• 著者: Sreenath V. Sharma, Diana Y. Lee, Bihua Li, Margaret P. Quinlan, Fumiyuki Takahashi, Shyamala Maheswaran, Ultan McDermott, Nancy Azizian, Lee Zou, Michael A. Fischbach, Kwok-Kin Wong, Kathleyn Brandstetter, Ben Wittner, Sridhar Ramaswamy, Marie Classon, Jeff Settleman
  • Corresponding author: Marie Classon, Jeff Settleman (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Charlestown, MA, USA)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2010
  • Epub日: 2010-04-02
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 20371346

背景

癌治療において薬剤耐性の獲得は、治療成功への主要な障害であり続けている。従来の薬剤耐性モデルは、薬剤選択圧下で抵抗性をもたらす遺伝的変異(例: EGFR T790M変異、MET遺伝子増幅)が確率的に生じ、それが拡大するという「ダーウィン的選択」仮説に基づいていた。しかし、非小細胞肺癌(NSCLC)患者において、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)であるゲフィチニブやエルロチニブによる治療で奏効後、病勢進行した患者が「ドラッグホリデー」後に再投与で再び奏効する「再治療応答」現象が報告されており (Kurata et al. 2004; Yano et al. 2005)、これは安定した遺伝的変化だけでは説明できない可逆的な耐性の存在を示唆していた。このような現象は、がん細胞集団の不均一性や、薬剤ストレスに対する細胞の適応能力に関連すると考えられていたが、その分子メカニズムについては未解明な点が多かった。

非遺伝的耐性機構の存在は、癌幹細胞仮説 (Trumpp and Wiestler 2008) やエピジェネティックなメカニズム (Glasspool et al. 2006) と関連付けられて提唱されてきた。癌幹細胞は、自己複製能と分化能を持ち、薬剤耐性を示すことが報告されており、治療抵抗性の一因として注目されてきた。しかし、急性(短期間)の薬剤暴露下で出現する可逆的な薬剤耐性細胞集団の分子実体は未解明であり、その動的な性質については詳細な知見が不足していた。特に、薬剤感受性細胞集団の中に、致死的な薬剤濃度下でも生存を維持できる少数の細胞がどのようにして出現し、その特性がどのように制御されているのかについては、詳細な分子メカニズムが不足していた。また、この可逆的な薬剤耐性状態が、その後の安定した遺伝的耐性獲得にどのように寄与するのか、その関係性も十分に確立されていなかった。

本研究は、この知識ギャップを埋めることを目指した。具体的には、薬剤ストレスに曝された癌細胞集団内で、遺伝的変異に依存しない可逆的な薬剤耐性状態を一時的に獲得する細胞(drug-tolerant persisters, DTP)の存在を検証し、その分子メカニズムを解明することを目的とした。これにより、薬剤耐性獲得の初期段階における細胞の動態と、それを制御するエピジェネティックな経路を明らかにすることで、新たな治療戦略開発への道筋を示すことを意図した。特に、細菌のパーシスター細胞 (Balaban et al. 2004; Dhar and McKinney 2007) と同様のメカニズムが、癌細胞の薬剤耐性にも関与している可能性が示唆されていたが、その詳細は不明であった。

目的

本研究の目的は、複数の薬剤感受性ヒト癌細胞株において、薬剤急性暴露時に出現する稀少な生存部分集団であるdrug-tolerant persisters (DTP)を体系的に同定することである。さらに、DTPの出現頻度、可逆性、および分子基盤(特にシグナル伝達経路とクロマチン制御)を詳細に解明することを目指した。最終的には、DTP細胞を選択的に除去するための新たな治療戦略を提示することを目的とした。具体的には、DTP細胞の特性を明らかにし、その生存に必要な分子経路を特定することで、薬剤耐性獲得を阻止または克服するための治療的介入の可能性を探ることを意図した。本研究は、DTP細胞の薬理学的特性を評価し、IGF-1Rシグナル伝達経路とヒストン脱メチル化酵素KDM5A/RBP2/Jarid1AがDTP状態の維持に果たす役割を明らかにすることに焦点を当てた。これにより、薬剤耐性の動的な性質を理解し、標的治療薬とエピジェネティック修飾剤の併用によるDTPの選択的除去の可能性を検証する。

