- 著者: Kosaka T, Yatabe Y, Endoh H, Kuwano H, Takahashi T, Mitsudomi T
- Corresponding author: Tetsuya Mitsudomi, MD (Department of Thoracic Surgery, Aichi Cancer Center Hospital, Nagoya, Japan)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2004
- Epub日: 2004-12-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 15604253
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) gefitinibに対する臨床反応には著しい個人差が存在することが、既に複数の臨床試験で報告されていた。具体的には、女性、非喫煙者、腺癌患者、そして日本人患者において良好な奏効がより多く観察される傾向が示されていた (Kris et al. JAMA 2003; Fukuoka et al. JClinOncol 2003)。しかし、これらの臨床的特徴がgefitinib感受性とどのように分子レベルで関連しているかは、当時の時点では未解明であった。
2004年には、Lynch et al. (Lynch et al. NEnglJMed 2004)とPaez et al. (Paez et al. Science 2004)が相次いで、EGFRチロシンキナーゼドメインにおける活性化変異がgefitinib感受性と強く相関することを初めて報告した。これらの画期的な研究は、EGFR変異がEGFR-TKI治療のバイオマーカーとなりうる可能性を示唆した。しかし、これらの初期報告は、主に選択された患者集団や比較的小規模なコホートを対象としており、未選択の大規模コホートにおけるEGFR変異の頻度、変異の種類と分布、臨床病理学的特徴との詳細な関連、および他のがん遺伝子変異(特にKRASやTP53)との相互関係については、系統的な解析が不足していた。
特に、日本人肺癌患者におけるEGFR変異の頻度は、欧米人患者と比較して高い可能性が示唆されていた。例えば、Paez et al. (Paez et al. Science 2004)の報告では、日本人コホートにおいて58例中15例(26%)に変異が検出されており、欧米人コホートの頻度を上回っていた。しかし、この時点では、日本人集団におけるEGFR変異の代表的なデータは存在せず、その臨床的・生物学的意義を包括的に理解するための大規模な研究が求められていた。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的として計画された。
目的
本研究の目的は、愛知がんセンター病院で手術を受けた未選択の日本人肺癌患者277例を対象に、EGFRチロシンキナーゼドメイン(エクソン18-21)の変異を網羅的に解析し、以下の点を明らかにすることである。
- EGFR変異の頻度、種類、および分布を詳細に記述すること。 特に、gefitinib感受性に関連するとされる主要な変異タイプ(エクソン19欠失、エクソン21 L858R変異など)の日本人集団における割合を明らかにすることを目指した。
- EGFR変異と臨床病理学的特徴との関連を多変量解析を用いて明らかにすること。 具体的には、性別、喫煙歴、組織型、腫瘍の分化度、病期、および患者の生存期間といった因子とEGFR変異との独立した関連性を評価することを目的とした。これにより、EGFR変異がどのような患者背景や腫瘍特性と関連するのかを解明する。
- KRASおよびTP53遺伝子変異との相互関係を解明すること。 EGFR、KRAS、TP53は肺癌において重要なドライバー遺伝子であり、これらの変異が相互に排他的であるか、あるいは共存するのかを解析することで、肺癌の分子病態におけるEGFRシグナル経路の役割をより深く理解することを目指した。
結果
EGFR変異の頻度、種類、および分布: 手術を受けた未選択の肺癌患者277例中、111例(40%)にEGFR遺伝子のエクソン18-21に変異が検出された。変異の内訳は、エクソン19における欠失変異が52例、点変異が54例、挿入/重複変異が5例であった。エクソン19の欠失変異はすべてコドン746-750周辺で発生しており、その約半数(52例中25例)はELREAの5アミノ酸残基の単純な欠失であった。残りの22例は点変異や挿入を伴う複合的なin-frame欠失であった(Fig. 1)。点変異の54例中46例はエクソン21のコドン858におけるTからGへの転位(L858R変異)であり、4例はエクソン18のコドン719変異であった。L858R変異を有する3例とコドン719変異を有する1例では、それぞれコドン709、768、776、790に別の変異を伴っていた。全体として、エクソン19欠失変異(52例、47%)とL858R変異(49例、44%)の2種類で全EGFR変異の91%(101/111例)を占めた。これら4つの主要な変異クラス(エクソン19欠失、L858R、コドン719変異、エクソン20挿入/重複)は、同一腫瘍内で同時に検出されることはなかった。また、EGFR変異陽性例の約30%(エクソン19欠失の19/52例、L858Rの13/46例、コドン719変異の1/4例)では、クロマトグラム上に野生型アレル由来のバンドが検出されず、変異アレルの増幅または野生型アレルの消失が示唆された。
