- 著者: Matthew T. Chang, Frances Shanahan, Thi Thu Thao Nguyen et al. (Genentech)
- Corresponding author: Scott A. Foster, Xin Ye (Genentech)
- 雑誌: Nature Biotechnology
- 発行年: 2022 (online 2021)
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 34531539
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (non-small cell lung cancer, NSCLC) においてerlotinib・gefitinib・osimertinib等のチロシンキナーゼ阻害薬 (tyrosine kinase inhibitor, TKI) は高い奏効率を示すが、ほぼ全例で耐性が出現することが課題である。Kobayashi et al. NEnglJMed 2005 やPao et al. (PLoS Med 2005) は二次変異による獲得耐性を報告し、osimertinibに対する多様な耐性機序は Leonetti et al. BrJCancer 2019 で包括的に整理されている。また、Sharma et al. Cell 2010 は遺伝的変化を伴わない「薬剤耐性許容状態 (drug-tolerant state)」のクローンがEGFR-TKI処理前から腫瘍内に前存在することを示し、非遺伝的不均一性が臨床耐性の起点となる可能性を指摘した。
一方、既存の薬剤応答解析は長期曝露後のエンドポイント評価に依存しており、前存在サブクローンの転写特徴と初期適応応答の追跡には不十分であり、これを実現する方法論が不足していた。単一細胞解像度でのクローナルフィットネス (clonal fitness) と転写プログラムを同時測定する技術が gap in knowledge として存在し、特に次世代治療モダリティであるheterobifunctional targeted protein degrader (いわゆるPROTAC: Proteolysis-Targeting Chimera) の生物学的作用機序をキナーゼ阻害と直接比較する系が手薄であった。EGFRデグレーダーはEGFRタンパク質自体を分解する点でキナーゼ阻害より優れると期待されたが、EGFR変異肺癌細胞における実際の有効性比較と耐性クローンの転写的起源については明らかにされていなかった。
目的
レンチウイルス発現バーコードとシングルセルRNA-seq (scRNA-seq) を組み合わせたTraCe-seq (Tracking differential Clonal Response by scRNA-seq) を開発し、クローナルフィットネスと初期転写応答プログラムを単一細胞解像度で同時測定するプラットフォームを構築する。このシステムを用いて、EGFRキナーゼ阻害薬 (erlotinib・GNE-069) とEGFRデグレーダー (GNE-104) の作用機序の差異、および各治療に対する耐性クローンの前存在転写特徴を解明することを目的とした。
結果
TraCe-seqプラットフォームの性能検証:異なるバーコードを導入した5種細胞株 (PC9・MCF-10A (human mammary epithelial cell line)・MDA-MB-231 (human breast cancer cell line)・NCI-H358 (human lung adenocarcinoma cell line)・NCI-H1373 (human lung adenocarcinoma cell line)) を混合し、scRNA-seqでクラスタリングした結果、バーコードの81%が正しい転写クラスターに割り当てられた。eGFPソート前のバーコード脱落率はFACS後に劇的に改善し、上位50%ソートにより回収率が90%超に達した (Extended Data Fig. 1d)。PC9細胞のTraCe-seq実験ではベースラインでn=551バーコードが回収され、全治療条件で多様性は-16.0±5%減少した (Fig. 1e)。ゲノムDNA飽和バーコード解析 (>3,000×シーケンス) とscRNA-seq由来クローン相対量のPearson相関係数はR²=0.75であり (Extended Data Fig. 4a)、TraCe-seqがクローナルフィットネスを正確に定量することを示した。
EGFRデグレーダーGNE-104のキナーゼ阻害薬に対する細胞傷害性の劣性:GNE-104は用量依存的・VHL依存的にEGFRタンパク質を分解しリン酸化EGFR (pEGFR) を強力に抑制したにもかかわらず、erlotinib・GNE-069に比べて細胞増殖抑制効果が著しく低かった。MAPKシグナルスコアの抑制は全処理条件で同等であったが (Fig. 1f)、G0細胞周期停止の割合はerlotinib・GNE-069処理でGNE-104より顕著に高く、デグレーダー処理ではより多くの細胞がMAPK抑制下でも増殖を継続した (Fig. 1g)。GNE-104の劣性効果はHCC4006・HCC2935 (human EGFR-mutant lung adenocarcinoma cell line)・NCI-H3255を含む複数のEGFR変異陽性肺癌細胞株で再現された。過剰量の遊離VHLリガンド (10 µM) はerlotinib・GNE-069感受性に影響しなかったことから、劣性効果はVHLリガンド自体の毒性に起因しないことが確認された。クローン相対量の比較ではerlotinib・GNE-069処理後の分布は高相関 (R²=0.76) で一致したが、GNE-104処理では大きく乖離し (R²=0.49)、両治療モダリティの生物学的差異を裏付けた (Extended Data Fig. 4b)。
