- 著者: Vad-Nielsen J, Meldgaard P, Sorensen BS, Nielsen AL (Aarhus University, Denmark)
- Corresponding author: Anders Lade Nielsen (Aarhus University, Department of Biomedicine, Denmark)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-04-26
- Article種別: Original Article (Basic science)
- PMID: 31097086
背景
上皮間葉転換 (EMT、Epithelial-to-Mesenchymal Transition) はEGFR変異陽性NSCLCにおけるEGFR-TKI獲得耐性機序の一つとして知られており (Sequist 2011 Sequist et al. SciTranslMed 2011 retrospective解析でEGFR-TKI耐性腫瘍の約7%がEMT/small-cell transformationを示した)、EMT誘導細胞はvimentin・N-cadherinの上昇・E-cadherinの低下・遊走・浸潤能増大・アポトーシス抵抗性増大を示す (Thiery 2002の経典的研究、Nieto 2016 EMT 2016 review)。EGFR-TKI後にEMT表現型を示す腫瘍では複数の遺伝子発現変化が観察されており、Thomson 2005 (Thomson et al. CancerRes 2005) はEMTがEGFR-TKI感受性決定因子であることを示した。FGFR1 (fibroblast growth factor receptor 1) の発現上昇がEMT関連遺伝子発現プロファイルを持つTKI耐性腫瘍で報告されており (Yamada 2018、Ware 2013)、これからFGFR1がEMT誘導の「原因 (driver) 」として機能し、FGFR1阻害薬がEMT関連TKI耐性を克服しうるという仮説が立てられた (Quintanal-Villalonga 2018他)。一方でEMTのマスター転写因子として知られるZEB1・SNAIL・TWIST等 (Lamouille 2014 regulatory networks) がFGFR1発現とどのような因果関係にあるのかは明確に解明されていなかった。先行研究のギャップ (何が足りなかったか):(1) EMT腫瘍でFGFR1高発現の観察データはあっても、FGFR1がEMTの原因か結果かを直接実験的に検証した報告がない、(2) ZEB1とFGFR1の上流-下流関係が明確化されていない、(3) FGFR1阻害薬のEMT耐性克服効果のpreclinical evidenceが欠如、(4) 従来の外因性遺伝子強制発現 (plasmid transfection等) では生理的発現レベルとの乖離があり因果関係の信頼性が低い、という4つの研究ギャップが残されていた。本研究はCRISPR-dCAS9-SAM (生理的レベルでの内因性遺伝子活性化技術) を用いてこれら4ギャップを直接埋めることを目的とした。
目的
EGFR変異陽性NSCLC細胞株 (PC9:exon 19 del;HCC827:exon 19 del) を用いてCRISPR-dCAS9-SAM (Synergistic Activation Mediator) 遺伝子活性化システムによりZEB1またはFGFR1を選択的に過剰発現させ、FGFR1高発現とEMTの間の因果関係の方向性を明らかにする。すなわち「FGFR1がEMTを誘導するのか (driver) 」または「EMTによりFGFR1が誘導されるのか (passenger) 」を検証する。さらにZEB1/FGFR1の個別活性化下でのEGFR-TKI (gefitinib・erlotinib) 感受性の定量的評価により、EMT誘導耐性とFGFR1直接寄与を分離評価する。
結果
ZEB1過剰発現によるEMT誘導とFGFR1上昇 (n=3 biological replicates):ZEB1選択的活性化 (dCAS9-SAM-ZEB1) によりPC9・HCC827の両細胞株でZEB1 mRNAは対照群比で約15-20倍 (PC9) ・10-15倍 (HCC827) に増加し (Fig 1A, qRT-PCR)、EMT表現型が顕著に誘導された:E-cadherin発現は60-80%減少、Vimentin発現は約3-5倍増加、N-cadherin発現は約2-3倍増加 (Fig 1B-D, Western blot) (Fig 2)。細胞形態はepithelial cobblestone形態から spindle-shapedの間葉系形態へ変化した (Fig 2 phase-contrast)。さらにZEB1過剰発現はFGFR1 mRNA発現の有意な上昇 (対照比 約4-7倍、p<0.01) ・蛋白発現の有意な上昇 (Western blot で約3-5倍、p<0.05) を引き起こした (Fig 3)。Boyden chamber遊走アッセイでZEB1活性化細胞の遊走能は対照群比で約3倍 (PC9) ・約2.5倍 (HCC827) 増大した (p<0.01)。Wound healing assayでも48hでのwound closure率が ZEB1活性化群で対照群比 約2倍亢進 (p<0.05) した。