結果

DTPは複数癌種に普遍的に存在し、高頻度で出現する: PC9細胞株において、2 µMのerlotinibで9日間処理後、約0.27%の生存DTP細胞が検出された (n=4 replicates)。このDTPの出現は、複数の一細胞由来PC9クローン(cl. A/B/C)でも0.14%から0.29%の頻度で再現性をもって観察され、これは確率的な遺伝的変異によるものでは説明できない高頻度であった。同様のDTP出現は、HCC827 (5.46%)、M14 (1.71%)、Colo205 (4.31%)、MDA-MB-175v2 (4.51%)、SKBR3 (2.65%)、HCC1419 (1.63%)、KATO II (4.81%)といった幅広い癌種で再現され、シスプラチンに対してもDTPが出現することから、薬剤の種類に非特異的な汎用的な生存戦略であることが示された (Figure 1C)。これらのDTPは、親細胞と比較して100倍以上の薬剤感受性低下を示した。

DTPの可逆性と非変異性の証明: DTP細胞は、薬剤非存在下の培地に移すと約9回の細胞分裂でEGFR-TKI感受性を完全に回復した (Figure 2E)。DTEP細胞(DTPから増殖した子孫)も、約30回の継代培養後に感受性が急激に戻り、約90回の細胞分裂または20~30回の継代培養で完全に薬剤感受性状態に復帰した (Figure 2F, 2G)。これらの細胞では、EGFR T790M変異、MET遺伝子増幅、または活性型EGFR変異の喪失はいずれも検出されず (Figure S1C)、既知のドライバー変異による耐性機構が関与していないことが示された。また、EGFRリン酸化もTKI存在下で抑制されたままであり (Figure 1E)、薬剤排出ポンプによる感受性低下も否定された。これらの結果は、DTP状態が非変異性、エピジェネティック、かつ可逆的な薬剤耐性状態であることを示す決定的な証拠となった。

DTPにおける癌幹細胞様マーカーの動的獲得と再構成: 親株PC9細胞では約2%であったCD133陽性細胞が、DTP細胞ではほぼ100%に増加した (Figure 2A, 2B)。また、CD24もDTP細胞で著しく濃縮されたが、CD44は両集団で同等であった (Figure 2C)。DTEP細胞では、CD133およびCD24の発現プロファイルが親株PC9細胞と同様に再構成され (Figure S2B, S2C)、DTP状態からDTEP状態への移行に伴い、表現型の不均一性が動的に再生されることが示された。このCD133陽性化は、薬剤ストレス下での細胞の生存戦略として、癌幹細胞様特性の一時的な獲得を示唆する。

クロマチン動的変化とKDM5A/RBP2/Jarid1A依存性: ゲノムワイドな遺伝子発現解析により、DTEP細胞における染色体上の差次発現遺伝子の分布が非常に非ランダムであり、細胞全体でのクロマチン構造の変化が示唆された (Figure 3A)。ヌクレアーゼ感受性アッセイにより、PC9細胞とDTEP細胞の間でクロマチン構造に差があることが確認された (Figure S3A)。RNAiスクリーニングの結果、ヒストンH3K4脱メチル化酵素であるKDM5A/RBP2/Jarid1AがDTP/DTEPの維持に必須であることが同定された。KDM5Aの発現をshRNAにより抑制すると、DTPの出現頻度が有意に低下した (Figure 3D, p<1e-04)。DTP細胞ではH3K4me[3/2]の減少が観察され、これはKDM5Aの発現上昇と一致する (Figure 3B)。KDM5Aの過剰発現は、PC9細胞のEGFR-TKI感受性を低下させた (Figure S3G)。

