- 著者: Masayuki Takeda, Isamu Okamoto, Junji Tsurutani, et al.
- Corresponding author: Isamu Okamoto (Department of Medical Oncology, Kinki University Faculty of Medicine, Osaka, Japan)
- 雑誌: Japanese Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2012
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 22457323
背景
EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌 (NSCLC) に対するファーストライン治療において、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるgefitinibやerlotinibは極めて高い臨床的有用性を示している。複数のランダム化第III相試験において、EGFR変異陽性例に対するgefitinib治療は標準的なプラチナダブレット化学療法と比較して無増悪生存期間 (PFS) を有意に延長することが証明されている (Maemondo et al. NEnglJMed 2010、Mitsudomi et al. LancetOncol 2010)。しかし、これらの薬剤は一般に良好な忍容性を示すものの、実臨床においては最大で 14% に達する患者が間質性肺疾患 (ILD) や重篤な肝毒性、重症皮疹などの有害事象 (AE) により治療中断を余儀なくされることが既報により明らかになっている (Sequist et al. JClinOncol 2008)。
このように重篤な有害事象 (SAE) により初回EGFR-TKIを中止せざるを得なくなった患者における後続治療戦略は、これまで確立されておらず臨床的な課題であった。gefitinibとerlotinibは同一の4-anilinoquinazoline骨格を共有する同一クラスの薬剤であるため、一方の薬剤で生じた重篤な毒性が他方の薬剤でも再発する交差毒性 (cross-toxicity) への懸念が強く、2次EGFR-TKIへの切り替えは臨床現場で忌避されがちであった。しかし、SAEによる治療中止は、腫瘍が薬剤耐性を獲得する前の段階で発生するため、がん細胞は依然としてEGFRシグナル経路に依存しており、TKIに対する高い感受性を保持している可能性が高い。
先行研究においては、gefitinib治療により病勢進行 (PD) となった後にerlotinibを投与しても、獲得耐性機序の存在により追加の臨床的ベネフィットは乏しいことが示されている。しかし、SAEによる早期中断例における2次EGFR-TKIの安全性および有効性に関する臨床データは著しく不足しており、この治療シークエンスにおける安全性と有効性の両面において大きな知識ギャップ (knowledge gap) が残されていた。特に、交差毒性を回避しつつ、耐性獲得前の腫瘍に対して2次EGFR-TKIが有効な治療選択肢となり得るか否かは未解明であった。本研究は、この重要な臨床的課題を解決するために計画された。
目的
本研究の目的は、EGFR遺伝子変異陽性の進行・再発NSCLC患者において、初回EGFR-TKI (gefitinibまたはerlotinib) を重篤な非血液学的有害事象 (SAE) により中止した後に、2次EGFR-TKIへ切り替えた場合の安全性(同一クラスの有害事象の再発リスク)および臨床的有効性(無増悪生存期間: PFS、奏効率: ORR)を後ろ向きに評価することである。さらに、初回EGFR-TKIの病勢進行 (PD) により治療を中止した後に2次EGFR-TKIを投与された患者群を対照群として設定し、SAEによる中止群(耐性獲得前切り替え群)との比較解析を行う。これにより、耐性獲得前に2次EGFR-TKIへ早期切り替えを行うことの臨床的意義を明らかにすることを目的とした。また、ILDや肝毒性、非定型皮疹といった個々のSAE症例における詳細な経過を検証し、薬剤特異的な毒性プロファイルの差異や交差反応性の有無について免疫学的・化学構造的観点から検討を加えることも目的としている。
結果
コホート構成と患者背景: 研究期間中にEGFR遺伝子変異陽性NSCLCに対してEGFR-TKI治療を受けた患者は合計 55 例であった。このうち、n=5 (9%) の患者が重篤な治療関連有害事象により初回EGFR-TKIを中止し、これら 5 例全員が2次EGFR-TKIによる治療を受けた (AE群、n=5)。残りの 50 例は許容できない毒性による中止なく病勢進行まで治療を継続し、このうち n=9 の患者が主治医の判断で2次EGFR-TKIの投与を受けた (PD群、n=9)。したがって、両剤の投与を受けた解析対象者は合計 n=14 であった (Table 1)。14 例の背景は、全例が腺癌または腺扁平上皮癌であり、EGFR変異の内訳はexon 19欠失が 5 例、L858R変異が 9 例であった。