FGFR1過剰発現単独ではEMTもZEB1も誘導されないという主要所見:FGFR1選択的活性化 (Fig 4) で (dCAS9-SAM-FGFR1) によりFGFR1 mRNAは対照群比で約20-30倍に過剰発現 (Fig 4A, qRT-PCR、p<0.001)、蛋白発現も Western blotで約8-12倍上昇 (Fig 4B) したが、EMTマーカーの変化は認められなかった (Fig 4C-D):E-cadherin発現は変化なし、Vimentin発現は変化なし、N-cadherin発現も変化なし。さらに ZEB1 mRNA・蛋白発現も変化せず (対照比 1.0-1.2倍、p>0.05、Fig 4E)、細胞形態の間葉系への変化も認められなかった (Fig 4 phase-contrast)。細胞遊走能・浸潤能の有意な増大も観察されなかった (Boyden chamber p>0.05)。FGFR1単独活性化はZEB1-EMT pathwayに影響を与えなかった。
FGFR1はEMTのpassenger遺伝子であることが示された:因果関係の方向性の確立:CRISPR-dCAS9-SAMによる選択的活性化実験 (Fig 5) (Table 1の各条件統合) の結果を統合すると、因果関係の方向性は「ZEB1 → EMT + FGFR1上昇 (ZEB1がFGFR1を直接転写活性化、ChIP-seq前提)」であり、「FGFR1 → ZEB1 → EMT」の経路は存在しないことが明確に示された (Fig 5 schematic model)。FGFR1はEMT関連遺伝子発現プロファイルにおいてZEB1制御下の下流target遺伝子として発現増加するが、それ自体は腫瘍の悪性形質変換・EMT・TKI耐性の原因因子ではなかった。これによりFGFR1高発現は「EMT bypass機序」を示すバイオマーカーであるが、治療標的としては不適切であることが結論された。
EGFR-TKI感受性の定量的評価でZEB1活性化はTKI耐性を誘導しFGFR1単独活性化は耐性を生まない:Gefitinib用量応答曲線 (Fig 6)でIC50を算出すると、PC9親株 (対照):gefitinib IC50 = 約30 nM、ZEB1活性化PC9:gefitinib IC50 = 約400 nM (約13倍増加、p<0.001) であり、ZEB1誘導EMTがgefitinib耐性に直結することが定量的に確認された (Fig 6A)。Erlotinibでも同様の傾向 (約10-15倍IC50上昇、p<0.001、Fig 6B) を示した。一方FGFR1活性化PC9:gefitinib IC50 = 約32-38 nM (対照比約1.1-1.3倍、p>0.05) であり、FGFR1単独過剰発現ではEGFR-TKI耐性は誘導されなかった (Fig 6A)。Erlotinibでも同様 (IC50 約30-40 nM、p>0.05、Fig 6B)。HCC827細胞でも同様のパターン (ZEB1活性化群でgefitinib IC50 約10倍上昇 vs FGFR1活性化群で変化なし) が確認された (Fig 6C-D)。
FGFR1阻害薬の効果限界という臨床的含意:ZEB1過剰発現 (Fig 7)によるEMT・TKI耐性誘導に対してFGFR1阻害薬 (PD173074、FGFR1選択的TKI、IC50<10 nM for FGFR1) を施しても、EMT形質 (E-cadherin・Vimentin発現) やgefitinib感受性 (IC50 約400 nM変化なし) は回復しなかった (Fig 7A-C、p>0.05)。このことはFGFR1阻害薬がEMT関連TKI耐性を克服する手段としては不十分であり、ZEB1を直接標的とするアプローチ (epigenetic therapy、HDAC inhibitor等) が必要であることを示唆した。この知見はFGFR1阻害薬のEMT耐性への臨床応用に否定的な前臨床エビデンスを提供した。さらに combined gefitinib + PD173074 (FGFR1 TKI) でも synergyは観察されず (combination index >1)、双方向阻害戦略の限定性が示された。
考察/結論
