- 著者: Kaira K, Horie Y, Ayabe E, Murakami H, Kanazawa K, Ishizuka T, Yamamoto N
- Corresponding author: Kyoichi Kaira MD PhD (Division of Thoracic Oncology, Shizuoka Cancer Center, Japan)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2010
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 20107421
背景
肺多形癌 (PPC: pulmonary pleomorphic carcinoma) は、2004年の世界保健機関 (WHO) 肺腫瘍分類において肉腫様癌 (sarcomatoid carcinoma) の5つのサブタイプの一つに分類される、極めて稀な非小細胞肺癌 (NSCLC) である。その発生頻度は全肺癌の0.1%から0.4%程度と非常に低いことが Chang et al. (2001) により報告されている。組織学的には、腺癌、扁平上皮癌、または大細胞癌などの癌腫成分に、紡錘形細胞や巨細胞成分といった肉腫様成分が少なくとも10%以上混在する特徴的な不均一性を示す (Travis et al. 2004)。この腫瘍は通常のNSCLCと比較して著しく悪性度の高い臨床経過をたどり、プラチナ系抗がん剤を含む標準的なシステマティック化学療法への抵抗性や、術後早期の再発、そして極めて不良な予後経過をたどることが Fishback et al. (1994)、Rossi et al. (2003)、Mochizuki et al. (2008) らの複数の先行研究で報告されてきた。
当時、肺癌治療において劇的な効果を示していたEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) の有効性は、NSCLCにおけるEGFR遺伝子変異の保有状況と強く相関することが Mitsudomi and Yatabe (2007) により広く知られていた。しかしながら、肺多形癌におけるEGFR変異の具体的な頻度やその臨床的意義に関するデータは極めて手薄であり、EGFR-TKIの有効性についても不明な点が多かった。また、肺多形癌は癌腫成分と肉腫様成分という異なる組織成分から構成されるため、EGFR変異が特定の成分にのみ偏在する遺伝的不均一性 (genetic heterogeneity) を有する可能性が示唆されていたが、これを系統的に検証した報告は存在しなかった。さらに、腫瘍の代謝活性や増殖活性を評価する18F-FDG PET (18F-fluorodeoxy-glucose positron emission tomography) やKi-67増殖指数を用いた臨床病理学的データ、および外科的切除が予後に与える影響についても、当時の知見は著しく不足していた。このように、肺多形癌の分子生物学的特性および最適な治療戦略における知識のギャップが残されており、効果的な治療アプローチの確立に向けた詳細な解析が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、2004年から2008年にかけて静岡がんセンターで病理学的に診断された肺多形癌患者17例を対象に、臨床病理学的および分子生物学的特性を後方視的に解析し、本疾患の治療標的としての可能性と予後因子を明らかにすることである。具体的には、第一に、肺多形癌におけるEGFR遺伝子変異の頻度を同定し、マイクロダイセクション法を用いて癌腫成分と肉腫様成分における変異の局在を評価する。第二に、腫瘍の細胞増殖能を示す指標であるKi-67標識指数を測定し、臨床病期との関連性を検討する。第三に、18F-FDG PET検査における最大標準化摂取量 (SUVmax) を用いて腫瘍の糖代謝活性特性を定量化する。第四に、外科的切除の有無が患者の全生存期間 (OS) に与える影響を評価する。最後に、進行肺多形癌に対する緩和的化学療法の治療効果を検討し、その有効性と限界を明らかにすることを目指す。
結果
患者背景と初期治療の分布: 解析対象となった肺多形癌患者17例の中央年齢は72歳 (範囲47〜84歳) であり、男性が13例 (76%)、女性が4例であった。喫煙歴のある患者は14例 (82%) を占めた。ECOGパフォーマンスステータス (PS) は、16例 (94%) が0または1と良好であったが、1例のみPS 3であった。病期分類では、Stage I〜IIの早期・局所進行期が9例、Stage III〜IVの進行・転移期が8例であった。初期治療として、9例が外科的切除を受け、7例が化学療法および/または放射線療法、1例が最善の支持療法 (BSC) を選択された (Table 1)。
