• 著者: Hisayuki Shigematsu, Li Lin, Takao Takahashi, Masaharu Nomura, Makoto Suzuki, Ignacio I. Wistuba, Kwun M. Fong, Huei Lee, Shinichi Toyooka, Nobuyoshi Shimizu, Takehiko Fujisawa, Ziding Feng, Jack A. Roth, Joachim Herz, John D. Minna, Adi F. Gazdar
  • Corresponding author: Adi F. Gazdar (Hamon Center for Therapeutic Oncology Research, University of Texas Southwestern Medical Center, Dallas, TX, USA)
  • 雑誌: Journal of the National Cancer Institute (JNCI)
  • 発行年: 2005
  • Epub日: 2005-03-02
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 15741570

背景

2004年、非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、上皮成長因子受容体 (EGFR) チロシンキナーゼ (TK) ドメインの活性化変異が、EGFR TK阻害剤であるゲフィチニブ (Iressa) の著効と関連することが、Lynch et al. NEnglJMed 2004およびPaez et al. Science 2004によって相次いで報告された。これらの発見は、肺癌治療における分子標的療法の時代の幕開けを告げる画期的なものであった。しかし、これらの初期報告は限られた症例数に基づいていたため、EGFR変異の臨床病理学的特徴、特に人種、喫煙歴、組織型、性別との詳細な関連性については、まだ十分に確立されていなかった。また、EGFRシグナル伝達経路の下流に位置し、肺癌で高頻度に認められるKRAS遺伝子変異との相互関係も不明なままであった。

肺癌は世界的に癌関連死の主要な原因であり、診断および治療法の進歩にもかかわらず、その予後は依然として不良であった。Schiller et al. NEnglJMed 2002は、進行NSCLCに対する化学療法レジメンの比較試験を報告しているが、分子標的治療の導入前であった。NSCLCは肺癌の主要な形態であり、腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌の3つの組織型に分類される。腺癌は世界中で最も頻度の高いNSCLCの組織型であるが、喫煙との関連は他の組織型と比較して弱いことが知られていた。肺癌の発生には、癌遺伝子の活性化や腫瘍抑制遺伝子の不活性化を含む複数の遺伝的および/またはエピジェネティックな変化が関与している。これらの分子メカニズムをより深く理解することは、新たな予防、早期診断、および標的治療戦略の開発に不可欠であった。

ゲフィチニブは、EGFRのチロシンキナーゼ活性を阻害する低分子阻害剤であり、多くのNSCLC患者でEGFRが高発現していることから、NSCLC治療に広く使用されてきた。しかし、EGFRの発現やリン酸化状態が患者の治療反応と関連しないことが報告されており、TK阻害剤の抗腫瘍効果および薬剤感受性のメカニズムは完全には解明されていなかった。一部の患者では劇的かつ持続的な治療効果が認められたものの、その予測因子は不明であった。Fukuoka et al. JClinOncol 2003Kris et al. JAMA 2003などの先行研究ではゲフィチニブの有効性が示されていたものの、治療効果の予測因子は不足していた。

先行研究では、EGFR TKドメイン変異が腺癌、女性、東アジア人、非喫煙者に高頻度で認められ、ゲフィチニブへの高い反応率と関連することが示唆されていたが、これらの関連性を大規模かつ多国籍なコホートで統一的に検証し、EGFR変異の頻度、スペクトラム、および臨床的相関を確立することが喫緊の課題であった。特に、EGFR変異が肺癌の病態形成においてどのような役割を果たすのか、またKRAS変異との関係性について詳細な解析が不足していた。

目的

本研究の目的は、日本、台湾、米国、オーストラリアの患者から収集された617例の非小細胞肺癌 (NSCLC) 腫瘍組織、524例の対応する正常肺組織、36例の神経内分泌肺腫瘍、および243例のその他の上皮性癌を対象に、EGFR遺伝子チロシンキナーゼ (TK) ドメイン (exon 18-21) の体細胞変異の頻度とスペクトラムを詳細に解析することである。さらに、これらのEGFR変異が、患者の人種、性別、喫煙歴、組織型、診断時年齢、臨床病期、および気管支肺胞癌 (BAC) 形態の有無といった臨床病理学的特徴とどのように関連するかを体系的に評価する。また、EGFRシグナル伝達経路の重要な下流因子であるKRAS遺伝子 (codon 12, 13, 61) の変異状態との関連性、特に両変異の相互排他性を検討し、肺癌の病態形成におけるそれぞれの役割を解明することも目的とする。最終的に、これらの分子学的特徴が患者の全生存期間 (OS) に与える影響についても評価する。