デグレーダー耐性クローンの前存在転写特徴とER経路の必須的役割:TraCe-seqバーコードを処理後に過剰表現 (耐性) または低減 (感受性) クローンに分類し、ベースライン転写プロファイルを比較した。キナーゼ阻害薬耐性クローンでは、Zhang et al. NatGenet 2012 など既報と一致してVIM・AXL遺伝子が処理前から有意に高発現していた (Fig. 2b)。一方、デグレーダー耐性クローンではAXL高発現のみが認められ、VIM上昇は認められず、両治療に対する耐性クローンが転写的に異なる前存在特徴を持つことが示された (Fig. 2b)。KEGG (Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes) 経路解析では、デグレーダー耐性クローン vs. 感受性クローンの比較で「ERにおけるタンパク質処理 (Protein processing in ER)」経路が最も有意に低発現していた (Fig. 2c)。Slingshot 1.5.2によるpseudotime軌跡解析では4つのpathが同定され (path a-d)、Path a (デグレーダー耐性クローンが優勢) ではER protein processing遺伝子が特異的に低発現し、Path b/c (キナーゼ阻害薬耐性) ではVIM高発現が支配的であった (Fig. 2d-f)。erlotinib処理後のデグレーダー耐性クローンと比較したGNE-104処理後の遺伝子セット富化解析でも、ER protein processing経路がerlotinib群で最も有意に誘導されていた (Fig. 2g)。これらの結果から、ER protein processing経路の前存在低発現がデグレーダー耐性の転写的素地となることが明示された。
EGFRタンパク質の持続的存在がキナーゼ阻害薬の細胞傷害性に必須:siEGFRによるEGFRタンパク質低減は強力なMAPK経路抑制をもたらしたにもかかわらず、PC9・HCC4006細胞の殺傷効果は著しく低く、さらにerlotinib・osimertinib処理に対してパラドキシカルな生存促進効果を示した (Fig. 3a)。この知見を独立して検証するため、アロステリックEGFR分解薬GNE-641 (EAI-045とVHLリガンドを連結) を設計した。osimertinib (100 nM) で前処理後にGNE-641を共処理するとEGFRが効率的に分解されたが、活性型コントロールGNE-640との比較でNCI-H1975・NCI-H3255細胞の生存が促進され、osimertinib単剤よりも殺傷効果が低下した (Fig. 3c)。VHL非依存的な経路 (siRNA) とVHL依存的な化合物 (GNE-641) の双方でEGFR除去がキナーゼ阻害薬の細胞傷害性を減弱したことは、EGFRタンパク質自体の存在が完全な殺傷活性に必須であることを強く示す。
ISR-ERストレス軸の薬理的制御によるEGFR阻害効果の調節:キナーゼ阻害薬によるERストレス誘導の機序として、erlotinib・osimertinibはPC9・HCC4006・NCI-H1975細胞でISR (Integrated Stress Response) 下流のプロデス遺伝子ATF4・DDIT3 (CHOP)・PPP1R15A (GADD34)・SLC7A5を有意に誘導した (Fig. 3e, f)。siEGFRまたはGNE-104によるEGFRタンパク質除去はこれらのプロデス遺伝子誘導を顕著に減弱した。ISR阻害薬ISRIB (1 µM) を24時間前処理するとATF4・DDIT3・PPP1R15Aの誘導が抑制され、erlotinib・osimertinibの細胞殺傷効果が有意に低下した (PC9・NCI-H1975、n=8 biologically independent samples) (Fig. 4c)。逆に、非毒性濃度のER stress inducer (tunicamycin 0.5 µg/ml・thapsigargin 1 nM) 共投与でプロデス遺伝子が誘導され、GNE-104の殺傷効果が顕著に増大した (n=4 biologically independent samples) (Fig. 4d)。さらに、PERK (protein kinase R-like ER kinase) を特異的に活性化するCCT020312 (2 µM) とerlotinib・osimertinibの併用では、ISR遺伝子発現が相加的に増強され、通常の急性EGFR阻害後も残存するresidual cellsがほぼ完全に排除された (NCI-H1975・PC9、n=3 biologically independent samples) (Fig. 4e-g)。
考察/結論