EGFR変異の検出と組織成分における不均一性: EGFR遺伝子変異は17例中3例 (18%) に認められた (Table 1)。変異の内訳は、エクソン19欠失が2例 (患者1: del E746-A750; 患者6: del L747-S752に加えてde novo T790M変異を併発)、エクソン21 L858R変異が1例 (患者16) であった。EGFR変異陽性例3例はすべて、癌腫成分の組織型が腺癌であった (Table 2)。極めて重要な所見として、これらEGFR変異陽性3例において腺癌成分と肉腫様成分をマイクロダイセクションにより分離して独立に解析した結果、EGFR変異は全例において腺癌成分のみに検出され、肉腫様成分には一切検出されなかった。この結果は、肺多形癌におけるEGFR変異が腫瘍内で極めて不均一に分布していることを示している。なお、EGFR変異陽性の3例においてKRAS遺伝子変異はすべて陰性であり、相互排他性が確認された。
Ki-67増殖活性と病期進行の相関: 全症例におけるKi-67標識指数の中央値は62% (範囲20〜87%) と非常に高値であった。Ki-67標識指数が60%を超える高発現群は17例中10例 (59%) を占めた。病期別の解析において、Stage III〜IVの進行期群における平均Ki-67標識指数は71 ± 3%であったのに対し、Stage I〜IIの早期群では38 ± 4%にとどまり、進行病期の患者において腫瘍の増殖活性が有意に高値を示した (p<0.001)。この結果は、高い細胞増殖能が肺多形癌の病期進行および侵攻性と密接に関連していることを裏付けている。
18F-FDG PETにおける高代謝活性: 18F-FDG PETが施行された16例における一次腫瘍のSUVmaxは6.1〜26.8の範囲に分布し、その中央値は19.3と極めて高い代謝活性を示した。病期別解析では、Stage I〜II群の平均SUVmax (15.9 ± 3.4) とStage III〜IV群の平均SUVmax (18.3 ± 2.2) の間に有意な差は認められなかった (p=0.552)。また、T分類別においても、T1〜2群 (16.6 ± 2.5) とT3〜4群 (18.5 ± 3.0) の間で有意差はなかった (p=0.653)。このことは、肺多形癌が病期や腫瘍径の大きさに関わらず、初期段階から一貫して極めて高い糖代謝活性を有することを示している。
外科的切除による生存期間の延長と化学療法の治療成績: 外科的切除を施行された手術群 (9例) と非手術群 (8例) の全生存期間 (OS) を比較した結果、手術群は非手術群と比較して有意に良好な生存期間を示した (log-rank p=0.0096) (Figure 1)。非手術群の中央OSが8.5ヶ月 (95% CI は症例数制限のため算出不能、p=0.0096、非手術群 vs 手術群) であったのに対し、手術群では観察期間内に中央値に到達しなかった (手術群のOS範囲は3〜54ヶ月、解析時点で9例中6例が生存)。一方で、進行・再発例8例に対する全身化学療法の効果は極めて限定的であった (Table 3)。1次治療において部分奏効 (PR) を得られたのは、化学放射線療法 (シスプラチン+ビノレルビン+胸部放射線療法) を施行されたStage IIIの2例 (患者8、患者17) のみであった。化学療法単独で治療された6例では、4例が進行疾患 (PD)、2例が安定疾患 (SD) であった。2次治療において、L858R変異陽性の患者16に対してEGFR-TKIであるゲフィチニブ (gefitinib) が投与されたが、その治療効果はSD (無増悪生存期間 [PFS] 3.0ヶ月、OS 12.0ヶ月) にとどまり、一過性の制御の後に病勢進行により死亡した。また、カルボプラチン+ゲムシタビン療法による2次治療でPRを達成した1例 (患者2、PFS 7.0ヶ月、OS 19.5ヶ月) を除き、大半の症例で2次・3次化学療法はPDの結果となった。
考察/結論
本研究は、極めて稀で侵攻性の高い肺多形癌17例を対象に、EGFR遺伝子変異の組織内分布やKi-67増殖指数、18F-FDG PET所見を系統的に評価した臨床病理学的研究である。
先行研究との違い: 本研究で得られたEGFR変異率18% (3/17例) は、日本人NSCLCにおける一般的な変異頻度 (約30〜40%) と比較して低い傾向にあった。さらに、マイクロダイセクションを用いた解析により、EGFR変異が腺癌成分のみに存在し、肉腫様成分には一切存在しないという組織学的不均一性を明らかにした。この結果は、肺多形癌におけるEGFR変異の不均一な分布を示した Ushiki et al. (2009) の単一症例報告をシリーズとして初めて実証したものであり、腫瘍全体を駆動する因子が成分間で異なることを示唆している。ゲフィチニブ治療を受けたL858R陽性例 (患者16) において、奏効がSDかつ一過性にとどまった臨床経過は、肉腫様成分に変異が存在しないために治療抵抗性を示した可能性を支持しており、従来のEGFR陽性腺癌に対する劇的な治療効果とは対照的である。