結果

EGFR変異の頻度と組織特異性: 617例のNSCLC中130例 (21%) から合計134個のEGFR TKドメイン変異が検出された。これらの変異は、同一患者の正常肺組織からは検出されず、体細胞性であることが確認された。重要な所見として、36例の神経内分泌肺腫瘍 (小細胞肺癌、大細胞神経内分泌癌、気管支カルチノイド) および243例の肺以外の部位に発生した上皮性癌 (乳癌、大腸癌、前立腺癌、卵巣癌、頭頸部癌、膵癌など) からはEGFR TKドメイン変異はほとんど検出されなかった。この結果は、EGFR TKドメイン変異がNSCLC、特に腺癌に極めて特異的であることを確立した (Table 1)。

喫煙歴との関連: EGFR TKドメイン変異は、never smoker (生涯喫煙本数100本以下) 群で51% (85/166例)、ever smoker群で10% (35/353例) と顕著な差が認められた (p < .001)。この結果は、EGFR TKドメイン変異が「never smokerに特異的に発生する初の分子変化」として位置付けられ、喫煙誘発性発癌とは異なる経路によりnever smoker肺癌が発生することを支持する強力なエビデンスとなった。米国からの詳細な喫煙データを持つ160例の患者では、現喫煙者で3%、元喫煙者で8%、never smokerで20%にEGFR TKドメイン変異が認められ、喫煙状態とEGFR変異の存在との間に統計的に有意な関連が示された (調整済みp trend = .02)。

組織型との関連: 腺癌においてEGFR TKドメイン変異は40% (114/289例) に認められたのに対し、その他の組織型 (扁平上皮癌、大細胞癌など) では3% (6/230例) と圧倒的に腺癌で高頻度であった (p < .001)。米国の腺癌97例をWHO分類に基づきレビューした結果、純粋なBAC (7%) ではEGFR変異は検出されなかった。BAC特徴を有する腺癌 (18%) では、EGFR変異陽性例の27% (4/15例) とEGFR変異陰性例の16% (13/82例) でBAC特徴が認められたが、EGFR TKドメイン変異頻度とBAC特徴の有無または割合との間に統計的に有意な差はなかった (p = .29)。

人種との関連: 東アジア人 (日本・台湾) においてEGFR TKドメイン変異は30% (107/361例) に認められたのに対し、その他の人種 (白人、黒人、ヒスパニック) では8% (13/158例) と顕著な差が認められた (p < .001)。これにより、東アジア人NSCLCにおけるEGFR変異の高頻度、特にnever-smoking女性腺癌で60%を超えることが確立された。米国またはオーストラリアの東アジア人腺癌患者5例中4例 (80%) にEGFR TKドメイン変異が認められたのに対し、他の人種 (主に白人) の75例中12例 (16%) にのみ変異が認められた (p = .005)。

性別との関連: 女性においてEGFR TKドメイン変異は42% (72/171例) に認められたのに対し、男性では14% (48/348例) であった (p < .001)。ロジスティック回帰モデルによる多変量解析でも、性別、喫煙状態、人種、組織型はEGFR TKドメイン変異状態と独立した関連因子であることが確認された。

EGFR変異のスペクトラム: 検出された134個のEGFR TKドメイン変異は、主に3つのタイプに分類された (Figure 1)。

  1. Exon 19 in-frame deletion: 62個 (46%) で最も頻繁に検出され、主にコドン747-749 (Leu-Arg-Glu) を中心とした3-7コドンの欠失であった。
  2. Exon 21 single missense mutation: 60個 (45%) で、特にL858R変異 (M1) が52個 (39%) を占めた。
  3. Exon 20 in-frame duplication/insertion: 12個 (9%) で、アミノ酸770-776に関与する1-3コドンの重複または挿入であった。 その他、exon 18 (G719Xなど)、exon 20 (S768I)、exon 21 (L861Q) に稀なミスセンス変異も検出された。3つの腫瘍で複数の変異が検出されたが、残りの腫瘍では単一の変異であった。電気泳動図の解析から、約40%の腫瘍で変異アレルが野生型アレルよりも過剰に存在し、遺伝子増幅を示唆する所見が認められた (Figure 2)。

