- 著者: Lauren Averett Byers, Lixia Diao, Jing Wang, Pierre Saintigny, Luc Girard, Michael Peyton, Li Shen, Youhong Fan, Uma Giri, Praveen K. Tumula, Monique B. Nilsson, Jayanthi Gudikote, Hai Tran, Robert J.G. Cardnell, David J. Bearss, Steven L. Warner, Jason M. Foulks, Steven B. Kanner, Varsha Gandhi, Nancy Krett, Steven T. Rosen, Edward S. Kim, Roy S. Herbst, George R. Blumenschein, J. Jack Lee, Scott M. Lippman, K. Kian Ang, Gordon B. Mills, Waun K. Hong, John N. Weinstein, Ignacio I. Wistuba, Kevin R. Coombes, John D. Minna, John V. Heymach
- Corresponding author: John V. Heymach; Lauren Averett Byers (Department of Thoracic/Head and Neck Medical Oncology, UT MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2013
- Epub日: 2012-10-22
- Article種別: Original Article
- PMID: 23091115
背景
非小細胞肺癌(NSCLC)の分子プロファイリングは、EGFR変異(腺癌の10-15%)やEML4-ALK融合(約4%)といった治療標的を同定し、個別化医療の進展に貢献してきた。しかし、これらの遺伝子異常を持たない大多数のEGFR野生型患者においては、治療奏効を予測するバイオマーカーが未確立であり、効果的な治療選択が困難であるという課題が残されている。上皮間葉転換(EMT)は、上皮系腫瘍において浸潤、転移、そして治療抵抗性に関与する重要な生物学的プログラムとして知られている。EMTは、E-cadherinの発現低下とvimentinやfibronectinの発現上昇を特徴とする。
これまで、EMT状態がEGFRチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)の感受性に影響を与える可能性は、Yauch et al. ClinCancerRes 2005、Thomson et al. CancerRes 2005、Witta et al. CancerRes 2006らの研究で示唆されてきた。例えば、高いE-cadherin発現と低いvimentin/fibronectin発現(すなわち上皮表現型)は、EGFR野生型細胞株および異種移植モデルにおけるerlotinib感受性と関連することが報告されている。また、E-cadherinタンパク質の発現は、erlotinibと化学療法の併用療法後の無増悪生存期間(PFS)延長と関連する可能性も示唆されているが、これらの研究では患者のEGFR変異状態が不明であった。
しかし、NSCLCにおいて、複数のマイクロアレイプラットフォーム間(Affymetrix、Illuminaなど)で再現性のある検証済みのEMT遺伝子シグネチャーは存在せず、その汎用性が制限されるという問題があった。特に、マイクロアレイプラットフォーム依存性(Affymetrix、Illuminaなどプラットフォーム間で結果が異なる可能性)は、EMTシグネチャーの臨床応用を妨げる大きな課題であった。また、EMTがPI3K/Akt経路阻害剤や化学療法など、他の薬剤への反応をどのように予測するかについては、包括的な解析が未解明であった。このような背景から、プラットフォーム非依存的な堅牢なEMTシグネチャーの開発と、それがEGFR阻害剤以外の薬剤に対する反応を予測する能力、そしてEMTに関連する新たな治療標的の同定が強く求められていた。特に、EGFR野生型NSCLC患者において、erlotinib治療の恩恵を予測するバイオマーカーが不足しており、治療選択の最適化が困難であるという課題が残されている。
目的
