• 著者: Masayuki Takeda, Isamu Okamoto, Yoshihiko Fujita, Tokuzo Arao, Hiroyuki Ito, Masahiro Fukuoka, Kazuto Nishio, Kazuhiko Nakagawa
  • Corresponding author: Isamu Okamoto (Kinki University School of Medicine, Department of Medical Oncology, Osaka-Sayama, Osaka)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2010
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Brief Report
  • PMID: 20186026

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) において、上皮成長因子受容体 (EGFR) 遺伝子変異は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (EGFR-TKI) に対する治療反応性を予測するバイオマーカーとして確立されている。特に、EGFR活性化変異を有するNSCLC患者に対するgefitinibやerlotinibといったEGFR-TKIは、複数の前向き第III相臨床試験において55%から91%という高い奏効率 (ORR) を示し、標準治療としての地位を確立している。しかしながら、EGFR変異陽性患者の一部がEGFR-TKIに対してde novo (一次性) 耐性を示すことが臨床的に観察されており、その分子メカニズムは依然として未解明な点が多かった。このde novo耐性の存在は、EGFR変異陽性という強力な予測因子が存在するにもかかわらず、治療効果が得られない患者が一定数存在するという臨床上の課題を提示している。

KRAS遺伝子変異は、EGFR野生型NSCLC患者におけるEGFR-TKI耐性の予測因子として広く認識されている。KRAS変異は、EGFRの下流シグナル伝達経路であるRAS-MAPK経路を構成的に活性化させることで、EGFR阻害剤の効果を減弱させると考えられている。これまでの報告では、EGFR変異とKRAS変異は通常、相互排他的 (mutually exclusive) であると考えられており、両変異が同時に存在することは稀であるとされてきた。例えば、Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005Pao et al. PLoSMed 2005Kosaka et al. CancerRes 2004らの研究では、これらの変異が異なる発癌経路を通じて生じる可能性が示唆されている。これらの研究は、KRAS変異がEGFR野生型NSCLCにおけるEGFR-TKI耐性の主要なメカニズムの一つであることを明確に示している。しかし、稀に両変異の共存例が報告されており、その臨床的意義、特にEGFR変異陽性患者におけるEGFR-TKIへのde novo耐性との関連については、十分な検討が不足していた。特に、EGFR変異陽性患者でEGFR-TKIに反応しない症例の分子学的特徴を詳細に解析した報告は少なく、この知識ギャップを埋めることが喫緊の課題であった。

本研究では、EGFR変異陽性NSCLC患者においてEGFR-TKIに対するde novo耐性が生じる頻度を評価し、その耐性メカニズムとしてKRAS変異の共存が関与する可能性を検討することを目的とした。特に、EGFR変異陽性にもかかわらずEGFR-TKIに反応しない患者の分子学的特徴を明らかにすることは、治療戦略の最適化において重要な課題である。本研究は、この稀な共存変異がEGFR-TKIの治療効果に与える影響を臨床的に評価し、de novo耐性の分子基盤を解明することで、より個別化された治療選択に資する知見を提供することを目指した。

目的

本研究の目的は、EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (EGFR-TKI) に対するde novo (一次性) 耐性を示す患者の頻度、臨床的特徴、およびKRAS遺伝子変異の共存状況を後ろ向きに分析することである。具体的には、近畿大学医学部附属病院でEGFR変異陽性と診断され、gefitinibまたはerlotinibによるEGFR-TKI治療を受けた40例の患者コホートを対象とした。このコホートから、EGFR-TKI治療後に早期に病勢進行 (PD: Progressive Disease) を示した症例を抽出し、これらの症例におけるKRAS変異の有無を直接シークエンス法により分子生物学的に解析した。KRAS変異がEGFR変異陽性NSCLC患者におけるEGFR-TKIへの反応性の陰性予測因子となりうるか否かを検証し、de novo耐性の分子メカニズムの一端を解明することを目的とした。これにより、EGFR変異陽性患者におけるde novo耐性の分子メカニズムの一端を解明し、将来的な治療選択の個別化に資する知見を得ることを目指す。本研究は、EGFR変異陽性患者におけるKRAS変異の共存がEGFR-TKI治療効果に与える影響を評価し、治療前のKRAS変異スクリーニングの臨床的意義を検討するものである。

結果

コホート全体の治療応答と患者背景: EGFR変異陽性NSCLC患者40例(gefitinib治療36例、erlotinib治療4例)のEGFR-TKI治療成績は、部分奏効 (PR) が29例 (72.5%)、病勢安定 (SD) が8例 (20%)、病勢進行 (PD) が3例 (7.5%) であった。全体の客観的奏効率 (ORR) は72.5%、病勢コントロール率 (DCR) は92.5%であり、これはEGFR変異陽性NSCLC患者集団で期待される高い奏効率 (ORR 55〜83%、DCR 88〜96%) と一致する結果であった。患者背景は、腺癌が優位であり、EGFR変異の内訳はエクソン19欠失が約60%、L858R変異が約40%を占め、女性および非喫煙者が多数であった。de novo耐性と定義された3例 (7.5%) は、いずれも男性、腺癌、EGFRエクソン19欠失変異保有者であった。本コホートにおいて、L858R変異を有するde novo耐性例は確認されなかった。

