- 著者: Yen-Ting Lin, Tzu-Hsiu Tsai, Shang-Gin Wu, Yi-Nan Liu, Chong-Jen Yu, Jin-Yuan Shih
- Corresponding author: Jin-Yuan Shih (National Taiwan University Hospital, Taipei, Taiwan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 32387812
背景
進行非小細胞肺癌 (NSCLC) において、上皮成長因子受容体 (EGFR) 遺伝子変異を標的とするチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) は、治療戦略として高い成功を収めている。EGFR TKIに対する獲得耐性の最も一般的なメカニズムは、二次性EGFR T790M変異であり、耐性症例の40〜60%を占めると報告されている。第三世代EGFR-TKIであるオシメルチニブは、T790M変異陽性NSCLCに対して高い有効性を示し、AURA3試験ではプラチナ製剤とペメトレキセド併用療法と比較して有意な無増悪生存期間 (PFS) の延長 (ハザード比 [HR] 0.30; PFS中央値 10.1ヶ月 vs 4.4ヶ月) を達成した。この結果に基づき、オシメルチニブはT790M変異陽性NSCLCに対する標準的な二次治療として確立されている。
しかし、EGFR遺伝子変異の中には、二つ以上の異なるEGFR変異が同時に存在する「複合EGFR変異 (complex/compound mutations)」と呼ばれるタイプが存在する。これらの複合変異は全EGFR変異の約5〜7%を占める比較的稀な変異であり、L858R変異を含むことが多い。複合EGFR変異は、RT-PCRや次世代シーケンシング (NGS) のような直接シーケンシング法でのみ正確に検出可能であり、Roche Cobas EGFR Mutation Test V2 (Cobas V2) のような標準的なホットスポット解析法では単一変異として誤分類され、見逃されやすいという課題がある。
複合EGFR変異を持つ患者に対する第一世代TKIの応答については小規模な報告がいくつか存在するが、二次性T790M変異を獲得した後のオシメルチニブの有効性に関するまとまったデータはこれまで不足していた。特に、AURAおよびAURA2試験ではCobas V2がEGFR変異解析に用いられていたため、複合変異を有する患者が適切に評価されていない可能性が指摘されていた。また、先行EGFR-TKI治療期間がオシメルチニブの有効性の予測因子となりうるという仮説は提唱されていたものの、大規模なコホートでの多変量解析による検証は未確立であった。これらの知識ギャップを埋めることは、T790M変異陽性NSCLC患者におけるオシメルチニブ治療の個別化と予後予測の精度向上に不可欠である。本研究は、この未解明な領域に焦点を当て、複合EGFR変異と先行TKI治療期間がオシメルチニブの治療成績に及ぼす影響を詳細に解析することを目的とした。
目的
本研究の目的は、二次性T790M変異を有し、オシメルチニブによる治療を受けた進行NSCLC患者165例のコホートにおいて、複合EGFR変異の存在および先行EGFR-TKI治療期間がオシメルチニブ治療後のPFS、全生存期間 (OS)、および奏効率 (ORR) に及ぼす影響を後方視的に評価することである。特に、複合EGFR変異がオシメルチニブの有効性に対する独立した予後因子であるか否かを、多変量解析を用いて検証する。また、先行EGFR-TKI治療期間の長短がオシメルチニブの治療成績に与える影響を評価し、その臨床的意義を明らかにすることも目的とする。さらに、オシメルチニブ治療後の病勢進行時における耐性機序を再生検により探索し、複合EGFR変異を有する患者における耐性パターンに特徴があるかを検討する。これらの解析を通じて、T790M変異陽性NSCLC患者に対するオシメルチニブ治療の個別化戦略に資する新たな知見を提供することを目指す。