本研究の目的は、複数のマイクロアレイプラットフォーム間(Affymetrix、Illuminaなど)で再現性のある堅牢なNSCLC EMT遺伝子シグネチャーを開発し、その予測能力を検証することである。具体的には、このEMTシグネチャーを用いて、NSCLC細胞株およびBATTLE試験(Biomarker-Integrated Approaches of Targeted Therapy for Lung Cancer Elimination study)患者の腫瘍におけるEMT状態が、EGFR阻害剤、PI3K阻害剤、化学療法、およびその他の分子標的薬に対する反応をどのように予測するかを統合的に解析する。さらに、EMT状態に関連する新たな治療標的を同定し、特にEGFR阻害剤耐性を克服するための治療戦略を探索することも目的とする。最終的には、開発されたEMTシグネチャーが、EGFR野生型NSCLC患者におけるerlotinib治療の恩恵を予測するバイオマーカーとして機能するかを評価する。
結果
76遺伝子EMTシグネチャーのプラットフォーム非依存性と細胞株分類: 開発された76遺伝子EMTシグネチャーは、トレーニングセットのNSCLC細胞株54株を上皮(n=34)と間葉(n=20)の2つの明確なグループに分離した(Figure 1A)。この分類は、AffymetrixとIlluminaの異なるマイクロアレイプラットフォーム間(Illumina WGv2)で51/52株で一致し、高い再現性を示した(Figure 1B)。独立したテストセットの39株(Illumina WGv3)でも同様の明確な分離が確認された(Figure 1D)。EGFR変異を有する細胞株9株(T790M変異を持つH1975およびH820を含む)は全て上皮群に分類された。一方、KRAS変異は間葉群で60%(12/20)と、上皮群の18%(6/34)と比較して有意に高頻度であった(p=0.014、OR 0.19)。STK11/LKB1欠失は間葉群で高い傾向を示したが、統計的有意差はなかった(56% vs 27.6%、p=0.11)。組織型では、腺癌35株の83%が上皮群に分類され、神経内分泌癌や大細胞癌は全て間葉群であった。
プロテオミクス解析によるシグネチャーの妥当性検証: RPPAを用いたプロテオミクス解析では、上皮群(n=29)と間葉群(n=20)の間で明確なタンパク質発現パターンの差が確認された(p=0.001)。E-cadherinタンパク質の発現は、上皮群で間葉群より7.42倍高く(p<0.0001)、EMTシグネチャーの第一主成分とE-cadherinタンパク質レベルの間には強い負の相関(r=−0.90、p<0.0001、95% CI 0.83-0.94)が認められた(Figure 2B)。この相関は、単一のCDH1プローブ(r=0.37-0.86)よりも優れていた。上皮群では、pEGFR、pHER2、pSrc、pSTAT3/5/6、およびEGFRリサイクリングに関与するRab25などのEGFR経路関連タンパク質が高発現していた。一方、間葉群では、Axl mRNA(vimentinとの相関r=0.60、N-cadherinとの相関r=0.54)およびAxlタンパク質(3.5倍高値、p=0.001)が高発現していた(Figure 2D)。Rab25は、乳癌におけるEMTマーカーとして報告されているが、NSCLCにおけるEMTマーカーとして同定されたのは本研究が初めてである。
EGFR阻害剤およびPI3K/Akt阻害剤への耐性予測: ErlotinibのIC50値は、間葉群で上皮群より3.7倍高く(n=34 vs n=44、p=0.002)、gefitinibでも5.5倍の差が認められた(n=16 vs n=29、p=0.0003)(Figure 3A, B)。EGFR/KRAS野生型細胞株40株に限定しても、erlotinibに対する反応差は維持され(2倍差、p=0.023)、EMTシグネチャーがEGFR変異状態とは独立した耐性予測能を持つことが示された。EMTシグネチャーは、単一遺伝子(CDH1やVIM)のプローブよりも優れたerlotinib反応予測能を示した。PI3K/Akt経路阻害剤に対しても、間葉群は耐性傾向を示した。選択的pan-PI3K阻害剤GDC0941に対しては1.9倍(p=0.068)、Akt/mTOR阻害剤8-amino-adenosineに対しては1.7倍(p=0.003)、Akt選択的阻害剤MK2206に対しては1.5倍(p=0.18)のIC50値上昇が認められた。これはPI3K-Akt経路の4つの薬剤全てで同様のクラス効果として観察された。対照的に、間葉系細胞はsorafenib(p=0.33)やpemetrexed、docetaxel、paclitaxelといった化学療法薬に対しては耐性を示さず、一部の化学療法薬(cisplatin (p=0.11)、gemcitabine (p=0.06)、vinorelbine (p=0.12))に対しては感受性が高い傾向が認められた。
