• 著者: Makoto Maemondo, Akira Inoue, Kunihiko Kobayashi, Shunichi Sugawara, Satoshi Oizumi, Hiroshi Isobe, Akihiko Gemma, Masao Harada, Hirohisa Yoshizawa, Ichiro Kinoshita, Yuka Fujita, Shoji Okinaga, Haruto Hirano, Kozo Yoshimori, Toshiyuki Harada, Takashi Ogura, Masahiro Ando, Hitoshi Miyazawa, Tomoaki Tanaka, Yasuo Saijo, Koichi Hagiwara, Satoshi Morita, Toshihiro Nukiwa
  • Corresponding author: Akira Inoue (Department of Respiratory Medicine, Tohoku University Hospital, Sendai, Japan)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2010
  • Epub日: 2010-06-24
  • Article種別: Original Article (Randomized Phase III Trial)
  • PMID: 20573926

背景

進行非小細胞肺癌 (NSCLC) は主要な癌死原因の一つであり、従来の細胞傷害性化学療法は奏効率 20-35%、生存期間中央値 10-12 ヶ月に留まっていた Schiller et al. NEnglJMed 2002。ゲフィチニブは経口投与可能な上皮成長因子受容体 (EGFR) チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であり、既治療NSCLC患者を対象とした第II相試験 (IDEAL 1/2) では 9-19% の奏効率を示した Fukuoka et al. JClinOncol 2003Kris et al. JAMA 2003。しかし、その後の第III相試験では、ドセタキセルに対する非劣性が示された研究がある一方で、非選択集団では全生存期間 (OS) の改善が認められない試験も存在した Thatcher et al. Lancet 2005

2004年には、EGFRキナーゼドメインの体細胞変異 (エクソン19欠失、L858R点変異) がゲフィチニブに対する高い感受性と強く相関することが報告され Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004、この発見はEGFR-TKIの治療効果予測におけるバイオマーカーの重要性を示唆した。本研究グループは、EGFR変異陽性進行NSCLC患者を対象とした過去の第II相試験において、ゲフィチニブの奏効率が70%以上、無増悪生存期間 (PFS) が9-10ヶ月であることを確認していた。さらに、高感度かつ迅速なEGFR変異検出法であるペプチド核酸-ロックド核酸 (PNA-LNA) PCRクランプ法を開発し、この方法を用いることで、従来の臨床的特徴 (アジア人、女性、非喫煙者、腺癌など) に基づく患者選択よりも、EGFR変異の有無に基づく患者選択がゲフィチニブに対する感受性の高い集団を特定する上で優れているという仮説を立てた。

しかし、EGFR変異陽性進行NSCLCに対する初回治療としてのゲフィチニブの有効性と安全性プロファイルが、標準化学療法と比較してどの程度優れているかについては、大規模な前向き第III相試験による検証が未確立であった。特に、EGFR変異を組み入れ基準とした前向き試験は不足しており、その臨床的意義を明確にする必要があった。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的として、PFSを主要評価項目とした第III相試験を計画した。

目的

本研究の目的は、EGFR感受性変異陽性 (T790M変異を含まない) で化学療法歴のない進行非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者を対象に、初回治療としてのゲフィチニブの有効性を、標準化学療法であるカルボプラチン-パクリタキセルと比較し、その優越性を検証することである。主要評価項目は無増悪生存期間 (PFS) とし、副次評価項目として全生存期間 (OS)、奏効率 (ORR)、ECOGパフォーマンスステータス (PS) が3以上となるまでの期間、および毒性プロファイルを評価した。本試験を通じて、EGFR変異の有無がEGFR-TKI治療の最適なバイオマーカーであることを確立し、EGFR変異陽性NSCLC患者に対する新たな標準治療の確立に貢献することを目指した。

結果

患者特性: 2006年3月に試験が開始され、2009年5月の中間解析時点で、ゲフィチニブ群115例、化学療法群115例の計230例が登録された (Figure 1)。ベースラインの患者背景因子は両群間でバランスが取れていた (Table 1)。データカットオフ時点 (2009年12月上旬) での追跡期間中央値は527日 (>17ヶ月) であった。ゲフィチニブ治療期間中央値は308日、化学療法サイクル数中央値は4サイクルであった。ゲフィチニブ群の患者3例と化学療法群の患者11例は、RECISTで定義される病勢進行前にセカンドライン治療を受けた。