年齢・stage・OSとの関連: EGFR変異状態は、患者の診断時年齢、臨床病期、気管支肺胞癌形態の有無と統計的に有意な相関を示さなかった。全生存期間 (OS) については、EGFR TK阻害剤による治療を受けていない患者コホートにおいて、EGFR TKドメイン変異の有無によるOSに統計的に有意な差は認められなかった (HR 1.00, 95% CI 0.77-1.30, p = .5, Wald’s chi-square test, Cox比例ハザードモデル) (Figure 3)。また、最も一般的な2つの変異タイプ(exon 19欠失およびL858R変異)に限定して解析した場合でも、EGFR変異のない患者と比較して、生存期間に統計的に有意な差はなかった。

KRAS変異との相互排他性: KRAS codon 12/13変異は、617例のNSCLC中50例 (8%) に検出された。KRAS変異は腺癌で12% vs 他の組織型で2% (p < .001)、ever smokerで10% vs never smokerで4% (p = .01)、米国・オーストラリアの患者で12% vs 日本・台湾の患者で5% (p = .001) と高頻度であった。しかし、EGFR TKドメイン変異陽性腫瘍ではKRAS変異は1例も検出されず、完全な相互排他性 (mutual exclusivity) が認められた。この結果は、EGFR変異とKRAS変異がNSCLCにおいて異なる発癌経路を駆動する独立したドライバーであり、両者ともがMAPK経路を活性化する点で機能的に冗長であり、片方の変異で十分なドライバーとなることを強く支持する。

HPV DNAとの関連: 台湾の患者58例中、32例 (55%) で高リスク型HPV DNAが検出された。HPV DNA陽性腫瘍の75%が女性、67%がnever smokerであり、EGFR TKドメイン変異の分布と類似性を示した。しかし、HPV DNAの存在とEGFR TKドメイン変異との間に統計的に有意な関連は認められなかった (χ²検定; p = .42)。

考察/結論

本論文は、EGFR変異の臨床病理学的相関を、当時としては最大規模である617例の多国籍コホートで体系的に確立した画期的な研究である。

新規性: 本研究で初めて、EGFR TKドメイン変異がNSCLC、特に腺癌に極めて特異的であることを大規模コホートで確立した。また、EGFR変異が「never smokerに特異的に発生する初の分子変化」であると位置付け、喫煙誘発性発癌とは異なる経路によりnever smoker肺癌が発生するという概念を提唱したことは新規性が高い。さらに、EGFR変異とKRAS変異がNSCLCにおいて完全に相互排他的であるという重要な知見を本研究で初めて明確に示した。これは、肺腺癌の病態形成において、異なるドライバー遺伝子変異が独立した経路を介してMAPK経路を活性化するという「driver one-by-one」モデルの基礎を築いた。

先行研究との違い: これまでの小規模な研究では示唆されていたに過ぎなかった「never smoker、腺癌、東アジア人、女性」というEGFR変異リッチコホートのプロファイルが、本研究の大規模かつ多国籍なデータセットによって統計的に有意かつ強固に確立された点で、先行研究とは一線を画す。また、BAC形態との関連については、厳密なWHO分類に基づく解析では有意な関連を認めなかった点で、一部の先行報告とは対照的な結果であった。

臨床応用: 本知見は、その後のEGFR-TKIの臨床試験デザインに直接的な影響を与えた。特に、IPASS、WJOG、NEJ002などの第III相試験において、EGFR変異の有無による患者層別化の根拠となり、EGFR変異陽性NSCLC患者に対するゲフィチニブの優位性を示す上で不可欠な情報を提供した。これにより、EGFR変異検査がNSCLCの標準治療選択における必須項目として確立され、個別化医療の実現に大きく貢献した。EGFRとKRASの相互排他性の発見は、その後の包括的ゲノムプロファイリングにおけるマルチ遺伝子パネルの論理的基盤となり、現在では複数のドライバー遺伝子を同時にスクリーニングするアプローチが臨床現場で広く採用されている。