本研究はTraCe-seq法の開発とEGFR標的療法の新規生物学的機序解明という二重の貢献を果たした。既報のPROTACデグレーダー研究はキナーゼ阻害より優れた活性を示す文脈 (CDK9・AKT等) を報告してきたが、本研究の結果はこれらと対照的に、EGFR-mutant肺癌においてEGFRデグレーダーはキナーゼ阻害薬より細胞傷害性が劣ることを示した。この差異の根拠として、inhibitor-bound EGFRタンパク質の持続的膜存在がERプロテオスタシスを攪乱しISR-PERK-ATF4-CHOP軸を活性化するというプロデスシグナルカスケードが本研究で初めて同定された。デグレーダーはEGFRタンパク質を除去することでこのERストレス誘導プロデス機序を不活性化し、MAPKシグナル抑制が同等にもかかわらず殺傷効果が劣るという逆説的現象を説明する。
本知見の臨床的意義として、EGFR-PROTACの開発においては単純にターゲットタンパク質を分解することが必ずしも有利ではなく、ERストレス経路への影響を事前に考慮した設計が重要である。また、PERKアクティベーターCCT020312のようなISR増強薬とEGFR-TKIの併用はresidual cellsを根絶する臨床応用上の新戦略となりうる。TraCe-seqを用いたVIM・AXL前存在高発現クローンの検出は、非遺伝的不均一性が耐性起点となることを単一細胞解像度で可視化した点で方法論的にも新規の成果である。
残された課題として、inhibitor-bound EGFRによるERプロテオスタシス攪乱の詳細な分子経路 (どのER stressセンサーが先に活性化するか) の解明、ALKやROS1など他の受容体型キナーゼ阻害薬での類似機序の検討、in vivoモデルや患者由来xenograftでの有効性検証が必要である。さらに、ISRバイオマーカー (ATF4・CHOP誘導) を治療効果予測因子として患者検体で評価すること、ならびにTraCe-seqを他の腫瘍種や免疫細胞共存環境 (腫瘍微小環境) に展開するための技術的拡張も今後の検討が求められる。更なる検討として、CCT020312の臨床毒性プロファイルとPK/PD (pharmacokinetics/pharmacodynamics) の最適化が実用化への重要な前提条件となる。
方法
TraCe-seqプラットフォームの構築: 100,000多様性の30-nt GCバランス最適化バーコードに8-ntサブライブラリインデックスを付加したレンチウイルスライブラリを合成した。バーコードは3’ UTRに組み込まれ、ピューロマイシン耐性とeGFP (enhanced Green Fluorescent Protein) 選択マーカーとともに安定発現した。ウイルス感染はMOI (multiplicity of infection) 0.05-0.1で実施し、上位50%のeGFP発現細胞をFACS (fluorescence-activated cell sorting) でソートすることでバーコード回収率を90%超に向上させた。
実験デザインと化合物: EGFRデグレーダーGNE-104はerlotinibとVHL (von Hippel-Lindau) E3ユビキチンリガーゼ結合部位を連結したheterobifunctional degraderとして設計した。GNE-069はVHL結合部位の立体化学を非活性型にした非分解コントロールで、GNE-104とキナーゼ阻害活性は同等だがEGFRを分解しない。EGFR変異陽性PC9細胞600クローンに独自バーコードを導入し約12倍化後、erlotinib・GNE-104・GNE-069の各1 µMで処理した。Day 4に10x Genomics 3’ scRNA-seqを実施 (細胞数は条件ごとに記録)、Cell Ranger 2.1.0でデータ処理後Seurat v3.0.0でUMAP (uniform manifold approximation and projection) クラスタリングを行った。
機能実験: siRNA (最終濃度50 nM、Lipofectamine RNAiMAX (lipid nanoparticle transfection reagent) 使用) によるEGFRノックダウン実験はPC9・HCC4006 (human EGFR-mutant lung adenocarcinoma cell line) 細胞で実施した。アロステリックEGFRデグレーダーGNE-641 (EAI-045 + VHLリガンド) とosimertinib 100 nMの共処理実験をNCI-H1975 (human EGFR-mutant lung adenocarcinoma cell line)・NCI-H3255 (human EGFR-mutant lung adenocarcinoma cell line) 細胞で行った。統計解析はWilcoxon rank sum test・二標本t検定 (two-tailed Student’s t-test) を用い、バーコード相対量はPearson相関係数で評価した。軌跡推定 (trajectory inference) はSlingshot 1.5.2、遺伝子セット富化解析 (GSEA) はclusterProfiler v3.14.3 (nPerm=1,000、minGSSize=120) を使用した。ER (Endoplasmic Reticulum) ストレス関連実験にはISRIB (integrated stress response inhibitor, 1 µM)・tunicamycin (0.5 µg/ml)・thapsigargin (1 nM)・CCT020312 (PERK activator, 2 µM) を用いた。qRT-PCR実験は技術的三連 (n=3 technical replicates) で実施し、少なくとも2回の生物学的反復を行った。