- 著者: William Pao, Theresa Y. Wang, Gregory J. Riely, Vincent A. Miller, Qiulu Pan, Marc Ladanyi, Maureen F. Zakowski, Robert T. Heelan, Mark G. Kris, Harold E. Varmus
- Corresponding author: William Pao (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY)
- 雑誌: PLoS Medicine
- 発行年: 2005
- Epub日: 2005-01-25
- Article種別: Original Article
- PMID: 15696205
背景
ERBBファミリー受容体チロシンキナーゼは、細胞の増殖シグナル伝達を媒介する重要な分子群である。肺腺癌の一部において、このERBBファミリーに属するEGFR(上皮成長因子受容体)およびHER2遺伝子の体細胞変異が同定されてきた。特にEGFR変異は、低分子チロシンキナーゼ阻害薬であるゲフィチニブ(Iressa)およびエルロチニブ(Tarceva)に対する腫瘍の感受性を予測するバイオマーカーとして確立されている。具体的には、Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004らの研究により、EGFR変異がEGFR-TKI(チロシンキナーゼ阻害薬)への奏効と強く関連することが示された。これらの研究は、EGFR-TKIが特定の分子プロファイルを持つ患者に有効であることを明確にした点で画期的であった。
しかしながら、EGFR変異が検出されない症例においても、一部の患者ではEGFR-TKIが奏効することが報告されており、EGFR変異のみでは薬剤感受性を完全に予測できないという課題が残されていた。このことは、EGFR変異陰性患者に対する治療選択の意思決定を複雑にし、EGFR-TKI治療の恩恵を受けられる患者をより正確に特定するための追加のバイオマーカーの必要性を示唆していた。EGFR変異陰性例における薬剤感受性の予測因子や、EGFR-TKIに対する一次耐性(primary resistance)のメカニズムについては、依然として未解明な点が多かったのである。
一方、KRASはERBBシグナル伝達経路の下流に位置するGTPaseであり、細胞増殖、分化、アポトーシスを制御する重要な役割を担う。肺腺癌の約15%から30%でコドン12または13(exon 2)に活性化変異を有することが知られている。これらのKRAS変異は、一般的に不良な予後と関連するとされており、KRAS変異陽性腫瘍は治療抵抗性を示すことが多い。興味深いことに、EGFR変異とKRAS変異は同一腫瘍内で同時に検出されることが稀であり、両者が肺発癌において機能的に同等の役割を果たす、相互排他的な発癌経路であることを示唆している。この相互排他性は、両遺伝子が同じシグナル伝達経路(例えばMAPK経路)を活性化させることで腫瘍形成を促進するためと考えられている。また、EGFR変異は非喫煙者(生涯喫煙本数100本未満)の腫瘍に多く見られるのに対し、KRAS変異は喫煙歴のある患者の腫瘍に多く認められるという疫学的特徴も報告されている。
これまでの研究では、EGFR変異がEGFR-TKIへの感受性を予測する強力な因子であることが示されてきたが、EGFR変異陰性例における薬剤感受性の予測因子や、EGFR-TKIに対する一次耐性のメカニズムについては未解明な点が多かった。特に、KRAS変異がEGFR-TKIへの感受性または耐性にどのように影響するかについては、体系的な検討が不足しており、この知識ギャップが臨床現場での治療選択を困難にしていた。本研究は、KRAS変異がゲフィチニブまたはエルロチニブに対する一次耐性または感受性を予測しうるかどうかを検討することを目的とした。これにより、EGFR変異検査陰性例における治療選択の意思決定を支援し、EGFR-TKIの恩恵を受けられる患者をより正確に特定するための新たなバイオマーカーの可能性を探ることで、臨床的課題の解決に貢献することを目指した。
目的
本研究の目的は、ゲフィチニブまたはエルロチニブによる治療に対する奏効性または不応性が既に判明している肺腺癌患者60例の腫瘍検体を用いて、EGFR(exon 18-21)およびKRAS2(exon 2)の変異状態を体系的に解析することである。特に、KRAS変異がこれらのEGFR-TKIに対する一次耐性の予測因子となりうるか否かを評価し、その臨床的意義を明らかにすることを目指した。これにより、EGFR変異検査の結果と合わせてKRAS変異状態を考慮することで、EGFR-TKI治療の最適な患者選択に資する新たな分子バイオマーカーの確立に貢献することを意図する。本研究は、EGFR変異陰性患者における治療効果の予測精度を向上させ、不必要な薬剤投与とそれに伴う副作用を回避するための重要な情報を提供することを目標とした。
結果