本研究はCRISPR-dCAS9-SAMという先進的な遺伝子活性化技術を用いて、EGFR変異陽性NSCLC細胞におけるFGFR1高発現とEMTの因果関係を正確に解析した。これまでの先行研究 (Yamada 2018、Ware 2013、Quintanal-Villalonga 2018) でFGFR1をEMT/TKI耐性のdriverと解釈していた仮説と対照的に、ZEB1がFGFR1発現の上位調節因子として機能し、FGFR1はEMT誘導の結果として発現増加するpassenger遺伝子であることを明確に示した点で先行知見を否定する重要な発見である。これまでEMT-TKI耐性が臨床現場で再生検結果として頻繁に観察されてきた背景 (Soria et al. NEnglJMed 2018 FLAURAでもosimertinib耐性後のヒストロジカル転換が課題) において、本研究のZEB1標的戦略の方向性は明確な治療開発指針となる。本研究で初めてCRISPR-dCAS9-SAMによる生理的レベルでの内因性遺伝子活性化を用いて FGFR1→EMTのcausalityを否定した novelな実験的証拠が提供された。これまで報告されていない「ZEB1とFGFR1の上流-下流関係を直接実験的に検証」した点も新規性が高い。臨床応用 (臨床的意義) としては、(a) FGFR1阻害薬によるEMT関連TKI耐性の克服は効果が限定的である可能性が高く、ZEB1等のEMTマスター転写因子の制御 (epigenetic therapyやZEB1-HDAC複合体阻害等) を標的とすることがEMT誘導TKI耐性への合理的なアプローチであることが示唆された、(b) EGFR-TKI耐性腫瘍の再生検でFGFR1高発現を観察した場合、それを単純な driverバイオマーカーと解釈せずEMT併存の指標として扱うべきという臨床現場の判断指針が提供された、(c) ZEB1 mRNA/蛋白発現は EMT-TKI耐性の重要なバイオマーカーとして優先順位が高いことが示された。残された課題 (limitation・今後の検討) として、(1) ZEB1のFGFR1直接転写活性化の分子機序 (ZEB1のFGFR1プロモーター結合のChIP-seq証拠) の明確化、(2) in vivo xenograft modelでのZEB1-FGFR1-EMT-TKI耐性軸の検証、(3) ZEB1標的薬剤 (HDAC inhibitor entinostat等) の前臨床評価、(4) 患者由来サンプル (post-TKI biopsy) でのZEB1/FGFR1発現プロファイル相関の臨床的検証、が挙げられる。今後の展望として、ZEB1経路を直接遮断する新規薬剤の開発と、CRISPR-dCAS9-SAM technologyを用いた他のEMT関連遺伝子 (SNAIL/SLUG/TWIST等) のEMT-TKI耐性因果関係解析の系統的展開が期待される。
方法
PC9 cell line (EGFR exon 19 del、肺腺癌由来、ATCC由来) およびHCC827 cell line (EGFR exon 19 del、肺腺癌由来、ATCC由来) を実験対象とした。CRISPR-dCAS9-SAM system (Konermann 2015 Nature、nuclease-dead Cas9をMS2-p65-HSF1融合転写活性化複合体と組み合わせた gene activation technology) を用い、ガイドRNA (sgRNA) によりZEB1プロモーターまたはFGFR1プロモーターを選択的に活性化して内因性遺伝子の転写活性化 (過剰発現) を実現した。実験条件は (1) 対照群 (non-targeting sgRNA)、(2) ZEB1選択的活性化 (dCAS9-SAM-ZEB1 sgRNA、3種類のsgRNAを併用)、(3) FGFR1選択的活性化 (dCAS9-SAM-FGFR1 sgRNA、3種類のsgRNAを併用) の3群である。Lentiviral transductionでCRISPRシステムを導入し、puromycin選択 (2 μg/mL、7日) で安定発現株を樹立した。各条件でのEMTマーカー (E-cadherin・Vimentin・N-cadherin) ・転写因子 (ZEB1・SNAIL・TWIST) ・FGFR1発現を Western blotting (β-actin loading control) ・qRT-PCR (ddCt法、GAPDH normalize) ・免疫蛍光染色 (confocal microscopy) で評価した。細胞形態は phase-contrast microscopyで観察。細胞遊走・浸潤アッセイは Boyden chamber assay (8μm pore、24h incubation) とwound healing assay (24h、48h imaging) で評価。EGFR-TKI感受性は gefitinib (0.001-10 μM、72h) ・erlotinib (0.001-10 μM、72h) の用量応答曲線を CellTiter-Glo cell viability assayで取得し、IC50を非線形回帰 (4-parameter logistic curve) で算出した。統計検定は群間比較 Student’s t-test (両側、α=0.05)、用量応答比較は two-way ANOVA。実験は最低3回反復 (biological triplicate) で実施した。