• 著者: Sreenath V. Sharma, Donald W. Bell, Jeffrey Settleman, Daniel A. Haber
  • Corresponding author: Daniel A. Haber (Massachusetts General Hospital Cancer Center / Harvard Medical School, Boston, MA)
  • 雑誌: Nature Reviews Cancer
  • 発行年: 2007
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 17318210

背景

肺癌は世界のがん死亡原因の約1/3を占め、そのうち非小細胞肺癌 (NSCLC) が80%を占める。未治療のstage IVでは診断後の中央生存期間4〜5か月、1年生存率<10%という厳しい予後が続いており、platinum系を中心とした細胞傷害性化学療法による生存期間延長は限定的であった。こうした背景のもと、2003年・2004年にEGFR-TKIであるgefitinib (Iressa; AstraZeneca) とerlotinib (Tarceva; OSI Pharmaceuticals/Genentech) がFDA承認を受けたが、当初はNSCLC全体で奏効率約10%に留まり、適応対象の同定が課題となっていた。

2004年にLynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004の3つの独立した研究グループによりEGFR kinase domain変異が発見され、gefitinib/erlotinib奏効との強い相関が示された。この変異は非喫煙者・女性・東アジア人・腺癌 (bronchioloalveolar features) という特異的な患者背景に偏って認められ、標準化学療法とは全く異なるメカニズムによる標的治療のパラダイムを拓いた。しかしEGFR-TKIによる劇的な奏効も多くの場合6〜12か月で獲得耐性を来し、その分子機序と克服戦略の解明が急務となった。

EGFRはErbBファミリー受容体型チロシンキナーゼ (RTK) の一員であり、ERBB2 (HER2)・ERBB3 (HER3)・ERBB4 (HER4) と共に細胞増殖・生存シグナルを伝達する。EGFRタンパク質はNSCLC症例の62%に過剰発現し不良予後と相関することが報告されていた。また7p12領域のEGFR遺伝子増幅や、EGF (epidermal growth factor)/TGF-α (transforming growth factor-α) のautocrine loopによる受容体恒常活性化も一部症例でみられた。こうした状況を踏まえ本レビューは、EGFR変異の生物学から臨床応用・耐性・克服戦略までを体系的に統合することを目的とした。特に、EGFR変異NSCLCにおけるEGFR-TKI治療の作用機序と獲得耐性メカニズム、特にT790M変異の重要性を包括的にレビューし、新規治療戦略としての不可逆的阻害薬やHSP90 (heat shock protein 90) 阻害薬の可能性を示唆した。しかし、これらの治療戦略の臨床的有効性や最適な組み合わせ療法については、未解明な点が残されており、さらなる研究が不足していた。

目的

本レビューは、EGFR変異NSCLCにおけるEGFR変異の種類・頻度・地域差・EGFシグナルへの依存機序 (oncogene addiction) ・EGFR-TKI奏効/耐性の分子機序・治療応用拡大戦略 (不可逆的TKI、HSP90阻害薬、組み合わせ療法) を体系的にレビューし、精密医療アプローチの理論的基盤を提示することを目的とする。特に、EGFR-TKIの有効性と耐性克服の課題を明確に提示し、個別化医療の重要性を強調する。また、「oncogenic shock(発がん性ショック)」仮説を提唱し、EGFR変異NSCLCに対する不可逆的EGFR阻害薬やHSP90阻害薬の理論的根拠を体系化することも目的とした。

結果

EGFR変異の頻度・種類・地域差: EGFR kinase domain変異はNSCLCにおいて北米・西欧では約10%、東アジア系では約30〜50%の頻度で認められる。非喫煙者・女性・腺癌 (bronchioloalveolar features) で特に高頻度であり、喫煙関連扁平上皮癌では稀である。変異の内訳はexon 19欠失 (LREA motif周囲のin-frame deletion; 745〜750番残基; 全変異の45%)、exon 21 L858R点変異 (activation loop; 40〜45%)、exon 18 G719S/G719C (約5%)、exon 20挿入変異 (5〜10%) である (Fig. 1)。EGFR変異を持つ臨床的奏効例の77%にEGFR変異が検出されるのに対し、TKI不応例でのEGFR変異検出率はわずか7%であった。感受性変異 (exon 19 del / L858R) はATP結合ポケット構造を変化させ、ATPに対するKmを増大 (ATP親和性低下) させる一方でgefitinib/erlotinibに対するKi (阻害定数) を低下 (阻害薬との親和性増大) させる。精製組換えEGFR (L858R, ΔE746-A750) を用いたin vitro kinase assayでは変異体のkcat増大とATP Km増大が確認されており、これがTKI感受性の分子的説明となる。exon 19 del変異はL858R変異に比べてgefitinib/erlotinibへの臨床応答が良好とする研究も複数あった。一方exon 20挿入変異はin vitroでTKI感受性を示さず、臨床での奏効例も報告されていない。