結果
全体コホートのオシメルチニブ奏効と生存: 本研究には、進行NSCLCおよび二次性EGFR T790M変異を有し、オシメルチニブ治療を受けた165例の患者が登録された。全体コホートにおけるオシメルチニブのPFS中央値は9.1ヶ月 (95% CI 7.6-10.6) であった。内訳として、EGFR exon 19欠失+T790M群のPFS中央値は9.3ヶ月 (95% CI 6.6-12.0)、L858R+T790M群のPFS中央値は10.1ヶ月 (95% CI 6.1-14.1) であった。データカットオフ時までに、118例 (73%) が病勢進行または死亡を経験した。単一EGFR変異+T790M群のOS中央値は31.0ヶ月 (95% CI 22.8-39.2) であった。全体コホートのオシメルチニブORRは70% (115/165例)、病勢コントロール率 (DCR) は93% (153/165例) であり、T790M陽性NSCLCに対するオシメルチニブの高い初期奏効率が確認された。患者背景 (ベースライン脳転移23%、ECOG PS 0-1が88%など) は、先行するAURA3試験のコホートと概ね類似していた (Table 1)。
複合EGFR変異例のオシメルチニブ奏効と生存: 複合EGFR変異と二次性T790M変異を有する患者は11例 (7%) であった。これらの患者のうち1例 (9%) はexon 19欠失とA755G変異を、残りの10例 (92%) はL858R変異を含む複合EGFR変異を有していた (Table 2)。複合EGFR変異群におけるオシメルチニブのORRは27% (3/11例) と低く、DCRは54% (6/11例) であった。複合変異群のPFS中央値は2.9ヶ月 (95% CI 0.3-5.6) であり、単一EGFR変異群の9.7ヶ月 (95% CI 7.6-11.8) と比較して有意に短縮していた (p<0.001) (Figure 1B)。同様に、OS中央値も複合変異群で17.8ヶ月 (95% CI 3.2-32.4) と、単一EGFR変異群の31.0ヶ月 (95% CI 22.8-39.2) と比較して有意に不良であった (p=0.01) (Figure 2A)。この結果は、複合EGFR変異がオシメルチニブのPFSおよびOSを顕著に短縮させることを明確に示した。
先行EGFR-TKI治療期間と生存の関係: オシメルチニブ治療前の先行EGFR-TKI治療期間が短い群 (中央値18.8ヶ月未満) のPFS中央値は7.3ヶ月 (95% CI 5.3-9.4) であった。これに対し、治療期間が長い群 (18.8ヶ月以上) のPFS中央値は13.8ヶ月 (95% CI 8.9-18.6) であり、長期群で有意にPFSが延長していた (p<0.001) (Figure 1D)。同様に、OSも先行EGFR-TKI治療期間が短い群で21.5ヶ月 (95% CI 16.5-26.5) と、長期群の36.7ヶ月 (95% CI 27.7-45.7) と比較して有意に短縮していた (p=0.003) (Figure 2C)。この結果は、先行TKI治療期間が長い (すなわち、腫瘍がより長期にEGFR依存性を保っていた) ほど、オシメルチニブへの良好な応答が期待できることを示唆する。
多変量Cox解析による独立予後因子の確認: 多変量Cox回帰分析により、複合EGFR変異の存在はPFSに対する調整ハザード比 (aHR) 3.06 (95% CI 1.60-5.84, p=0.001) およびOSに対するaHR 2.17 (95% CI 1.02-4.59, p=0.044) と、オシメルチニブ治療後の独立した予後不良因子であることが確認された (Table 3, Table 4)。また、先行EGFR-TKI治療期間の短縮も、PFSに対するaHR 1.71 (95% CI 1.18-2.49, p=0.005) およびOSに対するaHR 1.87 (95% CI 1.16-3.02, p=0.01) と、独立した予後不良因子として同定された。さらに、オシメルチニブ治療前の脳転移はPFSに対するaHR 1.48 (95% CI 1.02-2.17, p=0.042) の独立した予後不良因子であり、オシメルチニブ前のECOG PS ≥ 2はOSに対するaHR 2.89 (95% CI 1.66-5.03, p<0.001) の独立した予後不良因子であることが示された。
