- 著者: Kai-Wen Su, Ching-Liang Chou, Ching-Wen Cheng, et al.
- Corresponding author: Sung-Liang Yu, PhD, National Taiwan University College of Medicine, Taipei, Taiwan
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2012
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 22215752
背景
非小細胞肺がん (NSCLC) 患者において、上皮成長因子受容体 (EGFR) 活性化変異の存在は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) に対する優れた奏効と関連することが確立されている。この知見は、Lynch et al. NEnglJMed 2004やPaez et al. Science 2004など、多くの研究で報告されてきた。しかし、TKI治療を受けた患者の大多数は最終的に獲得耐性を発現し、その主要な機序の一つとしてEGFR T790M変異が挙げられる。T790M変異は、TKI治療後の耐性時に約50〜60%の頻度で検出されることが、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005やPao et al. PLoSMed 2005によって報告されている。この耐性メカニズムは、T790M変異がATP結合親和性を増加させることによってTKIの結合を阻害すると考えられている (Yun et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008)。
これまでの研究では、TKI治療前の腫瘍組織中にT790M変異が低頻度クローンとして存在し、それがTKI選択圧下で増殖することで獲得耐性に至る可能性が示唆されてきた。しかし、従来の直接シークエンス法では、その検出感度(約20%の変異アレル頻度)の限界から、低頻度のT790M変異を検出することは困難であった。このため、TKI治療前のT790MマイナークローンがTKIの奏効期間(無増悪生存期間; PFS)に影響を与えるか否かについては、系統的な検証が未解明な状態であった。この知識ギャップが、個別化医療の進展を妨げる要因の一つとして認識されていた。
高感度な検出技術を用いることで、TKI治療前の腫瘍組織におけるT790M変異の存在を明らかにし、その臨床的意義を評価することが重要な課題として残されていた。特に、TKI治療前のT790M変異が、TKI治療の有効性、特にPFSに与える影響を定量的に評価することは、個別化医療の推進において不足している情報であった。本研究は、高感度な質量分析法であるMALDI-TOF MS (Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight Mass Spectrometry) を用いて、この知識ギャップを埋めることを目指した。
目的
本研究の目的は、EGFR変異陽性NSCLC患者のEGFR-TKI治療前腫瘍組織検体において、高感度なMALDI-TOF MS法を用いてT790M変異を検出し、その検出頻度とTKI治療後の無増悪生存期間 (PFS) との関連性を評価することである。具体的には、MALDI-TOF MS法と従来の直接シークエンス法とのT790M検出率を比較し、さらにTKI治療前のT790M変異がTKI治療の奏効期間に与える影響を統計学的に解析することで、TKI早期耐性の予測バイオマーカーとしての有用性を検証する。また、次世代シークエンス (NGS) を用いてMALDI-TOF MSの結果を検証し、その信頼性を確認することも目的とした。これにより、TKI治療前のT790M変異がNSCLC患者の治療アウトカムを予測する独立した因子となるかを明らかにすることを目指した。
結果
MALDI-TOF MSによるT790M検出感度の検証: MALDI-TOF MS法は、EGFR活性化変異およびT790M変異の検出と定量において高い感度を示した。検出限界はT790M変異アレル頻度で0.4%から2.2%であり、従来の直接シークエンス法(約20%)と比較して大幅に高感度であることが確認された (Figure 1E)。T790M変異型プラスミドDNAを野生型プラスミドDNAと段階的に混合した実験では、MALDI-TOF MSによる変異シグナルの高さが希釈倍率に比例して減少し、変異アレル頻度と希釈倍率の間に良好な線形相関 (R² = 0.9429) が認められた (Figure 1F)。これにより、MALDI-TOF MSがT790M変異を特異的かつ定量的に検出できる高感度な手法であることが実証された。