残された課題: 本論文発表時には、EGFR-TKI治療後の獲得耐性メカニズム、特にT790M二次耐性変異の存在は未解明であった。また、Exon 20挿入変異がEGFR-TKIに抵抗性を示すことも後の研究で明らかになった。さらに、TP53、PIK3CA、CDKN2Aなどの共変異がEGFR変異陽性肺癌の予後や治療反応性に与える影響、およびnever smoker NSCLCにおけるEGFR以外のドライバー遺伝子 (ALK、ROS1、RET、NRG1 (neuregulin 1)、NTRK、MET exon 14スキッピング変異など) の同定も今後の検討課題として残されていた。これらの課題は、その後10〜15年で順次解明され、肺癌の分子生物学と治療戦略のさらなる発展に繋がった。

方法

本研究では、日本 (千葉大学、岡山大学、n=263)、台湾 (Veterans General Hospital、n=93)、米国 (MD Anderson Cancer Center、n=160)、およびオーストラリア (Prince Charles Hospital、n=101) の計4カ国から収集された617例のNSCLC腫瘍組織を対象としたretrospective cohort studyである。これらの腫瘍は外科的切除時に採取され、−80°Cで凍結保存された。日本および台湾の患者はすべて東アジア人種であり、米国およびオーストラリアの患者には白人、ヒスパニック、黒人、東アジア人が含まれた。524例の患者からは、対応する非悪性肺組織も採取された。ほとんどの腫瘍は連続的に収集された非選択症例 (n=519) であったが、一部は詳細な喫煙歴が記録された選択症例 (米国n=80、オーストラリアn=18) であった。

比較対照として、36例の神経内分泌肺腫瘍 (小細胞肺癌6例、大細胞神経内分泌癌5例、気管支カルチノイド25例) および、乳癌、大腸癌、前立腺癌、膀胱癌、胆嚢癌など肺以外の部位に発生した243例の上皮性癌も解析に含めた。各施設で倫理委員会の承認と患者の書面によるインフォームドコンセントが得られた。患者の性別、診断時年齢、腫瘍組織型、臨床病期、喫煙歴などの臨床情報が利用可能であり、436例の患者については有効な生存データも得られた。肺癌の臨床病期分類は、改訂された国際肺癌病期分類システム (Mountain CF. Chest 1997) に従って実施された。米国の腺癌97例については、世界保健機関 (WHO) の分類に基づき、気管支肺胞癌 (BAC) サブタイプおよびlepidic growthの有無が再評価された。

腫瘍組織および対応する非悪性肺組織からゲノムDNAを抽出し、EGFR遺伝子チロシンキナーゼドメインのexon 18-21をイントロンベースのPCRプライマーを用いて増幅した。PCR産物はエキソヌクレアーゼIとシュリンプアルカリホスファターゼで処理後、Applied Biosystems PRISM dye terminator cycle sequencing法により直接シーケンスされた。すべてのシーケンスバリアントは、独立したPCR増幅産物を両方向からシーケンスすることで確認された。KRAS遺伝子のcodon 12, 13, 61についても同様にPCR増幅と直接シーケンスにより変異解析を行った。台湾の患者58例については、高リスク型ヒトパピローマウイルス (HPV) 16型および18型DNAの有無が以前に検査されていたため、そのデータも利用した。

統計解析には、χ²検定およびFisherの正確検定 (期待度数が5未満の場合) を用いて、EGFR遺伝子変異と各臨床病理学的因子 (人種、性別、喫煙状態、組織型) との関係を評価した。ロジスティック回帰モデルを用いて、各因子を調整した上でのEGFR遺伝子変異状態への影響を検討した。カプラン・マイヤー曲線を用いてEGFR変異の有無による全生存期間の差を評価し、Cox比例ハザードモデルを用いて年齢、人種、組織型などの他の生存関連リスク因子を調整した上で解析した。EGFRとKRAS遺伝子変異状態の一致度は、カッパ係数を用いて評価した。すべての統計検定は両側検定であり、p値が0.05未満を有意とした。