IGF-1Rシグナル伝達とHDAC阻害薬によるDTPの選択的除去: DTP細胞はIGF-1Rシグナル伝達の活性化に依存しており、IGF-1R阻害薬(AEW541など)とerlotinibの併用によりDTPの出現を選択的に抑制できることが示された (Figure 5A, 5B, Figure 7D)。IGF-1R阻害薬は、DTP細胞のIGF-1Rリン酸化を完全に抑制した (Figure 7C)。さらに、HDAC阻害薬(TSA、SAHAなど)を含むクロマチン修飾剤もDTP集団を選択的に除去できることが判明し (Figure 4B, 4C, 4D)、クロマチンを標的とした治療戦略の可能性が示唆された。HDAC阻害薬は、DTP細胞においてDNA損傷マーカーであるγH2AXの劇的な誘導を引き起こし、細胞死を誘導した (Figure 4F, 4G)。IGF-1R阻害はDTPにおけるH3K4メチル化の減少を部分的に回復させ (Figure 7H)、KDM5Aの発現も低下させたことから (Figure 7I)、IGF-1RシグナルがKDM5Aの活性を介して薬剤耐性を制御する可能性が示された。DTP細胞は、IGF-1R阻害薬とHDAC阻害薬の併用により、DTEPコロニー形成がほぼ完全に抑制された (Figure 5B)。

考察/結論

本論文は、癌細胞集団における可逆的な薬剤耐性の概念を分子レベルで初めて明確に確立し、ドライバー変異に依存しない耐性機構として「drug-tolerant persister (DTP)」状態を定義した画期的な研究である。

先行研究との違い: これまでの癌幹細胞仮説 (Reya et al. 2001) が比較的静的な階層モデルを提唱していたのに対し、本研究はDTP/DTEPの動的な可逆性と、薬剤非存在下での表現型不均一性の自発的再生という、確率的かつエピジェネティックなモデルを提示した点で対照的である。この動的な性質は、細菌のパーシスター細胞 (Balaban et al. 2004; Dhar and McKinney 2007) との類似性を示唆しており、癌細胞がより「原始的」な生存戦略を採用している可能性を示唆する。本研究は、薬剤耐性獲得が必ずしも遺伝的変異に先行するものではなく、一時的な表現型変化が重要な役割を果たすことを示した点で、これまでのダーウィン的選択モデルとは異なる視点を提供した。

新規性: 本研究で初めて、(1) 7種以上の幅広い癌種でDTPの出現を再現し、その普遍性を立証したこと、(2) 単一細胞クローニングと薬剤非存在下での継代培養により、DTP状態の可逆性を厳密に証明したこと、(3) IGF-1Rシグナル伝達とヒストン脱メチル化酵素KDM5A/RBP2/Jarid1Aという、具体的な治療標的となりうる分子メカニズムを同定したことは、極めて新規性の高い発見である。特に、KDM5Aがクロマチン状態を介して薬剤耐性を確立する役割を担うことを示した点は、エピジェネティックな薬剤耐性研究の新たな方向性を示した。IGF-1RシグナルとKDM5AのクロストークがDTPの生存に必須であることを示した点も、これまでに報告されていない重要な知見である。

