- 著者: Shiro Ikemura, Hiroyuki Yasuda, Shingo Matsumoto, et al.
- Corresponding author: Katsuya Tsuchihara; Kazuhiro Soejima; Hiroyuki Yasuda (National Cancer Center Research Institute, Tokyo / Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences
- 発行年: 2019
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article (Translational / Clinical)
- PMID: 31043566
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) における上皮成長因子受容体 (EGFR) 変異は、白人では10-20%、東アジア人では40-50%の症例で認められる主要なドライバー変異である。そのうち、エクソン19欠失やL858R点変異といった古典的なホットスポット変異がEGFR変異全体の約80-90%を占めるが、残りの10-20%はG719X、L861Q、そして50種類以上が存在するエクソン20挿入変異を含む「希少EGFR変異」であると報告されている Sharma et al. NatRevCancer 2007。これらの希少EGFR変異に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) の感受性は、その多様性と各変異の頻度が極めて低いことから、十分に解明されていない点が課題として残されている。特に、EGFRエクソン20挿入変異は一般的に第一世代および第二世代のEGFR-TKIに対して耐性を示すことが知られており、これらの変異を有する患者は標準的なTKI治療から十分な恩恵を受けられないことが多かった Sequist et al. JClinOncol 2013。
希少EGFR変異の多様性は、個々の変異に対する臨床試験の実施を困難にし、患者の治療選択肢を限定する要因となっている。大規模な遺伝子スクリーニングプロジェクトであるLC-SCRUM-Japanのようなコホート研究は、希少変異の頻度と臨床的特徴を明らかにする上で重要な役割を果たすが、それでも個々の変異に対するTKI感受性を実験的に評価するには症例数が不足しているのが現状である。このような背景から、in silicoでの薬剤感受性予測ツールの開発が強く求められていた。
分子動力学 (MD) シミュレーションは、タンパク質と薬剤間の結合自由エネルギー (ΔGbind) を原子レベルで計算できる強力なツールであり、EGFRの活性化メカニズムやTKI耐性メカニズムの解明に貢献してきた Cross et al. CancerDiscov 2014。しかし、これを実際の患者由来の希少EGFR変異に対するTKI感受性予測に系統的に適用し、その臨床的有用性を大規模コホートデータと組み合わせて検証した研究はこれまで存在しなかった。既存のin silico予測モデルには、予測精度やロバスト性に関してまだ改善の余地があり、特に多様な希少変異に対する臨床的に関連するレベルでの適用可能性は未解明であった。本研究は、この知識のギャップを埋め、希少EGFR変異を有する肺がん患者に対する精密医療の実現に貢献することを目指した。
目的
本研究の目的は、以下の3点である。
第一に、LC-SCRUM-Japanコホートに登録された大規模なNSCLC患者データを用いて、希少EGFR変異の頻度、多様性、臨床病理学的特徴、および既存のEGFR-TKIに対する治療応答を詳細に解析することである。これにより、希少EGFR変異がNSCLC患者集団に与える影響と、現在の治療戦略における課題を明確にすることを意図した。
第二に、分子動力学 (MD) シミュレーションに基づく結合自由エネルギー (ΔGbind) 計算モデルを開発し、そのモデルが多様な希少EGFR変異、特にエクソン20挿入変異に対するEGFR-TKIのin vitro感受性を正確に予測できるかを検証することである。この検証を通じて、in silico予測モデルの精度とロバスト性を評価し、実験的評価が困難な希少変異に対する迅速かつ効率的な感受性予測手法としての有用性を確立することを目指した。