主要評価項目 (PFS): 2009年5月に実施された中間解析 (200例のデータ) において、ゲフィチニブ群のPFS中央値は10.4ヶ月、化学療法群は5.5ヶ月であり、ゲフィフィニブ群で統計学的に有意なPFSの延長が認められた (HR 0.36; 95% CI 0.25-0.51; P<0.001)。この結果を受け、独立DSMCは試験の早期終了を勧告した。最終解析 (2009年12月) では、ゲフィチニブ群のPFS中央値は10.8ヶ月、化学療法群は5.4ヶ月であり、ゲフィチニブ群のPFSが化学療法群と比較して有意に延長していることが改めて確認された (HR 0.30; 95% CI 0.22-0.41; P<0.001) (Figure 2A)。1年無増悪生存率はゲフィチニブ群で42.1%、化学療法群で3.2%であり、2年無増悪生存率はそれぞれ8.4%と0%であった。サブグループ解析では、女性患者が男性患者よりも有意に長いPFSを示した (HR 0.68; 95% CI 0.51-0.92; P=0.01)。

奏効率 (ORR): ゲフィチニブ群の奏効率は73.7%であり、化学療法群の30.7%と比較して有意に高かった (P<0.001) (Table 2)。EGFR変異の種類別に見ると、エクソン19欠失変異患者におけるPFS中央値は11.5ヶ月、奏効率は82.8%であった。一方、L858R点変異患者におけるPFS中央値は10.8ヶ月、奏効率は67.3%であり、両変異型間でPFSおよび奏効率に有意差は認められなかった (P=0.90) (Figure 2B)。

全生存期間 (OS): 全生存期間中央値は、ゲフィチニブ群で30.5ヶ月、化学療法群で23.6ヶ月であったが、両群間に統計学的な有意差は認められなかった (P=0.31) (Figure 2C)。2年生存率はゲフィチニブ群で61.4%、化学療法群で46.7%であった。性別や臨床病期はOSに有意な影響を与えなかった。ECOG PSが3以上となるまでの期間も両群間で有意差はなかった。

安全性プロファイル: 安全性解析は、治験薬を少なくとも1回投与された全患者を対象に実施された。ゲフィチニブ群で最も頻繁に報告された有害事象は発疹 (71.1%) およびAST/ALT上昇 (55.3%) であった。一方、化学療法群で最も頻繁に報告された有害事象は好中球減少症 (77.0%)、貧血 (64.6%)、食欲不振 (56.6%)、感覚神経障害 (54.9%) であった (Table 3)。グレード3以上の重篤な有害事象の発生率は、化学療法群で71.7%、ゲフィチニブ群で41.2%であり、ゲフィチニブ群で有意に低かった (P<0.001)。ゲフィチニブ群では6例 (5.3%) に間質性肺疾患 (ILD) が報告され、うち3例が重症 (グレード3以上) であり、1例が致死的な転帰を辿った。化学療法群ではILDの報告はなかった。

プロトコル中止後の治療: プロトコル中止後の治療データは遡及的に収集された。プロトコルではクロスオーバーレジメンをセカンドライン治療として推奨していた。データカットオフ時点において、ゲフィチニブ群の患者37例は初回ゲフィチニブ治療を継続していた。ゲフィチニブを中止した残りの77例中52例 (67.5%) がセカンドライン治療としてカルボプラチン-パクリタキセルを受けており、その際の奏効率は28.8%であった。ゲフィチニブ群の他の16例はカルボプラチン-ゲムシタビンなどの他の治療を受けていた。初回カルボプラチン-パクリタキセルを完了した化学療法群の112例中106例 (94.6%) がセカンドライン治療としてゲフィチニブを投与されており、その際の奏効率は58.5%であった。これはファーストラインでのゲフィチニブの奏効率 (73.7%) よりも低い値であった。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、EGFR感受性変異陽性進行非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対する初回治療として、ゲフィチニブが標準化学療法と比較して無増悪生存期間 (PFS) を有意に延長することを示した初の第III相前向きランダム化比較試験である。先行するIPASS試験 Mok et al. NEnglJMed 2009では、アジア人非喫煙腺癌患者を対象にゲフィチニブとカルボプラチン-パクリタキセルが比較され、サブグループ解析でEGFR変異陽性患者におけるゲフィチニブの優位性 (HR 0.48) が示唆されたが、本研究はEGFR変異を組み入れ基準とすることで、その結論を前向きに検証し、確固たるエビデンスを確立した点でこれまでと異なる。同時期に報告されたWJTOG3405試験 Mitsudomi et al. LancetOncol 2010も同様の結果を示しており、EGFR変異が初回EGFR-TKI選択の最適なバイオマーカーであることを確立した。