AE群における2次TKIの安全性: 初回EGFR-TKIをSAEにより中止したAE群 (n=5) において、2次EGFR-TKI開始後に同一クラスのSAEを再発した症例は n=0 (0%) であり、全例で安全な切り替えと治療継続が可能であった。Patient 1 (62歳女性) はgefitinibによるGrade 4のILDを発症したが (Fig. 1A)、ステロイド治療により改善後、4.0 ヶ月の休薬後にerlotinibを開始し、ILD再発なく 2.5 ヶ月間治療を継続した (Fig. 1B)。Patient 2 (66歳女性) はgefitinibによるGrade 4の肝毒性 (AST 599 U/l、ALT 1011 U/l) で中止後、1.6 ヶ月の休薬を経てerlotinibを開始し、肝毒性再発なく 11.7 ヶ月間治療を継続した。Patient 3 (63歳女性) はgefitinibによるGrade 3の肝毒性 (AST 226 U/l、ALT 519 U/l) で中止後、0.9 ヶ月の休薬を経てerlotinibを開始し、肝毒性再発なく 4.2 ヶ月間治療を継続した。Patient 4 (53歳女性) はerlotinibによるGrade 4の肝毒性 (AST 765 U/l、ALT 1035 U/l) で中止後、16.7 ヶ月の休薬を経てgefitinibを開始し、肝毒性再発なく 4.4 ヶ月間治療を継続した。Patient 5 (71歳女性) はerlotinibによるGrade 3の非定型皮疹 (ループス様紅斑) で中止後、0.2 ヶ月の休薬を経てgefitinibを開始し、皮疹再発なく 10.0 ヶ月間治療を継続した。
2次TKIの有効性とPFS比較: 2次EGFR-TKI開始後のPFS中央値は、AE群 (n=5) で 11.7 ヶ月であったのに対し、PD群 (n=9) では 2.0 ヶ月であり、AE群においてPFSが有意に延長していた (Figure 2)。両群の比較において、PFSのハザード比は HR 0.11 (95% CI 0.02-0.58, p=0.009) であり、AE群で統計学的に極めて有意なリスク低減が示された。AE群における2次EGFR-TKIの最良総合効果は、部分奏効 (PR) が n=2 (40%)、安定 (SD) が n=3 (60%) であり、病勢コントロール率 (DCR) は 100% に達した。具体的には、Patient 2が 11.7 ヶ月のPR、Patient 5が 10.0 ヶ月のPRを維持した (Table 1)。一方、PD群 (n=9) においてはPRを達成した症例は n=0 (0%) であり、SDが n=4 (44%)、PDが n=5 (56%) であった。PD群におけるPFS中央値 2.0 ヶ月という結果は、既報におけるTKI耐性獲得後の2次TKI投与の限界を示すデータと一致していた。
休薬期間と治療成功率の関連: 初回TKI中止から2次TKI開始までの休薬期間 (interval) は、AE群において 0.2 ヶ月から 16.7 ヶ月 (中央値 1.6 ヶ月) と幅広い分布を示した (Table 1)。このうち、最も長い休薬期間 (16.7 ヶ月) を経たPatient 4においても、2次TKIであるgefitinib開始後に肝毒性の再発なく 4.4 ヶ月のSDを維持した。また、最も短い休薬期間 (0.2 ヶ月) で切り替えたPatient 5においても、Grade 3の非定型皮疹の再発を伴うことなく 10.0 ヶ月以上の長期にわたるPRを維持した。これらの結果から、休薬期間の長短に関わらず、適切な薬剤切り替えを行うことで、交差毒性を回避しつつ良好な治療不成功までの期間 (TTF) およびPFSを達成できることが示された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究の結果は、gefitinib耐性獲得後にerlotinibを投与しても臨床的ベネフィットが乏しいとした先行研究 (Costa et al. Clin Cancer Res 2008) とは対照的である。PD群における2次PFS中央値が 2.0 ヶ月と極めて短かったのに対し、AE群では 11.7 ヶ月という極めて良好なPFSを達成した。この著明な差は、耐性獲得前の「感受性が保持された状態」での早期切り替えという臨床シナリオにおいてのみ、2次EGFR-TKIがそのポテンシャルを最大限に発揮できることを明確に示している。
新規性: 本研究は、gefitinibとerlotinibという類似した構造を持つ同一クラスの薬剤間であっても、重篤な肝毒性やアレルギー性皮疹における交差毒性が必ずしも生じないことを本研究で初めて臨床的に示した。特にPatient 5において、erlotinibに対するDLST (drug lymphocyte stimulation test) が陽性であるにもかかわらずgefitinibへの切り替え後にアレルギー反応が再発しなかった事実は、両剤の化学構造(側鎖の差異)に起因する免疫学的プロファイルの相違を裏付ける新規性の高い知見である。また、gefitinib誘発性ILD発症後にerlotinibへの切り替えに成功したPatient 1の経過は、同様の成功例を報告した既報 (Chang et al. JThoracOncol 2010) と整合する。