第三に、LC-SCRUM-Japanコホートで同定された新規の希少EGFR変異に対して、MDシミュレーションによる予測に基づき、患者由来異種移植 (PDX) モデルを用いてin vivoでの薬剤感受性を実証的に評価することである。これにより、in silico予測モデルが実際の臨床検体における治療薬選択に貢献しうることを示し、希少EGFR変異を有する肺がん患者に対する個別化医療の新たなパラダイムを提示することを目的とした。
結果
LC-SCRUM-Japanコホートにおける希少EGFR変異の頻度と多様性: LC-SCRUM-Japanに登録された3,779例のNSCLC患者のうち、主要なEGFR変異が検出されなかった症例を対象としたNGS解析により、207例 (5.5%) に希少EGFR変異が検出された。これはROS1融合遺伝子 (3.6%) やRET融合遺伝子 (2.9%) よりも高頻度であった。希少EGFR変異の分布を解析した結果、ほとんどの変異はEGFRチロシンキナーゼドメインのエクソン18-21に集中していたが、エクソン6, 7, 8, 12, 15, 17といったキナーゼドメイン外の変異も検出された。最も頻度の高い希少EGFR変異はエクソン20挿入変異であり、希少EGFR変異全体の46.0% (52/113例) を占めた。特筆すべきは、同定された73種類の希少EGFR変異のうち、68種類 (93.1%) が1例または2例のみに検出されるsingleton変異であったことである。この結果は、希少EGFR変異の極めて高い多様性を示しており、個々の変異に対する実験的評価の困難さを裏付けるものであった (Fig 1A, B)。希少変異を有する患者の臨床的特徴は、非喫煙者、女性、腺癌が多いという点で一般的なEGFR変異患者と類似していた。
希少EGFR変異に対するEGFR-TKI治療応答の低さ: 希少EGFR変異を有する患者207例のうち、EGFR-TKI治療データが利用可能な症例における応答率を解析した。その結果、EGFR-TKI (gefitinib、erlotinib、afatinib、osimertinib) 全体での客観的奏効率 (ORR) は17.4% (4/23) にとどまった (Table 1)。これは、エクソン19欠失やL858R変異に対するORRが60-80%以上であることと比較して著しく低い値であり、多くの希少EGFR変異患者が既存のEGFR-TKI治療から十分な恩恵を受けられない現状が示された。特にエクソン20挿入変異を有する患者では、第一選択治療としてEGFR-TKIが投与されたのはわずか6.1% (5/82) であり、ほとんどの患者が細胞傷害性化学療法を受けていた。一部の変異 (例: A767_V769dupASV) ではafatinibに対する応答が認められたが、全体としては低応答性であった。
MDシミュレーションによるΔGbind値とTKI感受性の高い相関: 14種類のEGFR変異体 (既知の感受性・耐性変異および希少変異) と各EGFR-TKIとの結合自由エネルギー (ΔGbind) をMDシミュレーションにより計算した。特にエクソン20挿入変異群において、osimertinibに対するΔGbind値とBa/F3細胞系で測定された実測IC50値との間に高い相関 (R² = 0.7232, p = 0.0037) が認められた (Fig 2B)。ΔGbind値がより負に大きい (結合親和性が高い) 変異体ほど、IC50値が低い (TKI感受性が高い) という明確な関係が示された。例えば、A763_Y764insFQEA変異は最も低いΔGbind値 (-15.4 kcal/mol) を示し、osimertinibに対するIC50値も33 nMと最も低かった。一方、D770_N771insNPH変異は高いΔGbind値 (-10.0 kcal/mol) と高いIC50値 (427 nM) を示した。この結果は、本in silicoモデルがエクソン20挿入変異に対するTKI感受性を定量的に予測できることを強く示唆する。
他のin silico予測手法との比較: 本モデルの予測精度を検証するため、分子ドッキング法 (rDock) や他のMDシミュレーションに基づくMM-PBSA/MM-GBSA法と比較した。rDockによるドッキングスコアは実測IC50値との相関がほとんど認められなかった (R² = 0.0054, p = 0.8508)。MM-GBSA (R² = 0.5733, p = 0.018) およびMM-PBSA (R² = 0.5744, p = 0.018) による結合自由エネルギーは統計的に有意な相関を示したが、本モデルのR²値 (0.7232) よりも低かった。これらの比較結果は、本研究で開発されたMDシミュレーションに基づくΔGbind計算モデルが、エクソン20挿入変異に対するTKI感受性予測において最も高い精度とロバスト性を持つことを示している。さらに、本モデルはエクソン20挿入変異以外の単一ヌクレオチド変異 (SNV) やSNV複合変異に対しても高い相関 (SNV: R² = 0.8392, p = 0.0288; SNV複合変異: R² = 0.8768, p = 0.0191) を示し、その汎用性が確認された。