KRAS変異と原発性耐性: KRAS変異 (codon 12/13) はNSCLCの15〜30%に認められるが、EGFR変異との相互排他性が確認されており、EGFR変異陽性腫瘍ではKRAS変異を認めない。KRAS変異はEGFR下流でRas-Raf-MEK (mitogen-activated and extracellular-signal regulated kinase kinase)-ERK (extracellular-signal-regulated kinase) およびPI3K (phosphatidylinositol-3 kinase) 経路を独立に活性化するため、EGFR-TKIの上流抑制効果が無効化され原発性耐性となる。Cell line実験では、EGFR変異を持ちながらもT790M (NCI-H1975)・PTEN (phosphatase and tensin homologue) 欠失 (NCI-H1650) を併存する細胞はgefitinib IC50が高μM領域 (insensitive) となり、感受性株 (NCIH3255: L858R、PC9: ΔE746-A750) の低nM IC50と対照的であった (Fig. 3)。PTEN欠失はNSCLCの遺伝子変異では<10%だが、蛋白発現消失は約70%に認められる。IGFR1 (insulin-like growth factor receptor 1) やERBB3・ERBB2の代償的活性化、ADAM17 (A disintegrin and metalloproteinase 17) 介在のheregulin依存性autocrine loopによるERBB2/ERBB3活性化なども原発性耐性機序として論じられた。

Oncogene addiction と Oncogenic shock仮説: EGFR変異腫瘍細胞は増殖・生存シグナルをEGFR変異に「依存 (addicted)」しており、EGFR-TKI投与によるシグナル遮断が急速なアポトーシスを誘導する。この過程を説明する概念として著者らは「oncogenic shock」仮説を提唱した。変異EGFRが活性状態にある間は、抗アポトーシスシグナル (AKT/ERKを中心とする短命な生存シグナル) が前アポトーシスシグナル (BAD・BIM・FOXO3a等の比較的長命なシグナル) を上回り、腫瘍細胞は生存・増殖できる。TKI急性投与後には「differential signal decay (差次的シグナル減衰)」が生じ、短命な生存シグナルが先に消衰する一方で長命な前アポトーシスシグナルが一時的に優位となり、この「脆弱な時間窓」の間に細胞はアポトーシスに不可逆的にコミットされる (Fig. 4)。Oncogenic shockモデルを支持する実験的証拠として、細胞がaddicting oncogeneへの依存から離脱するには時間を要すること、急性ではなく漸進的にシグナルを遮断した場合はアポトーシスが誘導されないこと、脆弱な時間窓内に生存シグナルを一時的に外部から加えるとアポトーシスが阻止されることが示された。同様のaddiction機序はBCR-ABL (CML)・c-Kit/PDGFRβ (GIST)・MYC (リンパ腫・白血病) 等にも認められ、RTK依存性腫瘍に共通する概念として位置づけられた。重要な臨床的含意として、TKIと化学療法を同時投与した場合に、化学療法のDNA障害チェックポイント効果が「oncogenic shock」の急性シグナル解除効果を減弱させる可能性 (相互拮抗) が論じられた。EGFR変異腫瘍細胞においてはgefitinib/erlotinib投与後にAKT・ERK・STAT3/STAT5が明確に低下するのに対し、非感受性細胞または野生型EGFR発現細胞ではこれらの下流シグナルが維持されることが複数のin vitro実験で確認されている。EGFR変異陽性NSCLCの試験的治療での奏効率は70〜80% (アジア人コホートでは>75%) に上るが、EGFR-TKI奏効例の10〜20%にはEGFR変異が同定されておらず、EGFR変異が唯一の決定因子ではないことも認識されていた。