新規性: 本研究で初めて、EGFR変異陽性NSCLC患者において、初回治療としてのゲフィチニブが標準化学療法と比較してPFS中央値を2倍以上 (10.8ヶ月 vs. 5.4ヶ月; HR 0.30; 95% CI 0.22-0.41; P<0.001) に延長し、奏効率も有意に高いこと (73.7% vs. 30.7%; P<0.001) を明確に示した。これは、EGFR変異の有無に基づく患者選択が、ゲフィチニブの有効性を最大化するための最も優れた基準であることを新規に実証したものである。

臨床応用: 本研究の結果は、EGFR変異検査と初回EGFR-TKI投与が、EGFR変異陽性進行NSCLC患者に対する国際的な標準治療となるべきであることを強く示唆する。ゲフィチニブの毒性プロファイルは、化学療法と比較して全体的に良好であり、特に血液毒性や神経毒性が低いことは、患者のQOL向上に大きく貢献する。ただし、日本人患者における間質性肺疾患 (ILD) の発生率が比較的高い (4-6%) ことから、特に治療開始後3ヶ月間はILDの慎重なモニタリングが臨床現場で不可欠である。化学療法群の患者の94.6%が病勢進行後にゲフィチニブにクロスオーバーしたにもかかわらず、全生存期間 (OS) に有意差が認められなかったことは、セカンドラインでのゲフィチニブの奏効率がファーストラインよりも低下すること (58.5% vs. 73.7%) を考慮すると、初回治療としてゲフィチニブを開始することの臨床的価値を裏付けている。

残された課題: 本研究の主要なlimitationは、高いクロスオーバー率によりOSに有意差が認められなかった点である。これは、EGFR-TKIがセカンドライン治療として有効である可能性を示唆する一方で、ファーストライン治療の真のOSベネフィットを評価することを困難にした。今後の検討課題として、EGFR変異陽性患者におけるEGFR-TKIの最適な治療シーケンスを確立するためのさらなる研究が必要である。また、間質性肺疾患のリスク因子をより詳細に特定し、その発症を予測・予防するためのバイオマーカー開発も今後の研究方向性として重要である。本研究は、後のエルロチニブ (OPTIMAL、EURTAC)、アファチニブ (LUX-Lung 3/6)、オシメルチニブ (FLAURA) といった次世代EGFR-TKIの開発と、それらを用いた治療体系の確立に向けた重要な礎を築いた。

方法

本研究は、日本国内43施設が参加した多施設共同ランダム化第III相試験 (NEJ002、UMIN-CTR C000000376) として実施された。対象患者は、EGFR感受性変異陽性 (エクソン19欠失またはL858R変異) でT790M変異陰性、化学療法歴がなく、年齢が75歳以下の進行NSCLC患者230例であった。EGFR変異の検出には、PNA-LNA PCRクランプ法が用いられ、その感度は97%、特異度は100%と報告されている。

患者は、ゲフィチニブ250 mg/日経口投与群 (n=115) または標準化学療法群 (n=115) に1:1の割合で無作為に割り付けられた。層別化因子として、性別、臨床病期 (IIIB、IV、術後再発)、および施設が用いられた。標準化学療法は、パクリタキセル200 mg/m² (3時間かけて静脈内投与) とカルボプラチン (AUC 6に相当する用量を1時間かけて静脈内投与) を3週ごとに投与するレジメンであり、最低3サイクル実施された。カルボプラチンの用量は、Calvertの式 (AUC × [推定クレアチニンクリアランス + 25]) を用いて算出された。ゲフィチニブは病勢進行、許容できない毒性の発現、または患者の同意撤回まで継続された。

主要評価項目はPFSであり、ゲフィチニブのカルボプラチン-パクリタキセルに対する優越性を検証するために設定された。PFSは、無作為化日から病勢進行が最初に確認された日、または死亡日までの期間と定義された。副次評価項目には、OS、奏効率、ECOG PSが3以上となるまでの期間、および有害事象が含まれた。治療効果判定およびPFSの評価は、治療割り付けを知らない外部の専門家によるCT画像レビューに基づいて行われた (RECIST version 1.0)。有害事象はNCI-CTC version 3.0に従って評価された。

統計解析では、PFSの比較にはログランク検定が用いられ、ハザード比 (HR) および95%信頼区間 (CI) はCox比例ハザード分析により算出された。当初、ゲフィチニブ群のPFSを9.7ヶ月、標準化学療法群のPFSを6.7ヶ月と仮定し、80%の検出力と両側5%の有意水準で、合計230イベントが必要と推定された。中間解析はLan-DeMets法とO’Brien-Fleming alpha-spending functionを用いて計画され、有意水準はP=0.003に設定された。当初は320例の患者登録を計画していたが、中間解析でゲフィチニブ群のPFSにおける有意な優位性が示されたため、独立データ安全性モニタリング委員会 (DSMC) の勧告により試験は早期に終了された。