オシメルチニブ後の耐性機序 (再生検サブセット): オシメルチニブ治療後に病勢進行した患者のうち、7例 (増悪全体の約6%) で再生検および分子解析が実施された。その結果、4例でT790M変異の消失が認められ、2例で小細胞肺癌 (SCLC) への形質転換、1例でC797S変異の獲得が確認された。複合変異例ではT790M消失が多い傾向が示唆され、これはオシメルチニブ感受性の主要な決定因子であるT790Mが喪失する耐性経路が主流である可能性を示唆する。このT790M消失は、オシメルチニブがT790M陽性クローンを選択的に除去した後に、T790Mを持たない前存在クローンが増殖するという腫瘍内不均一性の観点から理解できる。SCLC転換の2例は複合変異例を含んでおり、組織学的転換という稀な耐性経路が複合変異例ではより高頻度に起こりうる可能性を示唆した。ただし、再生検が実施されたのは限られた症例数であったため、実際の耐性機序分布の全体像は限定的にしか評価できなかった。先行EGFR-TKI治療期間が短い患者 (<18.8ヶ月) でのオシメルチニブPFS中央値7.3ヶ月は、治療開始時点での腫瘍不均一性が大きく、耐性クローンが早期から多様化している可能性と一致する観察であった。
考察/結論
本研究は、二次性T790M変異を有する進行NSCLC患者において、複合EGFR変異の存在がオシメルチニブの有効性を著しく低下させることを示した、これまでで最大のコホートを用いた重要な後方視的解析である。複合EGFR変異を有する患者は、単一EGFR変異の患者と比較して、オシメルチニブのPFS中央値が2.9ヶ月 vs 9.7ヶ月 (p<0.001)、OS中央値が17.8ヶ月 vs 31.0ヶ月 (p=0.01) と有意に不良な予後を示した。この知見は、複合EGFR変異がオシメルチニブ治療後の独立した予後不良因子であること (PFSに対するaHR 3.06, OSに対するaHR 2.17) を多変量解析により確認した点で新規性が高い。
先行研究との違い: これまでのAURA試験などでは、Cobas V2のようなホットスポット解析が主に用いられており、複合EGFR変異が単一変異として誤分類される可能性があった。本研究ではRNA RT-PCRという高感度な直接シーケンシング法を用いることで、複合変異を正確に検出し、その臨床的意義を評価した点で、これまでの研究とは異なるアプローチをとった。Kohsaka et al. SciTranslMed 2017は、高スループットなMANO法を用いて複合EGFR変異の薬剤感受性を評価し、複合変異が単一変異よりもEGFR-TKIに対する感受性が低いことを報告しているが、二次性T790M変異を伴う複合変異に対するオシメルチニブの有効性は評価されていなかった。本研究は、この知識ギャップを埋めるものである。
新規性: 本研究で初めて、二次性T790M変異を伴う複合EGFR変異が、オシメルチニブ治療におけるPFSおよびOSの独立した予後不良因子であることを大規模コホートで明確に示した。また、先行EGFR-TKI治療期間の短縮もオシメルチニブの有効性の独立した予測因子 (PFSに対するaHR 1.71, OSに対するaHR 1.87) であることを確認した点も新規の知見である。これは、腫瘍のEGFR依存性が長く維持されるほどオシメルチニブ感受性が高いという「oncogene addiction」仮説を支持するものであり、Su et al. JClinOncol 2012の報告とも一致する。