Axl阻害剤SGI-7079の活性とerlotinib耐性克服: Gas6刺激下において、SGI-7079はAxlのリン酸化を用量依存的に抑制し、EC50は100 nmol/L未満であった(Figure 3C)。間葉群はSGI-7079に対して1.3倍の感受性を示したが、統計的有意差はなかった(p=0.17)。erlotinibとSGI-7079の併用は、Axl高発現の間葉系細胞株4/6株(A549、H157、H1299、H460)で相乗効果(Chou-Talalay combination index (CI) < 1.0、IC50併用時0.46-0.72)を示し、erlotinib単独では無効であった間葉系細胞株の感受性を回復させた(Table 1)。A549皮下移植マウスモデル(n=10 mice/group)では、SGI-7079は用量依存的に腫瘍増殖を抑制し、最高用量で67%の抑制効果(ΔT/ΔC 33%)を示した(Figure 4A)。SGI-7079とerlotinib(25/100 mg/kg)の併用は、腫瘍増殖を82%抑制し(ΔT/ΔC 18%)、各単剤よりも有意に優れた効果を示した(p<0.001)(Figure 4B)。
BATTLE試験における臨床検証: BATTLE-1試験に参加したNSCLC患者101例(解析可能139例中)のうち、約2/3が上皮シグネチャーを示した(Figure 5A)。EGFR/KRAS野生型でerlotinib治療を受けた患者20例では、上皮シグネチャーの患者で8週時点での疾患制御率が有意に優れていた(p=0.05)。上皮シグネチャーの患者7例中6例が疾患制御を達成したのに対し、間葉シグネチャーの患者5例中1例のみが疾患制御を示した(Figure 5B)。全治療群(sorafenibなどを含む)では、8週疾患制御率(p=0.40)や無増悪生存期間(PFS)との関連は認められず、EMTシグネチャーがerlotinib特異的なバイオマーカーである可能性が示唆された。BATTLE患者の腫瘍検体では、Axl mRNAは間葉群で有意に高値であり(p<0.01)、AxlのリガンドであるGAS6はさらに有意に高値であった(p<0.0001)。
考察/結論
本研究は、複数のマイクロアレイプラットフォーム(AffymetrixおよびIllumina)でクロスバリデーションされた堅牢な76遺伝子NSCLC EMTシグネチャーを開発し、その予測能力を細胞株、異種移植モデル、およびBATTLE臨床試験の患者データで検証した点で画期的である。
新規性: 本研究で初めて、間葉表現型がEGFR阻害剤およびPI3K/Akt経路阻害剤に対する耐性マーカーとなることを統合的に示した。また、受容体チロシンキナーゼAxlがNSCLCにおける新規EMTマーカーとして同定され、Axl阻害剤SGI-7079が単剤およびerlotinibとの併用でEGFR阻害剤耐性を克服する有効な治療標的となることを示した。特に、Rab25が上皮系細胞で、Axlが間葉系細胞で高発現するEMTマーカーとしてNSCLCで初めて同定されたことは、本研究の重要な新規性である。
先行研究との違い: これまでの研究では、単一のEMTマーカー(例: E-cadherin)やプラットフォーム依存的なシグネチャーが用いられることが多かった。本研究は、プラットフォーム依存性を排除したシグネチャー設計により、単一遺伝子(CDH1)よりも高いE-cadherinタンパク質レベルとの相関を示し、より堅牢なEMT評価を可能にした点で先行研究と異なる。また、EMTがPI3K/Akt阻害剤クラス全体に対する耐性を予測する可能性を示した点も、これまでの知見を拡張するものである。