臨床病理学的特徴との関連(単変量・多変量解析): 単変量解析の結果、EGFR変異は女性(59% vs 男性26%, P<0.001)、非喫煙者(66% vs 喫煙者22%, P<0.001)、および腺癌(49% vs 非腺癌2%, P<0.001)において有意に高頻度で検出された(Table 1)。非腺癌患者53例中、EGFR変異が検出されたのは1例のみ(腺扁平上皮癌の61歳男性)であった。女性患者は非喫煙者であり、腺癌である傾向が強いため、これらの3変数がEGFR変異に独立して寄与するかを評価するためにロジスティック回帰解析を実施した。多変量解析の結果、喫煙歴(オッズ比OR=3.949, 95% CI 1.98-7.86, P<0.001)と腺癌組織型(OR=27.486, 95% CI 3.70-204.0, P=0.0013)がEGFR変異の独立した関連因子として同定された。一方、女性性別はEGFR変異と独立した関連を示さなかった(OR=0.996, 95% CI 0.53-1.87, P=0.9917)。これは、見かけ上の性差が、女性患者における非喫煙習慣と腺癌組織型の高頻度という集団特性に起因することを示唆する。また、閉経前の若年女性(50歳以下)においても、EGFR変異頻度に性差は認められなかった(男性7例中2例、女性7例中2例)。
腺癌サブ解析と予後: 腺癌224例に限定した詳細な解析では、EGFR変異は110例(49%)に検出された。腫瘍の分化度との関連では、高〜中分化型腺癌におけるEGFR変異頻度(58%)は、低分化型腺癌(30%)と比較して有意に高かった(P<0.001)。気管支肺胞上皮癌(BAC)は本コホート中に5例含まれており、そのうち3例(60%)にEGFR変異が認められた。患者年齢(P=0.3481)や病期(P=0.8383)とEGFR変異との間には有意な関連は認められなかった。生存解析では、EGFR変異陽性例と野生型例の間で3年生存率に有意差は認められなかった(EGFR変異例86% vs 野生型91%, P=0.9933)(Fig. 2)。ただし、追跡期間の中央値が788日と比較的短かったため、長期予後への影響を評価するには限界があることが認識された。
KRAS・TP53変異との相互関係: 腺癌患者196例においてKRAS変異データを解析した結果、26例(13%)にKRAS変異が検出された(コドン12に22例、コドン13に1例、コドン61に3例)。EGFR変異とKRAS変異の間には完全な相互排他性が確認され(P<0.001)、EGFR変異を有する110例中にはKRAS変異を持つ症例は1例も存在しなかった(Fig. 3)。KRAS変異は喫煙者において有意に高頻度であった(20% vs 非喫煙者6%, P=0.0054)。一方、TP53変異は腺癌患者192例中79例(41%)に認められたが、EGFR変異とTP53変異は独立して存在し、有意な相関は認められなかった(P=0.4634)。しかし、EGFR変異を持たない腫瘍におけるTP53変異は、タバコ発癌物質(ベンゾ[a]ピレン)による変異スペクトルを示す傾向にあった(コドン157、248、273における7例中6例が非EGFR変異腫瘍、G→T転換の16例中15例が非EGFR変異腫瘍)(Fig. 4)。これは、EGFR変異腫瘍ではタバコ以外の発癌機序が関与している可能性を示唆する。
日本人と欧米人のEGFR変異頻度の差異: 先行研究では、Lynch et al. (Lynch et al. NEnglJMed 2004)が米国の未選択25例中2例(8%)に、Paez et al. (Paez et al. Science 2004)が米国61例中1例(2%)および日本人58例中15例(26%)にEGFR変異を検出していた。本研究で日本人患者277例中111例(40%)という高いEGFR変異頻度が示されたことは、これらの先行研究の結果と整合する。この日本人と欧米人におけるEGFR変異頻度の顕著な差異は、日本人女性肺癌患者の83%が非喫煙者であるのに対し、米国女性患者では15%が非喫煙者であるという喫煙習慣の差異が主要な要因であると考察された。
考察/結論