TKI治療前後のT790M検出率の比較: TKI未治療コホート (n=107) におけるT790M変異検出率は、MALDI-TOF MSでは25.2% (27/107) であったのに対し、直接シークエンスでは2.8% (3/107) と有意に低かった (p < 0.001) (Table 1)。MALDI-TOF MSは直接シークエンスと比較して約9倍高い検出率を示し、24例で追加的にT790M変異を同定した。TKI治療前コホート (n=73) でも同様に、MALDI-TOF MSによるT790M検出率は31.5% (23/73) であったのに対し、直接シークエンスでは2.7% (2/73) であった (p < 0.001) (Table 1)。さらに、TKI治療後に疾患進行を来した患者の腫瘍組織 (post-TKI、n=12) におけるT790M検出率は、MALDI-TOF MSで83.3% (10/12) と、TKI治療前の31.5%と比較して約2.7倍に劇的に増加した (p = 0.0143) (Table 1)。これらの結果は、TKI治療前からT790M変異が低頻度クローンとして存在し、TKI選択圧下でその頻度が増加することを示唆している。
MALDI-TOF MSとNGSによるT790M検出の一致性: MALDI-TOF MSで検出されたT790M変異は、NGSによっても確認された。両コホートからDNA量と質が十分な54検体 (TKI未治療38例、TKI治療済み16例) をNGSで解析した結果、NGSの検出限界は3.71%であった。TKI未治療コホートにおけるEGFR活性化変異の検出感度はMALDI-TOF MSで50%、NGSで50%であり、T790M変異についてはMALDI-TOF MSで26.3%、NGSで34.2%であった (Table 1)。MALDI-TOF MSとNGS間のT790M検出の一致度は統計学的に有意であり (κ = 0.663, p < 0.001)、MALDI-TOF MSと直接シークエンス間では有意ではなかった (κ = 0.176, p = 0.1405) (Table 2)。MALDI-TOF MSとNGSによるT790M変異頻度には高い相関が認められ、MALDI-TOF MSが低頻度のT790M変異を正確に検出できることが裏付けられた。
TKI治療前のT790M変異とPFSの関連性: TKI治療前の腫瘍組織においてMALDI-TOF MSでT790M変異が陽性であったEGFR活性化変異を有する患者 (n=23) のTKI治療後のPFS中央値は6.7ヶ月 (95% CI 5.1-8.1) であった。一方、T790M変異が陰性であった患者 (n=33) のPFS中央値は10.2ヶ月 (95% CI 8.5-12.1) であり、T790M陽性群で有意に短いPFSが認められた (調整ハザード比 [HR] 1.86, 95% CI 1.044-3.292, p < 0.05) (Figure 2A, Table 4)。T790M陽性群ではPFSが約3.5ヶ月短縮し、これはTKI治療前から存在するT790Mマイナークローンが早期の耐性進行をもたらすことを示唆している。しかし、T790Mステータスは全生存期間 (OS) に有意な影響を与えなかった (HR 0.86, 95% CI 0.416-1.797, p = 0.697) (Figure 2B)。
多変量解析による独立予測因子の確認: 多変量Cox比例ハザードモデルによる解析において、TKI治療前のT790M陽性ステータスは、年齢、性別、喫煙状況、腫瘍病期、EGFR変異タイプ (Del19 vs L858R) などの共変量を調整した後も、TKI治療後のPFS短縮の独立した予測因子であることが確認された (調整HR 1.78〜1.92, p < 0.05)。この結果は、TKI治療前のT790M変異が、他の臨床的因子とは独立してTKI治療の奏効期間に影響を与えることを明確に示している。T790M陽性患者の奏効割合は56.5% (13/23) であり、T790M陰性患者の72.7% (24/33) と比較して統計学的に有意な差は認められなかった (p = 0.257) (Table 4)。これは、T790Mが低頻度で存在する場合、初期の治療反応には影響を与えないが、その持続期間には影響を与える可能性を示唆している。
考察/結論
本研究は、高感度MALDI-TOF MS法を用いることで、EGFR変異陽性NSCLC患者のTKI治療前腫瘍組織において、T790M変異が従来の直接シークエンス法よりも高頻度(25.2%〜31.5% vs 2.7%〜2.8%)に検出されることを初めて系統的に示した。このTKI治療前のT790M変異は、EGFR-TKI治療後のPFSの有意な短縮(中央値6.7ヶ月 vs 10.2ヶ月、調整HR 1.86, 95% CI 1.044-3.292, p < 0.05)と関連しており、TKI早期耐性の独立予測因子となることを明らかにした。
先行研究との違い: 従来の直接シークエンスを用いた研究では、TKI治療前のT790M変異の検出頻度は非常に低く、その臨床的意義は限定的であるとされてきた (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005, Pao et al. PLoSMed 2005)。しかし、本研究は高感度なMALDI-TOF MS法を用いることで、TKI治療前からT790Mマイナークローンが腫瘍内に実質的な頻度で存在し、それがTKI治療の奏効期間に影響を与えることを示した点で、これまでの報告と対照的な結果である。この違いは、検出感度の差に起因すると考えられる。