新規変異N771_P772insPGDに対するosimertinib感受性のPDXモデルでの実証: LC-SCRUM-Japanコホートで同定された新規エクソン20挿入変異N771_P772insPGDを有する患者の腫瘍組織からPDXモデルを樹立した。MDシミュレーションでは、この変異に対するosimertinibのΔGbind値が-14.3 kcal/molと比較的低く、感受性が高いと予測された。PDXモデルを用いたin vivo試験では、osimertinib (25 mg/kgまたは50 mg/kg) の1日1回経口投与により、腫瘍体積の有意な退縮が認められた (p < 0.01) (Fig 3C)。対照的に、gefitinibやafatinibでは十分な腫瘍増殖抑制効果は得られなかった。この結果は、MDシミュレーションによる予測がin vivoモデルで生物学的に確認されたことを示し、新規の希少EGFR変異に対する治療薬選択においてin silico予測モデルが有用であることを実証するものである。
考察/結論
本研究は、LC-SCRUM-Japanの大規模コホート解析を通じて、希少EGFR変異がNSCLC患者の5.5%に存在し、その93.1%がsingletonであるという極めて高い多様性を初めて体系的に明らかにした。この多様性は、個々の変異に対する実験的評価の困難さと、既存のEGFR-TKIに対する全体的な低応答率 (ORR 17.4%) という臨床的課題を明確に示した。この知見は、希少EGFR変異を有する患者に対する精密医療の必要性を強く裏付けるものである。
先行研究との違い: これまでの研究では、特定の希少EGFR変異に対するTKI感受性のin vitroまたはin vivo評価が散発的に報告されてきたが、本研究は、大規模コホートで検出された多様な希少変異に対して、MDシミュレーションに基づく結合自由エネルギー計算モデルを系統的に適用し、その予測能を包括的に検証した点で、これまでの報告とは異なる。特に、エクソン20挿入変異に対するosimertinibの感受性予測において、本モデルが他のin silico手法よりも高い精度 (R²=0.72) を示したことは、これまでの予測モデルの限界を克服するものである。
新規性: 本研究で初めて、MDシミュレーションによるΔGbind値が、多様なエクソン20挿入変異に対するosimertinibのin vitro感受性と高い相関を示すことを実証した。さらに、LC-SCRUM-Japanコホートで同定された新規エクソン20挿入変異N771_P772insPGDに対するosimertinibの感受性を、in silico予測に基づきPDXモデルでin vivo実証したことは、これまで報告されていない重要な新規性である。この「in silico予測→PDXモデル検証」というフレームワークは、極めて希少な変異に対する治療薬選択の新たなパラダイムを提示する。
臨床応用: 本研究の成果は、希少EGFR変異を有するNSCLC患者の精密医療に直接的な臨床応用をもたらす可能性を秘めている。個々の希少変異に対する実験的評価が時間的・経済的に困難である現状において、本in silico予測モデルは、迅速かつ低コストでTKI感受性を推定し、最適な治療薬を選択するための強力なツールとなりうる。特に、新規変異N771_P772insPGDに対するosimertinib感受性のPDX実証は、第三世代TKIであるosimertinibが、エクソン20挿入変異を含む幅広い希少変異に有効である可能性を示唆し、これらの患者に対するosimertinibの臨床試験 (UMIN000031929) の臨床的背景を強化するものである。
残された課題: 今後の検討課題として、本in silico予測モデルの臨床的有用性を前向き臨床試験で検証する必要がある。また、osimertinibが標的型共有結合阻害薬であることから、結合親和性だけでなく、その後の共有結合形成反応の速度論的側面も考慮したさらなる議論が必要である。本研究ではPDXモデルでの検証にとどまっているため、ヒト患者における臨床的アウトカムとの相関を評価することが重要である。さらに、本手法をEGFR以外のキナーゼ (例: ALK、ROS1) の希少変異にも応用し、その汎用性を確立することも今後の研究方向性となる。大規模なゲノムスクリーニングプログラムと本in silico予測モデルを組み合わせることで、「変異検出→機能予測→治療選択」の迅速なサイクルを実現し、VUS (Variants of Unknown Significance) を有するがん患者の予後改善に貢献することが期待される。