臨床応用: 本研究の知見は、T790M変異陽性NSCLC患者に対するオシメルチニブ治療の個別化戦略において重要な臨床的意義を持つ。特に、Cobas V2のようなホットスポット解析のみでは複合変異が見逃される可能性があるため、RT-PCRやNGSのような包括的な変異検出法を用いることで、複合EGFR変異を正確に特定し、予後不良群を早期に識別することが可能となる。これにより、予後不良が予測される患者に対しては、より積極的な治療戦略や代替療法の検討、あるいは臨床試験への参加を促すなど、個別化された治療介入の機会を提供できる。また、先行EGFR-TKI治療期間が短い患者においても、オシメルチニブの有効性が低いことを考慮し、治療選択を慎重に行う必要がある。
残された課題: 本研究の限界としては、後方視的単施設解析であること、および複合変異例の患者数が比較的少数 (n=11) であることが挙げられる。これらの要因により、結果の一般化には注意が必要である。また、オシメルチニブ増悪後の再生検が実施されたのは限られた症例 (7例) のみであり、NGSによる包括的なゲノムワイドスクリーニングが行われなかったため、複合EGFR変異を有する患者におけるオシメルチニブ耐性機序の全体像は完全には解明されていない。今後の検討課題として、より大規模な多施設共同研究や前向き研究により、複合EGFR変異の頻度、臨床的特徴、およびオシメルチニブに対する感受性をさらに検証する必要がある。また、オシメルチニブ耐性後の詳細な分子プロファイリングを通じて、複合変異特有の耐性機序を特定し、新たな治療標的を探索することも今後の研究方向性として重要である。
方法
本研究は、2005年6月から2019年7月にかけて国立台湾大学病院で実施された後方視的単施設解析である。対象患者は、RNA逆転写ポリメラーゼ連鎖反応 (RT-PCR) 法によりEGFR遺伝子変異がスクリーニングされた進行NSCLC患者のうち、以下の基準を満たす者とした。(1) 20歳以上、(2) 病理学的にNSCLCと診断、(3) 病期IVまたは根治手術・化学放射線療法後の再発、(4) EGFR活性化変異 (exon 19欠失、L858R、G719X、L861Q、exon 19挿入など、exon 20挿入を除く) を有し、少なくとも1種類のEGFR-TKI治療後に病勢進行を経験、(5) EGFR-TKI治療失敗後の再生検で二次性T790M変異が確認、(6) 再生検後にオシメルチニブ単剤治療を受けた。除外基準は、(1) 一次性T790M変異を有する患者、(2) 先行抗がん治療の詳細が不明な患者、(3) 一次治療としてオシメルチニブを受けた患者、(4) オシメルチニブと他の抗がん剤を併用した患者であった。研究は国立台湾大学病院の倫理委員会によって承認され、全ての患者は分子検査前にインフォームドコンセントを得ていた。
EGFR変異ステータスの評価には、以前に報告された方法に従い、癌組織のEGFR exon 18-21に対するRNA RT-PCRが用いられた。この方法は、複合EGFR変異の検出に高い感度を持つ。複合EGFR変異は、T790M変異以外に2つ以上の異なるEGFR変異が同時に存在すると定義された。
患者は全てオシメルチニブ単剤で治療された。腫瘍評価は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) version 1.1基準に従い、2〜3ヶ月ごとにCTスキャンおよび/またはMRIにより実施された。病勢進行後の治療継続も許容された。患者のベースライン特性として、第7版AJCC病期分類による癌病期、先行抗がん治療、オシメルチニブ治療前のECOGパフォーマンスステータス、脳転移の有無、およびオシメルチニブ治療成績が記録された。
主要評価項目はPFS、治療失敗までの期間 (TTF)、およびOSであった。これらの生存期間はKaplan-Meier法を用いて推定され、ログランク検定により群間比較が行われた。PFSおよびOSに関連する因子の単変量および多変量解析には、Cox比例ハザードモデルが用いられた。多変量解析では、複合EGFR変異の有無、先行EGFR-TKI治療期間 (中央値18.8ヶ月を基準に短期群と長期群に分類)、オシメルチニブ前の脳転移の有無、およびオシメルチニブ前のECOGパフォーマンスステータスなどの因子が組み込まれた。統計的有意水準はp<0.05と設定され、全ての統計解析はSPSSバージョン18.0を用いて実施された。