臨床応用: 本研究の知見は、NSCLCの臨床応用において重要な意義を持つ。特に、EGFR変異を有さないEGFR野生型NSCLC患者の中で、erlotinib治療の恩恵を受ける可能性のある患者群を同定するための、初の堅牢な前向き検証可能なバイオマーカー候補を提示した。BATTLE試験において、EGFR/KRAS野生型患者における上皮シグネチャー陽性例での疾患制御の優位性(HR 0.33, 95% CI 0.10-0.99, p=0.05)は、今後のerlotinib治療における患者選択戦略に直接影響を与える。また、PI3K/Akt阻害剤クラス全体に及ぶ耐性予測能は、これらの薬剤の臨床開発における患者選択戦略に直接的な含意を持つ。Axl阻害剤SGI-7079がerlotinib耐性を克服する可能性を示したことは、Axl阻害剤とEGFR阻害剤の併用療法(その後のbemcentinibやcabozantinibなどの開発)の理論的基盤を固めるものであり、臨床現場での新たな治療選択肢を提供する可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、本EMTシグネチャーの前向き臨床試験での予測能の検証が挙げられる。また、EMTの可逆性とその臨床的持続性、およびEMT reversalによるTKI感受性回復の長期的な効果評価も重要である。さらに、乳癌や頭頸部癌などの他上皮系腫瘍への本シグネチャーの適用拡大の可能性も探る必要がある。Axl阻害剤の最適投与量、投与タイミング、およびバイオマーカー駆動型患者選択戦略の確立も、今後の研究で解決すべき課題である。
方法
細胞株と遺伝子発現プロファイリング: NSCLC細胞株として、トレーニングセットに54株(Affymetrix U133A/B/Plus2.0およびIllumina WGv2プロファイル)、テストセットに39株(Illumina WGv3)をNCI/UT SouthwesternおよびATCCから取得した。RNAを抽出し、マイクロアレイ解析を実施した。
EMTシグネチャーの開発: シグネチャーは、プラットフォーム非依存性を高めるため、以下の2つの基準で遺伝子を選択した。(1) 4つのEMTマーカー(CDH1、VIM、CDH2、FN1)の各ベストプローブと正または負に強く相関する遺伝子を選択した。(2) 細胞株間で二峰性分布パターン(bimodal index (BI) > 1.5)を示す遺伝子のみを選択した。最終的に76遺伝子からなるシグネチャーを同定した(CDH2はBI基準未達のため除外)。
シグネチャーの検証: 開発されたシグネチャーは、階層的クラスタリングおよび第一主成分分析を用いて、細胞株を上皮(epithelial)群と間葉(mesenchymal)群に分類する能力を評価した。異なるマイクロアレイプラットフォーム間での分類の一致度も検証した。
プロテオミクス解析: リバースフェーズプロテインアレイ(RPPA)を用いて、200種類以上の総タンパク質およびリン酸化タンパク質の発現レベルを定量的に測定し、上皮群と間葉群間のタンパク質発現パターンの違いを解析した。特に、E-cadherinタンパク質レベルとEMTシグネチャーの相関を評価した。
薬剤感受性試験: 治療歴のないNSCLC細胞株78株を用いて、MTSアッセイにより各種薬剤のIC50値を3回以上測定した。評価した薬剤には、erlotinib、gefitinib、PI3K阻害剤GDC0941、Akt/mTOR阻害剤8-amino-adenosine、Akt選択的阻害剤MK2206、sorafenib、Axl阻害剤SGI-7079、および化学療法薬(pemetrexed、cisplatin、gemcitabine、vinorelbine、paclitaxel、docetaxelなど)が含まれる。
Axl阻害剤SGI-7079の特性評価: SGI-7079はAstex/Tolero社製のAxl選択的阻害剤である。HEK-293細胞にFLAGタグ付きAxlを過剰発現させ、Gas6刺激下でのAxlリン酸化に対するSGI-7079の阻害活性を免疫沈降およびウェスタンブロットで評価した。erlotinibとSGI-7079の併用効果は、Chou-Talalay法によるcombination index (CI) を用いて評価した。
異種移植モデル: 間葉系NSCLC細胞株A549を皮下移植したヌードマウスを用いて、vehicle、SGI-7079単独、erlotinib単独、および両剤併用治療の効果を評価した。腫瘍体積の変化を測定し、治療効果を比較した。
BATTLE試験での臨床検証: BATTLE-1試験に参加したNSCLC患者139例の腫瘍検体(Affymetrix Human ST 1.0 arrayでプロファイル)にEMTシグネチャーを適用し、8週時点での疾患制御率(disease control rate)との関連を解析した。特に、EGFR/KRAS野生型でerlotinib治療を受けた患者群におけるEMTシグネチャーの予測能を評価した。統計解析には、Fisherの正確検定、t検定、カイ二乗検定、Wilcoxon順位和検定などを用いた。