De novo耐性3例の臨床経過と早期増悪: de novo耐性を示した3例の患者は、EGFR-TKI投与開始後、極めて早期に病勢進行が確認された。Case 1では治療開始58日目、Case 2では28日目、Case 3では32日目にPDが確認され、全例で2ヶ月以内という短期間での増悪であった (Figure 1 A-C)。これらの患者は、Case 1が2次治療 (gefitinib)、Case 2が3次治療 (erlotinib)、Case 3が4次治療 (erlotinib) としてEGFR-TKIを受けており、いずれも複数の前治療歴を有していた。3例ともEGFR-TKI投与開始直後から臨床的ベネフィットを示さず、典型的なEGFR変異陽性患者の治療経過とは対照的であった。PD後の後続治療として化学療法などが施行されたが、その詳細な転帰は本報告には記載されていない。これらの早期増悪は、EGFR変異陽性患者におけるEGFR-TKIの奏効期間中央値が通常10ヶ月以上であることと比較して、明らかに短い期間であった。

KRAS変異共存の分子解析: de novo耐性を示した3例のうち2例 (67%) において、KRAS遺伝子コドン12の変異 (G12D: グリシンからアスパラギン酸への置換) が同定された。これらの2例では、EGFRエクソン19欠失変異とKRAS G12D変異の共存が確認された (Figure 1 D-F)。KRAS G12D変異は、GTPase活性を喪失した構成的活性型KRASタンパク質を生成し、EGFRシグナル伝達経路の下流にあるRAS-MAPK経路をEGFR非依存的に持続的に活性化させることで、EGFR阻害剤の効果を減弱させる機序でde novo耐性を付与すると解釈された。EGFR変異とKRAS変異は通常相互排他的であると考えられてきたが、本症例は稀な共存例であり、次世代シーケンシング技術の進歩により、今後このような共存変異の検出頻度が増加する可能性が示唆された。残りの1例 (Case 3) ではKRAS変異は同定されず、この患者は喫煙者であったことから、PTEN喪失、PIK3CA変異、MET増幅などの他の一次耐性メカニズムの存在が推測された。KRAS変異が検出された2例は非喫煙者であったが、KRAS変異が検出されなかったCase 3は喫煙者であった。

個別症例の変異プロファイルと治療経過: Case 1 (63歳男性、非喫煙者) は、ステージIVの肺腺癌と診断され、EGFRエクソン19欠失変異 (L747-P753欠失) を有していた。2次治療としてgefitinibを開始したが、58日目にPDが確認された (Figure 1 A)。分子解析では、EGFRエクソン19欠失とKRAS G12Dの共存変異が検出された (Figure 1 D)。Case 2 (69歳男性、非喫煙者) は、ステージIIIBの腺癌で、EGFRエクソン19欠失変異 (E746-A750欠失) を有していた。3次治療としてerlotinibを開始したが、28日目にPDが確認された (Figure 1 B)。分子解析では、EGFRエクソン19欠失とKRAS G12Dの共存変異が検出された (Figure 1 E)。Case 3 (52歳男性、喫煙者) は、ステージIVの肺腺癌で左副腎転移を有し、EGFRエクソン19欠失変異を保有していた。4次治療としてerlotinibを開始したが、32日目に左副腎転移の増大によりPDと判定された (Figure 1 C)。分子解析では、EGFRエクソン19欠失単独であり、KRAS変異は野生型であった (Figure 1 F)。de novo耐性を示した3例全員がEGFRエクソン19欠失変異を保有しており、L858R変異との差異 (エクソン19欠失変異でKRAS共存リスクが高い可能性) が示唆されたが、サンプル数が少ないため確証的な結論は困難であった。これらの症例は、EGFR変異陽性にもかかわらずEGFR-TKIへの反応が不良であったことを明確に示している。

考察/結論

本短報は、EGFR変異陽性NSCLC患者におけるEGFR-TKIへのde novo耐性の頻度が7.5%であることを示し、そのうちの2/3 (67%) にKRAS変異の共存が確認された初期の臨床報告である。EGFR変異とKRAS変異は通常相互排他的であると考えられていたが、本研究で示された共存例における一次耐性の発生は、下流のKRAS経路が構成的に活性化されることにより、EGFR阻害の効果が減弱するというメカニズムと解釈された。この臨床的知見は、変異型KRASを強制発現させたEGFR変異陽性NSCLC細胞株PC-9においてgefitinib感受性が低下するという前臨床データとも一致する。