本研究は、2004年当時において最大規模の未選択肺癌コホートを用いたEGFR変異の体系的解析であり、その後のEGFR標的治療開発の分子的基盤を確立した歴史的論文である。先行研究であるLynch et al. (Lynch et al. NEnglJMed 2004)やPaez et al. (Paez et al. Science 2004)が示したEGFR変異とgefitinib感受性の関連を、より代表性の高い未選択コホートで確認・拡張したことが最大の貢献である。
先行研究との違い: 本研究は、これまでの報告と異なり、大規模な未選択日本人コホートを用いてEGFR変異の頻度と臨床病理学的特徴を詳細に解析した。特に、女性性別そのものではなく、非喫煙歴と腺癌組織型がEGFR変異の独立した規定因子であるという多変量解析の結果は、見かけ上の性差がライフスタイルに起因するという点で先行研究の解釈と対照的であった。
新規性: 本研究で初めて、EGFR変異とKRAS変異の完全な相互排他性が確立されたことは新規な知見である。KRAS変異はEGFRシグナルの下流エフェクターを既に活性化するため、上流のEGFRを変異で活性化する必要がないというシグナル生物学的解釈が提示された。この知見は、後のKRAS変異肺癌患者へのEGFR-TKI無効性の予測および治療選択の根拠となった。また、EGFR変異が「喫煙によらない発癌経路」の分子マーカーであることを示し、肺腺癌の分子的分類の概念的基礎を与えた点も新規性として特筆される。
臨床応用: 本知見は肺癌の「ゲノタイプに基づく治療選択 (genotype-directed therapy)」という現代的パラダイムの構築に直接貢献した。EGFR変異測定による患者選択がその後の大規模ランダム化比較試験(IPASS、WJTOG3405、NEJ002など)で確立されることとなり、EGFR変異陽性肺癌は化学療法ではなくEGFR-TKIを一次治療として受けるべき独立した疾患単位として認識されることとなった。これにより、臨床現場での治療戦略が大きく変革された。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究時点では変異陽性患者の予後(gefitinib投与後を含む)の追跡期間が中央値788日と比較的短く、長期予後への影響は未解明であった。また、変異スクリーニング法として直接シークエンスを用いたため、変異アレル頻度が低い症例(腫瘍細胞混入度が低い検体など)での感度は限定的であったというlimitationがある。これらは後の高感度変異解析法(ARMS PCR、cobas法、次世代シーケンシング)の開発によって改善されることとなった。さらに本研究は、後のT790M二次耐性変異(Kobayashi et al. 2005)の発見や、第三世代TKI開発への伏線となる知識的基盤を提供した点でも評価される。
方法
本研究は、2000年5月から2002年12月にかけて愛知がんセンター病院で根治的肺切除術を受けた連続277例の日本人肺癌患者を対象とした後ろ向きコホート研究である。これは、当該期間における全連続症例の82%に相当する。患者の内訳は、男性159例、女性118例で、年齢中央値は64歳(範囲26〜89歳)であった。病期はI期159例、II期39例、III期74例、IV期5例であった。組織型は腺癌224例、扁平上皮癌35例、大細胞癌9例、腺扁平上皮癌5例、小細胞癌3例、カルチノイド1例であった。喫煙歴は非喫煙者115例、喫煙者162例(現喫煙者および元喫煙者を含む)であった。
腫瘍組織は手術時に採取され、液体窒素で急速凍結後、-80°Cで保管された。病理専門家(Y. Yatabe)による肉眼的切り出しにより、腫瘍細胞の純度を最大化した後、RNAeasyキット(Qiagen)を用いて総RNAを抽出した。EGFRチロシンキナーゼドメインの既報の変異が集中するエクソン18-21を、Qiagen OneStep RT-PCRキットを用いて逆転写PCR増幅した。増幅産物はBigDye Terminator v3.1サイクルシーケンシングキットとABI PRISM 3100を用いて直接シークエンス解析を行った。得られたフォワードおよびリバース配列はBLASTで解析され、クロマトグラムは手動で確認された。14例の腫瘍では、対応する正常肺組織のcDNAもシークエンスし、すべての変異が体細胞性であることを確認した。
KRAS遺伝子(エクソン1および2)およびTP53遺伝子(エクソン4から10)の変異データは、同一コホートを対象とした既報の解析から取得した。統計解析には、χ二乗検定またはFisher正確検定を用いて比率の比較を行った。生存確率の推定にはKaplan-Meier法を使用し、生存差はログランク検定で解析した。EGFR変異の発生率に影響を与える独立因子を特定するためには、ロジスティック回帰モデリング手法を用いた。すべての解析はStatView(バージョン5, SAS Institute Inc.)ソフトウェアを用いて実施し、両側P値0.05未満を有意とした。