臨床応用: 本研究の臨床的意義は、実臨床においてSAEによりファーストラインのEGFR-TKIを中止せざるを得ない局面において、安易に殺細胞性抗がん剤主体の化学療法へ移行するのではなく、2次EGFR-TKIへの切り替えを優先的な選択肢として考慮すべきであるという明確な指針を提供した点にある。ただし、ILDは致死的な経過をたどり得る重篤な副作用であるため、ILD既往例に対する2次TKIの再投与は極めて慎重に行うべきであり、ルーチンとしての使用は推奨されない。
残された課題: 本研究の主なlimitationは、単一施設における n=5 という極めて小規模なAE群を対象とした後ろ向き解析である点である。この治療戦略の一般化および安全性の確立には、今後の検討課題として、より大規模な多施設共同前向きコホート研究による検証が必要である。また、現代の臨床現場においては第3世代EGFR-TKIであるosimertinibが広く用いられているが、osimertinibによるSAE(ILDやQT延長など)発生時における他世代TKIへの切り替え戦略を検討する上でも、本研究が示した「耐性獲得前の早期切り替え」というコンセプトは重要な基礎的知見として依然として参照されるべきである。
方法
本研究は、近畿大学医学部附属病院において2002年9月から2010年4月までに診断および治療が行われた肺がん患者を対象とした、単一施設後ろ向きコホート (retrospective cohort) 研究である。本研究プロトコルは、日本の文部科学省、厚生労働省、経済産業省による「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」に基づき、施設倫理委員会の承認を得て実施された。本研究は臨床試験登録データベースへの登録基準を満たす後ろ向き観察研究であり、施設承認番号に基づき公開開示された。
患者選択基準: 以下の基準を満たす患者を対象とした。
- EGFR遺伝子変異解析の実施に対する書面によるインフォームドコンセントが得られていること。
- 病期IIIb期、IV期、または術後再発のNSCLCと診断され、感受性EGFR遺伝子変異(exon 19欠失またはL858R変異)が確認されていること。
- 治療経過中にgefitinib (初期投与量 250 mg/day) とerlotinib (初期投与量 150 mg/day) の両剤の投与を受けていること。
患者分類: 初回EGFR-TKIの中止理由に基づき、患者を以下の2群に分類した。
- AE群 (Adverse Event group): 初回EGFR-TKIを重篤な非血液学的有害事象 (SAE) により中止し、その後2次EGFR-TKIへ切り替えた患者。
- PD群 (Progressive Disease group): 初回EGFR-TKIを病勢進行 (PD) により中止し、その後主治医の判断で2次EGFR-TKIへ切り替えた患者。
EGFR変異解析: 腫瘍組織または細胞診検体を用い、Scorpion ARMS (Amplified Refractory Mutation System) 法、PCR-Invader法、またはPNA-LNA (peptide nucleic acid-locked nucleic acid) PCRクランプ法のいずれかを用いてEGFR変異を同定した。
臨床評価項目: 有害事象の評価は、National Cancer Institute Common Terminology Criteria for Adverse Events (NCI-CTCAE) v4.0を用いてグレード分類した。治療効果判定は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) v1.1に基づいて実施した。治療不成功までの期間 (TTF) は、初回EGFR-TKI投与開始日から、客観的な病勢進行、死亡、または有害事象による治療中止日までの期間と定義した。主要評価項目 (primary endpoint) である無増悪生存期間 (PFS) は、2次EGFR-TKI治療開始日から画像上の病勢進行または全死因死亡までの期間として算出した。
統計解析: 生存時間解析には Kaplan-Meier 法を用い、生存曲線を推定した。PFSの群間比較および生存曲線間の有意差検定にはログランク (log-rank) 検定を用いた。また、ハザード比 (HR) およびその 95% 信頼区間 (CI) の算出には Cox 比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) を用いた。解析のカットオフ日は2011年8月1日とした。