先行研究との違い: これまでの研究では、EGFR変異とKRAS変異は相互排他的であるという見解が主流であったが、本研究は、EGFR変異陽性患者においてKRAS変異が共存し、それがEGFR-TKIへのde novo耐性をもたらすという、これまでとは異なる臨床的状況を提示した。特に、EGFR変異陽性患者の約7.5%がde novo耐性を示し、そのうち67%にKRAS変異が共存していたことは、先行研究で報告されたKRAS変異の稀な共存例が、実際に臨床的な耐性メカニズムとして機能することを示唆する。

新規性: 本研究は、EGFR変異陽性NSCLC患者においてKRAS変異の共存がEGFR-TKIに対するde novo耐性の原因となりうることを、臨床症例の解析を通じて初めて示唆した点で新規性がある。これまで、EGFR変異とKRAS変異の共存は稀であるとされてきたが、本研究はこのような共存変異が実際に臨床的な耐性メカニズムとして機能することを示した。この発見は、EGFR変異陽性NSCLC患者の治療選択における新たな分子マーカーの可能性を提示するものである。

臨床応用: 本結果は、KRAS変異共存がEGFR変異陽性患者におけるEGFR-TKIへのde novo耐性の分子マーカーとなりうることを強く示唆する。したがって、EGFR-TKI治療を開始する前にKRAS変異ステータスを評価することは、治療反応性を予測し、患者選択を最適化する上で臨床的意義があると考えられる。特に、EGFR変異とKRAS変異の共存が確認された患者に対しては、EGFR-TKI単独療法以外の治療戦略、例えば化学療法やKRAS阻害剤の併用療法などを検討する必要がある。これにより、治療の個別化をさらに進め、患者の予後改善に貢献できる可能性がある。

残された課題: 本研究はn=40中3例という極めて小規模な後ろ向き解析であり、結果の一般化には限界がある。大規模な前向き研究による検証が今後の検討課題である。また、de novo耐性を示した1例 (Case 3) ではKRAS変異が同定されず、PTEN喪失、MET増幅、PIK3CA変異など、他の一次耐性メカニズムが存在する可能性が示唆された。これらの他の耐性メカニズムの関与については、今後の研究で詳細に解析する必要がある。さらに、EGFR変異タイプ (エクソン19欠失とL858R) とKRAS変異共存の関連性についても、より大規模なコホートでの検証が必要である。本研究の発見は、EGFR変異陽性NSCLC患者におけるde novo耐性の複雑な分子基盤を理解するための重要な第一歩となる。

方法

本研究は、近畿大学医学部附属病院において2002年9月から2009年1月の間に、EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) と診断され、gefitinib (n=36) またはerlotinib (n=4) のいずれかのEGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (EGFR-TKI) で治療された計40例の患者を対象とした後ろ向きコホート研究である。対象患者は、治療前のアーカイブ組織検体が入手可能であった。本研究は、後方視的観察研究であり、特定臨床試験登録番号 (例: NCT01234567) は付与されていないが、倫理委員会の承認を得て実施された。

EGFR遺伝子変異の検出には、主にPCR-Invader法またはPNA-LNA PCR clamp法が用いられた。これらの方法は、EGFR遺伝子のエクソン18、19、20、21における既知の活性化変異および耐性変異を検出するために設計されている。特に、エクソン19欠失変異とL858R点変異が主要な検出対象であった。DNA抽出は、パラフィン包埋組織から行われた。

De novo耐性の定義は、EGFR-TKI治療後の最良奏効が病勢進行 (PD: Progressive Disease) である患者とした。治療効果判定は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) ガイドラインに基づいて行われた。治療開始からPDまでの期間が短いことが特徴的なde novo耐性例を特定した。

de novo耐性を示した3例の患者については、KRAS遺伝子のエクソン2における変異の有無を直接シークエンス法により解析した。KRAS変異の解析は、EGFR変異とは独立して行われ、特にKRAS codon 12および13の変異に焦点を当てた。KRAS変異の検出には、PCR増幅後にABI PRISM 3100 Genetic Analyzer (Applied Biosystems) を用いたダイレクトシークエンスが行われた。この手法により、高感度で変異を検出することが可能であった。

統計解析については、患者背景および治療応答の記述統計が用いられた。EGFR変異タイプ別の応答パターンやKRAS変異共存の頻度については、症例数が少ないため、統計的有意差検定は実施されず、主に記述的な解析に留められた。本研究の主要なエンドポイントは、EGFR変異陽性患者におけるEGFR-TKIへのde novo耐性発生率と、de novo耐性例におけるKRAS変異の共存頻度であった。