新規性: 本研究で初めて、肺多形癌におけるKi-67標識指数の中央値が62%、18F-FDG PETのSUVmax中央値が19.3という、通常のNSCLCの平均値を大きく上回る極めて高い増殖能および代謝活性を新規に定量化した。特に、Ki-67標識指数が進行病期 (Stage III〜IV) において有意に高値を示すこと (p<0.001) を見出し、腫瘍の急速な進展プロセスとの関連性を初めて示した。
臨床応用: 臨床的意義として、手術群が非手術群に対して有意な生存ベネフィットを示したこと (p=0.0096) から、外科的切除が本疾患における唯一の根治的治療手段であることが再確認された。しかし、進行例に対する緩和的化学療法の奏効率は極めて低く、標準治療の限界が浮き彫りとなった。この知見は、臨床現場において肺多形癌を早期に発見し外科的切除へ繋げることの重要性、および進行例に対する新たな分子標的治療や複合療法の開発が不可欠であることを示唆している。
残された課題: 本研究の主なlimitationは、単一施設における17例という小規模な後方視的解析である点である。また、生検検体を用いた症例では、腫瘍全体の組織学的不均一性を完全に代表できていない可能性がある。今後の検討課題として、近年肉腫様癌において高頻度 (約20〜30%) に報告されているMETエクソン14スキッピング変異の関与や、免疫チェックポイント阻害薬の有効性を予測するPD-L1発現・腫瘍変異負荷 (TMB) との関連性を、より大規模なマルチセンターコホートで検証することが挙げられる。
方法
対象患者と試験デザイン: 2004年3月から2008年10月までの期間に、静岡がんセンターにおいて病理学的に肺多形癌と診断された17例を対象とした単一施設後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) である。これは同期間に同施設で診断された原発性肺癌2083例中の0.8%に相当する。診断は2004年WHO分類に準拠し、癌腫成分に肉腫様成分 (紡錘形細胞または巨細胞) が少なくとも10%以上混在することを必須条件とした。病理診断は、手術切除検体9例、気管支鏡生検7例、外科的生検1例に基づいて確定された。本研究プロトコルは施設内倫理審査委員会の承認を得て実施された。
EGFR・KRAS変異解析: EGFR遺伝子変異 (エクソン19欠失、エクソン21 L858R変異等) の検索には、高感度なペプチド核酸-locked核酸PCRクランプ (PNA-LNA PCR clamp) 法を用いた (Nagai et al. 2005)。EGFR変異陽性であった症例については、腺癌成分と肉腫様成分をマイクロダイセクションにより独立に分離し、それぞれの組織成分におけるEGFR変異およびKRAS変異を解析した。KRAS変異の検出には、既報のプロトコルに従ったアッセイを用いた (van Kreken et al. 2008)。
Ki-67免疫組織化学: ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 切片を使用し、MIB-1 (mouse monoclonal antibody MIB-1) 抗体 (Dako製、1:40希釈) を用いて免疫組織化学染色を行った。高細胞密度領域において約1000個の腫瘍細胞核を計数し、核染色陽性細胞の割合をKi-67標識指数 (%) として算出した。Ki-67標識指数が60%超を高発現と定義した。
18F-FDG PET検査: 16例の患者で18F-FDG PET検査が実施された。患者は検査前少なくとも4時間絶食し、200から250 MBq (megabecquerel) の18F-FDGを静脈内投与後、約1時間安静にしてから画像取得を行った。画像はAdvance NXi (Advance NXi PET scanner, GE Medical Systems) およびDiscovery PET/CTスキャナーを用いて取得された (Endo et al. 2008)。一次腫瘍の関心領域 (ROI) を手動で設定し、最大標準化摂取量 (SUVmax) を定量した。
治療効果評価と統計解析: 化学療法および放射線療法の治療効果は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) ガイドライン (Therasse et al. 2000) に基づいて評価された。主要評価項目 (primary endpoint) は全生存期間 (OS) とし、治療開始日からあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。生存期間の推定には Kaplan-Meier 法を用い、群間の生存曲線比較には log-rank test を適用した。2つのカテゴリカル変数の関連性を検討するために Fisher’s exact test を用いた。統計的解析にはすべて有意水準 p<0.05 をもって有意と判定した。