EGFR変異とEGFR-TKI感受性の強い相関: 解析対象の肺腺癌60例において、EGFR変異とゲフィチニブまたはエルロチニブに対する感受性との間に極めて強い相関が認められた (Table 1)。薬剤感受性腫瘍22例中17例(77%、95% CI: 57%-90%)にEGFR変異(exon 19欠失またはexon 21 L858R)が検出された。一方、薬剤不応性腫瘍38例中にはEGFR変異を有する症例は0例(0%、95% CI: 0%-9%)であった。この差は統計学的に極めて有意であり(p=6.8×10⁻¹¹)、EGFR変異がEGFR-TKIに対する感受性の強力な予測因子であることを改めて示した。EGFR変異が検出された17例の腫瘍は全てゲフィチニブまたはエルロチニブに奏効した。
KRAS変異とEGFR-TKI一次耐性の関連: KRAS exon 2変異は、薬剤不応性腫瘍38例中9例(24%、95% CI: 13%-39%)に認められた (Figure 1, Table 1)。これに対し、薬剤感受性腫瘍21例中にはKRAS変異を有する症例は0例(0%、95% CI: 0%-16%)であり、KRAS変異は薬剤感受性腫瘍では皆無であった。この結果は統計学的に有意であり(p=0.02)、KRAS変異がゲフィチニブまたはエルロチニブに対する一次耐性の予測因子となることを強く示唆する。KRAS変異が検出された9例の腫瘍は全てゲフィチニブまたはエルロチニブに不応であった(p=3.2×10⁻⁷)。この所見は、KRAS変異がEGFR-TKIに対する抵抗性メカニズムとして機能することを示唆している。
EGFR変異とKRAS変異の相互排他性: 本研究で解析された60例の肺腺癌において、EGFR変異とKRAS変異が同時に存在する症例は一つも認められなかった。感受性腫瘍22例中17例がEGFR変異陽性であり、KRAS変異は0例であった。不応性腫瘍38例中9例がKRAS変異陽性であり、EGFR変異は0例であった。この結果は、両遺伝子の変異が肺腺癌の発癌経路において機能的に冗長な役割を果たす、相互排他的なドライバー変異であることを支持する。この相互排他性は、EGFR-TKI治療における分子プロファイリングの重要性を強調する。
KRAS変異のスペクトラム: 検出されたKRAS変異のスペクトラムは、主にコドン12およびコドン13におけるグリシンから他のアミノ酸への置換であった (Table 2)。ゲフィチニブ不応例では、G12C(1例)、G13C(2例)、G12D(1例)、G12S(1例)が認められた。エルロチニブ不応例では、G12C(1例)、G12D(2例)、G12V(1例)が検出された。これらの変異は、KRASタンパク質のGTPase活性を恒常的に活性化させると考えられ、下流のシグナル伝達経路をEGFR-TKI非依存的に駆動することで薬剤耐性を引き起こす可能性が示唆される。
エルロチニブコホートにおけるKRAS変異率の低さ: エルロチニブ治療コホート(n=36)におけるKRAS変異率は、ゲフィチニブ治療コホート(n=24)と比較して低かった(エルロチニブ群で4/26例、15% vs. ゲフィチニブ群で5/12例、42%)。この差異は、エルロチニブコホートが細気管支肺胞癌(bronchioloalveolar carcinoma)を対象とした臨床試験の患者で構成されていたことに起因すると考えられる。細気管支肺胞癌は、一般的にKRAS変異の発生率が低い組織型であることが先行研究で報告されている。
EGFR野生型かつKRAS野生型腫瘍における治療反応: EGFR野生型かつKRAS野生型であった22例中5例(23%)でゲフィチニブまたはエルロチニブへの奏効が認められた。この奏効率は、EGFR野生型かつKRAS変異陽性であった9例中0例の奏効と比較して、統計学的な有意差は認められなかった(p=0.29)。しかし、KRAS変異陽性例では奏効が全く見られなかったという事実は、KRAS変異がEGFR-TKIに対する一次耐性の強力な予測因子であるという知見を裏付けるものである。これは、EGFR野生型腫瘍であっても、KRAS変異が存在すればEGFR-TKIの効果は期待できないことを示唆する。
考察/結論
本研究は、肺腺癌におけるKRAS exon 2変異が、ゲフィチニブまたはエルロチニブに対する一次耐性の予測バイオマーカーであることを初めて示した重要な論文である。この知見は、EGFR-TKI治療の患者選択において、EGFR変異に加えてKRAS変異の評価が極めて有用であることを示唆する。
先行研究との違い: これまでの研究では、EGFR変異がEGFR-TKIへの感受性を予測する主要な因子として確立されてきたが、EGFR変異陰性例における治療反応の予測因子については十分な情報が不足していた。本研究は、EGFR変異とは対照的に、KRAS変異がEGFR-TKIに対する一次耐性と強く関連することを示し、このギャップを埋めるものである。特に、KRAS変異陽性腫瘍ではEGFR-TKIに対する奏効が皆無であったという点は、これまでのEGFR変異単独での予測モデルを補完する新規情報である。
新規性: 本研究で初めて、KRAS変異がゲフィチニブまたはエルロチニブに対する一次耐性の予測因子となることを、臨床データに基づいて新規に同定した。EGFR変異とKRAS変異が同一腫瘍内で相互排他的に存在するという発見は、両者が肺腺癌における同一のMAPKシグナル伝達経路を活性化させる機能的に冗長な発癌ドライバーであることを示しており、肺癌のoncogene addictionモデルの基盤を築いた。この相互排他性は、分子診断において両遺伝子の変異を同時に評価することの重要性を強調する。