臨床応用: 本知見は、後の研究でEGFR/MEK阻害下のDTP、KRAS G12C阻害薬(ソトラシブ、アダグラシブ)耐性出現、オシメルチニブ治療下のパーシスター状態など、現在の精密腫瘍学における微小残存病変(minimal residual disease)の概念基盤となった。DTP細胞がIGF-1R阻害剤やHDAC阻害剤によって選択的に除去可能であるという発見は、薬剤耐性獲得を阻止するためのクロマチンを標的とした併用療法(例: KDM5A、LSD1、EZH2などの阻害剤)の理論的根拠を与え、臨床的意義は大きい。実際に、本研究の著者らは、クロマチン修飾剤とエルロチニブの併用に関する臨床試験を開始しており、初期データでは一部の患者で臨床的有用性が示唆されている。このアプローチは、薬剤耐性獲得の初期段階で介入することで、より安定した耐性変異の出現を阻止する可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) DTPの起源細胞が、既存の稀少な部分集団なのか、あるいは薬剤ストレスによって誘導される可塑性によるものなのかという議論は、本論文時点では決着しておらず、後続研究 (Hata et al. Nat Med 2016 等) で詳細化された。(2) in vivoモデルや患者由来異種移植(PDX)モデルにおけるDTPの存在証明は限定的であり、その臨床的関連性をさらに検証する必要がある。(3) DTP細胞と免疫微小環境との相互作用については未検討であり、免疫療法との組み合わせによるDTP除去の可能性も今後の研究で探るべき点である。本論文は引用回数4000回を超えるパーシスター研究の起点であり、現在までEGFR-TKI、BRAF/MEK阻害、KRAS G12C阻害などの標的療法における耐性研究の理論的支柱として機能している。Limitationとして、DTP状態の長期的な影響や、異なる癌種におけるDTPの分子メカニズムの多様性についても、さらなる研究が必要である。

方法

主要なモデルとして、EGFR変異(Del E746-A750)を有するNSCLC由来PC9細胞株を用いた。この細胞株に対し、erlotinibまたはgefitinibをIC50値の100倍以上である2 µMの濃度で9日間処理し、生存する細胞(DTP)を定量した。同様のDTP出現評価は、HCC827、M14(悪性黒色腫)、Colo205(結腸直腸癌)、MDA-MB-175v2、SKBR3、HCC1419(乳癌)、KATO II(胃癌)といった幅広い癌種由来細胞株でも実施された。これらの細胞株は、ATCCから入手され、RPMI 1640培地と5%ウシ胎児血清で維持された。DTPから長期的に増殖するコロニーは「drug-tolerant expanded persister (DTEP)」と定義された。

表現型解析では、CD133、CD24、CD44などの癌幹細胞マーカーの発現、EGFRリン酸化状態、EGFR T790M変異やMET遺伝子増幅の有無、およびシスプラチンに対する交差耐性を評価した。薬剤耐性の可逆性は、薬剤非存在下での継代培養後の薬剤感受性回復によって検証された。細胞生存アッセイはSyto60蛍光染色とOdyssey Infrared Imagerを用いて定量的に実施され、各実験は4連で実施された。細胞周期解析はBrdU標識とFACS解析により行われた。

分子メカニズムの解明のため、PC9細胞、DTP細胞、およびDTEP細胞のゲノムワイドな遺伝子発現プロファイルをマイクロアレイ解析により比較した。RNA抽出はQIAGEN RNA easy kitを用い、Affymetrix Human X3Pアレイにハイブリダイズされた。特に、クロマチン関連遺伝子パネルを用いたRNAiスクリーニングを実施し、DTP/DTEPの維持に寄与する機能的候補遺伝子を絞り込んだ。ヒストン脱メチル化酵素KDM5A/RBP2/Jarid1Aの関与は、shRNAによる発現抑制とKDM5A阻害薬を用いた実験で検証された。KDM5Aに対するshRNAはBroad Institute TRCコンソーシアムから入手された。

IGF-1R経路の役割は、AEW541などのIGF-1R阻害薬と、HDAC阻害薬(トリコスタチンA (TSA)、スベロイラニリドヒドロキサム酸 (SAHA))を用いて、DTP細胞の選択的除去能力を評価することで検討された。これらの薬剤は、Novartis PharmaceuticalsおよびBiomolから提供された。マウス腫瘍モデルでは、EGFR変異肺腫瘍を有するトランスジェニックマウス (Ji et al. 2006) にerlotinibを50 mg/kg/dayで投与し、腫瘍組織におけるリン酸化IGF-1Rレベルの変化を免疫ブロット法で評価した。動物実験はDana-Farber Cancer Institute Animal Care and Use Committeeの承認を得て実施された。統計解析には2標本t検定が用いられ、q値が0.05以下、fold changeが2以上のプローブセットが差次発現遺伝子として定義された。