方法
本研究は、LC-SCRUM-Japan (Lung Cancer Genomic Screening Project for Individualized Medicine in Japan) の大規模コホート解析、分子動力学 (MD) シミュレーションによる結合自由エネルギー (ΔGbind) 計算、および患者由来異種移植 (PDX) モデルを用いたin vivo検証という多角的なアプローチで実施された。
コホート解析: LC-SCRUM-Japanに2013年2月から2017年3月までに登録された3,779例のNSCLC患者を対象とした。局所病院でのルーチン検査で主要なEGFR変異 (エクソン19欠失、L858R、G719X、L861Q) が検出されなかった症例について、次世代シーケンシング (NGS) を用いた網羅的な遺伝子解析を実施した。2013年10月から2014年6月までの第一コホート201例にはIon Ampliseq Cancer Hotspot Panelを、2015年3月から2017年3月までの第二コホート1,963例にはOncomine Comprehensive Assay (OCA v.1) を適用した。これにより、希少EGFR変異の頻度、分布、臨床病理学的特徴 (喫煙歴、性別、組織型など) を明らかにした。また、希少EGFR変異を保有する患者のうち、EGFR-TKI (gefitinib、erlotinib、afatinib、osimertinib) 治療データが利用可能な症例について、客観的奏効率 (ORR) を後ろ向きに解析した。
分子動力学シミュレーションによるΔGbind計算: 既知のTKI感受性・耐性変異およびLC-SCRUM-Japanコホートで同定された希少変異を含む14種類のEGFR変異体について、各EGFR-TKI (gefitinib、erlotinib、afatinib、osimertinib) との結合自由エネルギー (ΔGbind) を計算した。EGFR変異体の構造はホモロジーモデリングにより構築し、Amber forcefieldとGaussian accelerated molecular dynamics (GaMD) 法を用いた大規模並列計算により、十分に平衡化された系での絶対結合自由エネルギー (MPCAFEE法) を算出した。計算されたΔGbind値と、Ba/F3細胞系やPDXモデルから収集された実測IC50値との相関を評価した。比較のため、分子ドッキング法 (rDock) やMM-PBSA/MM-GBSA法による結合自由エネルギー計算も実施し、本モデルの予測精度を検証した。
Ba/F3細胞系を用いたin vitro感受性評価: LC-SCRUM-Japanコホートで同定された希少EGFR変異 (特にエクソン20挿入変異) を導入したEGFR発現ベクターをBa/F3細胞に形質導入し、各EGFR-TKI (erlotinib、afatinib、rociletinib、osimertinib) に対する細胞増殖抑制効果をMTSアッセイにより評価し、IC50値を算出した。
PDXモデルを用いたin vivo検証: LC-SCRUM-Japanコホートで同定された新規エクソン20挿入変異N771_P772insPGDを有する患者の胸水から腫瘍組織を採取し、非肥満糖尿病/重症複合免疫不全 (NOD/SCID) マウスに移植してPDXモデルを樹立した。このPDXモデルを用いて、MDシミュレーションでosimertinibへの感受性が高いと予測されたN771_P772insPGD変異に対するosimertinib (25 mg/kgまたは50 mg/kg、1日1回経口投与) のin vivo抗腫瘍効果を、gefitinibやafatinibと比較して評価した。腫瘍体積の変化を指標として、各薬剤の有効性を検証した。
統計解析: IBM SPSS Statistics 24を用いてデータ管理および統計解析を行った。定量変数は中央値と範囲で、カテゴリ変数は症例数と割合で表現した。2群間の比較にはStudentのt検定を、相関関係の評価にはPearsonの相関係数検定を用いた。有意水準はα=0.05 (p<0.05) とし、全てのp値は両側検定であった。