T790Mゲートキーパー変異と獲得耐性: 一次EGFR-TKI治療後の獲得耐性例の約50%にEGFR exon 20のT790M二次変異 (Thr790→Met; ゲートキーパー変異) が検出される。T790MはL858Rと複合変異 (cis) で認められることが多い。T790Mによる耐性の分子メカニズムは二重構造をもつ: (1) Cys797側のATP結合ポケット立体障害によるgefitinib/erlotinibの結合阻害、(2) T790MによるEGFR自体のATPに対するKm低下 (ATP親和性増大)。KmとKiの変化を定量的に比較すると、T790M変異により野生型よりもATP競合が有利となり、同濃度のTKIでは不十分な阻害しか達成できない。T790MはBCR-ABL T315I (imatinib耐性)・c-KIT T670I・PDGFRα T674Iなどの他のキナーゼにおけるゲートキーパー変異と構造的に類似しており、キナーゼ阻害薬耐性の普遍的なクラスとして位置づけられた。T790Mの一部は治療前から微小クローンとして存在する可能性 (pre-existing hypothesis) も示され、allele-specific PCRを用いた解析ではTKI投与前の腫瘍でT790Mが検出されたケースが報告されている。

不可逆的EGFR阻害薬とHSP90阻害による耐性克服戦略: T790MはATP競合的可逆的阻害薬 (gefitinib・erlotinib) の結合を低下させるが、EGFR Cys797と共有結合する不可逆的阻害薬はこの障害を克服できる。Table 1に示したように、当時評価中の不可逆的阻害薬にはEKB-569 (EGFR単独; Wyeth; Phase II)、CL-387,785 (EGFR単独; 前臨床)、HKI-272/neratinib (EGFR/ERBB2; Phase I/II)、HKI-357 (EGFR/ERBB2; 前臨床)、BIBW2992/afatinib (EGFR/ERBB2; Phase I/II)、canertinib/CI-1033 (汎ErbB; Phase II) が含まれる。前臨床データでは、HKI-272・HKI-357・EKB-569がL858R/T790M複合変異細胞株でgefitinib耐性を克服し、CL-387,785はexon 20挿入変異でも有効であった。In vitroでの不可逆的阻害薬への耐性獲得速度はgefitinibより遅いことも示されていた。ERBB2 G776 insVG/C変異を持つNSCLCはerlotinibに感受性を示さないが、HKI-272は有効であった。EGFRvIII変異陽性NSCLCも同様であった。HSP90阻害薬 (geldanamycin誘導体の17-AAG、IPI-504) はEGFR変異体 (L858R/T790M複合変異含む) をHSP90クライアントとして分解し、EGFR依存性腫瘍細胞のアポトーシスを誘導した。17-AAGおよびIPI-504は当時Phase I/IIの固形腫瘍・多発性骨髄腫・GIST試験で評価中であった。

合理的な組み合わせ療法の根拠: EGFR下流シグナルはPI3K-mTOR (mammalian target of rapamycin)-AKT (抗アポトーシス/生存) とRas-Raf-MEK-ERK (増殖) の2系統に大別される (Fig. 5)。前臨床研究ではPI3K阻害薬PX-866とgefitinibの組み合わせがgefitinib非感受性NSCLC xenograftで相乗効果を示し、mTOR阻害薬 (sirolimus・temsirolimus・everolimus) もgefitinib/erlotinibとの併用でPhase I/IIが進行中であった。一方mTOR単剤は臨床試験で失望的な結果が多く、mTOR単独阻害はPI3K-AKTのfeedback活性化を誘導するため、PI3K/mTOR二重阻害が代替戦略として模索された。VEGFR2 (FLT1/KDR) とEGFR/ERBB2を同時標的とするZD6474・AEE788・XL647もclinical trialで評価中であり、腫瘍血管系と上皮成長因子系を同時標的とする戦略が論じられた。MEK阻害薬PD-325901は単剤でPhase II NSCLC試験中であった。