新規性: 本研究で初めて、TKI治療前の低頻度T790M変異が、TKI選択圧下で増殖し、より早期に臨床的な耐性進行をもたらすという「de novo T790M resistance」の概念を直接的に裏付けた。MALDI-TOF MSとNGSによる高感度検出が、腫瘍内異質性 (intratumoral heterogeneity) におけるT790Mマイナークローンの存在を明らかにし、その動態を時系列で捉えたことは新規性がある。TKI治療後のT790M検出率の劇的な増加 (31.5%から83.3%) は、ダーウィン的クローン選択 (Darwinian clonal selection) の強力な証拠となる。
臨床応用: 本知見は、EGFR変異陽性NSCLC患者に対するTKI治療戦略の決定に重要な臨床的意義を持つ。TKI治療前に高感度な方法でT790M変異を検出することで、PFS短縮のリスクが高い患者を特定できる可能性がある。これにより、T790M陽性患者に対しては、一次治療としてオシメルチニブなどの第三世代TKIを選択したり、初期から化学療法との併用療法を検討したりするなど、より個別化された治療戦略を導入できる可能性がある。これは、患者の治療アウトカムを改善するためのベンチ・トゥ・ベッドサイドの重要な一歩となる。
残された課題: 今後の検討課題として、TKI治療前のT790M変異アレル頻度とPFSの用量反応関係をより詳細に解析する必要がある。また、本研究は腫瘍組織を用いた解析であったが、より低侵襲な液体生検 (cfDNA/ctDNA) を用いたT790M検出の臨床的有用性を大規模な前向き研究で検証することが今後の方向性となる。MALDI-TOF MSの検出限界はNGSと同等レベルであったが、さらなる高感度化や、他の耐性機序との複合的な評価も残された課題である。本研究のコホートは台湾の患者が中心であり、他の人種・民族におけるT790Mの検出頻度や臨床的意義についても検証が必要である。
方法
本研究は、前向きバイオマーカー研究として台湾で実施された。研究対象は2つの独立したコホートから構成された。1つ目のコホートは、EGFR TKI未治療のNSCLC患者107例の外科的腫瘍サンプル (2000年3月~2008年1月、Taichung Veterans General Hospital) であり、MALDI-TOF MSアッセイのパイロットテストに用いられた。2つ目のコホートは、EGFR TKI治療を受けた病理学的にステージIIIBまたはIVのNSCLC患者88例の腫瘍生検サンプル (National Taiwan University Hospital) であり、このうち76例はEGFR TKI治療前のサンプル (pre-TKI) を有し、73例がTKI治療反応との相関解析に用いられた。また、12例の患者からはEGFR TKI治療後のサンプル (post-TKI) が得られた。本研究は、Taichung Veterans General HospitalおよびNational Taiwan University Hospitalの治験審査委員会 (IRB) の承認を得て実施され、全ての患者から書面によるインフォームドコンセントを取得した。
EGFR変異およびT790M変異の検出には、直接シークエンス法、MALDI-TOF MS法、および次世代シークエンス (NGS) 法が用いられた。直接シークエンス法は既報の方法に従って実施された。MALDI-TOF MSは、Sequenom社のMassARRAYシステムを用いて実施され、T790M、L858R、Del19変異を検出するためのカスタムプライマーとプローブが使用された。MALDI-TOF MSの検出限界は、T790M変異アレル頻度で0.4%から2.2%と評価され、従来の直接シークエンス法 (約20%) よりも高感度であることが示された。NGSによる変異アレル頻度は、ミュータントリード数と総リード数の比として算出され、検出限界は3.71%であった。NGS解析には、Applied Biosystems社のSOLiD3 Plus Systemが用いられた。
TKI治療反応は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) ガイドラインに基づき、部分奏効 (PR) を奏効者、安定疾患 (SD) または病勢進行 (PD) を非奏効者と定義した。主要評価項目は、T790M変異の有無とEGFR-TKI (erlotinibまたはgefitinib) 治療後の無増悪生存期間 (PFS) との関連性であった。統計解析には、カテゴリーデータの比較にFisherの正確検定およびMcNemar検定が用いられ、異なる検出方法間の一致度評価にはκ統計量が使用された。PFSおよび全生存期間 (OS) の推定にはKaplan-Meier法が用いられ、生存曲線の比較にはログランク検定が適用された。独立した予後因子を評価するため、多変量Cox比例ハザード回帰分析が実施され、共変量としてEGFR変異ステータス、年齢、性別、喫煙状況、腫瘍病期が考慮された。統計的有意水準は両側p<0.05とされた。