臨床応用: 本知見は、EGFR-TKI治療の臨床応用において重要な含意を持つ。第一に、EGFR変異検査が陰性であったとしても、直ちにEGFR-TKI治療を排除すべきではないが、KRAS変異検査を追加で考慮すべきである。第二に、KRAS変異陽性の肺腺癌患者に対しては、EGFR-TKI単剤療法を推奨すべきではないことが強く示唆される。これらの結果は、治療前の分子プロファイリングにEGFRとKRASの両方を含めることで、患者の治療選択の意思決定を改善し、不必要な薬剤投与とそれに伴う副作用を回避できる可能性を示している。これにより、限られた医療資源をより効果的に配分し、患者のQOL向上に貢献することが期待される。
残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、本コホートではKRAS遺伝子のexon 2のみが解析されており、N-RAS、H-RAS、およびKRASのexon 3-4における変異は含まれていない。これらの領域に存在する稀な変異がEGFR-TKI感受性に影響を与える可能性は今後の検討課題である。第二に、エルロチニブコホートにおいて細気管支肺胞癌の患者が偏重しており、これがKRAS変異率の低さに影響を与えた可能性がある。このため、他の組織型におけるKRAS変異の役割については、さらなる研究が必要である。第三に、本研究の知見を大規模な前向き臨床試験で検証する必要がある。しかし、本研究の発表後、TRIBUTE試験やBR.21試験などの大規模臨床試験でもKRAS変異とEGFR-TKI不応の関連が確認されており、本研究の重要性が裏付けられている。本研究は、同じPaoグループによるEGFR T790M獲得耐性に関する論文(PLoS Medicine, 2005)と並び、非小細胞肺癌の分子腫瘍学の基盤を築いた画期的な成果である。
方法
本研究は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) の施設内審査委員会 (IRB) の承認を得たプロトコルに基づき実施された、後向きコホート研究である。対象は、ゲフィチニブ(250 mgまたは500 mg/日経口投与、n=24)またはエルロチニブ(150 mg/日経口投与、n=36)で治療された肺腺癌患者60例である。エルロチニブ治療コホートは、細気管支肺胞癌(bronchioloalveolar carcinoma)を対象とした第II相臨床試験 (NCT00003730) の患者群から構成された。解析には、治療前のパラフィン包埋腫瘍検体(1例のみ新鮮凍結検体)が用いられた。
治療効果の評価は、RECIST(Response Evaluation Criteria in Solid Tumors)基準に基づき、盲検化された放射線科医(R.T.H.)が実施した。部分奏効(partial response)を示した症例を「感受性(sensitive)」、病勢進行(progressive disease)または安定疾患(stable disease)を示した症例を「不応性(refractory)」と分類した。完全奏効(complete response)を示した症例は認められなかった。最終的に、感受性腫瘍は22例(ゲフィチニブ群12例、エルロチニブ群10例)、不応性腫瘍は38例(ゲフィチニブ群12例、エルロチニブ群26例)であった。
これらの腫瘍検体からゲノムDNAを抽出し、EGFR遺伝子のexon 18から21、およびKRAS2遺伝子のexon 2について、ダイレクトシークエンシングにより変異解析を行った。シークエンシング反応は、フォワードおよびリバースの両方向で実施され、全ての変異は独立したDNA分離物からのPCR増幅により確認された。PCRはHotStarTaq Master Mix Kit (Qiagen) を用いて実施された。さらに、EGFR exon 19欠失変異の検出感度を高めるため、蛍光標識PCR産物のキャピラリー電気泳動による長さ解析も12例で実施された。このアッセイは、H1650細胞株DNA(exon 19欠失陽性)が全DNAの6%以上を占める場合に変異アレルを検出可能であり、ダイレクトシークエンシングの検出感度12%と比較して高感度であった。同様に、EGFR exon 21 L858R変異については、L858R変異によって生じる新規Sau96I制限酵素サイトを利用したPCR-制限酵素断片長多型(RFLP)アッセイも併用された。このアッセイは、H1975細胞株DNA(L858R陽性)が全DNAの3%以上を占める場合に変異アレルを検出可能であり、ダイレクトシークエンシングの検出感度6%と比較して高感度であった。
統計解析には、Fisherの正確確率検定を用いてp値を算出し、95%信頼区間(CI)はStatistics with Confidenceソフトウェアを用いて計算された。本研究では、EGFR変異とKRAS変異のそれぞれが薬剤感受性または不応性との関連を評価するための統計的比較が主要な解析項目であった。