1437 (IC50 >10 µM)、H1299 (IC50 5 µM)、Hop92 (IC50 5 µM)、H23 (IC50 5 µM) の8株であった。免疫ブロット解析では、総EGFRおよびErbB2の発現量やリン酸化レベルはerlotinib感受性と相関しなかった (Figure 1)。しかし、ErbB3の発現量、特にリン酸化ErbB3 (pErbB3) のレベルは、感受性細胞株で著明に高く、感受性予測のバイオマーカー候補として同定された。感受性細胞株では、耐性細胞株と比較してpErbB3の明確な差異が確認された。
EMT表現型とErlotinib感受性の対応: 17細胞株におけるE-cadherin、P-cadherin、β-catenin (上皮マーカー) とvimentin、fibronectin (間葉マーカー)、Zeb-1の発現パターンをerlotinib感受性と関連付けて解析した (Table 2)。感受性6株中5株 (83%) がE-cadherin陽性かつvimentin陰性の上皮型表現型を示した。例外としてA427はE-cadherin陰性であったが、N-cadherin、β-catenin、vimentinを共発現する特殊なパターンを示した。一方、耐性8株中7株 (88%) は、E-cadherinの欠失とvimentin/fibronectinの発現亢進を特徴とするEMT表現型を示した。例外のH1437はE-cadherin陽性でEMTの兆候はなかった。共焦点顕微鏡観察により、感受性細胞株H441およびH292では細胞膜におけるE-cadherinの明確な染色が確認されたが、耐性細胞株H1703およびCalu6ではE-cadherin染色が全く認められず、vimentin中間径フィラメントが観察された (Figure 2D)。これらのデータは、erlotinibに不感受性なNSCLC細胞が間葉系細胞型への移行を経験し、vimentinまたはfibronectinを発現していることを示唆した。
Zeb-1のEMTと耐性との特異的連関: EMTを促進する転写因子 (Snail、Twist、Zeb-1、Zeb-2) のRT-PCR解析を行った結果、Zeb-1が最も高発現を示し、耐性かつ間葉型細胞にのみ特異的に発現することが確認された (Figure 2B)。Zeb-1はE-cadherinの転写抑制因子であり、感受性の上皮型細胞では検出されなかったことから、E-cadherin発現消失の機序がZeb-1による転写抑制を介することが示された。この結果は、Zeb-1の発現の有無がerlotinib感受性の代替指標として機能し得ることを示唆した。
in vivo異種移植片実験での感受性・耐性の再現: ヌードマウスを用いた皮下移植異種移植片モデルにおいて、erlotinib (100 mg/kg経口投与、14日間) を投与した結果、in vitroでの感受性がin vivoでも再現された (Figure 3A)。H292 (感受性) ではerlotinib群でビヒクル対照と比較して有意な腫瘍増殖抑制 (TGI約85%、p < 0.0001) が達成された。H441 (感受性) では約60%TGI (p = 0.0002)、H358 (中間感受性) では約25%TGI (p = 0.0073) が観察された。一方、耐性細胞株 (H460など) の異種移植片ではTGIは0〜6%のみであり、腫瘍増殖の制御は不可能であった。切除した腫瘍組織の免疫ブロット解析では、E-cadherin発現は感受性異種移植片 (H441、H292) で高く、耐性異種移植片 (H460、Calu6) では欠失していた (Figure 3B)。fibronectinおよびvimentinの発現は耐性異種移植片に限定され、in vitroでの表現型がin vivo腫瘍でも忠実に保持されることが確認された。
細胞周期とEMT感受性の独立性: FACSによる細胞周期解析 (G0-G1、S、G2-M分画) では、in vitroおよびin vivoのいずれにおいても、EMT表現型およびerlotinib感受性とS期分率 (細胞増殖速度の指標) の間に相関は認められなかった (Table 3)。感受性、耐性、中間感受性の3群でS期分率 (12.5〜27.2%の範囲) が重複しており、EMTによる感受性決定機序が増殖速度とは独立していることが実証された。これは、EGFR依存性シグナルへの依存性そのもの (oncogene addiction) が感受性の本質的な決定因子であることを示唆する。
考察/結論
本研究は、上皮間葉転換 (EMT) 表現型が野生型 (WT) EGFRを持つ非小細胞肺癌 (NSCLC) のEGFR阻害薬erlotinib感受性の主要な生物学的決定因子であることを、細胞株および異種移植片の両モデルで体系的に実証した。
先行研究との違い: これまでの研究ではEGFR変異がEGFR阻害薬感受性の主要な決定因子として注目されてきたが、本研究はWT EGFR集団において、EMT状態という「分子スイッチ」が感受性を決定する上で極めて重要であることを示した点で、先行研究とは異なる視点を提供している。特に、ErbB3のリン酸化レベルがerlotinib感受性細胞株で著明に高いという所見は、EGFR-ErbB3ヘテロ二量体形成を介したHERファミリーシグナル伝達が感受性に関与することを示唆しており、これはAmann et al. (2005) やEngelman et al. (2005) の報告と一致する。
新規性: 本研究で初めて、E-cadherinの発現がEGFR阻害薬感受性の簡便な予測バイオマーカーとなりうることを新規に同定した。また、EMTを促進する転写因子であるZeb-1の発現が、erlotinib不感受性かつ間葉型表現型のNSCLC細胞株に特異的に認められることを明らかにし、Zeb-1がE-cadherin発現消失のメカニズムに関与することを示唆した。これは、EMTがEGFR阻害薬耐性の生物学的スイッチとして機能するという概念を裏付けるものであり、これまで報告されていない重要な知見である。