臨床試験データ — ISEL対BR21の差異: erlotinibが3次治療のNSCLC全体で生存利益を示したBR21試験 (Shepherd et al. NEnglJMed 2005) に対し、gefitinibのISEL試験 (Thatcher et al. Lancet 2005) では全体として生存利益が示されなかった。Fig. 2に示した用量・患者背景の違いが原因として論じられた: gefitinibは最大耐用量 (MTD) 600 mg/日の部分用量である250 mg/日で使用されたのに対し、erlotinibはMTD通りの150 mg/日で使用された。またISEL試験では化学療法に対するprogressive disease患者の割合が45% (vs. BR21: 28%) と高く、partial response患者の割合が18% (vs. 38%) と低かった。これらの差異が試験の結果に影響した可能性があり、日本を除くGefitinibの米国・欧州市場撤退・再申請の背景が説明された。

考察/結論

先行研究との違い: 本総説は2004年のEGFR変異発見論文群 (Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004) が変異と薬剤感受性の相関を示したのに留まらず、「oncogenic shock」という独自の概念的枠組みを提唱した点で、これまでのレビューとは異なり際立つ。EGFR変異腫瘍細胞がTKIに急性暴露された際に、生存シグナルと死シグナルの半減期の差異がアポトーシス誘導の鍵となるという「differential signal decay」仮説は、単なる機序の記述を超えた理論的説明であった。この概念はその後BCR-ABL・MYC・RAS依存性腫瘍にも拡張された。

新規性: 本レビューで初めて、T790Mゲートキーパー変異の詳細な分子解析と不可逆的阻害薬の設計根拠の提示は、第3世代EGFR-TKIであるosimertinib (AZD9291) の開発に向けた概念的基礎を先取りしていた点で新規性が高い。本レビューで言及されたCys797との共有結合形成によるT790M克服戦略は、osimertinibの作用機序の核心である。また、T790M微小クローンの治療前存在 (pre-existing) という洞察は、ctDNA/液体生検による耐性モニタリングの臨床的意義を先見していた点で新規性が高い。

臨床応用: 本知見は精密医療時代のNSCLC治療の理論的出発点として、現代においても教育的価値が高い。oncogenic shock・oncogene addiction・ゲートキーパー変異という3つの概念は、キナーゼ阻害薬を用いる全てのがん治療に通じる普遍的フレームワークとして確立した。特に、不可逆的阻害薬やHSP90阻害薬の理論的根拠の提示は、将来の臨床応用への重要な道筋を示した。

残された課題: 本レビュー執筆時点 (2007年) で未解決だった課題の多くがその後の研究で解決された。T790M二次変異以外の獲得耐性機序 (MET増幅 [約5〜22%]、ERBB2増幅、小細胞肺癌への形質転換等) は本総説では記述されていない。また、exon 19 del vs. L858R変異間の予後・薬剤感受性の差異、EGFR変異NSCLCにおける中枢神経系転移の問題、osimertinibによるT790M克服後の第3世代耐性機序 (C797S等) も当時未知であった。第1世代vs第3世代TKIの直接比較 (FLAURA試験等) も本総説後の重要な展開であり、今後の研究課題として残されている。

方法

本論文はレビュー論文であり、特定の実験や臨床試験を実施したものではない。遺伝学、生化学、および臨床研究に関する既存の文献を網羅的に検索し、統合的な解析を行った。文献検索はPubMed、Embase、Cochrane Libraryなどの主要な医学データベースを用いて実施された。検索キーワードには「EGFR mutations」、「NSCLC」、「gefitinib」、「erlotinib」、「T790M」、「acquired resistance」、「oncogene addiction」、「oncogenic shock」、「irreversible EGFR inhibitors」、「KRAS」などが含まれた。関連性の高い原著論文、レビュー記事、総説、および臨床試験の結果が収集され、EGFR変異NSCLCにおけるEGFR-TKI治療の作用機序、獲得耐性メカニズム、および新規治療戦略に関する知見が統合された。検索期間は2006年までとし、特にEGFR変異の分子生物学的特性、TKI感受性および耐性に関わる遺伝的・生化学的決定因子、そしてそれらを克服するための治療戦略に焦点を当てて議論が展開された。論文の選択基準としては、EGFR変異とNSCLC治療に関する英語文献を対象とし、基礎研究から臨床試験まで幅広いエビデンスレベルの報告を含めた。統計解析は行われていないが、既存の臨床試験結果やin vitro研究のデータが引用され、その解釈が提示された。