臨床応用: 本知見は、EGFR TKI治療前のE-cadherin発現評価が、感受性予測バイオマーカーとして有用である可能性を示唆し、臨床応用への道を開くものである。E-cadherin陽性かつvimentin/fibronectin陰性の分子シグネチャーを持つNSCLC腫瘍が、EGFR阻害薬治療に最も反応する可能性が高い患者群を特定するための基盤を提供する。これは、Witta et al. (2006) でのHDAC阻害薬によるE-cadherin回復と感受性増強という後続研究の出発点となり、EMT耐性の克服を標的とした治療戦略の臨床開発 (例: HDAC阻害薬、ZEB1阻害) の理論的根拠を提供した。
残された課題: 今後の検討課題として、EMTの複数の段階やメカニズムがEGFR/ErbB3シグナル伝達に対する細胞の要求を最終的に低下させる可能性について、さらなる詳細な解析が必要である。また、E-cadherin陽性/vimentin陰性の腫瘍細胞内においても、PTEN (phosphatase and tensin homolog) の喪失やPI3K変異などの追加因子がerlotinib感受性を減弱させる可能性があり、これらの相互作用の解明が残されている。さらに、in vivoにおける間葉系様細胞が腫瘍内に保持され、浸潤性間質細胞と明確に区別して検出・測定できるかどうかも今後の研究課題である。堅牢で検証された臨床アッセイが確立されれば、これらの仮説は、EGFR阻害薬に対する反応率と長期生存の両面から、患者の腫瘍サンプルで検証可能となる。
方法
細胞株と培養: ヒトNSCLC細胞株17種 (H292, H358, H322, H441, A549, Calu6, H460, H1703, SW1573, Calu3, Colo699, H2122, A427, H1437, H1299, Hop92, H23) を、American Type Culture Collection (ATCC) 推奨の培地で培養した。細胞株の生存率は90%以上であることを確認した。
増殖阻害アッセイ: 細胞を播種後24時間培養し、erlotinibの段階希釈液を添加してさらに72時間培養した。細胞生存率はCell Titer-Glo試薬 (Promega Corp.) を用いて測定した。in vitroでの半数阻害濃度 (IC50) を算出し、erlotinib感受性を評価した。感受性は、erlotinib濃度5 µmol/L未満でin vitro増殖阻害率が50%を超えること、およびin vivoで統計的に有意な腫瘍増殖抑制が認められることと定義した。
タンパク質抽出と免疫ブロット解析: 細胞抽出液は、プロテアーゼおよびホスファターゼ阻害剤カクテルを含む界面活性剤溶解バッファー (50 mmol/L Tris-HCl (pH 8), 150 mmol/L NaCl, 1% NP40, 0.5% sodium deoxycholate, 0.1% SDS) で調製した。タンパク質濃度はmicro-BSAアッセイ (Pierce) で測定した。SDS-PAGEで分離後、ニトロセルロース膜に転写し、E-cadherin, β-catenin, P-cadherin, N-cadherin, Zeb-1, ErbB3, Brk (Santa Cruz Biotechnology), vimentin, fibronectin (BD Biosciences), GAPDH, cytokeratin 8/18 (AbCam), EGFR, pEGFR (pTyr1068), ErbB2, pErbB2 (pTyr1248), pErbB3 (pTyr1289; Cell Signaling Technology) などの抗体を用いて免疫ブロット解析を行った。
液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析 (LC-MS/MS): 抗ホスホチロシン免疫アフィニティー樹脂を用いてリン酸化タンパク質を分離し、トリプシン消化後にiTRAQ試薬でペプチドを標識した。ペプチド質量、配列情報、および定量は、エレクトロスプレーLC-MS/MSとデータベース検索により決定した (Thelemann et al. 2005)。
共焦点顕微鏡観察: ガラスカバースリップ上で培養した細胞を24時間培養後、洗浄し、3.7%ホルムアルデヒドで固定、0.5% NP40で透過処理した。細胞を洗浄後、5% BSAでブロッキングし、一次抗体とFITC標識二次抗体を用いて免疫染色した。核はDAPI (300 nmol/L) で染色し、×60倍のスピニング対物レンズ共焦点顕微鏡で観察した。
フローサイトメトリー (FACS): 細胞を5-10 x 10^5個/ウェルで播種し24時間培養した。トリプシン処理後、70%エタノールで24時間固定した。RNase (1 mg/mL) 処理後、ヨウ化プロピジウム (5 µg/mL) で染色し、Beckman Coulter EPICS XL MCLフローサイトメーターを用いて細胞周期のG0-G1期、S期、G2-M期の細胞割合を測定した。データはEXPO32 ADC解析ソフトウェアを用いて解析した。
in vivo異種移植片モデル: 雌性CD-1 nu/nuマウス (Charles River Laboratories) の脇腹皮下に、NSCLC腫瘍細胞 (500万~1000万個/マウス) を0.1 mLで移植した。腫瘍が200 ± 50 mm³に達した後、マウスを各群8匹に分け、erlotinib (100 mg/kg、経口投与、1日1回) またはビヒクルを14日間投与した。腫瘍体積はバーニアキャリパーで2方向を測定し、(長さ × 幅²) / 2 の式で算出した。腫瘍増殖抑制率 (%TGI) は、%TGI = 100(1 - Wt/Wc) で算出した。統計解析には反復測定ANOVA (repeated measures ANOVA) を用いた。免疫ブロット解析のため、未治療の腫瘍は3日間増殖させた後、摘出して液体窒素で急速凍結し、上記と同様にタンパク質を抽出した。